悠久の丘で
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道具としての感情・中佐としての位置

 オレの夢は簡単なことでした。
 いつまでもこの国と共に生きたい。
 それに飽き足らなくなったのは、小さい頃の事です。
 次に思ったのは、この国を存続させる事でした。


  *


「ねぇ、何がしたいんだろうな、皆」
 どこか非難するような色があるのはもしかしたら彼自身の、ひいては自分の上司が何をしたのか知っているからかもしれなかった。
 それには答えられず、コナツはただ隣に立つ歳若い中佐を僅かに見上げるだけでやめておく。
「って、ごめん。ただの愚痴だから聞き流してな?」
 中佐は笑った。笑って、心配の火種が飛ばないように、それをこの場で根絶やしにした。
 そんな微笑だった。
 コナツはそれを見て誇らしい気持ちになる。
 直属の上司ではないが、上司の上司の下で等しいからだった。
「いえ、クリス中佐はいろいろと溜め込みすぎですよ。たまにはそれを言うことくらいして、ストレス発散しなきゃ」
 そう言えば苦笑とも微笑とも付かない笑みを浮かべ、彼は頭を撫でる。子ども扱いされているようで好きではなかったが、それでも跳ね除けられない何かがあるのは確かだった。
 手が暖かくて、それにすがってしまうのか。それともただ彼の暖かさに飢えているのか。
 どっちかはよく分からない。
 ただはっきりしている事といえば、彼を傷付け様ものなら制裁を与える覚悟はあるという事のみだ。
 彼に好意を寄せるものを片っ端から抹殺していきそうな上司をかろうじて止め、ただの口封じにとどめているのはコナツだった。

 ただ、彼らの華を犯した者への罪として。
 受け入れなければならない、罰として、覚えこませるために。

「…そんなもんかねー?」
「そんなものですよ。ヒュウガ少佐を見てください、いつだってクリス中佐に迷惑をかけて…」
 ため息をついた。
 彼のベグライターになってからやっている事の第1位は彼の尻拭いだ。
「クリス中佐も、あれの半分くらいは我侭になっても良いんですよ」
「あれの半分って…。オレは結構我侭だよ?」
「我侭な人はそんな事言わないですよ」
 第一クリスで我侭なら、ヒュウガは『世界は自分を中心に回っている』派か。
 想像して、嫌になった。
「ううん、でも」
 クリスは一旦言葉をとめた。ふと笑って、優しいそれにつられて微笑が浮かぶ。
「ヒュウガ、いい子だよ」
 知ってるよね? と視線で問われた。そうされると弱い。
 上司が根っから悪いとは思えない。
 悪いのは知っているが、自分のモノのためなら手段を惜しまない人間だとも理解しているが、それでも。

「悪い人間じゃないでしょ?」

 そう言われれば、諦めて頷くしかない。
「…ええ、そうですね」
「じゃ、話も纏まったところでアヤちゃんのトコにでも行こっか。呼ばれてるし」
 コクリと頷く。
「今日はね」
 クリスの目が、嫌そうに細まった。
「定例会議、なんだってさ。テイト君が逃げちゃったから」


  *


「テイト・クラインの所在はつかめたのか?」
 目の前には上司。その前には威張っているだけの上層部。中にはミロクのじいちゃんもいるから、少し体が強張る。
「はっ、第7区に墜落の後を発見しまして…」
 クリスちゃんが行った奴だよね?
 隣にいたクリスに視線で確認すると苦笑交じりに頷かれた。
「7区っていうと面倒でね、それより先は入らない事にしたんだ」
 こっそりと教えてくれた。

 確かに7区には問題がある。

「どうして逃げたのか、説明してもらおうかね」
 上層部もそれを知っているから、アヤナミ様にそんな口を利く。
「アヤナミ君」
 ウザイ。歳と金と家柄だけでのし上がってきたくせに。
 こんな事に本当ならばアヤナミ様のお手を煩わせる必要なんてないのに。
「ほら」
 ヒュウガが口火を切った。
「テイト・クラインはちょっと里帰りしたくなっちゃったんだよね、アヤたん」
「彼、旧ラグス王国の奴隷だったじゃないですか」
「すぐに学校が恋しくなって戻ってきますよ」
 クリスが大差のないコメントに噴出した。
「ま、テイト・クラインがどうしても必要ならオレが探しに行っても良いしね」
 クリスちゃんがフォローを入れる。

 あぁ、そっか。
 クリスちゃん、経典の全文を記憶してるんだっけ。

「…ふぁーあ」
 あぁ、眠い。
 あくびをした。
 目の前のおっさんたちは怒りのためにか震えていた。
「…お前ら真面目にやる気あるのか!!? 特に左!」
「「「「「はーい、あります!」」」」」
「だいたいっ!」
 上層部が言ってはいけない事への手順を踏んだ。
「どうしてそこにクリス君がいるんだ! クリスはそこにいるような奴では…」


 本当に。

「はぁ…?」

 こういう時の。

「うちのクリスちゃんに何か?」

 ヒュウガは役に立つ。


 当の本人の顔色は悪くなって、それを知っているからかヒュウガの手は腰に佩いた刀へと伸びる。
 上層部が彼に手を出す事を許さない。
 軍部の中でも、特に、ミロク以外の上層部は。
「…な、何が出来る? そんな事してみろ、貴様はそのまま…」
「うるさいなァ」
 ヒュウガの役割はここで牽制する事だ。
「クリスちゃん、嫌がってるでしょ?」
「クリスがそこに、アヤナミ君のところにいるのはそちらのわがままで…」
「クリスちゃんの事、呼び捨てにしないでね。こんなに震えちゃってる」
 クリスはすでにハルセの前、他の皆の後ろの位置に回されていた。
 前に立って、相手を見る。
 後ろのクリスの動揺はあきらかにおかしい。きっと、ここに来る前の上司の所で何かがあったんだろう。
 それでなくても前の上司はこの子に無理をさせていたんだ。この子の成績を奪って、それで更にこの子に何をしたんだ。

 この子は今、殆ど1人じゃ寝れない状態なのに。

「中佐? 大丈夫ですよ、僕もヒュウガ少佐だってアヤナミ様だっていますから」
 コナツが後ろに体を向け、クリスの肩をポンポン、と叩いた。
「ボクもいるよ、クリスちゃん」
「…クロユリ? コナツ?」
「そう、ちゃんと一緒にいるからね」
「大丈夫ですよ。こんな時のためにヒュウガ少佐がいるんですから」
 ハルセだって、クリスを相手の目にさらさないようにした。
「…クリス中佐、大丈夫ですか?」
「ハルセ…?」
 震えていた体が、だんだんと元に戻ってくる。
「大丈夫だよ、クリス」
 ヒュウガが言った。
「誰も、君を苛める奴を許しなんかしないから」
 それが全てだ。

「クリス」

 はっとしたようにクリスが顔を上げる。
「お前は私の部下だろう?」
「…アヤちゃん」
 クリスが顔を上げて、ちゃんと足で立った。
「そうでしたよね、アヤナミ様。俺はあんたの部下だ」
 にこりと笑って上層部のほうへ向き直る。
「…というわけで、俺はあんたらの部下は辞めて、ただ1人の個人」
 完全に立ち直ったように見えたのか、上層部が忌々しそうにアヤナミ様を見る。でも、クリスちゃんはまだ震えている。
 相当だ。過去に、この子をそんなにさせることを、こいつらはやったんだ。
「あなた方にはお気に召さない、アヤナミ個人に俺は仕えるんで。…いや、仕えてるんで」
 ヒュウガの手が刀から離れた。
「だから、俺はもうあんた等の使い勝手の良い駒でもなんでもないんだから…」
 コナツが安心したように息をついた。
 カツラギがクリスの頭を撫でた。
「だから」
 上層部の顔が怒りに震えるようになった。飼い犬だったものが噛み付いたからか、もしくは大きなものを盗られたからか。

「もう、性処理に呼ばないでくださいね」

 にや、とクリスが笑った。何か手が探していたようだったので、自分の手をそこにおいてやると握られた。
 ぎゅうっと握られて、手が痛かったくらいだ。
 だけれども何も言わない。だって、クリスちゃんのほうがもっと痛かったはずだ。
 ヒュウガの手はまたもや腰に佩いた刀の柄を握り、青筋が立っている。コナツも同じようにして、こちらはサングラスをしていない分射殺しそうな視線が真っ直ぐに刺さったのだろう。上層部が後ずさった。
「…さて、理事長」
 アヤナミ様だけは一見表情を変えず、同じように表情が変わらないように見えるミクロ理事長に声をかけた。
「これで、もうおいとましてもよろしいでしょうか、これ以上いると…」
 組んだ手を組みなおした。
「私とて、平常で接することはできなくなってしまう」
「…許可する」
「ありがとうございます」
 アヤナミ様が立ち上がった。
「行くぞ」


  *


「大丈夫? クリス」
 部屋から出るなりヒュウガは倒れこみそうになるクリス支えて言った。
「大丈夫じゃないよね…、そんな事してたんだ」
 あの糞親父共、と低く呟くとハルセが口の前で人差し指を立てた。
「クロユリ様、ここで言っては…」
 ここで、とハルセは言った。ならば人目につかないところならば良いという事だ。
「…分かった」
 不貞腐れたように頬を膨らましクリスの片手を握って歩く。
「ね、クリスちゃん眠れなかったらボクのトコ来て良いよ? 毎日ヒュウガちゃんだと疲れちゃうでしょ?」
「…っぐ」
「…クロユリ…」
 噴出す、というよりはダメージを食らったように見えるヒュウガを無視して、クリスは何かに感動しているらしかった。
「…ありがとうッ」
 そして、ぎゅっと抱きしめられる。
「今度からクロユリのトコにも行く!」
 後ろでヒュウガちゃんが「げっ」て顔をした。それを見て…いや、それを見たからこそ、ボクは笑顔で頷いた。
「クリスちゃん、待ってるね」
 だいたいずるいよね、ボクだってクリスちゃんと一緒に寝たいのに。
 寝て…まぁ、ナニをするかは置いておいて。
「うん、絶対行くからね」
 クリスちゃんはナニをされるのか分かってるのか分かってないのか笑顔だ。
「あ…」
 ヒュウガの足が止まった。
「アヤたん、先行っててねー」
 ヒュウガが手を振った。アヤナミ様は足を止めず、後ろも見ずに言う。
「ネズミはきちんと排除して来い」
「リョーカイ。じゃ、クロユリ中佐」
 はい、とクリスちゃんとバトンタッチされて、笑んだ。
「行ってらっしゃい、ヒュウガちゃん」
「…やっぱりコナツに…」
「ふざけんな」
 ほら、行かないでいいの? といつまで経ってもクリスちゃんを放そうとしないヒュウガに行ったら悔しそうに唇を噛んで見せた。
「すぐ帰ってくる!」
「…あ、ヒュウガ」
「何? クリスちゃん」
「気をつけてな、何しに行くんだか知らないけど」
 人を気にかける笑みがまぶしい。頷くときびすを返した。

「…アヤナミ様」
「どうした」
 カツラギ大佐が手帳を見て、声をかけた。
「明日から新人ベグライターの研修が始まる予定です」
 今年こそはアヤナミ様に相応しいベグライターがつきますように。
 この参謀直属部隊の中でベグライターがいないのはカツラギ大佐とクリスくらいだ。
 アヤナミ様の場合は相応しいベグライターが現れないために幾度か変わってはいるが、実際に今、いない。
「もう少しだ、カツラギ大佐。…頑張ってくれ」
「はっ」
 カツラギは『つけもの特集』と書かれた本を持って、答えた。
「参謀の下にお仕え出来るだけで光栄であります」
 その言葉に偽りがない事を、皆が知っている。
 これほど部下に慕われた上官も珍しいはずだ、今となっては。
 それは、後ろに用事で下がったヒュウガとて一緒だ。


  *


「アヤナミめ、鼻持ちならん若者じゃッ!!」
「皇族に捨てられてどん底まで落ちた貴族の末裔のくせに…!」
 すでにほえる事しかできない上層部の脇を、人は通り過ぎた。刀をに手をかけ、だが見た限りでは抜いていない。

「ねェ、アヤたんの悪口とか、駄目だよ?」
 …アヤナミ参謀直属の

「勿論、クリスちゃんに手を出すのもね」
 ベルトが断ち切られてズボンが落ちた。


  *


「…あれ?」
 足が止まったのは電光掲示板を見たからだ。
 そこにはこの国の見取り図が書いてあって、ホーブルグ要塞はもちろん、7区までの関門なども書かれている。
「どうしたんです、ヒュウガ少佐」
「ん―――」
 止まった足につられて、皆の歩みが止まる。
「ほら、普通はさ」
 隣にたったクリスに見えるように少し移動する。
「全区間とも身分証明がないと通れないだろ? それに犯罪者が逃亡するとホークザイルの飛行限界5000mまで帝国警備隊がシールドを張るから、誰1人見逃さないってわけ」

 それでも逃げ切った、テイト・クライン。

「だけど、誰の目にも触れずに第7区まで逃げ切ったねェ」
「失態だな」
「警備隊には徹底した指導の見直しをさせています」
 カツラギが頭を下げる。
「あっ!」
 クリスが声を上げた。
「そういえばあの日、内海に『ウェンディ』が迷い込んだらしいって。警備隊の皆さんが言ってた」
 ほぅ、と皆の目つきが変わった。
「『ウェンディ』といえば軍の第一級空艇すらも破壊するモンスターだよね。まさかそこを通ったとでも?」

 ホークザイルで?

 確かに抜けられない事もない、といえる人物はいるのだが、普通の人間はやらない。
 …命を落とす覚悟でもない限りは。

「ふむ、中々骨のある少年じゃないか」
 アヤナミが、そういった。彼にしては手放しでほめた状態だろうか?


「それで、どうするの? アヤたん」
「案ずるな」
 少なくともヒュウガはその場に居合わせた。
「テイト・クラインの事なら」
 クリスに知られたくなくて彼を遠ざけて、恐らくは彼が泣くことを。

「すでに手は打ってある」

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