悠久の丘で
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戻ろう、ホームへ
久しぶりに帰ってきた。
目的があって、俺はそれを実行するために1番良いタイミングで箱舟に乗り込んだ。
そこで1番最初に見つけたのは長い銀の髪だ。
何処を歩いていても目立つ。
そいつの表情は俺が見たことないくらいに厳しい顔で―――…、その実表面的には笑っているのだから恐れ入る。
小さい頃と何も変わらない。
何処で見ていてもきらきらして眩しくて、あれがイノセンスの使用によって瞬きする時間と同じくらいですべてが漆黒に変わってしまう様すら愛しさを感じていた。
紅い眼はいつだって真っ直ぐ見据えてあって、一瞬だって余所を見ない。
そして、久しぶりにその紅の目の強い視線に晒されたとき、俺はリナリーと話していた。
*
「―――…クロス…?」
息が荒い。
それは皆が皆同じことで、比較的体力のある若手のエクソシスト共が大きく肩で息をするほど全力疾走してきたらしかった。
「…クリス……」
問題はその中に”幼獣”が居たことだ。
真っ直ぐの綺麗な銀色の髪。それを神田とおそろいのつもりなのか今は結ばず垂らしていて、薄い影が頬に射す。奴は滅多に染めない頬をほんのりと赤く染めていて、思わず視線がかちあってどきりとした。
「クリス―――…」
「ぁ、リナリー、無事だったか!?」
なのに、
「クリス…? 私、どうかした?」
「ダメだろ、リナリー。こんな変態の傍でそんな無防備な恰好してちゃ」
そう言って、クリスは自分の団服を脱ぐとそれをリナリーの肩にかけた。
「ごめんな、すごく汚いんだけど」
中のタートルネックすら切られて喉の真横で切り裂かれていたり、脇腹がちらちら見えていたりする。
「え、でもクリス…」
「良いの。女の子がこんな変態どもの前で肌なんか見せちゃいけないの」
さりげなくひどい言葉だとは思ったが、自分自身変態と呼ばれるのに相当する性格をしているとわかっていたので特に何も言わなかった。
でも、さっきから俺を無視しているような気がしてならない。
少し、表情に出ていたのだろうか。
「師匠」
「なんだ、馬鹿弟子」
そっとアレンが近寄ってきて、何かを含んだ笑い方をする。
「なんだと言ってる。答えないなら…」
『断罪者』をそっと取り出し、クリスに見つからないように構えてアレンの米神のあたりに突き付ける。
絶対にクリスに見つかったら怒られるから。
「し…師匠…っ! ちょっと、それしまって、下さい―――!」
「煩い、クリスが気付くだろ」
「煩いのはお前だ、バカクロス。もう気付いてるんだよ」
少し高い声。呆れたようなそれが背後で聞こえびくりと肩をゆらす。
「――――――…クリス…?」
「てめ、人に軽々しくイノセンス向けるなって言ったのはお前だったよな」
『断罪者』に愛しげに触れる。その手付きが、酷くいやらしくて唇を無意識のうちに舐めた。
「どんな理由があったにせよ、俺はお前に滅多に『言霊』使わないぜ?」
確かに、あまり使われた覚えがない。
この間来た時道具と薬を使おうとしたら使われたけど。
「……っち、」
小さく舌打ちした。だから煩いって言ったのに。
「は―――…ぁ、助かりました、クリス」
「いやいや、別にね、どうって事ないし」
そう言って微笑む。その表情を見るとずるいと感じる。
俺には笑顔も、あの蕩けてしまうようなエロい表情もまだ見せていないのに。
「おバカの言うことなんて気にしないで―――…」
そう言って背を向けやがった。というか、やっぱり脇腹に走った裂傷がエロい。日にあたりもしないから白いままの透けるような肌がなんとも言えない。
そこを食い入るように見つめていたウサギとパッツンに思わず『断罪者』を向けたところでウサギに逃げられた。
「………ラビ…? どうしたんだ、そんなに怯えたような顔して」
「―――…な、なんでもない、さ」
「そう? 変な奴」
そう言って、クリスは頬にキスをする。
もともと確かにキス魔な所があったが、これは明らかに俺への当てつけだろうか。
一方でウサギは死にそうな顔をしているがな。
「―――…クリス…?」
「どうした、ラビ」
「え―――と…、」
クリスは後ろを向かない。
だけど、クリスの背の方では、静かに静かに角を生やしたアレンやクロス、それに加えて神田もいるのだから、怖い。
ひどく怯えた様子のラビにクリスは首をかしげて、アレンへと向き直った。その瞬間に酷く冷たい瞳を甘いものに変えられるのだから、やはり怖いのだと理解してラビはまた小さくなる。
「さ、アレン」
クリスは微笑んだ。しっかりリナリーの肩を抱いているが、どうにも男どもには百合にしか見えていないため、特に反発は起こらない。
その中で名前を呼ばれたアレンは声が上ずり、クロスはそれを鼻で笑う。
「な、なんですか、クリス」
つい、癖なのか微笑んでしまう。
「戻ろう、ホームへ」
そう言って、幸せそうに笑う。
「え…戻れるんですか…?」
「お前はここにどうやってきた? 箱舟は何のためにある?」
クリスは笑ってから、くい、と親指で向こう側を指す。
「箱舟はお前の云う事なら聴く。そういうこったろ、クロス」
「ああ」
「ほらな。なら、帰ろう、ホームへ」
寝たままのクリスリーを見てクリスはわずかに眉を寄せる。それもすぐになかったことにしてもう1度綺麗に微笑んで
「早く良い治療を受ければクロちゃんだって戻ってくる。何より―――…心配してるだろ、バクも、フォーも、コムイも」
クリスが、もう1度帰ろう、と言った。
「―――…師匠、どうすれば向こうに繋がるんですか」
「お前が江戸との接続を切れば良い」
「接続―――…?」
「大丈夫、ピアノを弾いて。それがこの箱舟の心臓だから」
リナリーを支えながらクリスは微笑む。
言われたままピアノの前に立ってから、やっぱりクリスは笑っていた方がいいなんて恥ずかしいことを思って、首をぶんぶん振った。
「えーっと…、『本船と江戸との接続を解除』」
「よし。なら、まずは江戸の子たちにつなごうか」
言われるままにつないで、ラビがいち早く逃げるように確認しに行った背を見て、アレンはクリスに向きなおった。
「なんで―――…師匠はともかく、クリスがそんなこと…」
「俺はもう何年もクロスと一緒にいて、ましてやハートの従者だから」
あまり説明にはなっていなかったけど、それで納得することにした。
クリスがふらふらし始めたせいもある。
「―――…お前、また無理しただろう」
さりげなく先にいち早く進んだ神田がクリスの腰を支える。
「……失礼だな、時間稼ぎのためだか知らないけどイノセンスをそこまで破壊して死ぬ気だった子に無理したなんて言われたくないね」
「―――…っう、」
「絶対帰ってきてって、言っただろ。俺も、リナリーも言った」
クリスはリナリーが居れば決して弱音は吐かない。そう言う風に、育ってしまったから。
その証拠に、今現在で触っただけでも骨にひび、ましてや折れている骨が何本かあることがわかる。
それでも顔を歪めることなく平然と話すのはそこにリナリーが居るからだ。
「次は中国支部に繋げますよ」
懐かしい顔が集結する。忙しすぎて少ししか経っていなかったように感じるのに、ミランダが泣いている。
アレンは笑った。
クリスは半ば意識を飛ばし始めた。
「―――…つなぎました!」
「御苦労さま、アレン」
神田はクリスを抱く腕を強くして、もうすでに脚が崩れそうなクリスを支える。それを後ろから凝視しているクロスは無視した。
「ほら―――…帰って来ました、よ」
箱舟の向こうにも懐かしい顔を見た。
アレンのすぐ後に出て、先に出て神田に寄り掛かるようにしてぐったりしているクリスを見た。
あの様子では治るのには少し時間がかかってしまうだろう。
その前に此処を離れよう―――…と、したら、
「あ、師匠まさかまたトンズラする気じゃ…」
「当たり前だ」
クリスにちゃんと意識が戻ってしまったら、俺はここから離れられなくなってしまう。その前に、と思ったのに。
「元帥、どこにも行っちゃ嫌です!」
――――――…正直に言おう、まさかそんな手に訴えてくるとは思わなかったんだ。
「リナ、リー…?」
「ぎゃぁ―――っ!」
後ろで悲鳴が聞こえる。
「元帥、もう、嫌です」
正直に言えば可愛かった。本当に切れてしまった髪が惜しい。
後ろで男どもがぎゃーぎゃー悲鳴を上げているとき、少しだけ嫌な予感がしていた。
何故って、リナリーがかかわっているからだ。
「――――――…へェ…? いい度胸じゃん、クロス」
そして予想通り、あまりの煩さに意識を取り戻したクリスが真っ直ぐに見ていた。
そしてその瞳には軽蔑がありありと浮かんでいた。
「…な、クリス…!?」
「リナリー、良いよ、そんな奴いなくても」
かなり怒っている。
「でも…」
「俺はリナリーだけ無事ならいいんだ」
かなり怒っている。
怒っている上に痛みのせいか幼児還りしている気がするその口調…。
「クリス…」
「ね、リナリー」
そう言ってクリスは微笑んだ。次に俺に向けられた視線はそれはそれは冷たいものだった。
「じゃぁな、外道」
―――…それは、無いんじゃないか?
クリスは、それっきり意識を飛ばしてしまって、少しも弁解させてくれなかった。
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