胃袋をつかまれる 隣の席の男の子は海堂君という。名前は薫君だ。うん、良い名前だね。でも今はそんなことはどうでもよい。それより私が二年生になってからずっと気になっていることは、そんな彼のお弁当の豪華さである。毎日毎日お昼休み、そう今みたいにお昼休みになると嫌でも目に入る重箱に入った美味しそうなおかずの数々……。い、いや、決して羨ましいとか、そういうのではない。一口欲しいな、とか寧ろ半分こしてほしいな、とかそんなことは微塵も思ってはいない。そう、思ってはいない。 「おい」 「はい!すみません!思ってます!」 ずっと見ていたのがバレてしまったのか突然海堂君本人から猛烈に睨まれながら声を掛けられてしまい、つい本音が出てしまった。正直な話、凄く食べたいです。それも問題は私のお弁当にある。私のお母さんはお世辞でも料理が上手いとは言えないほうである。あ、勿論毎日作ってくれていることに感謝の気持ちはある。ただ、それと美味しいか美味しくないかは別の話なんだ、ということだ。決して不味いわけではないけれど、その“美味しくはない”という微妙なお弁当を、海堂君の豪華なお弁当を横目に毎日頬張るわけだ。えぇ羨ましいですよ!イーっと心の中で歯を食いしばって海堂君の方を向いた。 「何がだ」 「あ、いや、何もないです。海堂君のお弁当美味しそうなんて思ってないです」 また、つい本音が出てしまった。海堂君と私の間には30秒くらいだろうか、沈黙が続いた。なんと気まずいことだろうか。これが女子同士ならば「えー、じゃあ一口あげるよ!その代わり玉子焼きと交換ね!」みたいなポップなやり取りで終わるのだろうが、海堂君はそうはいかないらしい。一言律儀に、ありがとう、と返されて海堂君はそのままお弁当を再び食べ始めた。私は突然の出来事に、どういたしまして、とも言えずポカンとしてしまった。 そんな私を知らず海堂君は玉子焼きに手を伸ばした。凝ったことに葱が紛れている。美味しそう。次も玉子焼きだったが、今度の玉子焼きには明太子が入っていた。1日の朝に二つも玉子焼きを作るなんて海堂君のお母さんはどれだけ息子想いなんだろうか。あー、美味しそう。次はおにぎり。いつもは俵型なのに今日は珍しく三角お握りである。お弁当の全体の雰囲気に合わせてお握りの形まで変えているのだろうか。すばらしいし美味しそうだ。きんぴらに手を付けたようだが、これも単にゴボウではないようだ。恐らくだけれどじゃがいもではないだろうか、間違っているかも知れないが。取り敢えず美味しそうだ。 というような感じで毎日のように今日も海堂君のお弁当を観察する。こうやって少しでもその美味しいお弁当の恩恵にあやかろうとしている私はいつもと同じだったが、毎日パクパク食べる海堂君はいつもと同じではなかった。なぜか半分程食べた辺りで突然お弁当を片付け始めたのだ。一体彼に何があったというのだろう、不安に思いソワソワしてしまう。そして海堂君はそのまま教室を出て行ってしまった。私はつい気になってしまい、自分のお弁当も早々に片付けて海堂君の後を追いかけた。教室から出て直ぐの階段の踊り場で私は彼を見つけて話しかけようとしたが彼はそれに気づかない様子で階段へ移動し上がってしまった。どうにもいつもと様子が違うので気になって追いかける。追いかけている内に屋上の前まで来てしまっていた。屋上は鍵が閉まっているので開かないので屋上の前の空間に私と海堂君が二人ぽつんと溜まる。彼からは話しかけてくれないので気まずいながらも私から声を掛けた。 「あの、海堂君。もしかして体調が良くないの……?」 「そんなんじゃねぇ」 「そ、そう……」 会話が終わってしまった。少し凹んだ私が階段に腰を掛け俯いていると海堂君の階段を下りる足音が聞こえた。今までの追い駆けっこの意味は何だったんだ……。心配して損したぞ!と小さなの苛立ちと大きなショックを抱えていたら、今度は階段を上がる足音が聞こえてきた。パッと顔を上げると鞄を手にした海堂君が居る。ポカンとしている私をよそに彼は鞄の中からお弁当箱を出した。 「やる」 とぶっきらぼうにお弁当を渡されたが、一体何のことやら……。私はさらにポカンとしてしまう。海堂君は私の方を向いてくれず、いつまで経ってもポカンは解消されないので自分で解消しにいくことにしよう、と意気込み海堂君に訪ねる。 「どういった意味でしょうか」 「いつも見ていただろ」 「そんな人を卑しい子みたいに……」 「そんなこと言ってねぇ、良いから食え」 私には少し海堂君を理解するのは難しいようだが、ずっと食べたかったものを本人からどうぞと言われたのだ。遠慮する必要もない、のかな?そわそわ、としていると海堂君がさぁお食べと言わんばかりにお弁当を開けてくれた。では、失礼します、とお握りに手を伸ばした。一口食べる。柔らか過ぎず硬過ぎず素晴らしい炊飯具合。もう一口食べる。中のおかかに到達した。少しピリ辛な気がする。何て美味しいんだ。 「……美味しい」 思わず、またつい本音がポロっと出た。すると海堂君は満足そうに“そうか”と呟いた。何かよくわからないけど美味しいお弁当食べられるならそれでいいや!と吹っ切れてモグモグと食べてその日の昼休みは終わった。結局この日の出来事が何なのか分からなかった。まぁ、でもこの日を境に海堂君がたまに私分のお弁当を持ってきてくれるようになったので私的にはラッキーである。 企画へ提出 [BACK] ×
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