二人の残響 ※狂愛 佐伯は変わった。どれくらい変わったかと言うと、テニス部のメンツが私に向かって「サエ、お前と付き合ってから変わったよな」と苦笑いしながら言う程までには。 私と佐伯は全国大会が終わってから少し経った九月の頭に付き合い始めた。佐伯はもっとクールな印象だったんだけど付き合ってみれば少し子供っぽかったりして、それも可愛くてますます惹かれた。嫉妬深い面もあったけど「格好悪くてごめんね、それぐらいキミが好きなんだ」と抱き締められて困ったように笑わった顔を見てしまえばより愛しく思ってしまう。 そう最初はこんな程度だったんだ。それがいつからだろうかこんな風になってしまったのは。 「何て言った?」 「待って。痛いから手、離して」 「……」 「ありがと」 「どうして」 「なにが?」 「別れようって……」 そう私は放課後私と一緒に帰るべく教室まで迎えに来てくれた佐伯に別れを切り出した。佐伯のことが嫌いなのか、と聞かれれば無論答えはnoだ。寧ろ大好きである。いくら行動を制限されようが嫉妬されて愛されていると考えればへっちゃらだった。でも今回は素通り出来ないことがあった。 「テニス部、行ってないんでしょ」 「……誰から聞いたの」 「……佐伯、私は佐伯がテニスしてるの好きだったよ。だからテニスだけは止めないで」 「……」 佐伯がテニス部に行かなくなったのは11月に入ってかららしい。引退はしたもののテニス部メンバーは毎日部活に行っていた。なのに佐伯は来なくなった。つい先日黒羽くんから、サエ、お前と付き合ってから変わったよな、と言われた。どういう意味だ、と聞けば困ったような悲しそうな顔で話してくれた。 「……バネ?」 「……」 「バネと話したの?」 しまった。まさかこの話をしてる時に論点がそっちにずれるとは思わなかった。佐伯は黒羽の言う通り変わった。私が男の子と話すだけで怒るようになった。 「あ、あのね、今はその話じゃなくて」 「俺が部活に行ってない話だろ。でも俺は引退したんだ、なにも問題はないよ」 「それでも!私と付き合ってなかった頃の佐伯なら行ってたでしょ……」 「ってバネが言ってたの?前に俺以外の男と話さないでって言ったのにな、妬けちゃうよ。ははは」 「ご、ごめん」 「思ったんだけど、いつまでも不安になる理由が分かったんだよ。やっぱり愛してるなら行動しなきゃいけないね」 そう言って近付いてきた佐伯は笑ってるのに笑ってなくて、凄く怒ってることと身の危険を感じた。逃げなきゃ。ふとそんな風に思ってしまった。でも身体は動かなくて、そしたら佐伯は私にキスをした。初めてだったのに。まさかこんな形でキスするなんて思わなくて、悲しくて。私は佐伯を突き飛ばして逃げ帰った。 *** 次の日、登校すると“昨日はごめんね。謝りたいから放課後、保健室に来てくれるかな。佐伯虎次郎”と書かれた手紙が下駄箱に入っていた。やっぱり昨日の佐伯は怒ってて冷静じゃなかったんだな、なんて考えて安心した。 放課後になって保健室に行けば佐伯はまだ来てなくて、遅いなぁそれにしても何でわざわざ保健室なんだろう、と思ていた。そしたら佐伯が笑いながら来て、ドアを閉めた。 「昨日はごめんね」 「いや、もう良いよ」 「それにしても、昨日の今日だし不審に思わないなんて不用心だよ。そういうところも鈍感で可愛いけれどね」 全然笑えないのに佐伯は満面の笑みだ。悪寒が走るとはまさにこのこと。逃げないといけない。なのに逃げれない。 「保健室は扉が一つしかないよね」 逃げられない。佐伯が保健室を施錠した音が響いた。 (企画へ提出) [BACK] ×
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