悠久の丘で
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分かりきった夢物語



「はぁ…、ぬっくぬく」
 そう至福の声を漏らすクリスにくっついて、燦々と射す太陽光を浴びる。こうしてくっ付く事に羞恥を感じたが、くっつかれる本人は全く感じていないようなので、羞恥を感じるだけ無駄なのでは、と思い直した。
「クリス柔らかい…」
 変態臭いシャチの感想も向こう側から聞こえる。
「ふは、ぬっくぬく最高」
 そう至極幸せそうに呟くクリスを見たら、でもそんな事、少しどうでもよくなった。


  *


「あれ、クリス達も昼寝?」
 甲板に寝転がり日光浴をしていたベポに不思議そうに聞かれて満面の笑みで頷いたクリスは、早速寝転がり両脇をぺちぺち叩いて催促する。
「シャチもペンギンも俺の隣な」
 甲板をぺちぺち叩いて、まだ立ったままな俺たちを催促。
「はは、クリスの隣ー」
 嬉しそうに、はしゃいだように、横に滑り並ぶ同期の男を信じられないものを見るような目で見て、それからハッと気付く。
 じっと見上げる厄介な視線は2つに増えていた。
「ペンギン」
「一緒」
 シャチならば無視も出来る。
「…ペンギン」
 でも、悲しそうな声色で言うクリスは無視出来ない何かを持っていた。
「―――少し、少しだけだ」
 帽子を目深に被り、クリスとシャチの見上げる視線を避けて早口で告げれば、2人からは見えないであろう位置からしてやったり、とでも言う表情で笑っている事に気付いた。見なければ良かったなんて思ったのも束の間、甲板で躊躇するまでもなく寝転がったクリスは、今度は寝転ぶ事を視線で要求する。
「…クリス、その目を止めてくれ」
 既に寝転がったシャチは平然とクリスを背後から抱きすくめ首筋に頭を埋めていた。
「ペンギンが俺とぎゅーってして昼寝始めたらな」
 たまにその頭をくしゃくしゃと撫でてやるも、その姿に船長がフラッシュバックした俺を、誰にも責めさせはしない。

 なんだ、夫婦は似ると言うが、クルーも似るのか。
 俺はあんな、クリスに対してだけ人として変態な人間にならねばならないのか。
 それだけはごめんだ、なんて考えて、しかし若干似てきてしまっているような気もして少し凹んだ。

「…ペンギーン?」
 第2の船長と化したシャチはもう俺を気に掛けたりしない。
「………ちゅー、するか?」
「なんでお前の思考回路はそうなんだ」
 寝転ぶクリスの横に膝を着き、こちらを見上げるクリスの銀糸を掻き上げ、額に軽くでこピンをすると額を押さえる。
「…ペンギンがでこピンする…!」
「そう気軽に人を誘うようなことをするな。船長が喜ぶ」
 呆れたように呟いた言葉を果たしてコイツは正確に理解できたのか、否か。
 否だと思われるが、クリスの背後にくっ付くシャチが此方を見て、にぃ、と笑う姿が豪く不快。
「ペンギンだってムラムラしてるくせにー」
 にまにま笑いながら言う、この外道を誰か黙らせてくれ。
「黙れ、外道」
「ムラムラ? ペンギンが? こんな昼間から?」
 不思議そうに見上げてくるその背中にくっ付いている奴の方が危険だ、とは言いたくても言えなかった。
 何を思ったのか、にっこりと満面の笑みでクリスが俺の頬に口付けたからに他ならない。人の話を1割でも理解していたのか? 否、理解していたらあぁはならない筈だ。
「―――クリス?」
「あいあい」
 にこーっと笑う。眠いせいか顔付きが幼い。
「お前、意味分かってるのか」
「ペンギンがむらむらしてる?」
 じっと見上げられ首を傾げながら問うように言うクリスを、床に縫い付けてしまいたくなる。
「ほう、それで」
「むらむらした人がいたらちゅーしてあげなさいってジュラキュールが言ってたぜ」
「…それで?」
「それは危ない人だから逃げなさいって」

 シャチと2人で顔を見合わせた。

「…ちなみにそれで鷹の目は?」
「ジュラキュール? よくするぜ」
「逃げるのか?」
「ジュラキュールは危ない奴じゃないだろ」
 ちょっと意味がわからない。
「…うん?」
「え、ジュラキュールは知らない奴じゃないし」
「…クリスの基準はそこなのか?」
 昼寝眼のうとうとした視線が和らいで、こくりと頷く様は本当にコイツの年齢が分からなくなる。年齢を聞いた所で何か変わる訳ではないけれど、それでも一瞬果てなく幼く見えてしまう。
「それじゃ、今ペンギンがキスしたら危ない人?」
 シャチの声が遠く聞こえる。
 どうしてそうなった?
「ん、ちゅーしても危なくない。ペンギンとだったら俺もちゅーしたいから」
「―――…」
 ふにゃりと笑う顔。思わずしげしげとクリスを見てからシャチと顔を合わせる。にぃっと笑ったらシャチがサングラスを押し上げ射殺しそうな目で見てきた。
「ペンギン、ちゅーする?」
「あぁ」
 眠そうな相手にキスを強請る外道になるつもりはなかったが、してくれると言うならしてもらおう。
 あとでシャチと船長に自慢してやろう。
「あいあい」
 唇にふにっと柔らかい感触。
「あー!」
 シャチが騒ぐ声で、耳が痛い
 しかしながら、最初瞑っていた目は驚きから開けた。
「ちょっと、ちょっと、クリス!」
 確かに唇が触れ合うこの状況。船長がこの場に来れば、確実に殺されるとすら思った。幸い今は居ないが、いつ現れるとも知れない。
「んー…」
 唇が重なる所か、舌まで入ってきているこの状況。何故かクリスのキスが凄く上手い事も問題だと思うが、クリスの背後で明らかにシャチが、ナイフを据わった目で構えている事の方が問題。
 キスに夢中になっているのか、とろんとした目で俺を見るクリスの肩を叩いて慌てて止めさせ逃げようとしたら、腰が抜けていた。
「ちょ…!?」
 久しぶりに生命の危機を感じた。
 未だかつて殺気を放つ敵の前から動けなかったことは無いから尚更だ。
「…なんだ、シャチ。シャチもちゅーする?」
 1人だけ、状況が飲めていないのか、クリスの呑気な声。
 据わった目で見下ろすシャチを見上げるクリスは心の底から強いと思った。
「クリス…」
「ほら、溜め込んでも良いことないぜ」
 な、とにこやかな顔。
「―――…する」
 それにあっさり乗ったシャチはナイフを素早くしまいクリスを抱きしめた。
「クリス、本当に可愛い」
 小さな身体のどこにそんな力があるのか、少し苦しそうなクリスを見つけてしまって視線を逸らす。

 恰好良い台詞の筈なのに、どういう事だ。
 可愛いとしか思えない。

「ん、シャチいい子」
 お互いに少しずつ噛み合ってないような気もするが、その辺りどうなんだろう。クリス的には。きっと眠くて気付いてないだろうが。
 自分の時は特に何も思わなかったけれども、改めてクリスとシャチがキスをしている所を見ると複雑だった。
「……」
 誰かと分かち合おうにも、ベポは夢の中。クリスとシャチはキスに夢中。
「…なんだこの状況!」
「……っん」
 キスに夢中で、俺がしていた頃から射殺しそうに見ていたシャチの事。当然俺を気にする筈がない。それどころかクリスがやや押されている。
「…ッ」
 弱々しくシャチの肩を叩くクリスすら楽しそうに見て、心の底から満足そうなシャチは、性格が悪いと思った。こう言った場面以外でも時折思うのだが。
「………シャチ」
 もう既にクリスが大分限界を迎えている。
「シャチ、クリスの顔が真っ赤だ」
 舌が痺れるのか脳が痺れるのか、先程クリスにキスされた時はどちらもだった。
「―――シャチ、クリスを離してやれ」
 既に膝が笑うクリスを背後から抱き締めるようにして支えて、ナイフに手を掛ける。
「…ちぇ」
 シャチの小さな声と共にクリスの体重が掛かる。
「大丈夫か、クリス」
「―――おーっす…だいじょーぶ、じゃない、かも…」
 くったりした身体を支えてやって、大人しくデッキに座り後ろから抱き締め支えてやると、肩で大きく息をした。
「やたらめったら誘うと困るって、学習したか?」
「した…! シャチはダメ、絶対」
「えっ!」
 悲鳴のような声を上げたシャチを見れば先程までにまにま笑っていた顔がショックを受け目が大きく見開かれている。
「そうじゃない。見境なく誘うなって言ってるんだ」
 少しも懲りていないクリスの耳を軽く噛む。
「…ペンギン!」
 ばっと耳を隠すクリスは気にせず、今度は普段は見えない項にキス。
「ちょ、ペンギン、本当にそこはダメだって…!」
「分かったか?」
「分かった…! 頑張るから!」
「そうか」
 告げた声が満足そうな響きを孕んでいた事に、自分でも気付いたし、シャチがにやりと笑った顔でも分かった。
「クリス、ペンギンの方が危険だって!」
「…は?」
「いや、シャチとペンギンなら、断然ペンギンのが安心安全だ!」
「…は?」
 ぐっと拳を握り締め力説するシャチと、それを即行否定するクリス。
 どうでも良いが、男として安心安全宣言されてしまうのは、どうするべきか。
 ――― 一応、憤るべきか?
「…おい」
「クリスはペンギンを分かってない! あんなにむっつりなのに!」
 ―――どうしてそうなった。
「それがどうした! むっつりだって愛してる!」

「おい、お前ら。それじゃ俺がむっつりみたいだが」
 少しイラっとしたのは事実。
 違うと言外に匂わせて告げた言葉に帰ってきた言葉は、想定とは違った。

「むっつりじゃんか」
「むっつりでも愛してるぜ、ペンギン」
 言っているニュアンスは大分異なるのに、お互いの表情は変わらない。果てない笑顔だ。
「だから、むっつりじゃねぇ!」
「えー…、だってペンギン、オープン助平じゃねぇじゃん」
 キッと帽子のつばに隠れながら睨んでもシャチには効かない。
「オープンに変態なのは船長だけで十分だ」
「えーむっつり変態って大変だぜー?」
 何やら説得力のある言葉。ついクリスを見るとクリスはにっと笑う。
「だって脳内でナニされてるか分かったもんじゃねぇもん」
 かなり説得力があって申し訳なくなった。
「……いや、うん。悪い…」
「ん? はは、ペンギンいーこ」
 優しい手が帽子を撫でる。それが誰だかは分からないけど、妙に説得力のある言葉だ、きっとクリスは誰かに迷惑を掛けられたんだろう。
 頭の中でどれだけ酷い事をしていても、船長がオープンな変態で良かったと思わずにはいられなかった。
「さ。ペンギンもシャチも寝るぞ。俺、眠くて目が半分しか開かない」
 不思議ながらも説得力のある言いように、甲板へ寝っ転がる。
 短い俺の髪は混じれなかったけど、クリスの銀とシャチのオレンジが混ざった。羨ましいなんて思ってしまう心を抑えつけて、綺麗だと思う。
「―――クリス、暖かいな」
 少しだけ素直になってそっと差し伸ばした腕は狙い通りクリスに取られた。手を繋がれて、何故か指まで交互に入れ合い、所謂カップル繋ぎなるものに心拍数が軽く乱れる。
「そか? ペンギンのがあったけーよ」
 ふにゃりと笑って告げる表情を瞼に焼き付けた。
「おやすみ、クリス」
 頬にキス。
 起きたら何も悲しい事を抱えていないクリスが居ればいいのに、なんて。

 分かりきった夢物語を夢想した。

 処刑まで、あと1日。


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