悠久の丘で
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70 ただ愛していると伝えるための両腕

 小さい頃から小さい頃から。
 よく思い起こせば、思い起こす記憶の量が膨大すぎて少し時間がかかってしまうが、俺の周りには子どもが沢山いた。
 戦闘要員だった時ですら、子どもが周りに多かった。

 子どもを沢山見てきたのは仕方あるまい。
 俺は、最初の1人だった。
 だけどいつの日もこの血に塗れた手を暖かく体温の高い手で握っていてくれたのは子どもだ。

 初めてガンメンに乗った日も。
 ロージェノムに身体を作り変えられた日も。

 思い返せば俺は沢山の子どもに囲まれてこれまで生きてきたのだ。
 捨ててくれ、と頼んでからもそう。

 俺よりも歳を重ねた奴なんてロージェノムくらいだから、どこに行っても俺は子どもに囲まれていた。


 シモンも、
 カミナも、
 ヨーコも、
 リーロンも、
 ロシウも、
 ギミーもダリも、
 ニアも、


 少しくらいはこの世界に生きるための希望を、彼らに与えられただろうか。

 外へ飛び出して行った子どもたち。
 もう、戻ってくることもできない子もいる。



 俺は、俺の人生に少しでも触れて行く子どもに、未来へと進む価値をあげられただろうか。


「…………クリス?」
「…あ、シモン」
「どうした、随分考えてたみたいだけど」
「―――…子どもが、よく俺の手を引っ張ってくれたんだ」
 シモンが持っていたペンを置いて、興味深げな顔でこちらを見てくる。
「へぇ?」

 蕩けたような、幸せそうな顔。

「俺はもうずっと生きてる」
「うん」

 ああ、この表情を、

「俺ね、ヴィラルは忘れてるだろうけど、小さい時のヴィラルに会ってるんだよ」
「…へ?」
「まだ、初めて会った時のシモンくらいの大きさで」
 小さくて目が大きくて、将来は美人になるだろうなって思ったら確かに美人になったけど男の子だった。
「可愛かった」

 見たくて、

「へ…、へぇ」
「ちょっと泣き虫だったの」
「そんな風には見えないけどな」
「可愛かったからね、ヴィラルは。今も大した美人さんに育ったけど」

 俺はこれまでずっと、

「ちょっかいかけられてばっかだったんだよ、ヴィラル。可愛くて、…………そうだなァ、少し、シモンに似てたかも」
 シモンは持っていたマグカップを落としかけ、尚且つ口に含んでいた紅茶を激しく咳き込みながらどうにか飲み込んでいた。
「げほっ、………ッ、…マジで言ってる…? クリス」
「もちろん。何処がどう不真面目なのさ」
 シモンは不機嫌そうな顔をした。
 いや、これはどっちかといえば不機嫌、ではなくてショックで沈んでいる時の顔だ。粗方書類の片付いた机に突っ伏して、だけどこっちは見ている。

 なんだか昔を思い出すようだ。
 この表情は村にいた時によく見た。アレだ、俺がなかなか家に帰れなかった時。

 真実は散歩でもなんでもなく村長らに半ば監禁されて、口では言えないようなことを散々強いられていたとき、帰ればシモンはこんな顔をしていたっけ。
 あんなに嫌だったのに、あんなに2人を守れるのだと誇らしかったのに、7年は長い。


 もう、どうでもよくなってきている。

 
 それは単に村を出てから色々あったからだろうけど。
 紅い鬱血はすべて塗り替えられた。
 カミナやシモンが、塗り替えてくれたから。

 だから俺は、こうしてシモンの目を見て話せる。


「ヴィラル…かぁ」
「そんなに嫌だった? 俺的にはすっごく可愛い組み合わせで良いと思うんだけど」
 それにカミナとロシウが入れば最強だと思う。
「だってさー、今のヴィラル…」
「シモンも可愛いよ」
 まだごねるシモンの髪を掻き上げて、ちゅ、と額にキスした。


 俺はずっと、


「………クリス」
「何?」
 シモンの前髪を掻き上げたままで。

 視線が近い。
 すごく体温が心地いい。
 紺色の髪にもキスしたい衝動に駆られた。

 前はすごく小さかったのに、大きくなったものだ。
 あの時小さかったシモンは、もう、俺の身長を抜いてしまった。

「そういうことすると襲うぞ」
「…………シモン…?」
「何?」
 シモンがにぃ、と笑う。
「ここ、執務室。ちなみに言えばまだ昼間」
「別に関係ないだろ?」
「関係あると思うけど。………それに、今日、ロシウが調子見に来るって言ってた」
 背に腕が回る。
 どこにそんな力があるんだか、シモンは俺を抱き上げ膝の上に乗せて肩口に顔をうずめる。

「……っ、」
 くすぐったい。
「くすぐったい?」
 頷く。うっかり口なんか開いたらシモンの思うツボだ。
「あったかい?」
「…………………うん」
 シモンが耳元でよかった、と言って。
「昔からクリスってあったかいの好きだったもんな」
 背を繰り返し撫でられる。


 生きてきた。
 生きてきたんだ。


「…ねェ、シモン」
「なに?」
 シモンの声が優しい。こんな声ではうっかり眠ってしまうじゃないか。
 小さい頃は逆だったのに。
 少しだけ、悔しい。
「俺は、愛してるって伝えられてる……?」

 ぎゅうと抱きしめて。
 あたたかい身体。

 シモンが空気だけで驚いたのがわかった。そして、そのあと優しく微笑んだことも。

「伝えられてるよ、クリス」

 ――――――あぁ、よかった。俺は俺が長生きする理由を見つけられない。ヴィラルのように強い子ではないから。
 だけど、誰か1人でもそう言ってくれるのなら。


 俺はこの腕で誰をも抱きしめるために永く在ろう。
 ぬくもりを与えて、それで少しでも返してもらえれば嬉しいのだから。

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