明後日ばかり見ているね ※片思い、悲恋 人は怒っている人を怖いと思わないところがある。正確に言うなら喚いてる人を、だろうか。他人が亜久津を怖いと思うところはそこに所以があると思う。亜久津は喧嘩する時に多くを話さない。ただ殴る蹴るを繰り返すだけだ。でも私はそんなところが亜久津の長所だと思う。あぁ、誤解は解いておくけれど勿論殴る蹴るを繰り返すことが長所という訳ではない。寧ろそんなことは一刻も早く止めるべきなのであろう。ただ無駄なことを話さないところ、ということだ。同じ学校のお喋りな女好きより亜久津の方が男らしく評価されるべきなんだ。少なくとも私は亜久津を評価している。ところが亜久津はどうだろう。彼は私を見ようとすらしない。私なりに分析すると、彼は私のことが嫌いのようだ。私はわざわざ屋上に彼に会いに行くほど亜久津が好きなのに彼はそれを受け止めない。何故か分からないところが怖いと思う。そして彼が怒らないところが余計に怖いと思う。 ほら今日もだ。私は屋上の扉が開ける。扉とは一番離れたところで居る亜久津は、それに気がついたはずなのに柵に肘をついたままコチラをちっとも向かない。わざとらしく煙草を吸いだすんだ。私が煙草が苦手で近づけないのを知っているから。それは実に単純な行動で、彼はいじわるだ。怒鳴られて殴られるより確かにマシかも知れないが私の精神的にはより深くに傷がつく。 「亜久津」 「……あ?」 「煙草消してよ」 「……指図すんな」 うーん、指図じゃなくてお願いなんだけどな。そう思ってても彼はこうなると折れない。私は彼に近付くことを諦めて扉の近く、亜久津とは反対側の柵から校庭を見下ろす。すると丁度テニスコートが見えた。今は授業中なので勿論誰も居ない。私と亜久津が授業中に屋上に居ることはどうかスルーして、先生に告げ口をするのは遠慮して頂きたい。 普段とは異なる静かなテニスコートに少し寂しさを感じたのも束の間、亜久津が煙草を投げ捨てる音がした。直後、上履きでぐりぐりと踏み潰す音も聞こえ、それと同時に授業終了のチャイムがなる。暫くして千石の足音が鳴る。屋上の扉が開く音が響き千石のやけにうるさい声が屋上全体を覆う。亜久津はやっぱりこっちを見ない。 「やあ!名前ちゃん元気?」 「元気だよ、千石も元気そうね」 「まあね。亜久津は?」 「ご機嫌斜めだよ」 「だよね〜」 彼の姿が少し動いたと思えば、そう話す私と千石の隣を無言で通り過ぎようとする。千石が、亜久津!どこ行くのさ?、と聞いてやっと小さく低く帰る、と呟いた。千石と顔を見合して首を傾げていると屋上の扉が閉まる音がする。そして暫く屋上には静寂が続く。亜久津ってば、いつまで一緒に居たってよく分からないなぁと思いながら柵に背中をつけて腰を下ろす。千石は私を励ますように、あいつ気紛れだから気にしないで大丈夫だよ、と笑顔で言った。一体何が大丈夫なんだろうか。続けて、名前ちゃんは本当に亜久津が好きだなぁと言った。そうだ当たり前だ、そうに決まってる。だから私は確かに千石の言う通り大丈夫なんだ。いつからだったか私はもうずっと亜久津が大好きなんだから。口にすることは恐らく人生に一度もないだろうが私は心の奥でそう思っていた。千石は次の授業の時間が迫っているらしく屋上から忙しく出て行った。扉の閉める音と、千石の足跡が響く。亜久津は帰ってこない。一人で居るには必要以上な広さの屋上が私の心を寂しさで一杯にする。 つーん、と鼻をつく臭い匂いがした。私はいつの間にか屋上で寝てしまっていた様だった。体勢は変えないまま目を瞬きさせ目を覚ました後、顔だけ左に向けると亜久津が居る。亜久津はTシャツ姿で煙草を吸いながら校庭を見下ろしていた。恐らく方角的にテニスコートだろう。少しして私の視線に気がついたのか亜久津は煙草を投げ捨てて火を消した。すっと私の首を目掛けて手が飛んでくる。思わず目を瞑って構えていれば、ただ彼は私の肩から何かをとった。それは彼の学ランだった。寝ている間に屋上へ帰ってきた亜久津が私にかけてくれたのだろう。しかし、有り難う、と声をかけても彼は無視をする。ただ一点を確かに亜久津は見つめている。亜久津の視線の先に何かあるのか、と同じ方向を見ようと立ち上がって振り返った瞬間、彼は私の胸倉を掴み口付けをする。少しだけオレンジが視界に入った。 企画へ提出 [BACK] ×
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