悠久の丘で
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黒色


 船長はあれから拗ねている。
 本人はンな訳ねェだろ、と全否定だが、小さな子どもが年上のお姉さんにもっと親しい奴がいたと知った、みたいな顔をして、態度で、行動だから、ある意味普段よりもずっと分かりやすい。
 しかしあれは子どもではない。
 うちの船長だ。
 シャボンディ諸島に停泊したまま、一部始終を見ていた俺達は苦笑するしかなかった。


  *


「おーい、クリス」
 船長がご機嫌で買った゛虫除け゛を渡す役目は、最終結果選ばれたモノを選択した俺に決まった。船長に良いのか聞いたら邪険にされた。
 余程鷹の目の自慢気なあの目がショックだったのだろう。苦笑しつつ半笑いで告げた言葉に射殺しそうな視線を投げられた事もそうだ。
 些か船長はクリスの事になると表情に表れ易くなっている。それ程までに船長を揺さぶる奴が出て来た事を危惧すると同時にそれが微笑ましくすら感じる。
 つまりそれはクリスが好きだと言う証。
 人並み以上の事が簡単に出来てしまう船長にとってそれはある意味幸運だと思う。
 自分の力だけでどうにかなる事と、達成する為に他人が関わる事。世の中には圧倒的に後者が多い。それも船長は1人でどうにかしてしまうけれど、今回ばかりは相手が必ず居て、同等以上のものを返して貰おうと思ったら相手を考える他に道がない、と言う点が良い。

 俺達クルーは船長が好きだ。
 船長もそれは分かっている。

「あ、シャチ」
「よう。時間貰っても良いか?」

 でも、人並み以上が簡単に出来てしまう船長にとって、それを本質的に理解する事は難しいようだ。
 俺達クルーは船長が好きだ。
 俺は船長に守って欲しいから一緒にいる訳じゃない。
 何でも1人でやってしまう船長を助けたいから此処にいる、とでも言えば良いのだろうか。
 その辺りの事がまだ分かっていない。
「ん。洗濯物、干しながらで良いか?」
 久しぶりの海上。デッキに張られた物干し紐の白が深い青と白い青の境界線のように幾重にも渡る。
「あぁ」
 両手いっぱいのバスケットにつなぎ。
 それを端から丁寧だが手早く干していく。
「なぁ、クリス」
「うん」
「お前には船長がどう見える?」
 青い空にはためく白。少しずつ干されていくそれが、紐と同じだけ干されたら圧巻だろう。
 空を埋め尽くす白。
 それが今の船長と被る。
「ローが、どう見える、か」
 呟かれた言葉には少し笑みが混ざっている気がした。クリスは洗濯物を干しながらのんびりと口にする。
 それが、俺には印象的だった。
 デッキに座りながらクリスを見上げるとクリスの背後には青すぎる蒼。
 まるで少しの蒼が銀に溶けたような色合いの髪が風に煽られる。
 俺を見る目は強い金。
「そうだなぁ…、俺にはすごく不器用に見えるよ」
 昨日帰って来た刀は近くに置かれている。
 暑いのかつなぎの袖を腰に巻いて下は黒のタンクトップ。白過ぎる肌が眩しい。
 洗濯物を伸ばす、パンッと言う音が小気味良い。
「俺の事に関しても、シャチとかクルーの事に関しても」
 考えるように、噛み締めるように言葉を紡ぐ。そうする事で自分の中で答えを探すように。
 俺はそれをただ聞いていた。
 それをクリスに聞いて何を確かめたかったのかも分からないけれど、蒼を背負う男の心地良い声を聞いた。
「ローは、人と関わる事が特に不器用に見える。シャンクスなら簡単に出来てしまう事も、ジュラキュールなら諦めてしまう事も、ローはきっとどちらでもないんだろうな」
 くすくす笑う。
 笑って楽しそうに告げられた言葉は俺の胸の中へと落ちていく。
 俺の空はもう半分くらい白で覆われた。
「でもそうやって足掻いてどうにか前に進む姿が好きだ。本人はそんなつもりじゃなくても、堪らなく愛おしく感じる」
 気付けばいっぱいだったバスケットの中はもう空になろうとしていた。
 クリスは最後のつなぎを持って笑う。
「なんでも乗り越えられる奴らばかり見てきたから、そんな所が好き」
 シャチはローの何処が好き? と問うクリスの言葉に俺は笑みしか返せなかった。
 その答えをどうやら正確に悟ったらしいクリスだからこそ、船長を始めとして我々も惹かれるらしい。
「―――…なんだ、シャチも同じ所、好きなのか」
「凄い偶然だな」
 そうだな、と笑うクリスが陽を背負う。
「それで? シャチはそれを聞きに来たのか?」
 空になったバスケットを抱きかかえて首を傾げるクリスにいや、と首を振ると不思議そうな顔をされた。
「昨日、船長が連絡しただろ? ゛虫除け゛、何色が良い? って」
「あぁ…なんか残念そうだったアレな。うん」
「それをクリスに届けに」
 未だにきょとんとするクリスにシンプルな箱を出して見せる。その中から取り出したモノを見てクリスは目を細めた。
「自分のモノだって言う証が欲しいんだとさ」
「それで首輪?」
「そ。思考回路があの人らしいと思うぜ」
 自分でも苦笑なのか楽しんで笑っているのかよく分からない。その線引きの曖昧な笑みを浮かべてこっそりクリスを見れば、クリスはやはり苦笑とも楽しんでいるともどちらでも取れる笑みを浮かべていた。
「わーぉ、情熱的ぃ」
「しかも今までに前例がないからクリスだけのスペシャル仕様」
「ふは、俺ってば愛されてる?」
「あぁ、かなりな」

 元々嘲笑うつもりで行ったオークション会場。
 そこで、基本物欲のないあの人が有り金全部出すと言う位には愛されている。

「そっか。ローの独占欲の塊って訳だ」
「そうだな」
 黒い首輪を手に取って眺めてクリスは笑う。
「良いぜ、ありがたく頂戴しようじゃないか。俺が欲しいと思った船長はアイツだけだから、その位ありがたく身に刻もう」

 なんの飾りっ気もない首輪。でも、元々着ける側に映える事を目的にしているから、そんなもの邪魔なだけだった。
 どんな宝石もクリスの金には勝てないし、どんな洒落たデザインもクリスの銀に喰われる。
 だから、突き詰めたらシンプルなそれに落ち着いた。

「なぁなぁ、シャチ。付け方分からないから付けて」
 空になったバスケットを置いて少し屈み、細く白い、船長の独占欲が薄く散る首を差し出される。それに手を掛け、いっそ一思いに絞めてしまう夢を見た。
「―――…ほらよ。出来た」
 苦しそうに喘ぐクリスを脳内に浮かべ、振り払う。
「ありがと」
 どう、似合う? と笑って見せる男を目で認識して安心する。
 堪らなく、自分だけのモノにする行為が魅力的に思えた。こんな思いを、同じように共有出来る奴はいるのだろうか。

「―――クリス、殺してやりたいって言われた事は?」

 出来るだけ恐怖を与えないように軽く聞いてみた。
 本当に殺したい訳ではない。
 殺したら終わりだ。
 ―――…でも、そんな甘い夢を見る。
 他の誰の手でなく、ただ俺の手の中で手折れてくれたなら、と。
 砂糖菓子のような、纏わりつくような甘さ。
「シャチもそんな事言うのか?」
 返って来た答えは意外であり、また当たり前のようでもあった。
「結構言われてるぜ。シャンクスにもジュラキュールにも。後はエース、スモーカー…そんな所かな」
 誰かに殺される位なら俺が殺してやる、だとさ、と笑う。
「まるで告白みたいだ」
 熱っぽい目だと思った。嬉しそうに細まる目は眩しそうに白い雲を仰ぐ。
「うわぁ、情熱的ぃ」
 茶化すように笑えばクリスも笑った。
「違いないね」
 白い首と、銀糸と金。その間にあって、黒はなかなか埋まりもせず目立ちもせず、丁度良いように思えた。
「さて。シャチ、この後用事は?」
 再びバスケットを抱えるクリスが首を傾げて問う。
「特になにも」
 元々クリスに゛虫除け゛をプレゼントする為にクリスを探していて、今日は特に雑用の当番でもない。
「ンじゃ、運ぶの手伝ってくれる? まだこれ、3つ分くらいあるんだ」
 にっこり笑ったクリスへ軽く頷いて手ぶらで船内へと戻る。
 あ、と声を漏らしたらクリスが不思議そうに足を止めた。
「そう言えば船長な」
「うん」
「あっちはペンギンがどうにかしてくれてる筈だから」


  *


 ローをどうにかしてくれるらしい、と言われても、それが実際どうなるのかはよく分からなかった。シャチの言葉を聞いている限り、確かにどうにかだけ、なりそうな感じだった。

「クリス」
 その結果がこれであるらしい。

 洗濯物を干し終えて、雑用が終わったから甲板でベポと一緒に昼寝をした。起きたら周りで本を読んでいるペンギンや、寄りかかって寝るシャチ。寝る前にはなかった毛布は誰かが掛けてくれたのだろう。陽が落ち掛けているにも関わらず、温さを感じた。夕飯は食堂で。料理長が名前を覚えてくれたらしい。何気ない事でも嬉しく感じる。その後は毛布を被って甲板に出て星を見上げた。海の底から見るか細く射す月明かりも溜め息が出るくらい美しいが、満天の星空も甲乙つけがたい物がある。
 そうして、ペンギンに見つかった。そして、現在の自室である船長室へ戻って来た。
 ―――そして現在へ至る。

「…ロー?」
 背後から抱き締められて首筋にローの吐息を感じる。何故だかこんな事が多いような気がした。
「クリス」
「うん、何?」
 問い掛けると首筋に肌を寄せられ話が進む気配はない。どうしたものかと細く息を吐いて後ろ手に頭を撫でてみる。
「クリス」
「ん」
 どうにもならなかったらしいローは、確かにこうしてみると非常に繊細だと思う。良くも悪くも人に慣れていない感じが、1匹の獣を思わせる。
 力強く美しい、どこか臆病な獣。
「……るな」
「―――何?」
 小さく小さく呟かれた言葉が俺の耳に届く事はなかった。それが気に掛かって再度促すと、今度は正面から抱き締められた。
「…ロー?」
「あぁ」
 回された腕が熱い。
「言え」
 そう言っても何も言わない。ただ、少し驚いたように首に触れるから、その手に重ねた。
「なんだ、安心したか?」
 黒い、独占欲の結晶に触れて笑み掛ける。
 シャチに聞いたが、ローとシャチ、ペンギンとであーでもない、こーでもないと豪く悩んだそうだ。その時間を掛ける価値が俺にあるのかは分からない。それでも、そう聞いて嬉しいと感じる心は本物だ。
「俺が欲しいお前が、俺を欲しいなんて言うから、俺の全部をやる」
 背を撫で、言い聞かせるようにしてやると大きな獣が耳の脇で唸った。
「勿論、俺からの一方通行ならそれでも良いんだが」
「ふざけるな」
 漸く返ってきた言葉がそんなもので、俺はどうすれば良いんだろうか。呆れたように相手を見れば、強いローの視線に晒された。真っ直ぐ見る視線が強くて、つい、息を呑む。
 ローの手が頬に触れた。
「お前は俺のモノだ」
「―――…ローのモノ?」
 耳をくすぐり襟足を撫でられる。
「そうだ。それ以外は許さねェ」
 そう言う声がどこか縋るように聞こえてしまうから、俺は笑うしかなくなった。
 くすくす笑って、怯える獣の耳元で囁いた。

「アイアイ、船長」


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