悠久の丘で
 top about main link  index

Menu>>>name / トリコ /APH /other /stale /Odai:L/Odai:S /project /
  MainTop

甘美な夢

「あー…はは、あの、ちょっと」
 思いがけない所で視線が合った。それが人懐っこく、しかし困ったように細められて、こんな状況だというのに一瞬和む。
「助けてもらっても良いですかね」


  *


 割られた樽の下、という良く分からない場所から身体を縮め苦笑した青年は、青年と云うには些か疑問を抱く所だったが、クリス、と名乗った。さらさらの銀の髪に助け起こす際に触れたら、硬質な細い糸のようだった。
「いやー、はは、助かりました。もう、全然話聞いてくれなくて」
 酒場に頼まれた酒を買いに来た際に、すっかり出来上がった男に絡まれたのだと言う。
「全く、俺に女性役を求める方がおかしいってのに、あの親父め…」
 唸るクリスを見ても、長身と声の高さ以外は間違いが起こっても仕方がないとも思ったが、大事そうに酒瓶を抱いたクリスが少し哀れだったので何も言わなかった。
 細いジーンズにゆったりした上衣。肌は見えないがシルエットが薄く透けて見える所に女性っぽさ、と言うものが伺えるような気がする。

 女性らしさも何も、女性ではないそうだが。

「えっと…ドレーク、さん」
 はにかむように笑み此方を見るクリスの視線は俺よりもやや下から。
「ドレークで良い」
 我が海賊団にはいないタイプの人間だからだろうか。会って間もないと言うのに口元に笑みが浮かぶ。
「じゃぁドレーク、ありがとうな」
 ぱっと笑み掛ける。表情が豊かで見ていると面白い。さり気なく大事そうに持つ酒瓶を持つと不思議そうに見上げられた。
「何処まで行くんだ? もし、クリスが良ければ、だが、送ろう」
「―――…良いのか? 確かにドレークが居りゃ、俺は簡単に帰れると思うけど」
 そう言うクリスは素早く辺りに視線をやり、少し苛立ったように頭を掻く。それを同じ様に確認すれば、俺達2人の周りには異様に人が多いような気がした。諦めともつかない独特の空気が辺りを支配している。
「クリスが良ければ」
 この異様な空気の中、1人で返す事にも些か不安を感じて再度告げると、クリスは頬を緩めた。
「ありがと。ドレーク優しいな」
 笑いかける表情が可愛らしい、とは流石に男には失礼だろうがそう思う心を止められない。
 しかしそんな事を言う訳にもいかず、軽く咳払いをした。
「―――…どうした?」
 咳払いをした後、じっと見る視線を感じてクリスを見ると、とろけるように笑う。
「へへ、俺、ドレークの事好きだ」
「…うん?」
「えっと、好ましい? って言うのか? 兎も角、好き」
 少し思考回路が止まる。何を言われているのか、わからない。
「あ、あの、特に他意はないから気にしないでな。優しいなって思っただけなんだ」
「優しい?」
「うん。見ず知らずの俺を送ってくれる事もそうだし、今、思っても言わなかった」
 可愛いとか、言われ慣れててな、と苦く笑う。
「俺が思ってる以上に俺を女と間違える奴も多いし、言い寄られたりさっきみたいに絡まれたり…色々あるけどな。ドレークみたいに考えて止めてくれる奴ってのは多くない」
 優しい奴は好きだ、といたずらっ子が笑うように目を細める。
「―――そうか。俺もクリスに興味が湧いている」
「へ?」
 至極何でもない風に口にするとクリスの目が大きく見開いた。笑顔だけでなく驚いた顔も見られた。
 それが少し嬉しくて薄く笑う。
 人の様々な表情が見られると面白い。思わぬ所で相手の素が見られて、そこからどんな人物なのか興味を持てる事もある。
「行き先は何処だ? クリスさえ良ければ、話したい」
 自然と笑う事を自覚する。帽子を1度直してどうだ? と問うと、クリスは妙に仰々しく頷いた。
「此方こそ」


  *


 クリス・デア・オーエ。
 25歳。
 東の海出身。
 男。

 それがクリスから与えられた情報だった。
「へぇ、ドレーク、北の海出身なのか。最近北の海出身の奴らに縁があるな」
 北の海出身は美人が多いのか? なんて大真面目に問う。
「肌が白い奴が多いのは確かだな」
 答えにならぬ答えを返したが、それにクリスは笑った。
「そういやそうかも」
「クリスは東の海出身か。最弱の海からよく此処まで来たな」
 酒場からずっと手放さず持っている刀に視線をやる。護身用かとも思ったけれど、その妙に使い込まれた柄にその考えは消えた。
 それに、今思い返せばクリスの手のひらは固かった。武器を握る、俺と似たような手。
「俺は色んな所でズルしてるけど、まぁ優しい大人に色々協力して貰ってね」
 ふふ、と笑う。
「優しい大人?」
「そ。この刀をくれて稽古つけてくれた優しい大人とか、覇気の使い方を教えてくれた優しい大人とか」
「…覇気を、使えるのか?」
 眉が寄る。見た目で判断することではないが、とてもそんな風には見えない。
「あぁ。全部使えるぜ。武装色、見聞色、覇王色。得意なのは見聞色だけどな」
 さらりと告げられた言葉に再度驚く。己も海軍に所属していた際に覇気の訓練は受けた。勿論身につけるまでに至ったが、それは長い修行期間を経ての事だ。
 不容易に戦わなくて済むから、見聞色は便利だ、なんて笑む姿を再度瞬いて見る。
「…クリス、もしかして札付きか?」
 しかしながら此処まで印象に残る男の手配書を、見て覚えていない訳がない。最近掛けられたとしても、ニュース・クーから新聞は買っている。情報が入らない訳ではない。先日此処で億越えルーキーが一堂に会した、とも新聞の隅の方へ小さく書かれていたりもした。(勿論1面は麦わらのルフィが主犯の、天竜人への狼藉の記事だった。)
 これ程の力量の男を野放しにしておくのは海軍としても、我々海賊としても勿体無いと思った。
「札付き?…あぁ、手配書がある奴の事だっけか。ねェよ? そこまで余所様に迷惑掛けて生きて来てない」
 あっさり笑う。
「賞金首になったら大変なんだろう? 賞金稼ぎとかに狙われて」
 大変だな、と他人事で告げるクリスが果たして何者なのか、気に掛かった。
「ドレークも賞金首なのか?」
 不思議そうに見てくるクリスの目が、漸く金だと気付いた。澄んでいて、底まで見透かされそうな金。
「……あぁ。2億2200万ベリーだ」
 何故金額まで言おうと思ったのかは自分でもわからない。クリスが賞金稼ぎでないと、海賊でないと、海軍でないと分かっていた訳ではない。
 でも、何故だか知って欲しいと思ってしまった。
 この短時間でまさかクリスになら、なんて思うとも予測出来ず、言ってしまってからクルーを思い返す。
「―――じゃぁドレーク、殺されないでな」
 だが、クリスの反応は予想していたもののどれでもなかった。完璧に斜め上を行ったから、言葉を返せなかった。
「…え、何、俺変な事言った?」
「いや、その」
「だって、俺ドレークの事好きだから。また会いたいなって」
 クリスがにやりと笑う。
「わざわざありがとうな、ドレーク。迎えが来たみたいだ」
 俺が持っていた酒瓶を持つとクリスは大きく礼をした。なんの事だ、とクリスから視線を外すと先日見た男の姿。話していて気が付かなかったが、殺気をびしびし感じる。

「―――クリス、遅ェ。何処行ってやがった」
 億越えルーキーが1人。北の海出身、通称死の外科医、トラファルガー・ロー。

「文句を言うなよ、料理長が酒が足りないって言うから買ってきたんだ」
 クリスに問い掛けながら視線は射殺さんとでも言うように真っ直ぐ俺へと刺さる。
 それなのに口から出るクリスへの言葉には殺気が欠片ほども感じられないから器用なものだと思う。
「ドレーク屋、うちのクリスに何か用か」
 先日声を掛けられた時の余裕などない。まるで忠実な番犬のようだと思った。
「送ってくれたんだ。酒場で絡まれてたから」
 牽制し、威嚇するトラファルガーとは違って、クリスは俺を緩ませた目で見る。
 隣まで来るように強制したトラファルガーの元へクリスが行けば、クリスの細く白い首に嵌る首輪を撫でる。
「…どうして誰も連れて行かなかった」
「お前ら過保護なんだよ、お遣いくらい1人でも出来るっての」
 苦い顔をして言い返すクリスを見る目が優しい。こんな目は見た事ない。
「絡まれたんだろう?」
「―――絡まれた、けど」
 膨れるクリスの頬に軽くキスをして頬を撫でる。
「次は誰でも良い、連れていけ」
 性格は至極残忍と聞いていたが、噂は所詮噂か。それとも、クリスの成せる技か。
 挑発するような、自慢をするようなトラファルガーの勝ち誇った目を見て1歩踏み出す。
「…ドレーク?」
「クリス」
 笑みが深くなるのを自覚。至近距離で見るクリスの驚いた顔と、トラファルガーの人を殺しそうな目。
 軽く頬へ唇を押し付けて笑った。
「新世界で待っている。俺に殺される前に死ぬなよ」
「ドレーク屋!」
 殺気立ったトラファルガーが刀を抜くよりも早く、クリスが何かを言うよりも早く、マントを翻してその場を後にする。
 トラファルガーの船が見えなくなる程離れても笑みは消えなかった。


  *


「わーぉ、熱烈」
 実はこっそり船の上からその一部始終を見ていたシャチが呟いた。
「流石だなぁ、クリス。そうか、どんどんクリスを殺したい奴が増えていくな」
 デッキの端に腕を乗せ面白そうににやにや笑いながら見る。
「…また船長が引き篭もりそうだ」
 胃が痛い。今度はどうやって宥めようか。いい加減ネタが尽きる。
「しっかし、アイツ、モテモテだな」
 少し面白くなさそうな色が滲んで、シャチを見るとじっと赤旗が消えた方を見つめていた。その目が、何か面白くない時にする目に似ていてまた胃痛が増えそうだなんて溜息を吐いた。
「うちの船長に好かれるくらいだからな、クリスは」
 それにしても、と思う。下で怒りを露わにしつつもぶつける相手が居ないためクリスに大人しく宥められている船長を見下ろした。
「…クリスを殺したい奴って、そんなにいるのか?」
 何か知っているらしいシャチを見ると、面白くなさそうに返事をする。
「なんて言ってたかな。えっと、赤髪、鷹の目、火拳に白猟だったかな。あと赤旗」
「…なんでそんなに賞金首ばかりなんだ」
「さぁ? なんか出てるのかもな」
 惹き寄せる何かが。つまらなそうに答えるシャチの頭をぐしゃぐしゃ撫でてやる。
「うちの船長も賞金首だしな」
「1人海軍が混じってるけどな」
 下ではまだ船長がクリスに駄々をこねているらしい。クリスにくっ付いたまま離れない船長が見えた。
「クリス、大変だな」
 俺が殺しに行くまで殺されるな。
 なんて熱烈な告白だろう。それと同時に非常に重い。
 重苦しい溜息を吐いて頷いたシャチは船長からクリスを引き剥がしに行く直前、小さな声で呟いた。
 それが偶然聞こえてしまって苦笑する。
 『俺も殺してやりたい』
「クリスは大変だ」
 苦いとも楽しいとも取れる笑みを帽子で隠した。惹かれる要素というものは幾つか上げられる。
 ころころ変わる表情であったり、働き者であったり。
 ただ単に好みのパーツであったり。
 デッキから飛び降りてシャチに続く数瞬考えてみた。
 クリスを殺す夢。
 ほんの少しの夢が、堪らなく魅力的に思えた。
 首を掻き切り閉じた瞼に口付けを落とそう。紅に染まった髪に頬擦りする。力の入らぬ腕を手折るのも良いかも知れない。
 それが魅力的に思えた。

「クリスは大変だ」

 改めて呟き落ちた言葉は笑っていた。
 きっと俺はいつまでも甘美な夢を見る。




<<< 






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -