悠久の丘で
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約束

 バンッと大きな音を立てて部屋に入ってきたのはクリスだった。つい先日他のクロス部隊と共に箱舟から戻ってきて、あのクロス元帥を圧倒し二の次を紡げなくさせ好き勝手に部屋へと戻って寝てしまった。
 その事がすでに周知の事実になりかけているぐらい、のんびりとした平和な日だった。


 ―――それが、これから始まることを予想したような最悪のシナリオの序章だったことを、僕はもう気付いてしまった。
 だけど、その日は本当に微笑んでしまうくらい暖かくて、昼寝をしたくなるぐらい善い日差しだったんだ。


「―――…コムイ!!」
「…おや、どうしたの。クリス頼んでた計算終わった?」
「ああ終わった。………じゃなくてな、何でお前、知ってたのか?」
 綺麗に主語が省かれていて何のことを言っているのかよく分からない。
 もしかして、リナリーをクロス部隊に入れた理由でもバレちゃったかな…? クリスってばずっと傍に居るからかもしれないけど、クロス元帥に何の遠慮も無くて、特に彼にリナリーを近づけることを嫌っている。
「クリス、まさかクロス元帥が…」
「違う、クロスの阿呆のコトじゃないぞ。そんな、俺が傍に居ればいいだけのコトじゃない」
 何時に無く真剣な表情なのに、如何せん羽織っている白衣がいかがわしすぎた。

「ねェ、クリス。その前に聞いてもいい?」
「―――…なんだよ」

 ぷぅと膨れ面をする。そんな仕草も可愛いと思ってしまうのだから危ないのだろうな、なんて考えて。
 クロス元帥に心を読めるなんて特殊能力が備わってなくてよかったと心の奥底から思う。

 備わっていたら教団くらい、彼は吹き飛ばしてしまうだろう。

 何せ、何を思ったのか彼はいたくクリスを気に入っているし、それを知らないのは本人同士だけ、というくらいに周知の事実なのだ。
 知らない、というよりは自覚していない、がふさわしいだろうと思う。
「なんでクリス、そんないか―――…げふん、寒そうな格好してるの」
「…別に、寒くないんだけど」
「僕からしてみれば正気の沙汰じゃないくらい寒々しいね! ンで、その白衣は誰に借りたのさ」
 うん? といってクリスはその場でくるりと回って見せた。
 ぶかぶかの白衣の裾が綺麗に宙を舞って、腰の辺り、裂傷が入った部分だけ、少し布が透けていた。善い物を見た、と誰にも言わずに心の中にだけしまっておく。
「リーバー。班長、これ俺に届けにきたのとついでに俺に掛けてったぜ」

 これ、とブカブカの袖があまり胴も細すぎてあまり意味がなくなってしまっている白衣の襟を引っ張った。
 その下はいつもの通り半そでのタートルネックで、只でさえ細い腰のラインやら何やらが浮き出てしまっている。
 それを見ながら、きっとクロス元帥が見たら即刻部屋に拉致するんだろうな、なんて思ってしまう格好。


 ――――――確かに、目の保養にはいいのだが、その後ろが怖い。


 きっと、リーバー君もそこらへんのことを考慮して――只単に自分が耐え切れなくなりそうだったからかもしれないが――せめて白衣を掛けたのだろう。
 まァ尤も、その白衣のせいでいかがわしさが際立っているのだが。


「―――…まぁいいや。そんでクリスは何?」
 少しの間、リーバー君がこうむりそうな被害を計算して、まぁそのくらいは最初から考慮されているか、なんて思ってクリスの話を促すことにした。
「ぁ…、そうそう。なんであいつらが此処に来たんだ。いや、それは来ざるを得ないこともコムイが教団室長として断れないことも知っているんだが、」
 ―――だがな、と珍しく煮え切らない様子でクリスは言葉を続ける。


  あぁ。これはきっと。
「俺はリナリーの一時避難を申し入れたい」
  リナリー絡みだ。


「クリス?」
「ん」
「何処でそれを知ったの」
 きっと、彼お得意のゴーレムだろう。そう、端から予想はついているのだけど。
 だけど聞かざるを得ない。

 だってそれは、この教団を左右に振ってしまうような問題だ。
 緊急集会が開かれる。
 今、全国の支部長が、そして本部からの監査官が一同に此処を目指している。―――…いや、もうすでに半数くらいは集まりつつある。
 目標は只1つ。クロス元帥査問会の為だ。
 おそらくそれだけでは済まされず、方舟にまで追求の指は伸びるのだろうけど。

「何処で知ったの」
 もう1度聞いて、漸くクリスは少しだけ、話す気になったみたいだ。
 何かを酷く躊躇うように、だけど結局は口を開いて、押し殺したように言葉を紡ぐ。

「――――――あいつが、ルベリエが俺に逢いに来た」
 だから、とクリスの小さな声。

 クリスの手が震えている。
 ぎゅ、と硬く握った拳が脇にぴたりとくっついて震えていて。
 僕はと云えば、まさかそんな手で来るとは思わなかった。クリスはこんなにも閉鎖的な教団を嫌っていると云うのに。
 なのに、まさかその原因たる監査官が、査問会の前に、逢いに行くなんて思いもしないじゃないか。

「査問会、だろ。今からやるの」
「それも―――…」
「ルベリエの糞野郎が言ってたよ。クロスをいたぶり大会だろ?」
 そこまで云って、クリスは嘲笑を浮かべた。
「そんな事くらいでクロスが尻尾を出すわけねェじゃん。どうせまた煙に巻かれて終わりだ」
「それは―――…、」
 あながち否定できない。それどころかクロス元帥は煙に巻く気満々だろう。
「まあ」
 うん、と頷いておく。クロス元帥の事だから滅多な事では尻尾はつかませてくれない。だが、今回は問題があった。


「―――…だけど、今回は酷い事になりそうだ。きっとこれからの雲行きを決定する」


 そしてそれにクリスも気付いているのだろう。
「今回はアレンも危ない」
「うん」

 ――――――方舟、
 ――――――臨界点を超えたイノセンス、

「クロスはアレンの事は守らない。だから全部アレンが1人で乗りきらなきゃならない。ましてや―――…、あのクロスの弟子で、方舟を動かしたとなればヴァチカンも黙っちゃいない。どうせ『どこでもドア』程度の使い道しか知らないくせに」
 譜面、読んじゃったもんな。とクリスは呟いた。
 僕には何の事かよくわからなかったけれど、それはきっと方舟を動かす方法なのだろうと思った。

 きっとそれを僕が知らないことは彼を救う手立てになる。
  ―――もし、彼が異端審問なんかにかけられたら。それを止められるであろうきっと最後の手だ。これは今知っておく情報ではない。

「コムイ、守って」
「うん」
「リナリーはルベリエに会わせたくない」
「それは………、きっと無理だろうね。あの子のイノセンスは―――…」
 先の戦いで、あの子のイノセンスは。
「進化する。人も、イノセンスも。アレンの『神ノ道化』がそうなったように、俺の『神ノ道化』がそうなったように。リナリーのイノセンスが進化するなら、それはリナリーも願ったことなのだろうけど、素直には喜べないなァ…」
 その言葉から”幼獣”の片鱗をうかがわせる。まだ僕が此処に居なかった時を思い出す。

「尤も俺の『神ノ道化』はほとんど進化してないし、小さい頃は大きすぎてあんまり使えてなかったからよくわからないんだけどさ」

 ぎりと握りしめた拳から紅い液体が零れているのに気付いて思わず腰を浮かせたら、クリスは笑った。
「ねェ、コムイ」
「クリス、手…ッ」
「コムイ、約束しろよ」
「わかったから、リーバー君!」
 たらたらと血は床を濡らす。あげた声は悲鳴のようになってしまった。驚いたような顔で飛び込んできたリーバー君もげ、と吐き出すように言って、クリスに駆け寄ってその手の具合を確かめる。
「クリス、莫迦野郎。何でこんなに無茶してやがんだ」
「良いんだよ、リナリーはもっと傷ついたし、これくらいすぐ治る。そんな事より、約束しろよ、コムイ」
 手を見てぎゃぁとか悲鳴を上げたリーバー君に大した反応も返さず苦労は真っ直ぐにこちらを見ている。


「絶対だ。本部から来るんだろ? ルベリエが来たって事は誰かが下手すりゃ異端審問会にかけられる可能性があるってことだ。絶対に、それが誰であっても守れ。どれだけ疑わしき事があっても、それが教団に所属する者なら」


 視線が強い。
「―――…クリス、それは、」
 まさか、誰かが。
「異端審問会? かけられるだろうな。恐らくアレンは外せねェぜ」
 下手すりゃクロスもだろうな、と苦々しく呟いたクリスは神経質そうに髪をかき上げた。
「だから、お前が守れ。そのために此処に来たんだろう?」
 笑った。きっとクリスはずっと前の、もう何年も前の約束を覚えている。
 僕が、此処に来て室長になった理由も。
「ンじゃ、俺が言いたかったのはそれだけ。リーバー、手当てならあっちの部屋でしてくれよ」
 消毒液やら何やらを引っ張り出していたリーバー君にそう言って、クリスは部屋を出て行こうとした。リーバー君は僕を気遣わしげにみて、だけれども後に続く。

「クリス」
「うん?」
 僕はクリスを呼びとめた。
「…僕は、彼らを、」
 救えると思う…?

 それは決して聞いてはいけないことだった。
 だけど、不安になる。リナリーのイノセンスも変わってしまった。これでは、もしかしたらリナリーも寄生型になってしまうようなことがあるかもしれない。
 最後まで言えなかったのだが、クリスはそんな問いに答えるように、微笑んだ。

「出来るさ。やるんだろ、お前は。それに…いい加減アレンを守らないとアレン主義者がキレるぜ? あいつ、クロスに容赦ないし、ぶっちゃけアレン以外の人間に遠慮がないから誰に対してもイノセンス使うし」
 その言葉に、わきにいたリーバー君は想像したらしい。嫌そうな顔をした。
「皆が知ってるだろ? 俺がリナリーのことに対して恐ろしく沸点が低いように、あいつはその対象がアレンだってさ」
 そして、それが現実に起こりそうなことも知っている。
「それと…、あいつの行動を今のうちに制限しておいた方がいいぜ。あいつ、きっとアレンのために自分を不利に追い込もうとする」
「え…、クリス、それはどういう…」
「ンじゃーな、リーバー行こうぜ」

 クリスは全部は言わずに今度こそリーバー君を連れて出て行ってしまった。

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