悠久の丘で
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処方箋
さらさらと、砂がこぼれるように。
いつだって時間とともに命は流れていく―――…
時には本部への連絡だって必要だ。
*
『あー…ツォンさん?』
「ジルか、どうした」
短く呼び出し音がなった携帯を取り、耳に当てると、遠くに出張に行っている部下からの電話だった。
声が、思ったより元気そうだったので、やりかけの書類も置いておいて、笑みを浮かべた。
『いや、たまには生存報告しなきゃいけないかな、と思って』
そこまで相手の話を聞いていて、ようやく気付いた。
「…もしかして、セフィロス隊が到着したのか?」
電話の向こう側から、やけに笑い声が響いている。
それにジルは、あぁ、と苦笑して短く答えた。
『なんでもここに来るまでに人を救ってきたんだってさ。で、無事でよかったなーって意味をこめて、宴会中』
「…宴会、か」
『そ、宴会』
疑問をこめたはずだったのだが、返ってきた答えはそのままだった。
無理やりそれを納得したことにして嚥下して、聞く。
「怪我は、大丈夫なのか?」
『怪我ぁー? しなかったようなもんだぜ、ツォンさん。心配することじゃないし、もう全快だよ』
「そうか、良かった。あの時のクリスの取り乱しようといったらなかったからな…」
『…そっか、悪い事したな』
「いや、もう大丈夫そうだったが。…応急処置が間に合ったんだろう」
応急処置、と言ってから自然と浮かんできた笑いを噛み殺すのは至難の業だった。
『応急処置?』
「あぁ、1番効く奴だ」
勤めて冷静に言ったつもりだったが、相手にはそれが伝わってしまったらしい。相手からもクスクス笑うような声と、その”薬”の声が聞こえる。
『人が死ぬのなんて見たくないからさ、本当に良かったなっ』
明るい、声。
携帯を耳から離したのだろうか。先ほどより大きく声が聞こえた。
『なぁ? なんかもう酒が半分入てる様なもんだけど』
「…酒も出てるのか。任務中だろう? 一応」
『一応、だからな。どうせ遠征中だったりなんだったりで気ィ張ってるわけだし、仕方ないんじゃね?』
ジルが笑う。
そして、つられて笑った。
「それもそうか」
『いざという時任務してれば良いでしょ。…俺らもそうだったら楽なのに』
「潜伏も任務だからな、我々は。その代わり給料は高いだろう。文句は言うな」
声が、笑って震えた。
『それ言っちゃぁ、しょうがねぇーな』
我々タークスがソルジャー・クラス1stよりも給料を貰っているというとなんだか笑い話のようにも聞こえるが、事実なのだから仕方あるまい。
全く情報がないところへも潜伏して任務をこなすのだから、それも道理なのかもしれないが、それでも、僅かに笑みが浮かぶ。
やはり、汚い仕事のほうが金回りは良いのか。
おそらくその給料には口止料および、死んだときの慰謝料も含まれているのだろう。ソルジャーと仕事内容を比べると、圧倒的に口止料が多いのだと、思わせる。
口許に自嘲的な笑みが浮かび口角を上げたとき、声が聞こえた。
「…ツォン? 笑い方が痛々しいよ?」
大丈夫? と、言葉をにじませて、机にカップが置かれた。
「コーヒー、だけど、たまには胃に優しくハーブティーとかにしてみる?」
机をはさんですぐ目の前。どうして気付かなかったのかもわからないくらいの距離。
携帯を耳から離し、手で押さえてからその名を呼んだ。
「…クリス」
「そ、ツォン気付かなかったみたいだからそのままにしておいたんだけど、電話してるとき何も飲んでなかったでしょ? だから作ってみた。
ついでにお茶請けも作ったけど、食べる?」
ついで、と称されて差し出されたのはクッキーが入った籐籠だった。
黄金色の丸いクッキーは少しふっくらとして、たまに混じるチョコチップがチョコレートの匂いをあたりに拡げる。
一言で言えば――何のセンスも感じられなかったが――おいしそうだった。
「これはさっき…?」
籐籠に入ったそれは暖かそうに湯気を上げていなかった。だが、匂いは少しも損なわられていない。クリスの顔を見上げると、ニィ、と楽しそうに笑った。
「さっき、って言っても、冷ましたからどうかな? でも、今日作った奴だよ」
どこで、と言いかけた矢先に、クリスは嬉しそうに言葉を続けた。
「リーブさんと一緒に作ったの!」
思いのほか簡単に犯人が見つかった。
『ツォンさん? その声クリスか?』
見えざる相手が定まり、ため息をついたところで、ジルのほうも会話に参加しようと声を上げる。
仕方なしに押さえていた手を離し、携帯の向こうの、姿見えざる相手に告げてやる。
「あぁ、クリスだ」
「…? 誰と電話してるんだ?」
「ジル」
『クリスー! 元気かァ?』
首をかしげたクリスに短く、簡潔に答えてやれば、向こうも主張し始める。そしてそれは、もう1匹釣り上げる事になる。
『クリス? ジル、今クリスと電話中か?』
『いや、ツォンさんと。でもいるらしいぜ?』
なぁ? と問いかけられ、返事をするついでに頷いて、クリスを脇に呼んだ。
「何、面白いことか?」
『クリス!?』
声が、聞こえたのだろう。向こう側で嬉しそうな声が聞こえた。
そして、小さな雑音とともに、ジルが携帯を渡したのだろうということが分かった。
『はいよ、ザックス』
最後に聞こえた後輩の声の次には、明るい、好青年の声に変わった。
『ツォンさん? そこにクリスがいるって本当か?』
笑いが噛み殺せない。声があまりに嬉しそうで、犬であれば尻尾をブンブン振ってそうな声だった。
「あぁ、変わってやる。…クリス、電話だ。変わってやれ」
クリスの手に携帯を押し付け、空いた手でカップをつかみ中身を流し込む。
クリスの目は電話を変わった瞬間に大きく見開き、こっちを見た。
それに頷いてやると、弾んだ声で話し出す。
「ザックス!」
携帯を大事そうに両手で持ち、話を聞く。久しぶり――と言っても、いや5日ぶりか。…大した時間だ。
やりかけの書類に目を落としたが、どうしてかやる気にはなれなかった。
だから、籐籠を指差してクリスに首を傾げてみせる。それだけでクリスには通じたようで、OKサインを出された。小さく手を上げて、礼を言う。
「いただきます」
小さく手を合わせて、口に放り込んだクッキーは、ほのかに甘くて、ふっくらしていて美味しかった。味付けは、チョコチップがなければ、ややスコーンに似ているのか。
指についたクッキーのかけらを舐めとって、材料を考える。
砂糖が多すぎず、適度な甘さでコーヒーにも合う。だが、スコーンを作る場合はもっと砂糖は少ないんだろう。
確かにこれではコーヒーより紅茶やハーブティーの方が合うな、なんて考えながら食べていたら、クリスの嬉しそうな顔が目に飛び込んできて微笑した。
「うん、大丈夫。ちゃんとうまくやってるからー…」
クリスの言葉に苦笑はするものの、あえてそれを指摘しようとは思わない。
遅ればせながら、コーヒーカップに添えられたミルクを見つけて、半分くらいになったカップにたっぷりと入れた。
ティースプーンでかき混ぜると、いっそカフェオレと同じくらいな色合いになった元コーヒーを、飲む。
今度のは胃に優しそうだった。
「うん、じゃぁね。あっと…、ツォンに変わるよ。ジル」
話が終わったのか。
「ありがと、ツォン」
声に顔を上げると、クリスが笑っていた。はい、と携帯を差し出され受け取れば、ジルが苦笑していた。
『これで、クリス、元に戻ったか?』
「あぁ、配慮に感謝する」
苦笑の中にも、ジルの声はどことなく嬉しそうだった。
『何日も離されてちゃ、しょうがないって。それに…、クリスはずっとザックスと一緒だったんだろ?』
「そうだな」
『それに、俺のせいで心配させたみたいだし。…あ、そろそろ本気で宴会止めて来るわ』
「…何かあったのか?」
『…街の破壊、させちゃやばいよな?』
「行って来い」
『リョウカイ。じゃ、ツォンさん』
お大事に、といわれた。そして、ブツリと通話が切れる。
お大事に、とは何のことだろうか。胃か?
携帯を置いて、カフェオレになったコーヒーを飲む。
クリスはまだ近くに居た。
「電話、本当にありがとうな」
「いや、礼を言うならジルに言ってやれ。…そう言えば今日は何処に止まるんだ?」
外はもう薄暗くて、定時は回っている。
そしたら、クリスは笑った。
「今日はルード。帰ってくるの、待ってなきゃならないから、ツォン、上がるんだったら良いぞ」
「いや、良い。まだいよう。…やりかけの書類もあることだしな」
机の上に広げられた書類と、パソコンの画面を見比べて、苦笑した。それに答えるようにクリスは自分のカップを持ち上げてみせる。
「じゃぁ、おかわりいる?」
「あぁ、頼もう。…今回はハーブティーにしてくれるか?」
「OK。じゃぁ胃に優しいのにしておこうか」
カップに残っていたカフェオレを飲み干して頼むと、空になったカップを持ってクリスは頷いた。
時間はまだ8時を回った頃だ。きっと、まだ帰ってこないだろう。
「この分だと書類なんかは終わるだろうな」
小さく呟いて、仕方なしに書類を進めることにした。
簡易キッチンからは、火をつける音と、缶がぶつかり合ってたてる小さな金属音がした。
小さくため息をついてドライアイになりかけた目でパソコンへと向かう。
胃痛が、これを機に治れば良いのに、と強く思った。
*
今回の処方で一時持ち直し。
心臓に悪いので、早く、完治して欲しい所である。
それには、お前が早く帰ってくるのが1番なんだろうな。
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