悠久の丘で
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最愛の死神


 ボクはエクソシストです。イノセンスに見初められて戦場に立つ資格を得ました。
 だけど、今は――――…、今は此処にいさせてください。

 ハートを持つこの少年を、戦場を知らずに育てたいのです。
彼が戦場に立たずにいられるならボクはどんな事でもしましょう。


  *


 別れと、忌むべきものは唐突にやってきた。
「…マナ?」
 隣でクリスの声がする。クリスが呼んで、でもマナは動かない。
 ふいに、クリスの手が僕の肩に回った。
「…アレン」
 僕はマナを凝視する。

 どうして返事もしてくれないの、マナ。
 どうしてそんな所で寝てるの、マナ。

「アレン、マナは病気で…」
 クリスの声が遠く聞こえた。
「マナ、クリスがご飯作るから一緒に作ろう?」
 クリスの手が、僕の肩から落ちた。
「マナ…」
 どうして? 僕とクリスが買い物に行くときは笑ってくれてたじゃない。
「なんでこんなに冷たいの?」
「アレン」
 クリスが呼んだけど、無視した。
 逆に振り返って、膝を折っているクリスに問う。
「ねぇ、クリス。なんでマナ動かないの? なんで眠ってるの?」
「…ッ」

 僕はクリスに抱きしめられ、冷たくなって動かなくなったマナから離された。


 マナの「お葬式」というものは、その日から3日後だった。

  *

 その日はクリスが何故かバタバタしていて、僕は暇だったのでマナの傍にいた。
 冷たい地面に腰を下ろして、マナ・ウォーカーと書かれた十字架の前に足を抱いて座る。
「マナ…」
 彼が冷たい土の中で眠るんだよ、とクリスにいわれたとき、僕は泣いた。
 初めてクリスに嫌いだ、と言った。
 クリスは悲しそうに微笑んで、だけど何もいわなかった。

 だけど、僕は知ってたんだ。
 クリスが夜中に泣いていたことも、クリスが泣きそうなのに唇をかみ締めて掌から血を流すくらい我慢していることも。

 クリスは僕にもう1つ、言った。
「絶対にマナの名前を読んじゃだめだよ、アレン」
 製造者が来てしまうからね。
 クリスが悲しそうな顔で、あまりに真剣に僕の腕をつかんで言うからうなずいたけれども。
 だけど、マナの名前を呼ばないなんて無理だ。
 マナは他のみんなとは違う僕を拾って、育ててくれたんだから。
 クリスは僕に、「会いたかった」って言ってくれたけど。
「…マナ」
 でもやっぱり、マナに戻ってきてほしい。
 クリスはそれを望んじゃだめだというけれど、どうしても。
 僕はマナとクリスと3人で暮らしたかったんだ。

「おやァ? ボク、泣いてるんでスか?」

 そんな時だった。
 少し太った大きな人が僕の前に現れて、変な傘を雨でもないのに差して、現れた。
「あぁ…」
 その人は僕の目の前のマナの墓に目をやって、ハンカチを取り出した。
「愚かな神に最愛の人を奪われたノですカ」
「…誰?」
 クリスに知らない危ない感じの人とは話しちゃだめだよ、っていわれてる。
「我輩ですカ? 我輩は製造者。神に奪われた愛しい人をこの世に連れ戻すお手伝いをする者デス」
「…じゃぁ」
 じゃぁ、と続けた。
「マナを連れ戻してくれる…?」
 にぃ、と笑った気がした。
「モチロンですヨ」


  *


「…くそッ」
 血反吐でも吐くかと思った。
「なんでこういうときに限ってこの町にエクソシストなんて…」
 この間なんでも室長が変わったらしい。新しい室長はエクソシストの兄らしく、そういえば出てくるときに入ってきたリナリー・リーには兄がいたはずだ。
 そして、新しい室長はコムイ・リー。
 兄なんだろう、と思った。
 そしてその兄からの連絡。
 知ってたならもっと早く言ってほしかった。
「あぁ、クリスさん。そろそろその町にエクソシストが行くかもしれませんよ」
 どこで知ったんだか居場所を知られてて、もしかしたらアレンの存在も知られてるかもしれない、と思うと血反吐でも吐きそうだった。
 室長が彼に変わってから以前ほど強引ではなくなったものの、それでもエクソシストの数は20に満たない。
 イノセンス保持者だとわかれば連れて行かれるかもしれない。
 せっかくボクのすべてをかけてでもあの子の目を戦争から遠ざけたかったのに。
 舌打ちして、罵れるだけ罵る。
 唯一の救いは相手が来ているだろう団服を、今自分は着ていないということ。そして、アレンの顔までは知らないだろうという事。
 今回来るのがあの人でなければ。
 あの人ならまだしも、あの人でなければ。

 クロス・マリアン元帥でなければ、アレンの平和な生活は2度とやってくる事はないだろう。
 彼が噂どおりの人間なら、アレンには見向きもしないはずだ。

 そして紅い髪を見つける。その上には黄色の大きな物体。
 思わず勝利の声を上げそうになってから、何故か具合が悪くなりつつある頭を押さえて彼の元へと行った。
 あれか、アレンに何かあったのか。
「どうも…はじめまして、クロス元帥」
「…んぁ?」
 相手は不審な目で此方を見下げた。逆にボクは見上げて言う。
「ボクはクリス。…エクソシストです」
「…クリスっていうとあれか」
 信じたのか信じてないのかクロスは言う。
「『言霊』と『神ノ道化』」
 ここまでズバッと当てられるとは思わなかった。
「…なんで貴方みたいな方がボクのイノセンス…」
「通常1つの欠片にしか認められないというのに、2つに認められて…その上その両方ともが珍しい寄生型と聞いて、それでも理由を問うか」
「…別に、ボクにとっては珍しくもなんともないですから」
「ともかく教団では初だ。珍しい」
 ところで…、と聞かれた。
「なんです?」

「お前は本物のクリスか」

 エクソシストは人を疑うのが仕事である。


  *


「いいデすカ」
 大きな人は大きな骨組みを僕の前に出した。
「これに貴方の愛する人の名が刻まれれば完成デス☆」
 ここ、と骨組みの額をかさで突いた。
「コレにはですネ、生前最も親しかった人の…、貴方の呼び声でないと名前が刻まれないのデスよ。だから呼んでクダサイ」
 ポンポンと骨組みを叩いて、僕のほうを見る。
「愛しい人を愚かな神から奪い返すのデス!」

 あぁ、これでマナが帰ってくる。
 そうしたらまた3人で暮らせるよ、クリス。
 クリス、泣かないで良いんだよ。
 クリス、笑って良いんだよ。

 ね、クリスの為に…


「マナ―――っ!!!」


 僕は神の手からマナを取り返す。

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