悠久の丘で
 top about main link  index

Menu>>>name / トリコ /APH /other /stale /Odai:L/Odai:S /project /
  MainTop

prologue

 オレの夢は簡単なことでした。
 いつまでもこの国と共に生きたい。
 それに飽き足らなくなったのは、小さい頃の事です。
 次に思ったのは、この国を存続させる事でした。


  *


 控えめに、しかし確実に部屋の中の人物にその音を届けるように力強くドアが叩かれた。
「ん…、誰だ? 入って良いぞ」
 少し高めの声だった。
 その声の主であり、この部屋の主の中佐が返事をしたのを合図に、外でやや緊張気味に返事を待っていた一般兵はドアを開ける。
「失礼します、クリス中佐」
「うぃっす、何かあったかな? …もしかしてオレが出した書類、間違ってるところとかあった?」
 その兵士が馴染み深い顔だったということもあるのか、地位の差など微塵も感じさせないように黒髪の中佐が言う。


 クリス中佐。
 アヤナミ参謀長官直属部隊に所属。
 彼に付き従うベグライターは未だいない。それに比例して、彼のべグライターになる事を夢見ている者が続出しているというのは、すでに一部では有名な話になりつつある。
 ある意味、アヤナミ参謀長官のベグライター志望より多いというのだから、いっそ笑い話だ。
 艶のある細い黒髪をなびかせ、代名詞は、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。悪戯に光るその双眸は紅。
 冷たい美人、という種類ではなく、血の通った人間味の大いにある良く笑う美人として軍部で名を轟かせ、密かに淡い恋心を抱いているらしい、という噂がバレたが最後、ヒュウガ少佐に後ろから刺される、と意味の分からない伝説まで作った、その人である。


 それに、兵士はすごい勢いで首を振って、小脇に抱えるようにして持っていたバインダーを相手の目にも映るように少し高めに上げて見せた。
「アヤナミ参謀長官より至急の伝達事項が届きましたので、伝えに来ただけです。…宜しいでしょうか?」
 机上でなにやら長文を書いているらしいそぶりを見せるクリスに控えめに問うと、紙の上を滑らせていたペンをぴたりと止め、それをペン置きに突っ込んで顔を上げた。
 高くポニーテールにした黒髪が、顔を上げた事によって左右に大きく揺れる。
「アヤちゃんから、至急の伝達事項ねぇ? ヒュウガでも使いに出しくれれば良いのに、わざわざごめんね。遠かったでしょ、ここまでだと」
 気遣うように苦笑を浮かべた相手の言葉とその苦味を混ぜた笑い方に、恐縮したのは兵士のほうだった。
「いえ、そんな事は…! それに、ヒュウガ少佐も本日は所用で外出との事ですし、私たちはそれが仕事ですので」
 確かにクリスの私室があるこの棟は伝達役を兼ねている兵士たちからは遠い位置にある。だがそれも仕事だし、行き帰りと集合がかかればその本棟まで足を運ばねばならないクリスよりは随分とマシである。
 クリスは納得したのかしなかったのか、とりあえず微笑んでから先を促した。兵士は敬礼した後に、バインダーに丁寧な小さい字で書かれたメモを読み上げた。
「本日付の伝達事項をお伝えします。
 明日、陸軍士官学校第315期生の卒業試験を執り行うにあたり、同時に、新人のスカウト、及び、ベグライターのスカウトを行う。
 よって、直属部隊も視察に赴くので明日早朝、アヤナミ参謀長官私室に聚合するよう。
 以上です」
「…え? もうそんな時期だっけか」
 兵士の言葉を背筋をピンと伸ばして聞いていたクリスは、以上、と言われるのとほぼ同時に机に突っ伏した。そして手近にあったペンを取って、インクの中へと先を浸した。
 何かを受け取るように差し出された手にバインダーを預けると、クリスは体を起こしてそのメモ書きがされた紙に、サラサラと自らのサインを綴る。
 それを兵士の手の中に戻してからクリスは立ち上がった。
「ねぇ、今年は面白い子いると思う?」
「…私は存じ上げませんが、何でもミロク理事長のお気に入りが卒業すると、同僚は申しておりましたので、その者だけでも見る価値があるのでは、と」
 受け取ったバインダーを大事そうに小脇に抱え、兵士は言った。
 答えるのに時間がかかったのは考えを少し纏める時間だったのか、兵士の言葉にクリスは目を細めた。
「へぇー、あの頑固なミクロのじいちゃんが。すごいねー、その子。…結構前の事だけど、すっごい扱かれたな…」
 少し感動したのか、クリスが手をぱちぱちと打ち鳴らす。その様子に兵士は少し誇らしい気持ちになりつつ、頭を下げた。
「では、私はこれで失礼させていただきますが、宜しいでしょうか」
「うんっ、本当にありがとう。君のおかげで明日が楽しみだ」
「そう言っていただければ恥を忍んでお話した甲斐があるというものですよ。では、失礼します」
 足を揃え手をあげ敬礼した後、兵士はもと来た通りドアを開けて出て行…こうとしたのだが、その直前で不意に開いたドアのせいで、驚いたのか足を止めた。
 そして、入ってきた人物を見て目を見開き1歩下がって敬礼をする。
「…ヒュウガ少佐!」
 行動と口から思わず漏れてしまった言葉がチグハグな気もしたが、あえてそこには何も言わず、ヒュウガはなぜか立ち上がって、あきれた様な顔をしているクリスの隣まで歩いていった。
「…何やってんの、ヒュウガ。コナツと仕事は?」
「コナツは何処かわかんないけど、仕事だったら置いてきたよ」
「…本当にお前のベグライターやってるコナツが可哀想になってくるわ…。仕事ぐらいしてあげなよ、やれば出来るんだから」
「まぁまぁそんな事言わずに、匿って?」
 ヒュウガが、手を握り、何故か妙に真面目な顔をして言ってみた。兵士の位置からだと背の高いヒュウガが、アヤナミ参謀と大して変わらないか、それより小さいクリスを口説いている、または襲っているようにも見えなくない。
 兵士は泣けるなら泣いてしまいたい、と思った。
 それを救ったのは、やはりというか、クリスだった。
「あ…、行っていいよ。ご苦労様」
「はっ! 失礼します」
 呪縛から解き放たれたように動き出した兵士は、少し大股気味でドアへと進み、1度部屋の中にいる2人に礼をしてから、ドアを閉めた。
 最後まで全身の神経を使って丁寧に閉められたドアは、大して大きな音も立てず、静かにしまる。

 兵士は、廊下に出て、ドアが閉まった瞬間、その場に座り込んでしまった。


  *


「…で、本当のところオレに何の用?」
 クリスはドアが閉まったことを確認して、未だ何故か手を握ったままのヒュウガに向き直り、聞いた。
「え、何か用がなきゃ来ちゃいけない?」
「仕事をやってれば問題なし」
 手を握られたままクリスが椅子に座ろうとし、それにつられてヒュウガは椅子の後ろに周り、クリスに手を回す。
 回ってきた手をそのままに、クリスは書きかけだった紙にインクに浸したペンを走らせた。
 それを後ろから覗き込んでいたヒュウガは小さく口笛を吹いた。賞賛を表しているのか、サングラスの奥から垣間見える細い目が、楽しそうにゆれる。
「それ、もしかしてさっきの彼がいた時も書いてたりした?」
「いや、ちゃんと聞いてたよ。一応アヤちゃんからの伝言だったし、聞いてあげないと可哀想じゃん」
 そうは言ってもクリスの声は笑って震えていた。覗き込むヒュウガも口元を押さえ、紙の上を走るペンを目で追う。
「これ、コナツにも見せて良い…?」
「良いよ。…でも、アヤちゃんに見つかったら怒られるかなぁ? 力作なんだけど」
「…いや、大丈夫じゃない? クリスなら」
「オレなら?」
「そう、クリスなら」
 ヒュウガはもう1度言って、頷いて見せた。その笑顔にクリスは微笑し、最終仕上げの状態に入っている紙の上の産物に目を落とす。明らかにヒュウガのそれとは異なった笑みだったが、それが向けられる相手に命はない。
 だから、慰め程度のものではあるが、ヒュウガに佩刀された、鞘に彫刻がなされた2本の細身の日本刀が唸る事は皆無である。
 もしもそれが誰かからの手紙で、それに向かって微笑んでいるのであれば、無実の手紙も、出した本人もただでは済まされなかっただろうが、書いた張本人がクリスなので、その心配もしないですむ。

「明日、士官学校のほうに行くんでしょ? コナツにそのときに見せるので良い?」
 言外に、今行ったらそのあと鎖で椅子に縛り付けられかねないよね。と言う。
 ヒュウガは頷いた。
「そしたら皆見れるもんなー。これで怒られるときは一緒ってね」


 クスクスと2人して笑い、それから、クリスが何か気付いたように上を見てからヒュウガを見た。
「ねぇ、腹減らない?」
「ん、食いに行く?」
「行き…たい。今日は特に仕事もなくてずっとこれ書いてたから飯食ってないんだ」
「じゃぁ行こうか。この時間だったら食堂もすいてるでしょ」
「だね」
 机の上におかれたインクのビンの蓋をきっちりと閉め、使っていたペンの先を汚さないように拭き取り紙はファイリングする。それをのみを机の上に出して立ち上がり、クリスはヒュウガの腕を引いた。
「ん? 今日は積極的?」
「いや、奢って貰おうかと思って」
 そんな軽口を叩いて、部屋を後にする。

 閉められたドアは大して大きな音も立てず、静かに主人の帰りを待った。

<<< 






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -