悠久の丘で
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優しすぎる

さらさらと、砂がこぼれるように。
いつだって時間とともに命は流れていく―――…

温かかった紅茶が猫舌でも飲めるくらいに冷めて、カップの中を満たしている。


  *


「ただ今帰りました、と」
ガチャリと音をさせてドアを開いても、いつもなら必ずいる人がいなかった。
「…ツォンさん、いないのか?」
いつも本部にいる人だったから、居ると思ったのに。なのに、本部には誰もいない。
…いや、強いて言うなら少し紅茶のにおいがする。だから、出て行ってしまったすぐ後なのかもしれない。

面倒くさい時間に帰ってきたな、と思った。

喉が渇いても自分で淹れなければいけないと言う、微妙な時間。
いつもだったらツォンさんが淹れてくれるのに。
紅茶でもコーヒーでもどちらでも飲めるし、好き嫌いに差があまりないから仕事帰りのコーヒーには期待していた。
ただ、彼の場合はいい加減コーヒーはやめるべきだと思う。
胃に穴が空いてもしらないぞ、と。
今度そっと、胃薬でも差し入れしておこう。すっごく嫌な顔をするんだろうな。
そこまで考えて、引きつった顔で、だが無下にもできず、ガックリと肩を落とす上司の姿が目に浮かんで、噴出した。

あの人は優しすぎる。
あの人も優しすぎる。

「優しいからその分傷つきやすいんだぞ、と」
こんな真っ黒な部分しか持たないような会社で。
その中でも特に毒素の強い部署だというのに。
…なのに、いつまでたっても真っ白だ。
嫌になる位真っ白で、自分がどれだけ黒くなってしまったか思い知らされるんだ。

手は真っ赤。
時折、こんな俺であったって悪夢にうなされる。
誰のものかもわからない血にまみれた手が、首元を狙う。
捉えられたら最後で、現実の事ではないのに死ぬのではないか、という所まで意識が飛んで、やっと目が覚めて悪夢が終わってくれる。
そんな部署なのに。

なのに、いつまでたっても綺麗だ。

「置いてかれてる気分で嫌なんだけどな」
そうは思っても、無理だ。
俺に綺麗でいるなんて無理だ。
黒く染まっちまった方が、随分楽。そしたらその後は開き直れる。
もう手を汚しちまったんだから、何をしても悲観する事なんてない。

だけど、あの人たちは汚れないから…。
だからいつも辛い任務の後は酷い顔をしている。


事故・事件の隠蔽。
牙をむいた愚か者の処理。
幸せの時間を粉々に砕いて連れ去ったソルジャー候補。
実験体の捕獲。


これ以上の口にも出せないような、人の道を外れた仕事をやらされる部署なのに。
なのに折れないから。


考え事をしていたら奥のほうで小さくドアが開いたのに気付いた。
そして、そこから顔をのぞかせる人物にも心当たりがありすぎる。

「…お前、ここで何してるんだ?、と」


  *


「お前、ここで何してるんだ?、と」
「そっちこそ帰ってきたんだったら言えよ、ビックリするだろ?」
「てか、ここは俺たちの本部じゃねぇのか?」
「俺はツォンさんにちゃんと許可取ったけど」

「レノ…?レノだよね、この声」

奥から顔は見えなかったけど声が聞こえた。
その声で直ぐに思い出せるのは笑顔だ。
満開の、笑顔。
「あぁ、レノが帰ってきただけだから大丈夫だぞ、クリス」
「…なんだ、その帰ってきただけってのは」
「いいだろー?帰ってきたってのは本当なんだから」
「いや言い方がもうちょっと綺麗にならないのかとかさ…」
そんな事を言っていたらクリスの頭もザックスの胸の辺りに並んだ。
「お帰りなさい、レノ。紅茶で良いんだったら淹れるけど、どうする?」
手には四角のクッション。
ソファの所で何かしていたんだろう。
クッションを胸に抱く姿がこんなに普通に受け入れられる男ってのもなぁー…と、すこし苦笑しながら、ありがたい申し出に頷いた。
「よろしく頼むぞ、と」
「わかった、じゃぁザックスの分も淹れ直そうね。もう冷めちゃっただろ?」
「あっ…1人で大丈夫か?」
パタパタと簡易キッチンに消えていこうとするクリスの背に、ザックスが言った。
それに振り返り、クリスは親指を突き出す。

「大丈夫!ザックスより何倍も料理してるしな」

クリスはザックスが漏らした諦めとも感嘆ともつかないモノに笑顔で返した後に踵を返した。
やかんに水を入れる音が聞こえる。沸騰させるんだろう。

「…で?アンタはどうしてここにいるんだ?」
「だからさっきも言っただろー?ツォンさんに呼ばれたんだよ」
「…へぇ?」
ピクリと眉が上がった。
「じゃぁクリス関連の事なのかな、と」
言いながら心拍数が上がる。

ツォンさんがザックスを呼ばなければならないと判断したほどにクリスに起こった、何か。

何がクリスをそこまで追い詰めたというのか。
今までの経験から言って、そんなに簡単にクリスが揺らがない事も知っている。
「…レノの後輩の話だしな…、言ってもいいよな?」
「…はぁ?」
「だから、ジルの事だよ。さっき連絡があってジルが任務中にドラゴンと遭遇したらしい」

ドラゴン。
その言葉が脳内を駆け巡ってから、ようやく意味が浮かんでくる。

「…ドラゴン!?俺だって滅多に見ねぇぞ!?」
「だよなー?俺だって滅多な確立じゃ見れねぇよ」
「で!?ジルは無事なのか?」
「…レノ、良く考えてみろ。無事じゃなかったら電話してきてねぇだろ?もっともウチの方に要請は来るかもしれないけどな」
最近任務もなくて平和だったから、いい肩慣らしになるかもな。
伸びをして、少しさびしそうな目でキッチンの方を見る。
その視線の先を追って、あぁ、と呟いた。
「そしたらまたクリスとの時間がなくなっちまうんだな」
「…しょうがないさ、こんな時じゃないと役に立たない兵士なんだから。俺1人の我侭なんて言ったってしょうがないだろ」
肩をすくめて茶化すように微笑むザックスをすごいと思った。
「…あんたは偉いぞ、と」
「偉い?…どうしたんだよ、急に」

「俺だったら」

俺だったら。
醜いくらいに渦巻くこの感情を上手くコントロールできない。
例え任務でも、身が入らないだろう。
帰るところは一緒でも、会社で過ごす時間の方が長いんだ。
しかも此処はこんな部署だから、社員とはいえ部外者を滅多な事ではいれられない。
それくらい会社にとっては弱点になる部署だ、ここは。

「俺だったら、そんな我慢は出来ないぞ、と」
「へぇ?よっぽど我慢強く見えるぜ?」
「…そんな事ねぇよ、…」
俺なんか未練たらたらだ。
「うん?なんか言ったか?」
「…いいや、何でもないぞ、と」
「変だな、今日のレノは。どうしたんだ?」
「本当になんでもない。今日はツォンさんのコーヒー飲んでないから疲れてんのかもしれないなー」


「あれ、レノとザックスどうして立ってるんだ?座ってればいいのに」
声が重苦しくなってしまった空気を変える。
俺のせいだとは言え、それは本当にナイスなタイミングだった。
本当にタイミングを計っていたんじゃないか、と思うくらいに。
「ほら、紅茶淹れてきたぞ?」
手に持っていたトレイを軽く持ち上げ仕事机に置く。
「…レノは砂糖いくつだっけ?ザックスは、2つだよな」
ポチャンとカップの中に角砂糖を2つ沈ませ、軽くティースプーンでかき混ぜてからクリスはザックスにカップを渡した。
「それ、まだ熱いから火傷するなよ?」
「オッケー、大丈夫。ありがとうな、クリス」
「いえいえ、礼を言われるような事じゃありませんよ、お兄さん」
両手で支えられたカップを片手で受け取り、ザックスはクリスの頭を撫でる。
「俺は砂糖1つがいいな」
「本当?俺と一緒ー。やっぱ、ザックスは甘党なんだって」
ポチャンとカップの中に角砂糖が沈んだ。
「…角砂糖なんて、随分久しぶりに見たぞ、と」
「あぁー…、そう?確かに今はそんなに見ないかもしれないな。スティックの砂糖が結構多くなってるし」

懐かしくて、なんだかほんのりと胸が熱くなる。
これで思い出すのはずっと昔のまだまだ若かった頃に飲んだ紅茶だ。
まだまだ子供で、少しませた感じだった。

角砂糖が端から溶けていき、紅茶の中に波紋を描く。
ゆっくりとした手つきで回されるティースプーンを思わず目で追ってしまう。
「…レノ?目で追ってると目ぇ回るよ?」
「あ…、いや、なんでもないぞ、と」
「大丈夫?」
「…うん」
返事をしたらそっか、と明るく笑われたので、なんかどうでもよくなった。
「はい、熱いからな」
「…サンキュウ」
水面の回る紅茶を受け取ってその水面に視線を落とす。
なんだかザックスの視線が痛かった。
それを気付かないフリをしてやり過ごしていたら、クリスが顔を上げた。

「…あ、セフィロス」
「ザックスは、いるな」
質問系だったんであろう言葉が、視線を上げた事によって肯定に変わった。


  *


「ザックス、人に帰るといっておきながらお前は優雅にここでティータイムか」
「…そんな事いってきたのか?」
「そうだったかもしんない」
ムッとしたように手に持っていた書類を丸めて、ザックスの頭を叩いた。
ザックスはポカっとあたった書類を物珍しそうに見て、クリスを見た。
「なぁ、その書類丸めていいのか?、と」
「大丈夫だ、気にするな。どうせコイツの書類だ」
「よかねぇじゃん」
「…そうとも言う」
あんまりこの人とは関わりがなかったのだが、実は天然なのかもしれない。
だが、少し拗ねたように唇を尖らせても、見上げるような身長では可愛くない。
もうちょっと身長が低いときが華だろう。
「えっと、セフィロスも紅茶、飲む?」
「…あぁ、もらえると嬉しい。クリスが淹れたものは味が分かりやすくていいな」
「それはアンタが味音痴だからだって」
「あはは…。で、セフィロスはお砂糖いくつ?」
クリスは早くもキッチンからカップを持ってきて熱湯で洗ったらしい。手に持ったカップが暖かそうに白い湯気を上げている。
それを、紅茶で八分目ほどまで満たし角砂糖の入った容器を開けて振り返った。

「砂糖は6つだ」

流石のクリスでも、いったん手が止まった。
俺は思わず噴出しそうになった紅茶を、手で口を押さえて何とか思いとどまった。
「…6つ?」
「あぁ」
聞き返しても同じ答えが返ってくるので諦めたのか、カップに入れるには多いくらいの角砂糖を落としていく。ポチャン、という音が6回聞こえた。
それを同じようにスプーンで混ぜ溶かしてやりながら、クリスは英雄を見上げた。
「ねぇ、セフィロス糖尿病になっちゃうよ?」
「大丈夫だ、血糖値は正常に保っている」
「…保ってるんだ?」
「あぁ、そいつ見かけによらず甘党だからな。この間も任務帰りにクッキーを買ってんのをみたときには流石に止めた」
ザックスが苦笑を浮かべて彼より少し高い位置にある肩に腕を乗せる。
その腕を変なものでも見るような目つきで見た後、英雄は渡されたカップを煽った。

「あ、ねぇ」

クリスがそれを見て苦笑しながら言った。
「セフィロスって書類持ってまで此処に何しに来たんだ?なんか用事でもあったんだろ?」

その質問の答えが返ってきたとき。
出来る事なら過去にでも戻ってその質問を遮りたいとさえ、思ってしまった。

「そうだったな、ザックス」
英雄が相棒の名前を呼ぶ。どこか不穏な空気の流れでも呼んだのかザックスが小さくした打ちしたのが聞こえた。

「上からの要請だ。ニブルヘイムに発生したドラゴンを狩りに行くぞ」

お調子者の、滅多に見れない真面目でさびしそうな表情がフラッシュバックした。


  *


どんな事があったとしても。
温かい紅茶が、温かい人が、その傷を癒してくれると信じている。
大丈夫だよ、と彼を守って。

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