悠久の丘で
top about main link index
Menu>>>
name /
トリコ /
APH /
other /
stale /
Odai:L/
Odai:S /
project /
MainTop
闇に囚われた者
大嫌いだ、と言った君に無理を強いたのは僕だ。
大嫌いだという所に彼を墜として、今、世界は成り立っている―――。
どうやらツインテールの女の子はリナリー、という名前らしい。
*
「ほらほら、ぼーっとしてないで早く入る! 門、閉めちゃうよ?」
リナリーの言葉に、クリスは素直に、神田は渋々といった風情で従った。突きつけられそうだった刀を腰へと戻し、神田は機嫌悪く足早に門の中へと入っていく。
「ほら、アレンも行こう? 一回閉めると開けるの面倒だから」
「…あ、はい」
その様子を微笑みながら眺めるクリスとリナリーに促され、ようやく、黒の教団に足を踏み入れた。
*
「改めて挨拶しようか。俺はクリス。エクソシストだ、一応ね。別に求められれば科学班としても生きていけるから、特に線引きした事、ねェけど」
門に入ってすぐ。まだ城内にはいる前。
「私は室長助手のリナリー。室長の所まで案内するわね」
「あ…、宜しくお願いします。僕はアレン・ウォーカーです」
ひとしきり友好な態度を取っている面々での自己紹介は終わった。
友好でない態度の神田は、足早に立ち去ろうとする。その背中にクリスが声をかけた。
「ユウ、挨拶は?」
「…呪われてる奴にする挨拶なんかない」
ムッとするが、事実なので言い返せない。だが、差別だ、と思った。
「…ユウ、わがまま言ってるんじゃねェよ? 呪われてるからこそ、人間なんだろうが」
クリスの言葉に神田の足が止まる。ゆっくりと振り返り、その顔はかなり、不機嫌そうだった。
「クリスも神田も…! 喧嘩するためにいるんじゃぁないでしょ?」
「喧嘩なんて、俺もユウとしたくないよ?」
リナリーの言葉に、クリスは両手を広げて肩をすくめた。どこか哀しそうに微笑む。
「クリス、こればっかりはお前の言葉でも聞けない」
神田が、こちらは見ずに真っ直ぐにクリスを見つめて言い切った。言われた瞬間のクリスの顔は見れなかったが、逆に、神田の表情がブレた事を見れば、おおよその予測は付いた。
「…俺は戻る!」
足早に立ち去る神田と、何も言わないクリスをフォローするためかリナリーが口を開いた。
「…もう、神田ってば任務から帰ったばかりで気が立ってるのよ。アレン君、気にしないでね?」
リナリーが、わざと元気めな声を出したのは誰の目にも明らかだったが、それによって少し、救われる。
神田から視線を離してリナリーの方を向いて頷いた。
「…いえ、大丈夫ですよ。それよりクリスは…」
「ん、ぁ? 俺? 俺は大丈夫だよん」
「…?」
あ、れ?
「それより、アレン連れて行くんだろ? それに修理もしなきゃいけないし…」
どこか。
「まぁ、どのみち案内してからいかなきゃ行けないし。室長も待っててくれるわ」
どこかおかしい気がする。
「アレン? 上、行くぞ」
クリスが上、と指差して言った。それに、半ば反射的に頷いて歩を進める。
中にはいると、ぶしつけなくらいの視線に晒された。…が、あえて気付かないフリをして歩く。
「あはは…、ごめんな? エクソシストが1人で来るの、珍しいから」
そうでなくてもエクソシスト、少なくてな。
クリスに苦笑して言われて、苦笑し返した。リナリーは少し前を歩いて、場所の案内をしてくれた。
「大丈夫ですよ、慣れてます」
生まれつき手にはまった十字架に視線が集まる事など珍しくなくて、もっと小さいときにはぶしつけな視線に晒されたあと罵られていたのだから、コレぐらいはどうってことはない。
生みの親に捨てられたのも、この手が原因だった。右手で、左手をぎゅっと握る。
そして、マナが拾ってくれた。
「ここじゃぁな? それほどイノセンスが珍しいわけでも怪奇が珍しいわけでもないんだが…」
クリスがかりかりと頬をかく。
「いかんせん、寄生型のイノセンスは少なくてな。ほとんどがユウみたいに装備型なんだ」
装備型、と言われてようやく神田の持っていた刀が対AKUMA武器なのだ、と理解する。
だが。
「イノセンスとか、寄生型とかって…?」
「あぁ、そこらへんはきっとコムイが説明してくれるだろ。とりあえずな」
クリスが、左腕にそっと触れた。
「こうやって、人の一部になってるのが寄生型。ユウみたいに装備できる、イノセンスを加工した武器が装備型。イノセンスってのは…これの、基? かな」
難しい事は覚えたくないんだ、とクリスが胸をはった。
「なんですか、それ」
「だって、頭痛くなるんだもん…」
「アレン君、大丈夫。室長が説明してくれるわ。あ、ここの階が修練場ね」
「へぇー…、本当に広いですね、教団って」
「ん、確か敷地面積だけで言ったらアジア支部のほうが広かったはずだぞ。クロスに連れていってもらった事、ない?」
問われて首をふった。
「いえ、師匠は極端に教団に戻ろうとしなかったので…」
そして、気付く。
「クリス、師匠の事知ってるんですか」
確かにあんな人でも元帥だったのだから、有名なのかもしれない。
でも。
答えは案外スケールが大きかった。
「え、うん。俺とクロス、悪友」
「…はい?」
ゆうに10秒は経ってしまっただろうか。
気のせいだよな。
気のせいだと言ってくれ。
「え、だから、俺とクロス、悪友だぞ? 何回か行ってるし」
うわァ、また聞きたくない事聞いちゃった。
空耳が多いなぁ…、今日は。
「クリス、アレン君、飛んじゃってる…」
「え、ちょっとおい、大丈夫か!? 戻ってこーい」
「うふふ、なんか今日の僕、空耳が多いみたいです」
「空耳じゃないから! 俺とクロス、本当に親友だから!」
3回目ともなると、聞き流せなくなってきた。
てか、いやだ。
かなり個人的な理由で。
だって、あんな師匠の親友がこんなに優しい人なんて…。
考えたくない。
「ちょっと、アレン!?」
うわぁ、よんでる声が聞こえるよ。アハハハハ…
なんて。
「トリップしてる場合でもないんですよね!」
「…うぉお、リナリーどうしよう。アレンがおかしくなっちゃった…」
「クリスってさりげなく失礼よね?」
リナリーが確認するように、にこりと微笑んでいった。それにはいっさいノータッチでクリスが話を進める。
「…で、何でそんなに拒否反応起こしてたわけ?」
「師匠のご友人が常識人だったからです」
これで泣かないでいられるか。僕の過酷で目もあてられないような修行時代を返せ、なんて言いたくなってしまうじゃないか。
「え…?」
それに不満そうな声を上げたのは意外にもリナリーだった。
「え? って…、どうかしました?」
「…クリスが常識人?」
どうやら、そこに問題があるらしい。全然問題じゃないと思うのだが。
「…うーん、リナ嬢の言葉を即座に否定できないんだけどな? 俺も」
クリスがハハハ、と笑って頬をかいた。
「アレン君、だまされないようにね? クリス、普通じゃないから」
リナリーが労わる様にそっと肩に触れて言った。見掛けにだまされる人、多いの。なんて、ご丁寧に更なる忠告まで頂いた。
「…おーい、リナ嬢? 俺がものすっごい変人みたいな口調じゃァないかい?」
「あら」
リナリーが微笑んで顔に手を添えた。
「否定するの、それ」
「うん、ごめん、出来なかった」
クリスがなんとも言えない満面の笑顔で答えた。
それにリナリーも、でしょう? なんて返している。いまいちキャラがつかみにくい事だけは分かった。
「あ、じゃぁ、アレン君。私室長の所に先に行ってるわね? クリスに連れてきてもらって。クリス、分かった?」
「仰せのままに、お嬢様」
クリスが優雅に一礼して膝を付き、リナリーの手の甲をとって軽く唇が触れる程度のキスをした。
なんだか、ダンスでも申し込む男性みたいだった。背はそれほどないのに。僕と大して変わらないくらいなのに。
なのに、大人の色香、とでも言うんだろうか。
何も言えずに、心奪われるような仕草に見惚れる。
「はいはい、クリス。いい加減にしないとお兄ちゃんに何か言われるわよ」
「あれ、リナリー知らなかった? 俺、教団に属してる人間のなかで1番リナリーの花婿候補に近いんだって」
リナリーの方はすっかり慣れているようで、たいしたトキメキもないのかいたって普通に返事をしている。呆れたようにわずかに上がった眉と肩に黒い、真っ直ぐな綺麗な髪が掛かる。
だが、その思いもないようなクリスの言葉には引っかかったようだ。バッと顔が朱に染まる。
「だッ…誰がそんな事!」
「コムイー。アイツ曰く、俺は危険がないから良いそうだ」
そこまでいって、クリスは面白そうに目を細めてこちらを見て首をかしげた。
「なぁ、すんげェ失礼だと思わねェ?」
どこか挑発するような視線にムズ痒いような感覚が背を這い登っていった。
銀色の髪の中の、紅い、瞳。
永久に滅する事のない、命の、色。
「…いや…、それは、」
しばらくその感覚に弄られていたが、急に、意識が元に戻って、フォローをすべく言葉を捜すが上手くでてこない。
そうして、頭の中の引き出しを漁っていたら笑われた。
「ウ、ソ。ゴメンネー? 言われたのは本当だけど、別にフォローを求めてるわけじゃねぇから、大丈夫よ?」
けらけらと、いっそ豪快に笑って頭をくしゃくしゃと撫でられる。右手にだけはめられた、指が出るタイプのグローブに、静電気のせいか髪が持ち上げられて、互いに、苦笑した。そして、まだそこに立っていたリナリーに視線を移して笑顔で言う。
「じゃ、行っておいで。お姫様」
「…クリスのそういう飄々としたところ、キライ」
リナリーが、頬を膨らませていった。それにクリスは怒るでもなく、何をするでもなく微笑んだまま、言った。
「うん、俺もね。キライ。ごめんね?」
「…そんな事言わないの! キライ、とか、言わないで」
リナリーは持っていたボードを、クリスの頭に触れる程度で、落とした。
「嘘だから。悔しいだけだから、流せない自分が。…じゃ、私行ってくるね」
あとでね、アレン君。
手をふられたので、どうする事もなく、会釈で返した。
隣ではクリスが困ったように頭をかいていた。
「…あーあ、またやっちまった」
「また?」
「リナリー。いっつもこうなんだよな…」
「あぁ…」
確かにアレは反省もするだろう。
それくらいに、リナリーの言葉は、泣きそうで消え入りそうだった。
クリスが近くにあった椅子に崩れるように座りこむ。
「…周り、男だらけだからかな? どうしても女の子に対する口調が優しくないみたいでな…」
「いや、それは…」
逆に。
「ほら、ガキ共って、言葉汚くても本能で分かるじゃないか。だから、子供は大丈夫なんだけど」
誰も教えていないのか。
「どうしても、ねェ? 女性に対する言葉が汚いね、反省すべきだ」
汚いとかは別次元の問題で。
「ティッキーとかに習いに行こっかな…」
踏み込みすぎて、それがあまりにも慣れていて、普通なら恥ずかしがって言えないような言葉を言うから。
「…でも、それじゃぁ年齢が高すぎるのかな」
クリスはなにやら真剣に悩んでいる。真剣に悩む場面が違うし、そこで悩んでいたって状況は変わらないのだが。
その慣れすぎた感じに戸惑って、期待して、落ち込んでいる。
「ティッキーの甲斐性ナシ!」
しかも何か失礼な事言い始めた。
なのに、彼には理由が分からない、らしい。
「ねぇ、クリス」
「ん?」
犬がするように下から見上げられて、すごく、戸惑った。僕が。
「…ぁ、いえ。クリスって天然なんですね」
「はぁ?」
「いいです、分かったんで」
きょとんと、首をかしげたまま椅子の背もたれに腕をおいて見上げられる。
頼むから。
「…クリス、お願いです」
「ん、何?」
「酷い事されたくなかったら、もうそんな目で僕を見ないでくださいね? あと、そうやってしたから見上げてくるのも禁止です」
くす、と笑った。多分、表情が黒い。
自分でも分かっているけれども、それによって、無理やりなその物言いに腹がたつのも分かるけれど。
そうしなくては、もっと彼に傷を付ける。
軽い方が、良いだろう。
そう思って、いった。
あーあ、と溜息が出た。人当りが良いって言われて、紳士的だとも言われるけれど。
肝心なところで、男なのだから、堪え性がないのが玉に瑕だ。
瑕を自分で判っていながら治せないのは、ひとえに男だからで、本当に溜息が出る。
師匠は良かった。
全然、可愛くなんかなかったから。
「アレン、なんか、傷つくの怖がってる?」
言われた言葉には、驚くしかない。
「…何いってるんですか、そんなわけない…」
「怖がらないで良いぞ? 傷ついて、1人前に泣ける程俺は生長してない」
寧ろ、と彼は続けた。
「傷つけられるためだけに、ここにいるんじゃないかって思うことすらあるからな」
クリスの目が、優しく細まる。
「出せないから重くなって、沈んで、頭すら見えなくなって、腕の、指の先1本だけでも出てて」
聞いているこっちが重くなってくるそれを、なんでもないと話すのだから、この人の闇が計り知れなくなって怖くなった。この人は、どれだけの闇を自分で受け止めてきたんだ?
「…それを見た誰かが、少しでも、引っ張ってくれたらそれだけでいいやって、思ってる。…少しな、マゾはいってるらしい」
怖くなった。
背筋が寒くなって、どうしようもなくなって、許しを請いたくなった。
1番怖いのは、傷つく事を知らない人だ。
自分は傷ついても大丈夫だといって、真っ赤で、本当は致死量にも達するくらいの血を流している人だ。
透明な血を流して。
クリスは、怖い。
怖い。
そのうち…
「なーんて。自虐みたいなことはやめろって、皆に言われるんだけどどうしても直らないんだよな」
だって、聞くことしか出来ないじゃん。
そう言って、寂しそうに笑った。
この人の中には何かが、根本的な何かが、今もまだ彼を縛るほどの何かが、あるのだと無意識の内に悟る。
ナニ、かは分からない。
暗い、ナニか。
「引き受ける事くらいしか、できねェじゃん。痛みに喘いでる奴の顔なんて見たくねぇもん」
だから引き受けたのだと、言った。言ってはいないが、同じ意味だ。
「まぁね、アレンがそんなに怖い顔する必要がないって事位は分かるよ。大丈夫、アレン。
『戻っておいで』」
急に意識が浮上させられた。
強い力で引っ張られたような感覚がした。
「ごめんな? つい、『言霊』使っちまったみたいだ」
「…言霊?」
「俺のイノセンス。ここに」
のど仏の辺りを指差して苦笑する。
「入ってる。能力は操作系」
パンパン、と手をうった。
「だから、この重ッ苦しい空気は俺のせい。ごめんなー? はい、『終わり』」
空気が急に変わった。
そして、にっこりと笑った。
今度は優しく、やわらかく。
「じゃぁ、コムイのトコに行こっか。そろそろ待ちくたびれちゃってるよな」
僕は、コクリ、と頷いた。
*
『ねぇ』
クリスが神田に会う前、アレンに会う直前。コムイから通信が入った。それは彼一人だけで、リーバーやらの声が入っていないところを見ると人には聞かせたくない話のようだった。
「どうしたよ、コムイ。らしくないんじゃねェ?」
風が髪を揺らす。声を届けるキャットニーズは珍しく、大人しくしていた。
『彼はイノセンスの適合者だ』
「うん、知ってる。クロスの野郎が預かってたくらいだしな」
『僕は…』
声は、深いところを彷徨っているようだった。あてもない光を見出せずに、彷徨って、戻れなくなったような。
『僕は彼を叩き落すべきなのかな?』
声には迷いが感じられて。
『僕は、まだ少年な彼をも、戦争に突き落とさなきゃ駄目なのかな』
暗い、戸惑いだ。それを聞いたら、何故か安心した。
「コムイ、俺寝るからこの後言うのは寝言な」
言う必要すらない言い訳をして。クスリ、と笑った。
「どうだって、良いよ」
突き放すのでは、なく。
「こうなったのはお前のせいじゃないんだから、此処にいる誰のせいでもないんだから。気にする必要なんて、ないんだ。お前だけが背負うことなんてないんだ。…確かに状況としてはキツイけど」
答えはまだ、返ってこない。
「…確かに人数は少ないけど」
ふっと、肩の力を抜くように笑って。
「あの子が望むようにすればいい」
クロスとは腐れ縁で、教団に帰ってこないあいつに逢いに、何年かの周期で任務と別に外へ出る。そんなあいつが弟子を取ったと聞いた時、呆れた中に微かな安堵感があった。
相手は子供で、しかも天然モノのイノセンス保持者だと聞いてその子の将来を憂いたが、それでも彼が投げ出さなかった事に安堵した。
「だから、コムイが悩むことないんだぞ? コムイが傷つく必要なんて、ないんだから」
『…本当かな』
珍しいくらいに、慎重だ。やはり、リナリーと歳が近いからだろうか。
小さい頃に、リナリーを奪われた記憶が残っているから。共にあるために室長にまで登りつめたのだから。
その努力は努力と言うには単純で、一途だ。
「大丈夫、あの子だって理由があってここまで来たんだろ。クロスと別れたのはインドだし、戦争が嫌なら此処まで来る理由もないじゃないか」
『…ごめんね、君たちだけに負担がいって』
その言葉が急で、不意打ちを突かれた気がした。
負担、なんて。
「…なァーに、似合わない事言ってるんだよ。お互い様だろ? それに、適合者じゃないなら参加しない権利だって、あるじゃないか。お礼はこっちが言うべきだ」
人によっていくつも理由があって、各地のサポーター達に多いものとしてあげられるのは、身内や近しい人がAKUMAに殺されたことから来る憎しみ、が、悲しいことに多いらしい。
エクソシストにおいては偏にイノセンスの適合があるから、になるが、サポーター達や科学班、探索班らは自らの意志による参加になる。
故に、此処にいなかった人間がいるはずなのだ。
命を賭してまで、この戦争に参加しなくてもいいのだ。国の戦いではないのだから誰に義務付けられているわけではないのだから。
参加しなくてはならない、わけではない。
参加しなくてもいいのだ。
なのに、彼らは、彼女らは、コムイは、此処にいる。
「ありがとう、俺らだけじゃこんなにホームに帰って来たいと思わない。…いや、例外は多少いるけど」
そんな例外と親友だったことを思い出して、付け足した。
「帰ってくれば人がいて、料理を作ってくれて、部屋があって」
任務から帰ってきたときに、誰からも労いの言葉をかけられず、料理も自分で作って、汚れた部屋を片付けて。
誰だって、逃げ出す。
そんなキツイ戦いなんて、自分に直接関係なければいいじゃないか。
俺が此処にいて戦っていても誰も知らないんだし、何も、目に見えて変わらないじゃないか。
『でも、実際に傷つくのは君達だ。イノセンスに見初められなければ、今ここにいる事もなかった。僕が…、彼らを見つけなければ、彼らは普通の生活を送って…』
言葉に感情がこもった。
あぁ、と思う。
リナリーは俺が6歳の時にここに1人で連れてこられた。それまで共にいた兄を置き去りにして、知らない輩に、俺より小さい子が、少女が中国からここまで。
彼女は、両親をAKUMAに殺された孤児で――当然ながらコムイもだが――、『黒い靴』の適合者だと分かって連れてこられた。
もう、10年以上前の事になる。
その頃は本当にエクソシストが少なくて、リナリーのような小さな子供ですら、外にさえも出してもらえなかった。教団が与える物はただ、彼らの戦力としての『兵器』を手放さないために、しかたなしにやっているのとたいした違いはなかった。
だから、気が触れてしまった時。リナリーの気が触れてしまった時、彼女がそのまま殺されるのなら自分の命のいらない、と思った。
牢獄で生きるのなんて、真っ平だ。
ましてや、歳が近かったから本当に妹として育てていたのだから。いや、意識的には娘、に近かった。
小さいころから任務に出されていた俺は――そのおかげで今、同年代のエクソシストの中で1番場数を踏んでいるわけなのだが――、リナリーのかわりにも任務にでていた。
精神状態や体調。
寄生型のイノセンスしか知らない俺としてはなんとも言えないのだが、その2つがとても重要なのだという。
リナリーの精神状態はお世辞にも、良い、とは決して言えなかった。お世辞にいったとしたって、不安定ですね。
本音で言うなら、口を閉ざすしかない。言葉に、すら、できない状態だった。人形とたいして変わらないような。
そんな少女をも、当時の教団の科学班、および上層部は縛り付けた。
当時の教団は、外の世界より悲惨だった。
そんなリナリーを救ったのは
「コムイ、リナリーを助けたのは、この世界に連れ戻したのは」
《私はね、兄さんのために戦うの》
「お前以外にいないんだよ」
そう言っていたリナリーの顔を思い出して、胸が痛くなる。それでも微笑ましい、なんて思ってしまうのだから、相当な親バカだ。コムイにひけをとらないくらい。
「だから、信じてあげなさい。可愛い子供達がどれだけ傷ついても欲しかったものを、認めてあげなさい」
OK? と問うと、長い沈黙の果てに了解、と返ってきた。
それに微笑む。
「父さん、ちょっとは力抜いていいんだぜ? 兄ちゃんは若くてぴちぴちしてるから体力あり余ってるし」
沈黙だった。
「…え、何、文句がおありか」
『ううん、母親は誰かしら、なんて思って』
「母親かぁ…、放任主義の母親なんてどうだ?」
『子供がストライキ起こしちゃうでしょ』
誰の事を言っているのか分かったらしくて、返ってくる言葉には苦味が混じっている。
「そんなもんかなぁ? まぁいいか、クロス捕獲は今度にして」
『うん、いってらっしゃい。クリス』
「あぁ、了解」
プツン、と通信が切れた。軽く頭を振ってキャットニーズに言う。
「じゃぁ、クロスの忘れ形見助けに行きますか」
キャットニーズは何も言わずに、頭の上に乗った。
<<<