短編 | ナノ



素顔

私はどうにもイケメンが苦手ならしい。まず側に居てて落ち着かない。更に言えば胡散臭い。例を挙げるならばそう、胡散臭いにぴったりの男が居る。うちのクラスの不二だ。アイドルに対する崇拝に類似した声援や部活を応援したい気持ちは理解できる。顔は確かに格好良いだろう。ただ付き合いたい!という気持ちが微塵も理解できない。昨日友人から「付き合うなら不二くんみたいなイケメンだと毎日が幸せだろうね〜」と言われた。適当に流しつつ内心は、絶対嫌だ!!!と叫んでいた。

何故そこまで不二に苦手意識を持つのか、疑問に思う人も居るだろう。私もついこの間まで不二なんて、女子から人気のイケメンのクラスメイト、という認識しかなく何の気にもとめていなかった。だけど、そこで事件が起きた。席替え。私は一昨日の席替えで一番後ろの窓際というベストポジションをゲットした。そこで安心していたのも束の間、私の右隣は不二に決まってしまったのだ。その日は窓が空いていた。新たな席にみんなが移動して、私は不二と窓に挟まれた。途端、少し強めの風が吹いて私の髪を少し靡かせた。不二は私の方を見て微笑みながら「綺麗な髪だね」と言った。私は恥ずかしさに堪えきれず、謙遜もせず机に突っ伏して寝た。右側からは不二の余裕の笑い声が聞こえてきた。これだからイケメンは!大嫌いだ!


その日は珍しく余裕の笑みをマスクで隠して不二は教室に入ってきた。クラスメイトから「えー、不二くん風邪?大丈夫?」と聞かれて「少し喉が痛いだけだから大丈夫だよ」といつもの余裕み溢れる声色で返事している不二。何だ、マスクをしているだけでいつも通りかと思っていた。その予測は最後の最後で外れた。最終の6時間目、数学の時間。少し右で船をこいでいた気がした。まさか不二が居眠りなんてするだろうか?と右を向けば、随分と目をとろんとさせた不二と丁度目があった。

「何でもないよ」

と周りに聞こえないくらいの小さな声で不二は私に言った。何をそんなに隠しているのだろうか。弱っていることをだろうか。誰にそんなに隠しているのだろうか。クラスメイトにだろうか。そんなしんどそうなのに余裕ぶる不二は本当に私は苦手だ。むしゃくしゃした気持ちを力に、私は持っていた教科書を机に叩きつけた。教室に響き渡る音。みんなが私の方を見る。先生も驚きのあまり少し遠慮がちに尋ねる。

「お、おい……苗字、どうしたんだ……」
「しんどいので保健室に行きます。不二君に付き添ってもらいます」

間髪入れず答えた私が本当にしんどそうに見えたのかは怪しいが何も言えないような雰囲気でも私は身に纏っていたのか、先生は「お、おう……そうか……。じゃあ不二、すまんが頼むな」と言って授業を再開させようとした。私は不二の腕を掴み教室の外へ連れ出した。保健室に向かおうと足を進めると不二が珍しく困惑した様子で私の後ろをついてくる。

「苗字……体調が悪いのかい?」

おずおずと尋ねてくる不二に、不二がでしょ、と顔も見ず返せば彼は黙ったまま私についてくるだけになった。到着した保健室には、会議中のため保健医不在、との掛札があった。鍵は締まっていなかったので、不二をつれて中に入り温度計を手渡した。結局彼は38度近い熱があり、急いでベッドに寝かせて私は氷枕の準備を始めた。

「どうして分かったの?」

不二の細い声が聞こえる。教室ならかき消されてしまうであろうくらいの声が、誰も居ない静かな保健室なのが救いだろうか、聞こえる。私は氷枕を見つけ専用のカバーを装着し、それを不二に渡しながら答えた。

「誰でもあの場面を見たら気付くと思うけど。いつもより余裕がなさそうだったから」
「困ったな……格好付かないね」

そう眉をひそめて呟く彼に私は何を困ったのだろうと不思議に思いつつ、少し首を傾げて口を開いた。

「そう?不二は今の不二も格好良いと思うけど。少なくとも私はそういう不二の方が好きだよ」

彼は私の言葉を聞くなり少し俯き眉間に右手を添えて少し考えるような素振りを見せて、苗字には敵いそうにないかな、と苦笑しているようだった。


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