悠久の丘で
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ロシアン・ピクニック 前
オレの夢は簡単なことでした。
いつまでもこの国と共に生きたい。
それに飽き足らなくなったのは、小さい頃の事です。
次に思ったのは、この国を存続させる事でした。
*
眠かった。そう言ってもベグライターがいない自分には、ためた書類を整理してくれる子はいない。
ふむ、と思案するように頬杖をつき、面倒くさいので書類は明日に回すことにした。見た限りでは明日に必要な書類は見当たらない。ここにある書類はすべて期限は1週間以上先だった。
ぱん、と書類の1番上に置かれていた藁半紙を叩いてクリスは大きく伸びをした。
そして彼の主君のところへと足を向けた。
春のような日差しに誘われて眠い理由と、そのために催したいことを彼に汲んで貰うために。
*
「…はァ?」
「だからね、みんなでピクニックに行こう」
急に言いに来た上官の同僚を見て、コナツは呆れたような視線をやる。
だがいくら聞いても細かいことは言わない。
クリスは楽しそうに笑って、仕事をしないで今まさに落書きに走ろうとしている上官の所に行って「ね?」と同意を求めるように首を傾げて見せた。
「だってさァ、今日、日差しがよくて眠いんだよ、仕事にならないから休憩入れたいなって」
そしてソレをあっさり受け入れようとしている自分の上司に釘を刺した。
「…ヒュウガ少佐、お言葉ですが少佐はクリス中佐と違って溜まっている書類の日付は明日未明のものからです」
言ったものの上司は絶対に書類は片付けないだろう。ちゃんとやればすぐにでも終わらせてしまう書類をやっていると、彼はどうにも人を斬りたい衝動に駆られるらしい。
まったく迷惑にも程がある。
一応決定権は上司にあるが、コナツにはソレを阻止する義務があった。
その皺寄せがコナツに来ることだけはなかったがソレ以外の皺は上司の上司に向かう。
「…えー、俺もクリスちゃんみたいに遊びたい」
やはり文句を言い出した上司は無視しておく。クリスに身体の向きを揃えてコナツは曖昧に微笑んだ。
「クリス中佐、残念ながら今回は辞退、と言うわけには行きませんか?」
責任感が強い彼のことだからそういうとは判っていたけれどもまじめな顔でそう返されると予想してはいたが思わず噴出してしまった。
「あはは、コナツ大丈夫」
そして奥の手とばかりに先ほど勝ち得てきた書類をコナツに見えるように掲げ持った。
「ちゃんとアヤちゃんの了解は得てるから」
にっこりと綺麗に笑んで掲げ持つ書類には確かにアヤナミのものと思われるサインと彼の家紋。
その書類を勝ち得るために上司の上司が被った災難を、まずコナツは案じた。
「ほら、ピクニック行こう? コナツも準備してきてね、オレとカツラギさんとクロユリでお弁当作ってくるから」
この人の声は本当に誘惑と変わらなかった。
この人がもし使い魔になってしまったら間違いなく自分はその望みを口に出してしまうだろうと思わせる何かがあった。
たとえこの人は使い魔に成り得ないと知っていても、そんな仮定が心の中に浮かんでしまうほどには。
彼は使い魔にはならない。
周知の事実のように扱われるのは彼の類まれなる体質と上司の存在だろうか。
何よりアヤナミが使い魔になることを良しとしないだろう。
ヒュウガも使い魔になるくらいならと殺すだろう。
彼が幼い頃から使い魔の悪意ない悪意に苛まれてきた事を知っているから。
クロユリはどうするだろうか、やはり小さな上司の同僚は殺すだろうか。
そして―――… 何より彼を使い魔にした使い魔は2度と飛ぶことはなくなるだろう。飛べずに主の為にと動くこともできずにだが殺さずに。
自分を含めたこの部隊は彼を除いてどれだけ人道に反していようが卑劣であろうがかまわず残酷なことができる。
それが彼のためというのなら「月の涙」であろうとも取ってこよう。
「だからね、準備ができたら呼びに来る。それまでヒュウガは仕事を片付けておくこと」
良いね? と確認した彼に逆らう術なんて持っていない。
ヒュウガはこくこくと頷いて…人斬りの衝動を抑えつつ書類とにらめっこを始めるのであった。
*
「あ、クリスちゃん!」
見覚えがありすぎる柔らかい金髪を編みこんだ小さな背と大きな瞳。
相手の存在を認めると気分的な理由で声が少し高くなった。
「クロユリ!」
お互いにどちらともなく近付きあって抱きしめる。
「おはようクロユリ」
「おはよう! クリスちゃん」
そしてそのままえへへ、と笑った。
「クリスちゃん、今日ピクニック行くんだよね?」
「そ、ほら…あまりにも眠くなっちゃってさ…」
苦笑したらハルセは苦々しく、クロユリは楽しそうに笑った。
「よくアヤナミ様が許してくれたねー、僕は楽しいから好きだけど」
珍しく今日は自分で歩いているクロユリの手をとって歩き出すと、そう質問された。半歩下がって付いてくるハルセからも視線が注がれて苦笑してしまった。
「普通に『ピクニック行こう?』って言っただけなんだけどね」
アヤナミは自分で思っているより遥かに優しく、そして一般認知以上に部下想いである。
「ほら…テイト君が逃げてからゆっくり出来なかったからじゃないかな」
恐らくはミロクに次いで忙しい参謀長官直属部隊において「ゆっくり出来なかった」といったクリスは間違いなく神経が図太かった。
他の部署の3倍近い仕事量を毎日こなして5年になるからか、その仕事量も身体に慣れ親しみ今では少ないと感じるようになっている節がある。
別にクリスの所だけが仕事量が少ないというわけではなく――むしろヒュウガのところが割合的には1番少ないが――量も他と変わらないまま調査に駆り出されたりもしているのだが今まで身体を壊した事はない。
「…テイト君も順調に行けばベグライターだったのにね」
ふと思い出したように呟いて、クロユリは見上げた。
「…クリスちゃん、ベグライター欲しいの?」
何故今までベグライターがいないのか不思議になるくらいの階級だったが本人からの申し出により彼がベグライターの話をすることはなかった。
「テイト=クラインが良かったの?」
一応アヤナミ様のベグライター候補だった逃亡者を脳裏に描いて首を傾げる。目の前のこの中佐も同じく敬愛する上司のベグライター候補だった事も承知の上だ。
そして彼がその申し出を一刀両断にしたことも。
「…テイト君? ううん、違うよ、オレンジの方」
「…オレンジ?」
まさか本当に答えられるとは思ってなくて、聞き間違えたかと思って復唱すればとびっきりの笑顔で返される。
「うん! ミカゲっていうんだってさ」
アホのように瞳を大きく見開いて見つめていたらえっと…と手振りを交えて説明し始めた。
「あの、テイト君と一緒に試験受けてた子で…最後まで残ってた子いたでしょ?」
…そういえば、いたかもしれない。
正直あまり覚えていなかったが一応頷いておく。
「アイツに…言ったんだけどどうかな。オレより階級上の奴が言えば無理だろうしな」
「…クリスちゃんにベグライターが出来たらヒュウガちゃんが泣くね」
自分も、と言わなかったのは何故だろう。 クロユリには良く分からなかった。
「え、なんでさ。ヒュウガとは今まで通りずっと遊ぶと思うぞ」
大体夜1人で寝れないし、と呟いたのは無意識だった。
ついこの間、ひょんなことからその半分くらいの原因を暴露してしまいどうしたものかと悩んでいる。
1つは上層部。
もう1つは生まれ持った体質のせい。
体温が伝わる相手と共に寝ていればそんな事も無いから楽なのだが、流石にいつももぐりこみにいけるわけでもない。だからヒュウガが用事があるときはアヤナミが、アヤナミが用事があるときはヒュウガが、というようにして眠っていた。
まァ、そんな生活をしている割に貞操概念が残っているのだから、クロユリにとっては喜ぶべきところだろうか。
「…うん、ヒュウガちゃんいい気味だね」
ぼそっと呟いた。
「…そんな話だったっけ」
「そんな話なんだよ、クリスちゃん」
クロユリはにっこりと笑うとクリスの手を引いた。
「ほら、早く行こう? そうしないとみんな待ってるよ、ねっ」
後ろを振り向いてハルセに確認をしたクロユリと、それに頷いて見せたハルセに笑み返してカツラギ大佐その人が待っているはずの調理室兼食堂へと3人の足は急ぎ始めた。
*
「…それにしても」
ねェと目の前のその人を見た。
「よくもまァ…ピクニックなんて許したね」
「…仕方あるまい」
苦々しい声で返されればそれもそうかと持ってきた書類で口元を隠してサングラスの奥で笑った。
「アヤたん、クリスちゃんに甘いからなァ」
「貴様に言われたくない」
「…まァ、ごもっとも」
鋭く切り替えされて上司の視線から逃れるように書類を盾にした。
きっと今頃調理室で3人は楽しく女でもないのにきゃいきゃいやりながら弁当でも作っているだろう。
子ども、といわなかったのは中佐を思い出したからだ。
そういえばこの部隊の中佐はどちらとも外見が幼く、とりあえずクリスは18だった。
軍人にしてみれば子どもである。
「…ま、クリスちゃんが楽しいなら良いよ」
手持ち無沙汰に鯉口を鳴らす。
チン、チンと規則正しく間隔をあけて鳴る刀を、そして鳴らすその持ち主を、アヤナミは睨んだ。
「煩いぞ、黙らされたいか?」
「いーえ? クリスの弁当も食べてないしね」
クスリと笑って両手を米神まで引き上げヒュウガは机から腰を上げた。
「ンじゃ、俺はコナツと自室で待ってるよ。クリスちゃんが呼びに来てくれるらしいし」
上司の机にとりあえずクリスと約束した分だけの書類を置いて、ヒュウガは手を上げた。
「あとでね、アヤたん」
そのまま軍靴で規則正しく音を立てて扉をくぐろうとしたヒュウガをアヤナミは一瞥をもくれずに止めた。
「ヒュウガ」
「…何」
鳴らした軍靴を一旦止めて振り返ったヒュウガにアヤナミはやはり1度も視線をやらない。
そして決して大きくはない声で、独り言でも言うように呟いた。
「…クリスがなんと言おうとアレはそのまま進める。彼が、クリスが唯一認めたベグライター候補だったとしても」
それだけで何を云いたいのか分かってしまった。
「死神に持ち去られた天使を取り返す餌には、アレが1番確実だという事を…」
たとえそれが彼を泣かすことになろうとも。
「忘れるな」
念をおすように、自分にも言い聞かせるように云った上司に今度は視線を合わせなかった。
「分かってるよアヤたん、心配しなくてもいい」
自分らで守ると決めた華が泣くのが自分らの…自分のせいである責任は知っている。
そして、知れば傷つきながらその所業を止めずに自らの手を濡らしてくれる事も。
大丈夫、汚す手は自分のものだけで良い。
彼の手を濡らすことはないのだと、そう、骨の髄まで沁み込んでいるから。
「クリスちゃんは汚せないから」
彼が汚れるというのなら、恐らく自分は喜んでその盾になるだろう。
彼には、自分が汚れるほどの価値が、見出したものが、ある。
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