短編 | ナノ



耳をたてる

※死ネタ、オリキャラ、狂愛


「先生……正直なところ、後どれくらいなんですかね……」

病院のベッドの上で既に半年ほどを過ごした彼が静かに先生に語りかけた。その時の彼を当時の私は何故そんなに平静に尋ねられるのだろう、と随分不可解だった。当事者ではなく彼が質問しているのを横で聞いているだけだった私でさえ、胸が締め付けられる思いだったというのに。
病院の白さは清潔感をイメージさせるためと聞いたことがあるが、私には天国をイメージさせる。もっとも天国が白いのかどうかは分からない。ましてや天国があるかどうかも分からない。更に言えば彼が天国に行ける保障ない。ただ、この真っ白に染められた病院にずっと彼がいるところを見てきた私には、いつしか彼もこの白にそっと融け込んで消失し、二度と帰ることがないのではないか、という不安でいっぱいになる。

「そうですね……3ヶ月というところでしょうか」
「なるほど……」

私の予想より彼の寿命は短かく、何がなるほどなのか私には理解出来なかった。そんな私とは相対し彼は何処となく微笑んでるようにも見えた。流石にそれは私の勘違いかもしれないが、少なくとも自分の残り少ない余命について悲観しているなんてことは全く微塵も感じさせなかった。
慣れているのか医者は淡々としている。ご家族の方と延命措置等について話し合って頂く時期が来たようです、と続けた。私は伊達に中学生の頃から彼と過ごしてきた訳ではないから彼が何と答えるかは既に分かっていた。それでも淡い期待を胸に私は彼へ尋ねる。

「……しないの?」
「しないよ、自然の摂理に反してる」

そう言い抗癌剤を使うことも拒否した彼は目に分かるように衰弱していった。排泄も管を通してしか出来ず食事もとれない。この時、既に彼は生きているのではないように見えた。その直後、ついに私の呼びかけに応じることすらもなくなった。
余命宣告通り3ヶ月後の今、彼はこの世を去った。男性の平均寿命が70代だったのが丁度80代になった時世に私は結婚したにも関わらず私の旦那は今、28歳で亡くなった。それでも私は悲しんでいる暇もないらしい。配偶者としても、喪主として色々な手配をしなければならなかった。取り敢えず担当医に死亡届を書いて貰い彼の遺体を自宅へ移動させる。長らく使っていなかった彼のベッドは私が毎日掃除をしていたのでホコリひとつないはすだ。そこへ寝かせてあげる。広いダブルベッドだ。最後に一度一緒に寝てみようか、そうベッドに腰をかけた時だった。ふいにインターホンがなる。出てみれば中学生の頃のクラスメイトだった。彼も同じ中学校だったので、彼とも同級生になる。寧ろ他クラスではあったが彼との方が仲が良く、結婚してからも何度か出かけに行くこともあった。そんな人が今このタイミングで何のために来たんだろうか、と顔を思わず背けると彼は優しく、諭すように口を開いた。

「いきなり悪い。知らせを聞いたんだ。一人で大丈夫かと思って様子を見に来た」
「……東方君、ごめんね……」

他人の口から彼が亡くなったことを再確認させられる。こんなにも辛いものなのだろうか。思わず泣いていると東方君は私の手を取って、一人じゃないから心配することもない。手伝うよ、と言ってくれる。それなのに私は東方君にさえ、私を助けてくれるのはもう彼ではないのか、と落胆を隠せずにいた。不甲斐ない私を彼はサポートしてくれ、通夜や葬式、火葬の日取りや場所など円滑に進めることが出来た。まだ今の状況に順応出来ず右往左往して冷静さを欠いている私に東方君は優しく、昔親父が亡くなったから一通りは知っているんだ、と少し困り顔で答えた。

それから通夜も済ませ、暦の関係で一週間ほど経ったのちに葬式を営んだ。通夜の時には私と一緒に手配をしてくれた東方君であったが喪主だと私を立ててくれたのか今日ばかりは来なかった。そればかりか参列側としても未だ姿は見えない。既に一通りは流れ、二時間程経過している。割と仲の良かった旧友が来ないことに寂しさを覚えているのか、彼も少し眉をひそめたように見えた。そんなはずはないのだけれど。
閉式に伴い少しの挨拶をする。もう彼とも別れがきてしまう、と感傷的になり少し涙ぐんでいた時、入り口に誰かの姿が見えた。遅れてきた方だろうか、と涙を流さぬように顔を伏せながら少し会釈をしたが余りにも会場の参列してくれた方々がざわつくので注意深く視線の先を見る。すると真っ黒な喪服に身を包んだ東方君が、この場に似合わない真っ赤な薔薇の花束を手に笑顔で居た。悲しい会場内の雰囲気と反する東方君の行動に困惑している私を東方君は察したのだろうか。静かに私に近付いて薔薇を手渡しこう言った。

「3ヶ月待ったから、迎えに来たよ」

−知らせを聞いたんだ−
何処で?



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