悠久の丘で
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白の片翼
ボクはエクソシストです。イノセンスに見初められて戦場に立つ資格を得ました。
だけど、今は――――…、今は此処にいさせてください。
ハートを持つこの少年を、戦場を知らずに育てたいのです。
彼が戦場に立たずにいられるならボクはどんな事でもしましょう。
*
ジリジリと脳の奥のほうが痛い。
「…ッ」
「どうした」
急に襲われてつくろう事も出来ずに、頭を押さえる。
何かに脳を締め付けられているような、そんな痛み。
これは―――、最近は随分とご無沙汰だった…
AKUMAの生まれる瞬間
「…元帥、この町のどこかで…」
最近に人を亡くした家はどこだ。どこに波長が強い?
「…製造者が…、AKUMAを造ってます…ッ、ぐ」
思い出せ、場所まで特定できたじゃないか。痛みに意識を奪われている場合じゃない。
「…多分、この町のはずれの墓地…」
「墓地?」
コクリと頷く。
まだ頭痛はする。それどころか先ほどより強くなってそのうち脳が破裂するんじゃないかと思えるくらいだ。
声が痛みに掠れた。
「なら休んでるか」
「…っは、ふざけないでください」
膝を掴んで気合でも入れるように立ち上がる。
痛みが断続的に続く脳は放っておくことにした。
「貴方、場所、知らないでしょう」
墓地の方の空を見上げる。嫌な感じの黒さだ。
「来るなら来るで良いですが迷わないでくださいね」
痛みに飛びそうになる意識を器用に繋いで。
意識してイノセンスを片方、発動する。
「『流れ、去り行く風に望みます』」
イノセンスを使い始めた事が空気の振動で分かったのか元帥の手が肩に触れる。
どうやら便乗して『飛ぶ』気らしい。
まぁそれでも良いさ。ボクはさっさと行きたいんだ。
アレンの姿が何処にも見えない。
「『この痛みの元へとボクを運んでください』」
風が膨張するのが分かる。肌を通して、イノセンスの声を借りて風が集まってくるのが分かる。
「元帥、飛びますけど落ちないでくださいね」
はじけそうなくらい高密度の風の中で言った。
「落ちたら軽く死ねますから」
*
何がその無機質なボディにかきこんだのか、骨組みの額に五芳星と共にマナの名前が刻まれる。
「マナっ!」
「…ア、レン?」
骸骨が返事をした。
それだけのことが堪らなく嬉しくて涙が出た。
「…マナぁ」
マナが帰ってきた。
もう泣かないで良いんだよ。
もう耐えなくて良いんだよ。
もう、そんな風に泣きたいのに笑わないで良いんだよ。
ね、クリス。
「…アレン、クリスは何処だ」
「クリス? ごめんね、何か忙しかったみたいでわからない…」
その声が、何かを押し殺したものである事にボクは気付けなかった。
何かが変だと思ったのは、マナが僕にのしかかって、その鋭い腕で顔を切ったときだ。
「なんて事をしてくれたんだ、アレン!」
紅い、熱い、イタイ…?
「千年伯爵に捕まった! 逃げられない!」
「…マナ?」
どうしてこんな事…
「早くクリスを! 取り返しがつかないことになる前にクリスを!」
体が動かない。
マナの腕がまたもや振り上げられる。
―――目を瞑った。
「…もぅ」
ガキンッという金属音がして、肩に暖かい手のようなものが当てられた。
「アレンの馬鹿…」
「…クリス?」
「クリスっ」
目を開ければマナと僕の間にクリスが入っていて、金属の細長い板状のモノでマナの腕を止めている。
「…大丈夫だよ、マナ。貴方が安心していられるように…」
クリスが優しくマナに微笑みかけた。
「ボクが、殺してあげます」
マナが、笑った気がした。
「…ありがとう、クリス。早く殺してくれ」
「…うん、上でゆっくりとおやすみなさい」
クリスの手が震えている。
ねぇ、殺すってどういうこと?
またマナは動かなくなっちゃうの?
「クリス!」
「アレン、あのね…」
持っている棒でマナの手を遠ざけた。力で押した。
僕はクリスに強い力で抱きしめられる。ぎゅっと、カラダが痛いと思うくらいに抱きしめられる。
「マナはもう戻って来れないんだよ」
ポタリ、と頬に雫が落ちてきて、見上げたらクリスは泣いていた。
「マナはいくら呼んでも戻って来れないんだよ。このままじゃアレンが殺されて…」
クリス、泣いてる。
「マナは罪の意識に苛まれながら人を殺すんだ」
押し返されたマナが、もう1度腕を振り上げられた。
「『結界』」
マナの腕が何かに弾かれたようにクリスに触れない。
「マナは永遠に苦しみながら兵器になるしかない」
クリスの綺麗な銀髪が、艶やかな漆黒へと変わっていた。
「だからアレン」
黒の髪も綺麗で、泣いているから泣かないで、と言いたかった。
「マナは壊してあげなきゃいけないんだよ。その為にボクがいるんだから」
*
「んー、もう。誰ですカ? 我輩のAKUMAちゃんを苛めるのは」
風が体を吹き上げる感覚の後、気付け墓地にいた。
だが墓地の中にいるクリスに対して自分は墓地の外。
幾度か手を突っ込んでみたが、クリスのイノセンスのせいか中に入る事は出来ない。ただ、声は聞こえる。
「…あぁ、千年公。お初御目にかかります、ボクはクリス」
「あらあら、はじめましテ」
千年伯爵がペコリと頭を下げる。
「悪いのですがこの魂は返させて頂きます。ボクはマナがこうして生きる事に望みなんて抱けない」
「…エクソシスト?」
「えぇ、そのとおりです。是非、ティキ・ミック卿に挨拶をお願いしますね」
「…ティキぽんですカ?」
「えぇ。ボクは―――」
クリスは自嘲的に微笑んだ。
「ティキ・ミック卿にエクソシストとしての誕生の際、立ち会っていただきましたので」
自嘲の色が濃い。恐らく立ち会った、といっているのは2つ目のイノセンスだろう。『神ノ道化』は報告によればAKUMAに内蔵されていたダークマターだったらしい。
もう1つの『言霊』は生まれたときからそののどに埋め込まれていたらしいから、ノアとの接触などないだろう。
通常1つのイノセンスしか持てないエクソシストの中の、例外。
彼のみがイノセンスをその身に2つ宿す。
それはハートへの関連性を示しているのか、はたまた彼がハートの保持者なのか、ただへブラスカにはこう、言われたらしい。
『このままでは運命は巡らない。まだ何かあるようだな』
1つ目のイノセンスのときに予言が出なかったのはある意味正しく、2度目にへブラスカにイノセンスを見せたときに、ようやく予言が見えたらしい。
『「時の破壊者」の従者となろう』
それにしても不思議なものだな。
2度目ともなれば違和感に慣れたクリスにヘブラスカは言ったそうだ。
コムイまでもが同じように首をひねっていた。
「確かにクリス君、不思議だよねェ」
それ以来クリスの名は元帥に伝えられた。
”恐らくは最重要人物”として。
「ティキぽん、ちゃんとハッピーバースデーって歌ってくれましたカ?」
「…えぇ、非常に不本意そうな顔をして」
クリスが微笑む。
「そうですカ。じゃぁティキぽんに伝えておきますネ」
千年伯爵は機嫌悪そうに答えた。
「じゃぁ、伝言よろしくお願いします」
「えぇ、クリス。貴方の名前ちゃんと覚えましたヨ」
溶けるようにして消えた千年公をクリスは見送ると、自分の右手の甲にキスを1つ落とした。
「…人異なる力に祝福を。そして父に永久の眠りと安らぎを」
ごめんね、マナ。
唇の動きだけで、音は聞こえなかったが確かに彼はそう言った。
それに養父は魔動式ボディで微笑んで見せた。
「愛してるぞ…」
…かのように見えた。
「アレン、クリス」
『神ノ道化』によって動きを止めた魔動式ボディは灰になり、2人はずっとそれを見つめていた。
*
「ほら準備できた?」
「あッ、待ってよクリス!」
白い髪が揺れる。
「遅い」
「…仕方がないでしょう。なんですか30秒で準備しろって。無茶にも程があります」
文句を言ったクリスの隣にはアレンがいて。
「えっと…師匠?」
「なんだ」
まっすぐな視線が刺さる。
「これから、よろしくお願いします」
マナ、行ってきます。
僕みたいな人を減らすために僕は。
だからそこで見守っててください。
…行ってきます。
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