悠久の丘で
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自慢
「アイアイ、此方クリス」
どっさりフルーツの乗ったタルトはクリスの手によって切り分けられた。先程とは打って変わって、かなり上機嫌になったクリスが鳴く電伝虫を取る。
甘いもの好きは変わっていないようだ。
フォークを咥えている割に明瞭な口調に少し感心しながら、見ない内に仲間になったのだと言う白クマにもタルトを分けてやって、楽しそうに話すクリスを見た。
*
「クリス」
「ん?」
何やら楽しそうに通話を切ったクリスに声を掛ける。初めて会った時など記憶に残ってはいないが、それでも懐かしいと感じる。
時折ふらりとやってきては俺の城に居座り、気が向くとふらりと帰って行く。勿論、クリスが会いに来るばかりではなく俺から赴く事もあったが、それでもクリスから訪ねて来る事の方が多い。
最近それがぱたりと止んで、海王類が見覚えのあるモノを運んで来たから久しぶりに赴いた。
「…頬にクリームが付いているぞ」
「え、タルトかな。なぁなぁ、取って」
言おうとした事を飲み込んで、視線が白い頬へと注がれる。
こういう所も変わっていない、と思う。
頬に付いたクリームを指で拭い取ってやり口に含むと、その甘さに眉をしかめた。思わず寄った眉間の皺に気付いたクリスはにやにや笑い、フォークを握っていない方の手で出来た眉間の皺を指でぐりぐりと伸ばす。
「へへ、ありがと。なぁなぁ、すっげー皺、寄ってるぜ?」
甘いもの、苦手だったっけ? と首を傾げるクリス。普段はお前が食べるから付き合っていただけだと知ったらどんな反応を返すのか、少し興味がある。
「そんなに甘いかな。もしかしてベポも甘いもの苦手か?」
「ううん。おれは好き」
ふるふる首を振る白クマはタルト2切れ目。クリスは4つ目だ。それももう終わろうとしているから、新しく皿に取り分けてやる。
「あ、ありがと」
先程と打って変わって、不特定多数に声を掛けられない状況がお気に召したらしく至極幸せそうにケーキを食べる。
「あ、ジュラキュールもなんか飲むか? 俺、行ってくる」
咥えていたフォークを口から離し、ガタッと立ち上がるクリスを座らせる。
「お前は待っていろ。何が欲しいんだ?」
何事か言いたそうな顔をするクリスを見ながら立ち上がると膨れた。
「……俺が行くのに」
「もう1度俺にあの状況からお前を回収しろと、そう言うのか?」
「あ、はい。ごめんなさい」
クリスは目立つ。背は高い方だ。決してひょろ長い訳ではないが、あまり筋肉がついているようには到底見えない。それ以上に、容姿が整っている為に目を惹く。
まるで見ろ、と命令されているようだと称した男もいる。
「俺紅茶が良いなー。ベポは?」
「おれはココアが良い」
「だって。お願いしていいか?」
見上げる目は澄んだ金。
「承知した」
男にしては長い髪は少し青味掛かった銀。
カラーリング云々よりも、容姿云々よりも、その本質に命令はある。意志に惹かれるとでも言えば良いのか。
ただでさえそこにいるだけで視線を奪う中性的な男に、今日の服装は誰の仕業だ?
「そう。クリス」
「あん?」
再びフォークを咥え、幸せそうな表情でタルトを食べるクリスを見下ろし自然と上がる口角を自覚する。
「お前に渡すものがある」
ぽかんとしたクリスの顔は中々見られるものではないから、少し面白かった。
*
「……ちょっと船長、アレじゃないか?」
クリスの姿が見えず苛立つように眉根を寄せたまま歩く船長の服を軽く引くと、すごい顔で睨まれた。
「だから、アレ。人垣」
そう言って指差すと船長は普段よりも人相の悪くなった顔を其方へ向ける。正直に言って、少し怖かった。
「あ、そういやクリスがギャラリーって」
ぽんと手を打ち鳴らすシャチも心なしか元気になっている。あからさまなその反応に笑うべきか悩んだが、笑う前に船長が無言でずかずか歩いて行く姿を見送り掛けて慌ててシャチと共に後ろを追った。
近付くに連れて、その人垣が主に男で構成されている事に気付いた。そして、人垣からぽっかり空いた部分に見せ物よろしく何かがいる事も。
細めの華奢な椅子の脚。
「あ」
それにゆったりと脚を組む細身のジーンズ。
「へへ、紹介するな」
どこか聞いた声だと思った。
「これ、俺の船長」
*
人垣の大半が男のせいで、真ん中に空いた空間がどれ程の大きさなのかも、何があるのかも、何が居るのかもわからなかった。そこを掻き分けて行くと、聞き覚えのある声が耳を打つ。
「これ、俺の船長」
声と同時に何かが引っ張る感覚。
そうして人垣の中心にいたのは、意外にも、顔だけは知った奴だった。
「…クリス?」
楽しそうに腕を引っ張るクリスが振り返りにっこり笑う。
「ロー、これ、ジュラキュールな。ミホークって言った方が分かり易いかな。友人なんだ」
正直その笑顔に気を取られていて話なんか半分も聞いていなかった。
「あと、俺の先輩」
「は…? へ?」
「ちょ、クリス?」
次々に人混みからうちのクルーを正確に引っ張り抜いて、クリスは困惑するクルーの手を引いて最早伝説となった男の前へと進む。
「こっちがペンギンで、こっちがシャチ。ベポはさっき紹介したからわかるよな」
にへ、と笑うクリスが可愛い。正直クリスが紹介してきた男なんて興味すら起きない。持つのは確かな嫉妬だ。
「――…ほう」
値踏みでもするように細まる目が気に入らない。
「クリス、ソイツはなんだ」
「なにって…友達だよ? 古い友達。なんだよ、ロー、顔怖いぞ」
「―――…ちっ」
なんと言えば良いのか分からない。自分の知らないクリス、と言うのは確かに存在している。それを知っているソイツが堪らなく憎く感じた。
「ほら、座って。タルト食おうぜ」
そんな気分ではなかったが、当たり前のようにクリスがアイツの隣に座るから、その反対の隣を陣取る。諦めたような顔した俺のクルーもそれに続く。
「クリス」
「ん?」
「お前のモノだ」
俺らにせっせとタルトを分けつつ自分のタルトも皿に乗せていたクリスは、鷹の目屋の言葉に其方を見る。薄く笑う鷹の目屋の目が細まって、柔らかく弧を描くのが印象的。
「え、あ! ジュラキュールの所に行ってたのか、そっか、ない訳だ」
そう言って差し出したものは一振りの刀だった。美しいとすら感じる、黒い鞘。深い鴉の濡れ羽根色。それを当たり前のように受け取るクリスは懐かしむように鞘を撫でた。
「お帰り、兼光。遅くなって悪かったな」
愛しむような視線を送るクリスに、何故だか心臓が一際大きく脈を打った。
「え、クリス、刀持ってたのか?」
驚いたように問うシャチ。
「うん。ほら俺、昼寝してたら売られたって言っただろ?」
何でもない風に言うクリスだが、奥で鷹の目屋の目が軽く見開かれた。
本当に幸運だったと思う。
俺があの場に居て。
偶然宝を積んでいて。
俺が興味を持てた。
「その時にも本当は持ってたんだけど、人間屋の奴らに聞いたらそんなもんなかったって言うし、じゃぁ何れ帰ってくるなって思ってたんだけど」
「…帰ってくる?」
次に問うのはペンギン。
「そう。これで何回目かな。ジュラキュールの所に行っただけで…えっと」
「コレで4回目だ」
鷹の目屋がカップを持ち上げ、静かに飲みながら言う。クリスは苦笑した。
「あ、そんなに行ってたか。取り敢えずまぁ、兼光は俺から離れると、帰ってきてくれる。気付いたらあったって言ってたよな、ジュラキュール」
「そうだ」
「妖刀ではないんだけどなー。誰の所に行ってるかはわからないけど、何れにせよ、俺の所に戻してくれる奴の所に行ってる気がするな」
そう言ってもう1度鞘を撫でる。
「それで刀が良いって言ってたのか」
「そ。刀は唯一お墨付きなんだぜ」
にぃ、と口角を上げて笑うクリス。銃は肩壊れるし。と呟くとタルトを1口、口に運ぶ。
そのタルトはやけに美味しそうに見えた。
もう1口運ぼうとする手を無理矢理此方に向けさせて口に入れるとクリスの目が大きく見開かれ、
「…ロー、俺のタルト!」
と、文句を言う。
「俺のをくれてやる」
だから食わせろと言ったら、変なものを見る目で見られた。
クリスとシャチとペンギンから。
「…船長、あんた……」
「変態」
「俺のタルト…」
クリスのコメントだけ少し異様だが、ベポは此方を向きもしない。
鷹の目屋は改めてクリスを見た。
「…クリス、コレで良いのか? あやつの事を言うわけではないが、赤髪の方が」
その言葉を遮ったクリスは笑っていた。
笑って、立てた人差し指を唇に当てたクリスは一瞬言葉を失う程美しい。
「シャンクスが言ってくれたんだ。俺が行きたいと思ったらそれが海賊でもついて行けって」
だから俺は此処を選んだんだ、と静かに言うクリスから目を離せない。
「それ程に価値のある男か」
「俺にとってはね」
鋭い鷹の目屋の眼差しを真っ直ぐに受け止め笑ってみせるクリスに、鷹の目屋の目が細まる。
「そうか」
「へへ、心配してくれてありがとうな。ジュラキュール」
「それしか出来ぬからな」
柔らかく笑う、その生き物がなんだかわからなくなって、目を擦る。
「それでは俺は戻るとしよう。久方ぶりにお前に出会えて楽しかった」
するりと頬を撫で、唇で触れる姿が妙にゆっくり流れた。
「おう。俺もありがとな。兼光も届けて貰ったし会えて嬉しかった」
「ちょ、クリス!?」
俺の声も無視して、何処か自慢げな鷹の目屋の笑みが脳に残る。
クリスにキスをしても動揺した様子もない理由がわかった。
此処なら良い、と言った言葉が脳内を駆け巡って、目の前が真っ赤になったような気がした。
「―――…おぉー、すっごい自慢を…」
シャチの半笑いの声に睨みつけたら、さっと帽子で目を隠された。
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