悠久の丘で
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手負いの獣

 親が死んだ。AKUMAに果敢にも向かって行って、だ。
 俺だったら、殺せたのに。
 血の海の中で、俺は初めて戦う、という事を知った。


  *


 なんだか揺れてる気がする。その押さえた揺れ方に気持悪くなって、半ば無意識で空を掻いた。
 そしたら手に触れるモノがあって安心する。

 リナリーだ。

 根拠もないのにそう思って、安心した。気持悪かったのが嘘みたいに引いていく。
「リナ、…リー」
 囈の様に彼女の名を呼んだ。

 俺の、守らなきゃいけない小さな子の、愛しい名前を。


  *


「…どうしたモノか、ね」
 勢いが半分。邪険に扱えなくて仕方なく、が半分。
 クロス・マリアンは自分のベッドを占拠する、熱でうなされた小さな体を見た。
 溜息を静かに吐き出して、小さな子供が精一杯重たいタライを運んでいたのを思い出して、小さく吹き出した。
 そんな様子が自分に不釣り合いなのを知っているから、尚、笑える。
 あまりにも苦しそうにうめくものだから、タライから冷たい水にさらされたタオルと、額に乗っている温くなったタオルとを取り替えてやった。
 水の中に手を入れるだけだって冷たくて動かなくなりそうなのに、何をやってるんだか。
 嘲笑すら浮かぶ。
 頭の中には、似合わないことなんてやめて、ほうっておけ、と言う自分と、そうは言っても心配――と言うにはややズレた――する自分が交差する。
 そして結局は世話してしまう自分に溜息、だ。

 額を拭ってやって、不安そうに動く手に自分の手を触れさせてやる。

「…リナ、リ…ー」
 触れさせた手は握られた。弱い力で握られて、その仕草に苦笑する。
 こんな伸びた形の良い指を、子供の指と一緒にされたところで怒りも起きない。
 この子にとって、”リナリー”という名は唯一の弱みだ。
 それを知っていれば、怒る事なんて。
「お前もなァー…」
 噂だけは知っていた。合ったのはこれが初めてだけれども。

 曰く、『手に追えない幼獣』だとか。

 だが能力方面に関していえばかなり期待できる、未知数だと言うことだ。
 そして、同年代のよしみか、『黒い靴』の保持者のリナリー・リーと懇意にしている事。
 それは懇意と言うよりは、護っている、と言った方が正しい事。

 確かに今の科学班はエクソシストの少なさに焦ってばかりだ。
 焦る気持ちをなくせ、とは言わないがせめて子供にだけは、といくらクロスでも思った。
 おかげでリナリーにいたってはほとんど口を聞けない。
 クリスにいたっては牙を向くほどだ。

 これでは、なんのための教団だか分からないではないか。
 これでは、人間が生き残るための『兵器』の檻と、そう違いはないではないか。

 また、溜息が出た。
 そして、リナリー・リーの場合は精神的な部分がシンクロ率に影響をきたしているように感じる。
 それが原因だとすれば、今の科学班の対応は最悪な結果を導き出すしかない。
 それでも尚、彼女のシンクロ率が下がる傾向にないのは、教団内に少なからず1人の支えがあるからであろう。
 教団は彼に感謝をすべきなのだ。
 そのおかげで、かろうじて、1人のエクソシストを失わずにすんでいる、
 それは彼の無意識のうちであり、追い詰めるほうも無意識のはずだ。彼女は意識して追い詰められ、逃れられずに無意識に彼に頼る。
 彼は無意識のうちに彼女を護り、意識して科学班に牙をむく。
 図にすれば何のことはなく簡単な図式だが、本人たちの心境としてはつらいだろう。

 ましてや、お互い親族は此処にない。

 クリスはこの世界自体に3親等までの親族がいないが、リナリーとて、遠くに離れて兄がどうなったか知らない。
 閉鎖的な教団にも問題があるだろう。
「お前もよく逃げてる」
 リナリーに聞けばまだ6歳だというではないか。

 体の至る所に走る傷や怪我の治療も一応しておいた。
 化膿してひどく熱を持っているものもいくつかあった。一応皮膚を裂いて膿を吸いだしておいたが、治るまでにはまだまだかかるだろう。
 このまま放って置いて消毒もしなければ半年はかかるかもしれない。
 リナリーにも治療の方法を見せておいて、膿を出す場合には呼ぶように言っておいたから、大丈夫だとは思うが。
 包帯でところどころぐるぐる巻きにされた姿でも、この獣は。
 それでもきっとこの獣は
「人に弱みなんて、見せたくねェんだろうな」
 ふ、と息を吐き出した。ベッドの上で、銀色の髪がうねる。呼吸にあわせて、髪が上下する。
 見ていたら欲求に耐えられなくなって髪に手を入れてみた。
「…ンっ」
 小さく声が漏れて、頭を振られた。
「お?」
 指をすり抜けて髪が落ちていく。銀、という色のせいで硬いのかと思ったが、案外柔らかい髪だった。
 柔らかくて、だが芯が通っている。手触りは良い。
 起きるかと思ったが手はそのままで。
 別にやましい事をしていた訳でもあるまいし、相手はいくら『幼獣』だとはいえ男だ。
 女ならいくらかの罪悪感も浮かびはするが、相手は男だからそれもない。
 いよいよ本格的に『幼獣』の意識が浮上してきたらしい。

 薄目があく。

 目が、合った。
「…ッ、てめッ」
 起きて、開いた瞳は美しいルビーだった。怒りのためか、中に炎が見える気にさえ、なる。
「てめェ誰だよ! リナリーどこにやりやがった!」
 初めて交わす言葉がこんな言葉か。
 どこか嘲笑めいたが、面白い。
「さァな? それよりお前は俺に礼でも言ったらどうだ」
 銀に紅の獣。
 科学班のセンスを褒め称えそうになった。
 そうか、これは獣だ。

  こんなに綺麗な生き物は、人間であるわけがない。
   これはたしかに、あらゆる意味においても獣である必要があるのだ。

「…はァ? てめぇ、頭でもイカれたか」
 子供なのに、精一杯声を低くして威嚇して。彼の弱点を護る為にそうせざるを得なくて。
「リナリーはどこだ? 言わないとてめぇの頭カチ割るぞ」
 パキン、と澄んだ音がした。
 その音を聞いて、あぁ、と思い出す。

 幼獣のイノセンスは『言霊』だったのか。

 顔半分を覆う仮面にひびが入ったのを見て、思い出して、笑った。
 要するに幼獣は証拠を見せたわけだ。『頭をカチ割る』という証拠を。
 実に、やり方がスマートだ。
「クロスさんお水…て、クリス!?」
 幼獣のものよりはるかに高い声が聞こえた。そして、続く音はグワングワンという、大きな金属の落ちる音。
「クリス、動いちゃ駄目だよ! クリス自分で分かってる? クロスさん、いっぱい怪我治してくれたんだよ」
 落ちた水なんて構いもせずにベッドの上の幼獣に駆け寄る。
「…リナ、リー?」
「そうだよ、私だよ。クリス、良いから寝て? クロスさん、クリスの事馬鹿だって言ってたよ」
 幼獣の声のトーンが、恐らくはこの少年本来の高さまで一気にもどる。
 ベッドに腰掛けていた俺は、小さい聖女のために席を空けた。

 手負いの獣を治めるなんて聖女の役目と決まっている。

 聖女は獣の頬に手を置いた。
 そして、額をくっつけて目を見開く。
「クリスまた熱上がってる…クリス、寝なさいッ!」
「…自分の部屋で寝る。リナリー、大人なんて信用しちゃ駄目だ、特に…ここにいる奴らは。帰ろう」
 幼獣は少しでも聖女を護るように胸に抱こうとして、咳き込む。

 体を半分に折って。

「クリスっ!! クロスさん、クリスどうなっちゃうの? 治るよね、死んじゃわないよね!?」
 リナリーの叫びにも近い声を聞いて――声を聞く前から――、クリスの額に自分のそれを合わせる。そして舌打ちした。
「この馬鹿、興奮するから熱が上がるんだ。チビ泣かせてどうする」
 この、小さい体で熱に耐えられるかが分からなかった。6歳はまだ小さい子供だ。

 薬で治すには小さすぎて。
 熱に耐えるにはやはり小さすぎて。

「…リ、ナ、外で、てろッ」
 上から重なるようにして出る咳の合間にクリスがいった。
「でも…」
 見上げられて頷く。どのみち幼獣をどうにかする以外の方法はないから、安心するのならいたほうが良いが風邪ならうつる。
 コクン、と頷くと泣きそうな涙を拭いて袖をぎゅっと握って聖女は部屋を出て行った。そして、ドアを出たすぐ先で言う。
「クロスさん、クリスを治して! クリス、絶対に死なないで…」
 幼獣は動かすのも辛いだろうに、手を上げて微笑んだ。
 それを見て薄く笑った。
「安心しろチビ」
 リナリーは泣き笑いを浮かべると走っていった。
 きっと、幼獣の教育の賜物だろう。あんなところにいたら、科学班に捕まる。
「さ、て…と」
 面倒くさいが、コートを脱いだ。


  *


「いいか、風邪なんてのは要は汗だしゃ良いんだ」
 言い訳するように言って、ベッドの端に上がりギシッと軋ませた。
 幼獣はもうどうでも良くなったのかおとなしい。 おとなしく、体を半分に折って咳き込んだままだ。
 Yシャツを床に落として、そこら辺にあった適当な長さの紐で長めな髪を後ろで結わく。
「…チッ」
 軽く舌打ちして、幼獣を抱き込んだ。
 大人だってこんなに熱を出さない、というくらいに体が熱い。
 こんな状態で、体中に程度のひどい怪我をたくさんつけて今まで聖女を1人で護っていたのだというから、素直に感嘆した。
「幼獣…いや、クリスと言ったか」

 こんなに素直に人に願ったのはいつぶりだろうか。

 割れた仮面は危なくて、自分1人ならまだしも肌の柔らかい子供が一緒にいるからサイドテーブールに投げ出して。
 体をくっつけて、彼の銀糸をかきあげる。
「おとなしくしてろ」
 幼獣が首をわずかに上げた。
 何か文句でも言いたげなその視線を、額に軽く唇を押し付けることで黙らせた。

「チビに約束しただろうが」
 死ぬな、だと。

 幼獣はおとなしく目を閉じて、やがて深い眠りへと落ちていった。

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