悠久の丘で
 top about main link  index

Menu>>>name / トリコ /APH /other /stale /Odai:L/Odai:S /project /
  MainTop

現金な男

 オレの夢は簡単なことでした。
 いつまでもこの国と共に生きたい。
 それに飽き足らなくなったのは、小さい頃の事です。
 次に思ったのは、この国を存続させる事でした。


  *


 カツカツと、そこの厚いブーツの裏を廊下で打ち鳴らしながら歩く。目指すは上司の私室で、早朝に、と自分で言ったのだから来ているのだろう、と当たりを付けていた。
 ようは言葉尻を捉えて、無茶苦茶を言っているだけなのだが、彼はいるだろう。そこで暇を潰すのも面白い、と足を向けた次第だ。
 ややあって、見慣れたドアの前に着き時計を見たら随分に非常識なくらい早い時間だった。ドアをノックするのを躊躇する。

 だが、結果からいえばノックした。

 幾ら早い時間とはいえ、こんなところでいたらそれより後に来るであろう同僚たちの笑いものになりかねない。…そして、1人でいるにはこの廊下は寂しすぎた。
「アヤたん? 俺だけど入っていい?」
「…ヒュウガか。…まぁいい、入れ」
 中での声は何かを思案しているようだった。それに見当がつかなかったヒュウガはいわれたとおり、静かにドアを開けて、室内に引かれた絨毯の上へと足を乗せる。変な具合に足首に力が入って怪我でもしそうだ、と思った。
 捻挫か…、へたすれば挫くかも。
 そんな事を思いながら部屋の中を歩くが、いつもいる仕事机――というのにはいささか豪華すぎる――に相手がいない事に遅ればせながら気付いた。
「アヤたん?」
「こっちだ」
 声がした方向を向けば、もっと奥。ここに何度も来ているヒュウガでさえ、アヤナミがそこにいるのは、見たことがなかった、仮眠用のベッドの上。
「…アヤたん、浮気?」
 ヒュウガは眉をひそめた。
 その理由となるものは実に簡単で、遠目に見ていたって彼が上に何も着ていないことが分かる。ベッドの上の毛布には彼以外のものらしい小さなふくらみがあって、誰か別にいるのはバレバレだ。
 上司にあるまじきその行動が不審でならない。
「そっち、行っていい? あと、あの子にバレたら相当怒られるだろうね」
 女だろう。
 上司が女を抱いているなんて言う噂は聞かない。だが、男を抱いているなんていう噂も聞かない。
 女なんてものは、避妊さえしてしまえばていの良い性処理の道具にしかならないが、男の場合はそうもいかない。
 あっちにだってプライドやら体の構造やら、面倒くさいことが山盛りだからだ。
 ヒュウガはいつものようにサングラスの奥の目を細めたまま、ベッドへと近付いていった。

 もし、その相手が寝ていて、さも上司を信用したようにスヤスヤと眠っていたなら、彼の悪行を散々バラした後、殺そう、と思った。

 女が背負うには、アヤナミという上司はあまりにも重くて深くて、面倒くさい。
 関係が浅いうちに、さっさと証拠隠滅してしまおう、と思った。
 どのみちそろそろ彼だって来るだろう。
 そのときの彼の怒ったような、泣いたような顔なんて見たくなかった。
 知らず知らずのうちに、腰元へと利き手が移動する。
 それを見たのか、上司が口元に笑みを湛えた。
「…誰、オレに刀向けてるの…」
 念のためにいうが、まだ刀に手がかかっている程度だ。向けてなどいない。
「あぁ、起きたかクリス」
 アヤナミの笑みが濃くなって、こちらをこれ見よがしに見た。
 ひょこり、と見慣れたサラサラの黒髪が覗く。
 毛布の中でもぞもぞと動いて、寒かったのか、上司に、子供がするようにすがりつくと、完璧に彼だということが分かった。
 特徴のある紅い目が、焦点をあわせずにこちらを向く。
「…ヒュウガ?」
「何やってるの、クリスちゃん」
 だんだんと目の焦点があって、呆然と見上げられる。
 布団の上に広がる黒髪が何かの模様を描いている様にゆれて、彼が寝返りをうって崩れた。
「…あれ、オレ何やってた? アヤちゃんは覚えてるよね?」
 昨日酒を入れたからだろうか。頭を痛そうに押さえ、眉を寄せる。
 普通、あの堅物まがいの上司が服を脱いでいる時点で何をしていたのかは分かりそうなものだが、ヒュウガはその答えを無視した。
 可愛い可愛い嫉妬心だ。
「昨日一緒に飯喰ったのは覚えてる?」
「うん。そんで酒飲んで、ヒュウガに部屋まで送ってもらったんだよね」
「そうそう」
 酒が入ったクリスをそこら辺に放置できるわけがない。
「…で、オレどうした?」
「さぁ…?」
 問われても困る。その後、このままここにいては何かしら罪を犯しそうだったから、そそくさと部屋を出て自室へと帰った。
 この後のことを知っているのなら、上司しか居るまい。
 自然と視線がアヤナミに集まる。
「クリスが来て、ココで寝るというからベッドへと運んだ。
 そしたら二日酔いになりかねんくらいに飲ませられたようだったから、水を飲ませた」
 アヤナミがサイドボードに移動した空のグラスを指差す。
「他に聞きたいことは?」
 クリスがいるから突っ込んで聞けないことを知っていて、アヤナミは笑う。
「…アヤたんって本当に性格悪いよね」
 だからせめてもと、小さな毒を吐くだけにしておいた。
「…へぇー、オレ来ちゃったんだ。ごめんね?」
 クリスはそう言うとベッドから体を起こすが、途中で顔をしかめた。
「どうした?」
「…筋肉痛って奴ですかね? オレも歳になっちゃったかな、体中が満遍なく痛い。
 …ってか服着てない。ヒュウガそこら辺に何か落ちてない?」
 その言葉に一瞬浮かび上がった殺気を、かろうじて堪え、何か、と探すとなるほど。
 彼が愛用している服の数々が落ちている。
 拾うのと同時に上司を射殺す勢いでにらんでおいた。
「…あれ、上、ない? そっかー…、落としてきたのか部屋にあるのかよく分からないけど取りに行かなくちゃね。…もしくは代え用の奴を出すか」
 クリスは淡々と呟きつつ、早々と素肌を隠していく。
 手早く隠されていく肌だったが、偶然――本当に嫌なことに――その首元に小さな虫刺されの様な紅いものを見つけて、本当に殴りそうになった。
「ねぇ、オレ、このままじゃ寒いからどっちかが上貸してくれない?」
「いいよ。俺が行く、行ってくるよ」
 くるっと踵を返した。
 これ以上この部屋にいてみろ。間違いなく上司をぶん殴る。
「ほら、頭冷やしついでに、さ。クリスの服、クロゼットの中であってる?」
「うん。…でも良いのか? オレ自分で取りに行くぞ?」
「大丈夫、じゃぁ後でね」
 笑って手を振り、絨毯を踏みしめてドアに手をかけた。

「…ヒュウガ怒ってたよなー? アヤちゃん何か覚えある?」
「くくく…、あったところで何も言えないだろう。あいつはそういう男だからな」
 クリスは訝しげに首をひねった。


  *


 ヒュウガが戻ってきて、ようやくクリスの制服の上下が揃った頃、人のほうも集まってきた。
「全員そろいました」
 簡単な人数確認をして、カツラギがそう、報告する。
 ちなみに彼の今日のバイブルは”優しい園芸”。最近園芸にも手を出したのか、とヒュウガが半ば呆れ気味で小さく洩らした。
「先日伝えたように今日は陸軍士官学校の卒業試験日だ」
 小さく頷いて、アヤナミが言う。
 すっかりヒュウガとは和解したように見えるがそれも定かではない。ヒュウガは先ほどからよそを向いて、ぶつぶつと小さく何かを口の中で繰り返し言っている。
「これは、新人ベグライターのスカウトでもある。恥をさらさぬよう」
 じっとりとその視線は絶えずヒュウガのほうを向いているが、本人は無視をしているのか気付いていないのか、そのままだ。
 隣にいたコナツが呆れたようにため息をついて、上司の頭を背の足らないなりに押さえ、下げさせる。
「ごもっともです、アヤナミ様」
 その他は「はーい」と幼稚園児並みの受け答えに対して、やはり上司の尻拭いかコナツはやけに堅苦しく言った。
「…だいたいヒュウガ少佐、朝からなんですか、気持ち悪い」
 気持ち悪い、とまで言われて、流石のヒュウガも床にのの字を書きたくなってくる。
「大方クリス中佐の事なんでしょうが、僕の身にもなってください」
 ここまで完璧に上司を黙らせられるとなると、将来が楽しみになってくる、とアヤナミはひそかに笑いを含んだ視線を送ってみた。
 そして、その勘…なんだか観察眼なんだかの、鋭い事。
「…コナツ、流石にヒュウガ凹んでるけど…」
「クリス中佐、こういう場合は甘やかしちゃいけないそうです」
 受け答えもスピーディ且つ笑顔だ。
 しかも言外に犬と変わらぬ存在だと、自らの上司を言っている。
「あっはっは、すごい言われようだね」
「…クロユリ様…」
 指を指して笑うクロユリを、ハルセは諌めるように声をかけるだけで、決して止めは、しない。
 ハルセは自らの上司を躾けるのは諦めたのか、もしくは、褒めた方が伸びると知っているのか、なかなか仲が良い。
 本当に人間味溢れて、ベグライター付きの幹部も面白い。
 …というか、大抵の幹部は幹部補佐であるべグライターを従えているのだが、アヤナミに相応しいベグライターではなかったため、前ベグライターが解雇されてからはずっと、カツラギがベグライター紛いの事まで引き受けている。
 クリスはいらない、の一言だそうだ。彼が少佐だったときにも、中佐になってからも聞いたがその答えは変わらないようである。

 ふと何気なく時計に目をやったら、早く集まったはずなのに、随分と時間がおしていた。
「時間だ、行くぞ」
「楽しみだねー、あそこに行くのなんて久しぶりだもんね」
「ほらヒュウガ少佐、置いてかれちゃいますよ」
「ヒュウガ機嫌なおそ? ね?」
「だってクリス冷たいし…」
 まだ少女マンガみたいなことを言っている。
 いい加減気付いたらどうなんだ、とアヤナミは先を歩きながら思った。
 そんな事をやっていたって、コナツが言ったとおり、ただ気持ち悪いだけである。
「冷たくなんかないよ? ヒュウガの気のせいだって。
 …ってか、オレ歩けないかも…」
 もともと近くにいたため足の1歩を踏み出していない。
 初めて踏み出して、クリスはやや顔を硬直させて言った。
 それに、後ろの後ろでまだ進んでいなかったコナツとヒュウガは固まった。
「…歩けないって、歩けないんですか?」
 コナツはなにやら間抜けな事を聞く。
「体支えたら? そしたら歩ける?」
 ヒュウガは手が早く、すでにその体を支えてサングラス越しの目が、不安そうに揺れていた。
「…ん、それで歩けたらいいんだけどねー」
「つまり…、駄目なんだね?」
「……そういう事になりますか」
 クリスの目が遠くを向いた。
 だが、それにも勝るほどに歩くと痛みが走るらしい。
 アヤナミはため息をついた。

 昨日のがやはり響いたか、と。

「そうしたら、抱っこしてもらえばー? クリスちゃん、軽いから出来るんじゃない?」
 立ち止まって後ろの様子を見ていたら、後ろの2人して、あぁ、と手を打った。考え付かなかったらしい。
「じゃぁ、もちろんヒュウガ少佐ですよね」
 そういうコナツより、クリスの背は僅かに高い。即座にその役を降りたのは、飴と鞭か。
 クリスとヒュウガは顔を見合わせた。それに、クリスは僅かに頬を赤らめ小さく頷く。
「…お願いします」
「心得ました」
 クリスの頭が急激に高く突き出る。
「ひやぁ!?」
「ほらほら、うるさいよ、クリス。耳元で大きな声出さない」
 目に見えてヒュウガの機嫌がよくなった。
 それを見て、同じようにハルセに抱きかかえてもらっているクロユリがぼそり、と言った。

「ヒュウガちゃん、現金だよね」
 思わず頷きかけて…、かろうじて止まっておいた。

<<< 






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -