短編 | ナノ



燻される心

※年齢操作、日吉喫煙、悲恋、侑士クズ説


とんでもなく馬鹿みたいに長い恋をしてた。片手で収まる年数から二年経つけれど。それだけ長い時間を費やしたことが、私にとって良かったのか実際には運が悪かったと後悔すべきだったのか、それは今となっては私にすらもう分からない。当時ですら、あどけなく恋してたように見えていただけかもしれない。内情は実のところドロドロとしていて、耳障りの良くない例えにはなるがまるで2日目の経血のように、酷く思い悲痛なものだったかもしれない。
長く恋をすると、ふと気づく。いつまでこれを重ねるのか、と。それがきっと何も疑うこともない順風満帆な恋だったのなら、こんな惨めな気持ちになることもなかっただろうに。それは相手に原因があるのか、そんな相手を選んだ自分が原因なのか、それも私にとっては分からないことだった。分からないことだらけだ。


「忘れた方がいいんじゃないか」


ひねくれた声が聞こえて、ふと現状を思い出す。小さな街並みに佇む個人経営の喫茶店。落ち着いた雰囲気の中、コーヒーを1口飲む。目の前には昔のクラスメイトが座っている。たまたま居合わせたみたいな言い方をしたが紛れもなく待ち合わせをした。先日、成人を機会に同窓会が開催され、再会を果たし後日飲みに行くなんてのはよくある流れだろう。
ただその“よくある流れ”に沿うならば、そんな2人は色恋関係になるものなのだろうが私達は違う。寧ろ、そうなれたら幾分かは気が楽になっただろうに。


「そう簡単に行かないものよ。3,2,1…ポカン、じゃないんだから」


私が冗談交じりに言うと目の前の彼は、何だそれは、と静かに鼻から息を吐いた。だって仕方ないじゃない。ふざけてたら傷つかない気がするんだもの。こんなものまやかしだけれど。スイーツを食べても、お笑い番組を見ても、友達と居ても、忘れられるのはその時だけ。終わればずっと考えてしまう。あんな奴、と見下すことは簡単だが結論、それで事態が前進する訳でもあるまい無意味なことだ。


「え?」


私の小さな驚嘆が思わず声になる。彼がズボンのポケットからZIPPOを取り出したからだ。まさかな、と思えば少し遅れて案の定タバコが出てくる。昔からは考えられない事だ。近年、喫煙者は減っているというのに。またまた、何だその顔は、と言いたげに鬱陶しそうな前髪の奥で私を睨む目が光る。


「性格悪いけど真面目な人間だと思ってたから、驚いただけ」


一息吸って吐く。煙が頭の上に昇る。本人には死んでも言わないけど、この冷たい眼と煙草が絵になる。性格悪いは余計だな、と呟く様にいったけれど顔は笑ってたし彼も案外満更でもないんだろうな。
因みに彼が忘れた方が良いと言ったのは今回の本題、侑士さんのことだ。侑士さん、なんてまだ呼んでも構わないのだろうか。そろそろ忍足さんと呼び方を改めるべきかもしれない。頭の中の自分にでさえ笑ってしまう。なんて他人行儀なんだろう。脳内会議してる私を放って彼は口を開く。


「元々軽薄そうな人だろ」


そんなことはないでしょ、とは忍足さんの性格を分かっている以上言えなかった。ただ私は軽薄そうに見えるだけで実情はそんなことない、と信じたかっただけかもしれない。本当の忍足さんを私なら分かってあげられるかもしれない、と。そして自分に酔っていただけだろう。そう思えば私にも反省すべきところがあっただろう。きっと忍足さんは一枚も二枚も私より上手だから、私の葛藤も全てお見通しに違いない。だから私には何も言わなかったんだ。まるでライオンが我が子を崖から突き落とすように。これは調子に乗っていた私に対する試練なんだろう。


「お前、勘違いしてるんじゃないか」
「何が」
「自分が悪かったかもしれない、なんて無駄なことを思うのは止めとくんだな。あの人はそこまで考えちゃいない」


まるで忍足さんをバカみたいに言う。個人的に嫌いなのかと疑うレベルだ。単純に恋愛関係にルーズな人が嫌いなだけだろうけど。特別ルーズというのだろうか。私生活が忙しいだけかもしれない、と自分に言い聞かせて過ごして来た10日間ずっと音沙汰がないだけだ。なのに同窓会で彼が、この間テニス部OBで集まったと言い出したものだから思わず眉をひそめてしまった。彼は思ったより優しかった様で、そんな私を後日ここに来いと呼び出した。おそらく慰めてくれようとしたんだろうと思う。意外に優しいところもある。


「昔の借りを返しただけだ、優しくしてるんじゃない」
「なにそれ」


何か貸した?と聞いても何も答えなかった。彼は何処か遠くのほうを見て数秒、視線を机の灰皿に戻した。煙草の火を消すと彼は私を睨む。そんな睨まなくても良いじゃない、とは思ったけど言わなかった。彼は煙草の箱を私に差し出して、言った。


「吸ってみるか」


煙草なんて吸ったことなかった。周りに吸う人も居なかった。以前、煙草とか吸ってないんですかと忍足さんに聞いた時笑いながら、吸わへんよ、と言っていた。煙草ひとつでこんなことを思い出すなんて相当参ってるな。なんて、自分を鼻で笑いながら差し出された箱を受け取った。まさか意地悪をされたのかと思うくらい軽い箱の中を見てみれば、私のために、と残してあるのかは知らないが丁度一本だけ残っていた。咥えてみたら、彼がポケットから出したZIPPOで火をつけてくれた。紳士なところもあるなぁ、と思いつつ一息吸う。刺激的な爽快感が喉を通る。あまりにもけむたくて思わず咽る。心臓がきゅっと縮まって泣きそうになる。苦しくて続けて吸うのは少し辛いけれど、それでも吸うのを止めようとはならなかった。たどたどしく煙草を持つ私のほうに灰皿を滑らせた彼は満足そうに左の口角を上げた。




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