悠久の丘で
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悩みの種

 ボクはエクソシストです。イノセンスに見初められて戦場に立つ資格を得ました。
 だけど、今は――――…、今は此処にいさせてください。

 ハートを持つこの少年を、戦場を知らずに育てたいのです。
彼が戦場に立たずにいられるならボクはどんな事でもしましょう。


  *


 ボクの最近の悩みと言えば、ただ一言。「マスター」に尽きる。

「…マスター?」
 声をかければ紅い髪の元帥は顔を上げる。顔半分を覆う仮面のせいでいまいち表情は読めないが、同じように紅い瞳がこちらを射るように見る。膝の上に乗せられた厚い本から目を離してこちらを見る。
「なんだ」
「いや…なんだっていうか、アンタがなんだっていうか…」
 だって、そもそも見てたのはアンタだろう。
 今、家にアレンの姿はない。彼は今、買い物に行っている。

 散々アレンには「気をつけて」と念をおされたが、何のことなのやら。

「その…視線がいい加減痛いんですが」
 そこまで言って、初めてこの人は表情を変えた。
「何でもない事だが」
 そう、前置きをするのだから何かあるのだろう。

「お前は相変わらず体も綺麗なんだな」

 喉が空の呼吸音を発する。
「…ッな!?」
「綺麗だと、言ったんだ。教団を出る前と変わらない…」
 自分でも分かった。表情が、変わる。


  *


 すらりと長い肢体。しなやかに伸びるソレを惜しげもなく、危機感もないのか出し、目の前でしきりに時計を覗く相手を見る。暇つぶしをかねて持ってきた本は膝の上に置いたままで、あまり視線は下に注がれてはいない。
 細いが触れれば筋肉も付いている事が分かる腕と脚。
 白いそれが惜しげもなく出されていると変な気にもなってくるのは男としての甲斐性だろうか。
 とりあえず、視線もそらせなくてじっと見ていたのだ。
 すると、弟子の兄から声がかかった。
「…マスター?」
 呆れるように、困惑するように鼓膜を打つ空気の振動が何故か心地良い。表面上だけ本に落としていた視線を引き上げてみた。
 弟子がいたならば早急に頭から毛布をかけるであろう瞳で見て、だけれども気付かないコイツを心の中で薄く笑う。

 教団でまことしやかにささやかれていた事。
 コイツはそれを知らないだろう。

「なんだ」
 何の気もない、とでも言うように返せばかりかりと頭をかいた。
「なんだっていうか、アンタがなんだっていうか…」
 だが、馬鹿なわけではない。エクソシストになって時も経つ。
 居心地悪そうに2、3度座りなおした。
 細身のズボン。見て、それで細いと思うのに、それでもクリスの脚はまだ細い。細くて適度に長い肌理細かい腕は家の中だからか半袖で、二の腕の中ほどから露出している。
 男だというのに、そろそろ良い歳になるというのに体毛の薄いクリスの腕や脚は、見ていると女をふつふつと思い出させた。

 さわり心地の良い、あの柔らかな。

「その…視線がいい加減痛いんですが」
 意図が掴めないからかやや不安そうにも見える表情で言ったクリスに軽く頭を振る。

 まっすぐな銀の髪。誘うように揺れる、紅い瞳。

「何でもない事だが」
 そう前置きでもしておかないと彼は怒るだろう。怒った彼も綺麗だが、そうすると食事抜きに加え話しかけても無視される。綺麗にそこだけの言葉が聞こえないように無視するクリスに、恐らく弟子は乗るだろう。
 だって、俺は邪魔者なのだから。アイツにとって。
 血は繋がっていない兄を好いた少年は恐らくは何でもする。
 その身にクリスの体温を感じる為なら、何でも。
 そういうところが…、なんとなく似ていて自己嫌悪に陥るから弟子は好きじゃない。
「お前は相変わらず体も綺麗なんだな」
 全部が綺麗だと、弟子は言うだろう。それを恥ずかしがり否定するクリスの肩を抱き、アイツは否定を否定するだろう。
 だがクリスの視線は細くなり、不機嫌そうに瞼をおとして幾度か息を吸えば声を発する。
「…ッな!?」
 よほど教団で嫌な事でもあったのだろうか。

 例えば室長絡みで?

 お稚児趣味でもあった、と言えば間違いなく信じられるような室長だったし、クリスは教団を出て以来戻ってくる意思も無かったように思える。
 エクソシストに手を出すような肝の据わったサポート班はなかなかいない。戦争の駒として実際に働くのはエクソシストであるクリスらと…そして戦場での最低限のサポートをする探索班。
「綺麗だと、言ったんだ。教団を出る前と変わらない…」
「…ボクの事知って…!?」
 クリスが教団に居た5年前。14歳の時までおとなしく教団の檻の中に入っていたらしいクリスは8年間の間に俺が教団に帰ったのは1度きりだと、クリスは言っていた。

 俺は、事実教団に居たときのクリスに、会っている。

 相も変わらず綺麗なままで。誰がなんの策を弄してもコイツを汚すことは恐らく一生掛かっても出来なくて。室長の絡む手を、イヤらしく蠢く手を無感情に叩き落としていた。
 それが、俺が最初に見たクリス。
 今よりは髪が短くて、弟子を目の前にした時のような瞳に光はなくて、本当に”教団”という檻に閉じ込められているような。

「話したことはないけどな」
 そんな事をすれば、室長にいいように使われていた権力が動く。
 クリスの周りを、いつでも権力が渦巻いていた。本人の意思をまるっきり無視して渦巻く権力は、室長そのものだった。
 室長の権力にあえて逆らってクリスと話す奴もいない。
 そんな事をすれば室長に暇を出される。そして追い出された探索班や科学班の人間の数はエクソシストの数より、イノセンスの数より多い。
 次第にクリスの相手は室長だけになっていったという訳だ。

 実に巧妙で、幼稚で、そして稚拙な罠。

 それを鼻先で笑ってクリスを見る。
 あの無表情だった人形のような顔が、今は一人のエクソシストになりかけの少年と強い意思の下にあった壮年の男のおかげで今はどうだ?
 今なら教団に戻ったところで彼の表情が失われることもないだろう。
 6年とは意外にも長く、彼を蝕み続けた室長も、それに続いた関係者もほとんどがその姿を見せない。
「随分と綺麗な顔だとは思っていたが、表情が全くなかったあの頃より今のほうがずっと良い」

 本心だ。ただの、滅多に見せないような。

「…知ってるなら、声掛けてくれればよかったのに」
「声を? いつだ」
「来たときに…と思ったけど、そっかァ、マスター、仮にも元帥だもんな」
 ただの一般エクソシストに声を掛けるほど暇じゃなかったのか。
 勝手な理由で納得しているクリスに本当のことを告げるのはやめておいた。
 コイツに口を滑らせればその内弟子にまで伝わり弟子から詰られるのだ。

 『何でそんな事を伝えたのか』と。
 『心に留めておく事も出来ないほど貴方の胸は小さかったのか』と。

 そして、彼は慰めるのだろう。自分がここにいるのだから、いいではないかと。
 あれは間違いなくAB型だろう、とふと思った。
 きっと、アレのことをあまり好けないのは自己嫌悪なのだろう、と再度思った。
「俺が教団でお前を見たのはそれが最初で最後だがな」
「当たり前でしょう、ボクがあそこにいた時にマスターが帰ってきたのはたった1回だけですから」
 その後は…と、続く言葉は濁った。
 クリスが出て行った5年前、というのは、ちょうど前室長が辞任した年にかぶる。
 何かあった、と勘繰る事もできるが――恐らくは実際に何かあったのだろうが――それを聞くほど子供ではない。言いたくないのなら言わなければいいのだ。
 それを無理やり聴こうなんて思っちゃいない。
「あそこは俺には合わん」
 色んな空気が。
「好き嫌いだ、そんなの。ボクだってあそこに8年間いれたんだ」
 言葉が重みを持っている気がするのは気のせいだろうか。
 気のせいではないだろうが、あえて流す。その話が続くとクリスにも悪いだろうし、俺にも分がない。

「此処が、いいだろう」

 その問いに、クリスはすぐには答えなかった。
「…それは、勿論」
 ただ、多少固い声で呟くように。
「弟子は大丈夫だろう」
「アレン…?」
「お前が心配する事なんて、そんなものだろう」
「…あと、マスターの金遣いの荒さ…」
「それは気にするな」
 どんどん部が悪くなってきて視線を外した。
「それに金はなくなってもどうにかなる」
 貢いでくれる女は沢山いる。
「どうにもならないでしょうが、馬鹿マスター。アレンに働かせるんだったらボクが外出るからね」
 そういう言い方をされると、まるで体でも売ってきそうだと思った。
 だけれどもそんな事は絶対にないと信じていた。弟子が泣くような事は、きっとしないと思っていたからか。


 ―――…だから


「…体を売ってでも稼いでくるさ」



 そう言ったクリスの顔を直視した。
 信じられないような言葉に目を見張り、そして騙していた自分の内の熱に意識を傾けた。
「…マスター?」
 だからか。

 次にクリスの声で我に返ったとき、俺はクリスをその場に敷いていた。

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