悠久の丘で
 top about main link  index

Menu>>>name / トリコ /APH /other /stale /Odai:L/Odai:S /project /
  MainTop

考えた代償



 何時もよりかなり早く目が覚めてしまった。丸い窓から覗けば海はまだ薄暗い。
 もぞもぞと動こうにもいつも通り背後からがっちりホールドされているこの状況。もう1人で行かないと言った言葉が信用されていないのか、ただたんに人肌寂しいのか、ローのがっちりホールドからは抜け出せそうにない。
「―――…エース」
 ぽつりと呟いた声はびっくりする程切なく、寂しく聞こえた。
 大丈夫、大丈夫と言い聞かせる。
 相手はあの白ひげだ。彼のたった1つのルールは何処までも気持ち良くて、胸がすく。
 彼が愛しい我が子を見捨てるとは決して思わない。思えない。
 白ひげは、たったその1つのルールを守り続けたからこそ白ひげになった。生ける伝説となった。

 彼が愛するバカ息子を見殺しにするなんて有り得ない。
 そして彼の愛する息子たちが、兄弟を見殺しにするなんて、有り得ない。

 だから、願う。
 無理だと知りながら願う。
 以前、大して見もしない新聞で見た、エニエス・ロビーの記事。
 麦藁の船長の言葉。

 死にたいなら、俺の隣で言え。


  *


「船長!」
 ろくにノックもせず、ばんっと開け放ったドアの中で此方を見る目は金色。長めの銀糸を掻き上げ此方を見る。
「…おはよ、ペンギン」
 いつも通り半裸。腰の辺りに抱き付く船長の頭を膝に、繰り返し背を撫でる。
 いつの間にこの人まで半裸で寝るようになったのか問いただしたい。全力で。
「あ…、あぁ、おはようクリス」
「ペンギンは朝早いな」
 にこやかに笑って言うクリス。到って平然と背を撫でている辺り、意外とお決まりのパターンになってしまったのかもしれない。
 これまで暑くても絶対に脱がない派だったアンタの根性は何処に行った! と耳元で怒鳴り散らしてやりたい所だが、朝から下半身と上半身が分かれるのは勘弁。
 ましてや今日はクリスが1番ピリピリしてるであろう日。出来る事ならクリスの支えになりたい。
 こんな、会って間もない人間の支えになりたいなんて。
 以前の俺ならば鼻で笑うだろうか。
「船長が遅いンだよ。もうすぐ昼だ」
 寝汚くまだ寝ている船長を呆れたように見て、それからクリスに視線を戻す。
「そろそろ中継場所に行かないと見れなくなるぞ」
「え、それは困る」
 険しく眉が寄った表情を見て頷く。
 そりゃそうだろう。クリス以外我らがクルーに火拳の処刑中継を見なければならない理由なんてない。
「じゃぁ早くそれを起こす事だな。そうしないと何時までも寝てると思うぜ、その人」
 寝汚さは天下一品。
 どうだ、と言うほど寝汚い。これを起こすのは毎度骨が折れるし、精神的に大分キツい。その割に目の下のクマは解消されない。
 何故だ。夜更かししてるのか、子どもじゃあるまいし!
「さて、どうするかな」
 ベポでも呼んで来るか、と組んだ腕を解くとクリスがあっさり船長へと行動を起こす所だった。
「―――…ロー。ロー」
 撫でる手でぽんぽん肩を叩く。
「もう朝だぜ。おはよう」
「…ん……」
 腰に回った手に力が入るのがわかった。それでもクリスはそのまま肩を撫でるように触れる。
「おはよう、ロー」
 静かに言い聞かせるように言う姿が特徴的。
「―――…クリスか」
「はいよ。今日もお目覚めはすっきりかな?」
 そして地を這うような低さで、明らかに不機嫌そうに聞こえる船長の声。この段階で起きるとは予想すらしていなかっただけに、驚きで声が出ない。
「……まぁ、概ね、は」
 安眠を邪魔されたのにも関わらずこんな答えが返って来ることも意外。
「そか。そりゃ良かった。ンじゃ美味い飯食おうぜ」
「ん…」
 クリスのあっさりと頷く動作も、寝起きの船長が提案にあっさり乗ることも、全部全部。
「……クリス、お前凄いな」
 本当に凄いと思ったから、非常にしみじみ。
「そうか? 結構素直に起きるぜ、ロー」
 な? と首を傾げると船長は聞かなかったフリでもするようにクリスから視線を離した。
「俺から言わせりゃそれは船長じゃないな」
「そんなに起きないか?」
「―――あぁ、かなり寝汚い」
 ジャンケンで負けた奴が船長を起こす、なんて言う珍ルールが出来るくらいには。
「へぇ。ローの成長じゃんか」
 厳密には船長が成長した訳ではなく、餌に吊られているだけだと思う。…が、それは敢えて船長の名誉の為に言わなかった。
 そんな事より、今日はやらねばならぬ事が沢山。

 ただクリスの為に。
 処刑されゆく火拳を救わなければならない。


  *


 海軍が大々的に発表したせいだろう。若しくは公開処刑自体が久し振りだから。特設会場となった広場には人が入り乱れていた。
 人、人、人。
 先日見た顔も幾つか伺え、端から見れば自身もそうであるにも関わらず他人の暇を羨んだ。
「…ほう。麦わら屋のせいで一時大分海賊が減ったと思ったがな」
「へぇ…、大分戻って来たみたいですね。まぁ、あれはうちにしてみても大迷惑だった訳ですが」
 俺達が通ると特に一般人が避ける。
 そのおかげで大分進み易かったが、その中であってもクリスは大層目立つようだった。銀糸が風に煽られるとすれ違う人の目が1度止まる。そして頭の先から足までゆっくり舐めるように視線が落ち、そして首輪に視線が止まり此方へと返ってくる。
 それに俺は笑った。
「どうした、ロー。ご機嫌だな」
「あぁ」
 クリスを自分のものだと自慢して歩く事は気分が良い。それが分かっているからかペンギンは苦い顔をし、シャチは面白そうな顔をした。
「船長」
 窘めるようなペンギンの声にも笑う程。
「俺に命令すんな」
「いや、命令はしてねぇと思うぞ」
「クリス、冷静に突っ込むとバカを見るぞ」
 人波を掻き分けるまでもなく易々と、遠いながらも特等席を確保する。下に広がる人の波が馬鹿らしく思えた。
「それにしてもこんなもん作って、海軍は暇なのか?」
「まぁ…それは言ってやるな。暇なんだろうがな」
「まー、あれですよ。下っ端は辛いよって奴だ」
 クリスまでが早急に用意された特等席を見下ろして笑う。
「しかし、ここの席、あそこのチューリップさんが見える」
 柵から身を乗り出して辺りを見ていたクリスがポツリと呟くと同時に、その手を引っ張ったのは何も俺だけじゃなかった。
「…ちょ、」
「クリス。アレに見られると減るからコレ被ってろ」
「そうそう。あれは性質悪いぞ」
「犬に噛まれるより性質が悪い」
 あれよあれよと云う間に露出していた肌を隠され、更に強制的に俺の膝に座らせられたクリスがやや困惑したように此方を見る。
「…チューリップ1匹に凄い対応だな」
「あれに見初められると豪く面倒だぞ」
「………まるで経験者は語る」
 俺の心の底から嫌そうな表情をこう何度も見た奴は、きっと後世まで考えてもクリスただ1人だろう。
「ンな不快な事があってたまるか」
 吐き捨てるように告げ、且つクリスが見つけたと言うチューリップ頭を視線で探す。
 既にシャチなどは何処から持ってきたのか塩らしい白い粉をクリスに振り掛け、ペンギンはそれが髪につくのを払ってやっていたが、クリスの視線は広場にある大きな3枚のスクリーンをじっと見つめる。
 それに小さな嫉妬に似た胸のムカつきを感じたが、まだこの距離を保っているクリスに免じてそれは口に出さない。
「………あ、」
「あ?」
「どうした、クリス」
 我々の中で満足にスクリーンを見ているのはクリスだけ。
 クリスの声にスクリーンを漸く見る我々か遺族団は、端から見ればどうしてこんな所にいて場所を陣取っているのか、まったく分からない集団なんだろう。
「今、船が落ちてきたんだけど」
「―――は? 船?」
 スクリーンを見ても何処にも船なんて見えない。
「あのバカの弟が乗ってた」
「…は?」
「モンキー・D・ルフィ、だっけ?東の海の」
 スクリーンを見つめるクリスの金は真っ直ぐ。
 これっぽっちも俺を映さない。
「あとは…えっと、なんだっけ。鰐とデカい顔の人と、ジンベエ」
「…船、落ちてきたんだよな?」
「ああ、そうだけど?」
「………よく其処まで見えたな」
 此処からスクリーンまで大分距離がある。その上、スクリーンの中で落下した船に乗っていた人間を幾人も見られるものだろうか。
「あぁ。何人か見たことあったから」
 なんでも無いように頷くクリスの能力の高さを改めて思い知ると同時に、本当に戦えない人間なのかと疑いも出てきたが、クリスが真っ直ぐにスクリーンを見るから、俺も諦めて其方へ視線をやった。
「…すごいな。本当にあってる」
 立ち並ぶ面々を見たペンギンが呟いた言葉が耳に届く。
「あ、白ひげ」
 それらに交じって処刑台の火拳や白ひげも映る。
 それを見たクリスの声が嬉しそうに弾んだ。
 たったそれだけで、こんなに胸の内がドス黒く染まるものだろうか、と驚く俺の気も知らず、クリスは真っ直ぐにスクリーンに金を向けたまま言った。


  *


「お願いがあるんだ」
 なんでも叶えようじゃないか、それがお前の願いなら。
「俺もあそこに行きたい」
 まだ、生きてる。と呟き拳を握るクリスの姿を見て、どうしてそれを止められようか。
 俺は常に代償を考える。

 ―――クリスが俺の傍を離れない、その代償を。


<<< 






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -