悠久の丘で
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紅い雪

「ある国に医者がいた」
 そう言った言葉が始まり。
「すごいなッ! ここより遥か東の国には花びらの吹雪があるんだって」
 そう、嬉しそうに言われたのが、最初。


  *


 珍しく自分はホームに戻ってきていて、今ではすっかり人当たりが柔らかくなったコイツが膝の上にいる。
「…なァ、クロス」
「なんだ」
 身を起こそうとしたクリスの額を押さえてクリスは渋々頭を元に戻す。背がぺったりとくっついて、まだ冬で部屋には暖房器具はないというのに暖かい。
「…もういい加減俺も餓鬼じゃァないんだからさ、膝の上のっけるの止めようって」
「まだ餓鬼だろ、幼獣」
「…ッ。…もう、そんなふうに呼ぶのもコムイかあんたくらいだろうさ」
 それどころか、”幼獣”がいた事すら知らないのではないか、今の教団関係者は。


 教団は、平和になった。
  かつての一時のことを考えれば。
 外は変わらない。
  だからこそ新しい使途たちが喘ぐ。


「気に入ってるだろう」
「…そういうわけじゃ、ないけど」
 諦めたのか胸に後頭部をつけた状態で再び本に意識を戻す。なんでもジュニアに借りたとか。
 珍しく戻った教団で最初にコイツから貰った言葉といえば「読書の邪魔だ」。
 酷いにも程があるだろう。
 抱きついてきて可愛らしく帰還を喜ぶわけでもなく、そんな風に冷たく返されればたとえ性格温厚な俺でも怒りは沸くというものだ。
 そのまま腕を引っ張って――1度自室に戻り酒瓶を取って――今いるのはクリスの部屋だ。
 相変わらず、というのか、比較的綺麗に掃除された部屋の端に備え付けてあるベッドを軋ませて男2人が座る。
 クリスの身長は何時ぞやより伸びたとは言え、まだ小さい。
 腕にとりあえず収まるくらいしか成長はしていないが。小さいときは腕の中にすっぽり入っていたのに。
 それが悔しくてなんとなく、唇をかんだ。
 確かに毎年のように大きくなっているのだろうが、年のうち会える機会が1回、期間は1週間なんて短い間ではクリスの伸びた身長に気をかけるより締りが良くなってしまった蜜壷を気にかける。
 裂けて出血すればその後回数は重ねられないため、そりゃァ慎重にクリスの性感帯を刺激する。ふっくらと膨れたソレは、何度突き立ててやってもふっくらとした丸みを帯びたままで、不思議にはなるのだが別に気にかけるようなこともない。
 穴があれば文句は言わない、というわけでは決してないが、女のものよりより強く締め付けるクリスの方が格段に良いが、それでも最初に抱いて久しい。
 これまで壊れなかったのだから、案外丈夫なのだと知っている。

 そして、目を瞑っていたってクリスが切なげに鳴く所がわかっていた。

 何年も、何年も、覚えこませるようにその身に穿って、2人で旅をした何年間と、教団に閉じ込められていた最後の何年間をすごした。
 守ってやっている、と見せて本当は溺れていたのはこっちで、彼の身体に絡みつく鎖を一時解放してやった。
 あくまで一時しか解放できなかったが、それでも今はまともになった。

 ”幼獣”と呼ばれていた頃はこんな風に無防備ではなかった。
 常に張り詰めた殺気を背負って、寝るときだって靴を履いていたくらいだった。
 クリスが安心していいのはリナリーのそばだけだった。


 そして、”幼獣”は死んだ。
 ―――現在の室長になった時に。リナリーを守らずとも良くなった時に。


「クリス」
「…んー? 何、クロス」
 視線は膝の上に置かれた本の上。
 声は上の空で、まったくこちらの言っていることなど聞いていないだろう。
 ムッとした。久しぶりに会ったというのに本に負けている自分に、そして――本とクリス自身に。
「クリス、俺の相手をしないつもりか」
「今は駄目…、いい所なの」
 クリスの瞳は真剣そのもので、本に穴が開くくらい視線を注いでいる。
 ちらりとその題名を読んだがよくわからなかった。
「…なら何をしても文句言うなよ」
 何のために教団に戻ってきたのか、意味がわからない。折角引き止める女を振り切って何ヶ月もかけて――最短距離で帰ってくればそんなに時間もかからなかったが――帰ってきたというのに。

 クリスの返事はなかった。

 返事がなかったから承諾ととった。
 返事がなかった事にも腹が立って肩にかかるくらいの銀髪に唇を添えた。
「…クロス?」
「良い、読んでろよ本」
「良いって言うかさ…」
 くすぐったいのか肩を上げる。サラサラの銀髪が顔にかかった。
「気にするな、俺は俺で遊んでる」
 どの道やめてくれ、と言われたってやめる気はなかったのだから、抵抗はないほうが良い。
 抵抗されるのも好きだけど、でも、時折は抵抗もなく食わせてくれると良い。
 コイツの身体に触れるのなんて、ほぼ1年ぶりなのだから。
 抵抗されて体力が落ちるより、散々注いでやって体力がなくなるほうがやはり、良い。

 クリスは返事のかわりにため息をついた。

 だけれども本を手放さないところを見ると続きを読む気なのだろう。
 面白い、と思って首筋に唇を押し当てた。
「…ぃッ…つ」
 非難するような声が漏れて、その実仰け反った首のラインが美しい。
「クロス」
 本が少し痛みを伴うような音をたてて落ちた。長くなった髪に口付けて、舌を尖らせて首筋を落ちていく。
「クロス…ッ」
 名を呼んで、少し手荒ではないかと思うほどに髪を引っ張られた。細くて白いしなやかな指に絡みつく自分の紅い髪。
 そういえば自分も随分髪が伸びたものだ。 少し感傷深くなって、クリスに気付かれたら間違いなく年寄り扱いされると思った。
「自分で遊ぶから相手になどしないで良いと、言っただろう?」
 揶揄するような響きを意識して唇に乗せて、恥ずかしがるであろうクリスを楽しむ。
「…クロスぅ」
 膝の上ならず床にまで落ちてしまった本を拾い上げてクリスの手に持たせるが、力が入らないのかすぐに重力にしたがってしまう。
「読書タイムは終わりか?」
 そんな簡単な問いにも答えられなくさせて、ようやく気が治まった。
「…やめさせたのはどいつだ…?」
「少なくとも俺じゃァないだろう」
「…っけ、よく言うわ本当にアンタは」
 昔よりはよく回るようになった口と、昔よりは頻繁に出る事がなくなった手足。今の状態で出ればそれはそれで良い格好になるのだろうが、昔よりリーチが伸びている。
 チァイナ服でも着て、太股の真横までスリットが入ってれば全然問題ないと思うんだが。コムイの野郎は持ってないんだろうか?
 チラリズムならリナリーあたりに服でも借りればぴったり似合いそうだ、とクリスの顎を押さえて上を向かせて細く笑む。
「…おいクロス。お前今考えてる事実行すんなよ、嫌な予感しかしない」
「何でだ? 絶対皆が振り向くような美男美女カップルになるぞ」
 にやにや笑って言ったらクリスは心底嫌そうな顔をした。
「…誰が美男だって…? …まァ、それは認めるさ、お前顔は綺麗だしな?」
 クリスは何回も顔だけは、と繰り返した。
「ンで、問題はそこじゃねェよな? 分かってんだろクロス。…誰が美女だってェ?」
「そりゃ勿論」
 ぐい、と持ち上げた唇に噛み付くように吸い付いて、急だったからであろう緩んだ歯の隙間から舌を入れ込んで吸い上げた。

「…ッ、ン」

 久しぶりの唇も薄く、だけど瑞々しい。
 だが初めてそうした時より何年も経っているからか、飲み込ませるために注いだ唾液を咽ることなく飲み込む。年頃だというのにさして出ていない喉仏がそれでもコクリと上下した。

「…久しぶりにキスしたってのに全然反応は変わってねェんだな?」

 過剰に上下した肩。腕の中に力の抜けた身体が、見上げて睨みつけているんだろう瞳は潤んで。
「…クリス、お前それじゃァ誘ってるみたいだって、何回も言っただろうが」
「…そんな事、俺の知ったこっちゃないし…なッ」
「知った事ない?」
 身体に力がまだ入らないのは見てすぐに分かる事。ふん、と鼻先で笑った。
「お前、ンな事言って街中で襲われたら間違いなくお前のせいだぞ」
 力が入らないならその邪魔な衣服を剥ぎ取るだけ。ぷちりぷちりとボタンを外して隙間から手を入れ胸を揉んだ。
「…クロス…ッ!」
「何だ、気持ちいって?」
 女と違って薄い胸に揉めるほどの肉は付いていない。その代わりに指の腹でぐりぐりと弱い胸の突起を攻めてやるとクリスは悔しそうに、だが気持ち良さそうに唇を噛んだ。
「クロ、…ス、ぅ…ッン」
「腰が揺れてるぞ、クリス」
 幼い頃から――それこそ10の歳になる前から――快楽を覚えさせた身体だ、快楽に敏感に出来てる。
 快楽に腰が揺れても不思議でもなく、寧ろ自然だった。
「…っ、や、だァ…」
「…クリス?」
「やだ…、クロスやめ…ッ」
 自然なのに。
 快楽に苛まれているのに否定されてムカついた。
「何が嫌なんだ? こんなに感じて、それでも嫌だというのか」
 胸を弄ったまま首根元の背骨に尖らせた舌を滑らす。
「…誰か男でも出来たか」
「…ちが…ッ」
「俺が調教したんだからな、さぞかし楽しんでるんだろ」


 そう言った時だった。
  ―――つい先ほど部屋によって持ってきた酒瓶をすごい勢いで叩きつけられた。


 ガシャン、と大きな音がして至近距離でガラス瓶が砕ける。
 当たり前だ。自分の身体にぶつかって割れたんだから。
「…違うって、言ってるだろ…。話し聞けよ!」
 アルコール濃度が高い液体が頭の上から髪を滴り服とベッドを汚す。流石と言うべきか、今まで振り下ろされた瓶で少しでも怪我させられた事なんて1度もなかったから少し楽しい。
 砕けたガラスで怪我をした、というより殴られたその衝撃で肌が裂けたらしい。
「…男なんか出来るか、俺は男だ」
 髪をかき上げた時掌に付いた自分の血を見て笑みが浮かぶ。
 クリスはその手を引き寄せ付いた血液を舌で舐め取った。
「俺の話を聞けって、まだ言わなきゃわからねェ?」

 血液より澄んだ綺麗な紅い瞳。
 どんな銀細工よりも繊細な細い糸。

 クリスのまだ小さな手が髪に触れて、怪我したであろう箇所に舌を伸ばす。
 抱かれた頭が押し当てられてクリスの心音が強く鼓膜を打つ。
「俺が止めてくれって言った理由、聞く気もないわけ?」
 肌に感じる舌が熱い。

「俺の言葉はアンタの耳を汚すだけのものか」

 ゆっくりと離れた手と最後強く吸って離れた舌。
「俺の話、聞いてもくれないのか」
 頬に手を当てられ下に移動した視線が合わさった。
「…、話せよ」
 小さく言ったらクリスは優しく笑んだ。
「…はァ、ンっとにアンタは話聞かねェの直ってないのな!」
 そう言って額を流れる酒を舐め取る。だが口調の割には怒っていないようだった。
 落ち着いたように、自分の居場所とでも言うように俺の手の中に納まって、胸に頭をくっつけて見上げてくる。

「…なんだよ、そういうトコも好きなんだろ」
「莫迦、うぬぼれんな」

 声のトーンがいっきに下がって、怖かった。

「違うの、俺はお前に文句が言いたいの」
 今ここで触れて怒られないか悩んで宙に浮いた手を、クリスが取って指を組み合わせた。
「お前、戻ってくるたび俺が会いにいくたび速攻で肉体関係に持っていこうとするよな」
 事実だけに何も言えない。…言ったところでクリスに睨まれる。
「俺ね、ンな事しなくたって今更お前を嫌いになったりとか、お前を忘れたりとかしてねェぞ?」

 この言葉は意外だった。

「お前がすぐにセックスしようとすんの、ムカつくんだよな。お前、俺に会いに来てんじゃなくて、ていの良い性欲処理に来てんだろ」
「…はァ?」
「お前に会うとセックスしかしてねェじゃんかよ、だったら俺に会いに来るなよ…俺も行かないから」
 握られた手が痛い。
「クリス?」
「お前が目的なのは、セックス? 女でも買えよ」
「…クリス」
 さらりと言われた言葉に、言った言葉に傷ついた顔をしてるクリス。俺もそうかもしれない。
「…クロスなんか嫌いだ」
 ここからじゃ見えないけど、握られた手が痛い。もしかしたら泣いてるのかもしれない。


「クリス」


 こんな時にする話ではないかもしれないけど。
 だけどこんな時だからするべきかもしれない。
 すっかり自分の手の中に納まってしまうクリスを抱きしめて言う。
「お前、小さい頃何処で聞いてきたんだか桜吹雪の事を言い出したの、覚えてるか?」
「…はァ?」
「俺は日本にも行ってきた。確かに春なのに薄紅の花びらが風に煽られて吹雪みたいに散る」
「…なんの話して…」
「昔な、この国のように桜が咲かない冬だけの島で、桜を咲かせた医者がいた」


 まだ小さい頃の幼獣が暇つぶしに本を見つけたときに騒いだんだろう。
 あまり詳しくは覚えてないがその時のクリスの顔と、その言葉だけはよく覚えている。

  『クロス! すごいぞ、ここより遥か東の国には花びらの吹雪があるんだって』

 珍しくも、そんなに騒ぐほど見たいわけでもなかった俺の腕の中で、クリスは。

  『…すごいなァ…。俺も見てェな』

 その時の表情は忘れない。その後にまったく別の文献を見つけた。
 冬しかない島に、桜を咲かせた医者の話。


「その島はほぼすべての国民が病におかされていた。医者は1人、その国の病を、治そうとしていた」
「…クロス?」
「医者は以前どんなに有名な医者に診せても治る訳がないと言われるほどの難病に伏せていたが、死を引きずったまま旅をしていた。その旅の中で見た美しい桜の華が、医者の難病を癒した」
 何を言うんだと、そういう顔をしている。
「医者はその冬しかこない島の病気を治すには…自分の時もそうだったように、桜が咲けばいいのだと考えて研究を始めた。目を疑うような満開の、心奪われる桜が咲けば――…人々の病は治せるかもしれないと」


  『そんな桜があったら、戦争なんかなくなるかもしれないのに』
 そう言ったお前の表情を忘れたことなんかない。


「研究に何十年もの月日が流れた。医者は歳のせいで病にかかり…あと数日の命の所でようやく念願の反応を得る」
 それは、なんの変哲もない塵だったそうだ。
「医者は…その国に桜を咲かせる事なく死んだそうだ。たった1人だけいた、彼の理解者を生かすために、医者すら倒れたその国を救うために罠にかかってな」

 その文献を書いたのは誰だか知らない。

「だが、桜は咲いたそうだ」
 雪しか降らない万年冬の島に、病の治癒を願った医者の研究は。
「彼の理解者が――、その国を去るときに。彼の理解者と理解者の親代わりがその国の病を治したときに、雪だらけの島に、満開の桜を」

 桜色の塵によって着色された、雪。

「クリス、お前桜が見たいといってたこと、忘れたか?」
「…そんな事、言った?」
「お前が小さいときに」
 銀色の髪を梳く。
「俺が桜を咲かせてやるよ、戦争が終わったときに、必ず」
 何十年もかかって得たというその桜色の塵は、まだ出来ない。
「お前に必ず見せてやる」

 聞きたかった。
 お前はアレンに何も聞いていないのかと。
 俺が女遊びならいざ知れず、男なんかで遊ぶものか。
 俺が男に冷たいことを、聞いていないのかと。
 男相手に欲情なんかしないんだと。
 その身体の隅まで覚えこませたかった。
 お前くらいだと、こんなに優しくしてやってる男は。

 俺は。
 お前が忘れてしまうくらいちっぽけな発言に踊らされて、研究を始めた。


「俺がセックスだけで大嫌いな教団に戻ってくると、本気で思ってるのか」
「………お前、言ってること、脈絡がまったくねェんだよ…」


 俺は医者のように死ぬのだろうか。
 桜を咲かせる前に死ぬのだろうか。
 そしたら…医者の唯一の理解者のように、お前は泣いてくれるだろうか。


「…なら、戦争が終わるまで死ぬなよ。俺はお前の為に泣いてなんかやらないからな」

 泣いてくれないらしい。
 もうすでに泣いてるというのに。
 笑った。素直じゃなくて幼獣らしい、と。


「…とりあえず、セックス目的だけで会いに来てる訳じゃねェってのは信じてやる」


 分かってくれたのなら、こんな面倒くさい話をした甲斐もあるというものだ。
 俺が、どれだけお前を大事にしてるのか、知ればいい。
 知って、その時俺が生きてればもっと良いと、珍しくそんな事を思った。

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