悠久の丘で
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殺す理由

 オレの夢は簡単なことでした。
 いつまでもこの国と共に生きたい。
 それに飽き足らなくなったのは、小さい頃の事です。
 次に思ったのは、この国を存続させる事でした。


  *


「うわぁぉ、久しぶり…」
 つぶやいた声は小さめに。すでに上層部のいびり要因になりかねないことは避けなければならない。
 クリスはヒュウガの腕の中で、小さくもらした。

 目の前には懐かしい母校、陸軍士官学校。

「あ、待って。オレってこのままヒュウガと一緒でいいのか? ほら、仮にもヒュウガ、少佐だろ?」
 その仮にも、がどこに付くのかが本当に怪しい。だが特に気にした様子もなく、ヒュウガはそのままクリスを抱き上げたままだった。
「…そんな事を言ったらお前だって中佐だが…、そうだな。ハルセ、変わってやれ」
「え、アヤたん、まだ怒ってる?」
「そういう問題じゃない。クロユリ、大丈夫か?」
 いつも通りハルセに抱き上げられていたクロユリに確認するように顔を上げると、クロユリはすでにハルセに下ろしてもらっている最中だった。
「クリスちゃん、そのままじゃ辛いもんね」
「いや…、本当に歩こうと思えば歩けると思うんだけど…」
「何言ってるの、さっき一歩だって歩けなかったくせに」
 完全に下り終わったクロユリが、ヒュウガに抱かれるクリスへと視線を移す。そして、やや意地悪げに笑って見せた。
「…という訳で、ヒュウガちゃんはクリスちゃんを下ろす!」
 びしっと指を突きつけて言うクロユリはどこか愛らしい。ハルセはそれを微笑ましそうに口元に笑みを浮かべてみていた。
「ヒュウガ少佐…、まさか渋りませんよね?」
 コナツまで応戦して、嫌がるヒュウガからクリスを剥ぎ取り、ハルセに渡す。
「…えっと、ごめんな? ハルセ」
「いえ、大丈夫ですよ」
 再び高く持ち上げられて、クリスが苦笑していった。それにハルセは柔らかく笑って答え、一番後ろを歩く。
 ヒュウガはコナツに後ろから押されて仕方なしに歩く。…そうでもしないと、例え転んだとしてもそのまま引き摺られていく可能性が皆無じゃないからだ。
 むすっとした顔が、何とも素直に彼の心のうちを明かしている。
 笑っていて、あまり感情を読ませない彼にしては、珍しい事だった。
「あ…、ほらヒュウガ、前」
「…?」
 何か言いたそうにクリスを恨みがましい瞳で見たが、苦笑して小さく指を指されて前を見る。その途端にいつもの様に笑顔に戻った。
 それを見て、コナツがその隣に並ぶ。

 軍服が並んでいた。
「敬礼!!」
 大きくはない声が一斉に号令をかけて、ピタリとあった呼吸で敬礼をする兵士が立ち並ぶ。その先の大きなドアの前で、この学校の管理でも預かっているのだろう、初老の男が立っていた。
「ようこそお越し下さいました、アヤナミ参謀長官」
 アヤナミはそれに答えず、ドアの前に立ち、手にバインダーを持つ女性の元へと足を進めた。
「今年の生徒たちはどうだ? 少しは骨がありそうか?」
 女性は困惑でもするように少し苦笑を浮かべて、閉じられたままだったドアを開ける。
「はい、それが…」

 開いた途端目に飛び込んできたのは、真ん中の程に立つ囚人と、未だ立っているのは3人だけ。そのうち1人はガラスを叩いていた。
『助けてくれ――!!殺されるっ!!!』
 ベシャリと音がして、また新しい生徒がガラスに叩きつけられて、そのまま落ちていった。
 試験会場には血ばかりが目立って、動いている人間なんて赤と囚人の黒で分からない。
「あれ、オーク家だっけ?」
 クリスが小さく呟いた。その声には明らかなる嘲りや失望が篭っていて、彼の目に飛び込んできたのはその奥の黒髪と金に近い明るい色だった。
「…見苦しい」
 ピクリと眉が動いて、アヤナミが冷たくコメントする。
 その間に囚人は必死にガラスを叩く生徒に目をつけていた。
 それも仕方ないだろう。戦いにおいて、背を見せたものから狩っていくなどと、基本中の基本だ。
 だが囚人の手が生徒を襲う前に黒髪が割って入り、突き飛ばすようにしてその攻撃をかわさせる。
『危ねっ!』
 その様子を冷静に見ながら、女性はバインダーに視線を落とし、その後アヤナミを見た。
「大体の生徒はここで脱落いたします」

 卒業試験。
 毎回死人や怪我人を大量に輩出し、それに勝ち残ったものだけが、今こうして外でその試験結果を見ている。ここにいる誰もが何年か前にその試験を受け、多くの仲間と別れてきたのだ。

「どんなに訓練の成績がよくとも、実践で使えるのはごく僅かですから」
 いっそ冷たすぎるくらいの試験官の声。
 試験会場の中ではいくつもの悲鳴が上がり、自らの命を掴み取ったものだけが、試験終了と共に生きてホーブルグ要塞に入る権利を得る。
「あーあ」
 もうなんか、試験をしているのが馬鹿らしいくらいに力の差が歴然としすぎている。
 クリスは目を細めた。
 張り倒された生徒はその後起き上がるフリを見せない。そのまま気絶したのか、気絶したフリをしているのかはここからでは分からなかったが、囚人の手に捕らえられた黒髪の少年を追って、視線が上がった。
『テイト!』
 両手で首元を持ち締め上げる囚人に、もう1人残っていた生徒が捕まっていた生徒といいタイミングで腕を折る。
 それぞれ逆方向に強い力を加えられた腕は、いくら太かろうとも、嫌な音をさせて折れる。力が抜けて、黒髪の少年が着地したのと同時に彼は腹に、明るい髪の少年は顔に、重い蹴りを入れる。

 それからの黒髪の少年の動きは実に綺麗な流れで、そして確実にその囚人の命を握った。
 首にピタリと当てられた手と発動されたザイフォン。
『降参しろ』
 だが、性格面からいってしまえば、いささか弱いのかもしれなかった。
『動けば殺す!』
 クリスはため息をついて、すぐ近くに顔があるハルセに笑いかける。
「ねー? あの子は優しすぎるみたいだね」
 アヤナミは小さく舌打ちをしたのかもしれない。
 ヒュウガの驚くような、面白がるような顔が、横顔で見えた。
「そうですね、誰かととてもよく似ている」
「ん…? なんか含みがあったね、ハルセ」
「いえ、気のせいですよ」
 ハルセは笑い返して、それよりも前に出ている直属の上司に視線を向けた。
『試験はまだ終わっていませんよ。私は、殺しなさい、と言ったはずです』
 一向に命を絶とうとしない黒髪の少年に、後ろから声をかけたのは、懐かしい教師の顔だった。
「あれ、シグレ先生まだいたんだ」
『コイツは本当の敵じゃない。殺す必要なんか…』
 少年が目を離した隙だったようにも見えた。

「手ぬるい」

 バシャッと黒髪の少年に血が降り注ぐ。
 少年の目は見開かれ、恐らくその目に映っているのは右手を握手でもするように差し出したアヤナミの姿だっただろう。
 そして、その後ろやら周りやらで笑みをたたえている輩。
『し…っ、試験終了――!!』
 少し遅れて、アナウンスの声が告げた。


  *


「ねぇ、アヤちゃん」
 Aチームの試験が終了したため、別のチームの試験結果を見るために歩いている所だった。
 付き従う、上層部の息がかかった兵士は断った。
 故に、好き勝手に喋っている。
「さっき、あの囚人を殺したのは彼のため?」
 クリスが、ハルセに抱いてもらいながら、暢気に言う。
 ヒュウガが忍び笑いをこらえて、隣に並んだ。
 クロユリが、何で?とでも言いたさそうな顔で振り返る。コナツはヒュウガに手渡されたファイルと不思議そうな顔で睨めっこしながら歩いていた。
「あれ、逆恨みが激しいって有名だったもんね。…まぁオレもあそこに出てくるとは思わなかったわけなんだけど」
「それは経験者の言葉かな? クリス」
「ううん。オレはあんな奴、伸せるからいいんだけど。…でも、捕まえに行った時は面倒くさかったかなー」
 ヒュウガの言葉にわずかに目を細めた。
「ま、そんな事はオレらが知ってればいいよね。アヤちゃんの優しいところなんてさ。
 さて、コナツ。そのファイル貸して? ヒュウガもありがとね、制服と一緒に持ってきてくれて」
「これですか? はい」
 コナツがいぶかしんで見ていたファイルをヒュウガを1度見てから、渡した。それを受け取り、クリスは楽しそうにある紙を1枚取り出して、まずは手近なところでハルセに、予告なしに、見せた。
「はい、ハルセ」
「何ですか、それ…っ!?」
 差し出されたものを素直に空いた手で受け取ろうとして、ハルセが息を詰まらせた。
 そしてしきりに、1番前を歩くアヤナミと見比べるように視線を動かす。
「…これ、クリス中佐が書いたんですか?」
 恐る恐ると言った風に聞くも、顔は必死に笑いをこらえている感じで、何の事だからわからない。それにクリスは満面の笑みで答えた。
「もちろん」
「それ、うまいよなー。的確にポイントを抑えてるって言うか…」
 先日、偶然にもそれを書いているクリスを見たヒュウガはその笑いの意味がわかった。そして、あれを見たらそうなるだろうな、とも解る。
「え? それ何?」
「クロユリ、こっちにおいで」
 不思議そうに見上げるクロユリを呼び、同じようにその問題の紙を見せる。
 クロユリは、最初驚いたように目を見開いたものの、やけに神妙な顔で一言言った。
「…クリスちゃん、絵、上手だったんだね」
「簡単に書いただけだから、適当な部分も多いけどね」
 いつの間にか、アヤナミを除いた全員がクリスの手元の紙を覗いていた。
 そして、カツラギまでもがアヤナミを見ていった。
「本当に上手ですね、特徴を良く捕らえてある…」
 その様子にいい加減、アヤナミがあきれたように口を開いて、振り返った。白に近い髪を掻き上げるようにして、帽子を取った。
「…何を言っている、見せろ」

「嫌でーす」

 クリスの軽めな声に、拒否された。
 うぐっ、と詰まって続きが言い出せずにいれば、微笑まれた。
「だって、アヤちゃんに見せたら破かれそうなんだもん」
「…そんなものを書いたのか」
「ってか、暇つぶしと趣味をかねてね」
 手の中の紙を見られないように持ちなおして、その紙に視線を落とし微笑む。
「でもほら、早く試験見て回らなくちゃいけないんだろ? こんな所で油売ってないで行こうよ」
 クリスは頑として紙を見せなかった。
 ついに折れたのか、アヤナミも歩き出す。
 クリスとハルセはもう1度紙を見て微笑んだ。


 その紙には、普段から仏頂面を下げている上司の、貴重な笑顔がデッサンされていた。

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