悠久の丘で
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死と女と料理

 親が死んだ。AKUMAに果敢にも向かって行って、だ。
 俺だったら、殺せたのに。
 血の海の中で、俺は初めて戦う、という事を知った。

 俺の価値は戦いでしかないらしい。


  *


 怪我が治った。
 それはリナリーのおかげであり…、認めるのは嫌だがクロス・マリアンのおかげも多少は、ある。
 重い団服を着て、教団内を歩く。
 飯に向かう予定だった。前日から何も口にしていないせいで酷く気持ち悪い。
 だからリナリーを探したのだが彼女の部屋にいたのは小さな書置きだけで、仕方なしに、1人で向かう。

『クリスへ
 クロスさんとご飯食べてきます』

 そんな書置きに青筋を立てるが、怒りが向かうのはクロスにのみ、だ。
 だがそれも、”かがくはん”に連れられていっていないだけ安心の材料にはなる。
 元帥候補なら、”かがくはん”にやすやすと引き渡すことはあるまい。

 アレの気まぐれは――クリスの耳に届く程度には――有名だったから。

 多少の安心と莫大な不安。
 それは”かがくはん”に感じているものよりはいくらか生ぬるく、兄として、親として感じる分には酷く不快だ。
 アレは、手を出すのが早い。
 リナリーがいやなら叫ぶだろうし、叫べばどこにいたとしても――教団内なら――聞こえる自信と確証があった。すでに立証済みである。

 が、

 いくらリナリーだとは言え、叫べない状況にいるかもしれない。
 何しろ熱でぶっ倒れているときにキスしてきた男だ。
「…ッチ」
 急に不安になって舌打ちするが、探しにいくことはできない。
 本来なら本人を見つけ出してその仮面側のほほをぶん殴ってやりたかった。
 そうすれば破片も飛ぶだろうし、一石二鳥なのだけれども。
 だけれどもそうしない理由は、リナリーが望んでないからだ。
 リナリーがアレと2人で飯を食いに行きたくないのなら部屋で待っていただろうし、その程度にはアレとて紳士的なはずだ。

 だから、リナリーが待っていなかった以上、何かなければ自分はリナリーの元へは行けない。

 唇の端を無意識のうちに噛んだらしい。
「…切れてら」
 唾液が傷口に沁みた。思わず顔をしかめ、足を止める。
 いい加減食堂に近づいてきたからだろうか。
 人が、増えてきた。
 顔をしかめる。今度は意識して、人が嫌がるように顔をしかめた。

 鎖のようで、呪術的のようで、すっかり染み付いてしまった習慣のようだった。

 人が多いところでは意識して顔をしかめる。
 しかめて小馬鹿にしたように相手を見る。

 素の自分をひたすら隠し、それを見せるのはリナリーだけに。

 もともと愛想はいいほうだったから、そうでもしないと人が寄ってきてうざったい。
 リナリーしかいらないのに、関係ない人間の方が多くなってしまう。

 あくまで、自分の優先順位はリナリーで。
 よくて愛想を見せるのは”にんむ”でペアを組んだものだけ。
 それもすぐに死んでいくから実質的に教団の中ではあまりいない。
 ”にんむ”先でであった人には愛想を見せないし、だから、リナリーにだけだ。
 笑った自分を見せて、我侭を言って。

 食堂は嫌いだ。
 何が嫌いって、カウンターが高くて、料理人に身を乗り出してもらわないと顔すら見えない。
 そして、不味い。

「…おい」
 いつもどおり、ようやくカウンターの縁に頭が見えるほど。1mの身長じゃそれが限度だ。
「…あら? あら、可愛い。僕、だぁれ?」
 いつも顔を見せる、貧弱そうな、意志の弱そうな男の顔ではない。
 素で、思いっきり眉を寄せてしまった。
「あら、驚かせちゃった?」
「…いや…」
「…あなた、エクソシストなの」
 団服を見たんだろう。
 相手のサングラスに覆われた目が、サングラス越しでもわかるほど見開いた。
「今度からあたしが料理作ることになったからよろしくね? あたしはジェリー」
 リナリーが着ているような服だ。真っ白。
 そして、色が黒い肌にドレッド…?
「…クリス、だ」
 いつもなら名乗らないのに、あまりにも相手のインパクトが強くて答えてしまった。
 答えてしまってから何故か後悔の波が押し寄せる。
「ふぅん? クリスちゃん、ね。で、クリスちゃんは何食べたいのかしら?」
「…グラタン」
「グラタン?」
 前の気の弱そうな男が作った料理で唯一まともに食べれるのは何故かグラタンだった。
 だから俺は食堂でグラタン以外を食べた事がない。
 コクリ、と頷くとジェリーは何故かカウンターに身を乗り出して俺にも顔が良く見えるようにしてくれた。
「オッケー、グラタンね。クリスちゃん、今度からは来たら鈴でも鳴らしなさいよ、置いておくから」
 そうすればあたしもすぐに反応できるじゃない?
 にっこりと笑われた。
 それに無愛想に答えて、だが大人しくその場で料理が出来るのを待つ。
「勝手にしろ」
 そういった俺に、ジェリーはクスクスと笑って見せた。
「ここら辺に」
 ぺんぺん、とカウンターの側面を叩く。
「ベルでも下げておくわね。そしたらクリスちゃんでも届くわよね?」
 そういうと少し後ろに見える厨房で料理を始める。
 すぐに良い匂いがしてきて、手際の良さそうな音も聞こえてきて、柄にもなく腹が鳴った。グッと、力を入れて押さえつける。

「はい、お待ちどうサマ」

 気付いたらカウンターにコトン、と皿が置かれた。
 手を伸ばしたが、取るのは怖い。落ちてきたらきっと頭から被るだろう。
「あ、ちょっと待ってなさいな」
 ジェリーの声が聞こえて、上に伸ばしかけた手がビクッと止まる。
 そのままの状態で止まっていたら、ジェリーがカウンターから出てきた。手にトレイを持っている。
 そして、思った以上に背が高かった。
 俺の2倍くらいあるかもしれない。
 ジェリーはトレイをカウンターにおいて何かすると、そのトレイを持ってしゃがみこんで目線が合うようにしてくれた。
「はい、クリスちゃん。グラタン、お待たせ」
 トレイの上を見るとこんがりと良い焼き色をしたパン粉が見えた。その下には溶けたチーズ。
 彩のためか散らされたパセリも何だか綺麗で、これが料理か、と思う。
 前任の、なんと職務怠慢な事か。
「…あり、がとう」
 手を伸ばしてトレイを受け取ると美味しそうな匂いが近く感じる。

 思わず、顔が綻んだ。

「…クリスちゃん、可愛いんだから笑ってればいいんじゃないの? 笑ったほうがいいと思うけど」
「それは無理だ」
 控えめに言う相手にきっぱりと告げる。
「俺が笑っていいのは、リナリーが笑ったときだけだから」
「リナリー?」
「このくらいの」
 自分の目線と同じくらいで手をやる。ジェリーがトレイをもってくれた。
「女の子のことだ。”えくそしすと”の」
「適合者なの、その、リナリーって子も」
「あぁ、リナリーはここで1番小さいぞ。黒い髪を両脇で結ってて、可愛い」
「へぇー、じゃぁ是非お友達にならなきゃ、ね。こんな所じゃ乙女心を分かってるのはきっとあたしくらいだわ」
 ウィンクされた。
 それに大真面目に返す。
「是非、リナリーと仲良くしてくれ。俺じゃぁ、ここにずっと居られるわけじゃないから…」
 ”にんむ”がある。多少の休暇の後長い”にんむ”でまた教団をあけるから、1年の内に教団に居る事は限りなく少ない。
 帰ってきたときにずっとリナリーと一緒に居ても、1年の中では4ヶ月くらいしか一緒に居られない。
「いられない? どうして」
「”にんむ”だ。俺は少しの休暇の後長期任務が入る事が多いからな…」
 言葉を濁らせるとジェリーは寂しそうな目をした。
「…こんなに小さいのに、ねぇ」
「小さくても”えくそしすと”だからな、仕方ないんだろう。それに、リナリーが怪我するより、ずっと、いい」

 それは本心だ。
 紛れもない、本心。

 欲を言えばこんなところに閉じ込めて置かないで兄の所へ返してやりたいが、それは、まだ無理だ。
 俺がもっと大きくなって、”かがくはん”が文句を言わないくらいに強くなって、リナリーの分まで戦えるようになって。

 そしたら、彼女を何の不安もなく、彼女を奪われて身が千切れるような思いをしているはずの兄の元へ返してやれる。

「俺はリナリーを戦場なんかに出さないでいいように、ここに居るんだ。リナリーが戦わないで済むならなんだって出来る」
 リナリー以外の人間なんて、俺にいらない。
 リナリーが怒り泣くならその者に制裁を下し、リナリーが笑うならそいつは容認してやる。
「だから、俺に”にんむ”がくるなら本望なんだ。リナリーが傷つかないなら」

 リナリーは傷ついてはいけない。
 もう、十分すぎるほどに傷つけられたんだ。
  殺された両親。
  相次いでなくした兄。
  その兄弟は生きていてくれるのかすらも分からなくて。
  周りは大人ばかりで。
  こんな遠い地に連れてこられて。

 彼女はもう十分すぎるほど傷ついた。


 彼女が今すべきなのは傷ついて千切れそうな羽根を癒すことだ。


「クリスちゃん」
 名前を呼ばれたから顔を上げた。無意識の内に下がってしまっていたらしくて、ボーっとする頭を上げた。
「リナリーちゃん、可愛そうで幸せね」
「…かわいそう?」
 そう、とジェリーは頷いた。
「女ってのはいくつでも守られたいだけじゃないのよ。自分も、自分を守ってくれる人を守りたい、って思う生き物なの」
 首をかしげた。
「だからね、クリスちゃんが守ってくれてるのに、自分は守られてるだけだって、自覚しちゃうのよ」
「リナリーを守りたいのは俺の勝手だぞ?」
 それでも。
 それでも、とジェリーは唇に人差し指を置いた。
「クリスちゃんを守りたいって、切実に思う日がきっと来るわ。その時は――」
 ジェリーが女に見えた。
 確か俺の母親はこんな人だった。

「守ってもらいなさい、リナリーちゃんに」

 いつもはおとなしい、おしとやかな人だった。
 だけれども、芯は恐ろしく強い人だった。

「…あんたとはうまくやっていけそうな予感がする」
 気付いたら口を衝いて出てきた。
「あら、嬉しいわ、クリスちゃん」
 ジェリーは微笑むとまだ暖かいトレイを渡してくれた。


  *

「ねぇ、クロスさん」
「どうした、チビ助」
「私ね、どうしてクリスを守れないんだろう」
「…どういう意味だ」
 クロスは眉を寄せ、リナリーは手をグーにして握ったスプーンでグラタンを掬った。
「私はね、クリスに守ってもらってるの。なのにね」
 リナリーの舌足らずな声が、思わず耳から抜けそうになった。
「私はクリスが痛そうにしてても何も出来ないの」
 リナリーが眉を寄せた。スプーンを握る手が震える。
「…ど、どうかしたか!?」
「…ううん、口の中、少しやけどしちゃったみたいなだけだから、大丈夫」
「やけどか…、物は食えるか?」
「うん」
 リナリーの明確な返事を聞いていくらか心配事は消えたが、後で報告しておかなければ、とも思う。
 きっと、あいつは火傷すらも見逃しはしないだろう。
 そして、殴りこみに来る。
「でね、クリスは言うの」

 『もう、リナリーは傷つかないで良いんだ』

「…それは」
 いかにも幼獣が言いそうなことだ。
「私はね、守られてるだけじゃだめだなって思うのに、何も出来ないの。クリスのために、クリスを守るために何かしたいのに」

 背筋が寒くなった。
 リナリーは、もう立派な『女』になろうとしている。

「だからクロスさん」
「…何だ」
 なんとなく嫌な予感はした。
 したけれど、子供特有の全てを信じるような目つきに勝てなかった。


「私に”いのせんす”の使い方を、教えて欲しいの」


 これだから、女は怖い。

  *


「クリス」

 久しぶりに美味しい飯だった。
 これなら食堂も、少しは好きになれそうだ。

  そう、満足、していたのに。

 なのに、名前なんかあんたが呼ぶから、気分台無しじゃないか。
 少しは素の自分を出しても、ジェリーになら、良いと思っていたのに。
 きっとリナリーを俺が居ない間に守ってくれると思ったから。

  なのに、気分がいっきに冷めた。

「ごちそうさま、ジェリー」
 トレイを心配そうに見つめてくるジェリーに返して、顔をいつものしかめっ面に戻して、名前を呼ばれたから、仕方なしについていった。ついて行くしかない。


  リナリーが『女』になるまで、守るのは俺の役目だ。
  リナリーを守るために、あんたのいう事を聞いているんだ。


 おそらく呼ばれた理由は”にんむ”で、呼んだのが室長であるなら当然のようにも思えて苦笑いを浮かべた。


  *

 俺はまた死に背中を預ける。
 そしてまた血に塗れるんだ。

 エゴかもしれないけれど、リナリーにだけは俺の戦う姿なんて見て欲しくなかった。


  『深遠の淵まで堕ち、己が命を悔いろ  業火に抱かれ還れ』
   そう言って、AKUMAを殺す俺だけは。

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