悠久の丘で
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変態


 かねてから実はそうじゃないかと疑っている部分は、実は、そう思い返せばあったような気がした。
 それが、クリスが来た事によって露見しただけ。


  *


「……おい」
「あ? なんだ、クリス」
 あれから、クリスは言いつけ通りきちんと夜は戻ってくるようになった。俺の方が遅い時もあれば、クリスの方が遅いこともあるが。
 俺が遅い時は、クリスは待ちやしない。
 ちっとも可愛げない。なんて思っていた頃が少し懐かしい。
 ペンギンに、ンで、クリスが枕を要求してきたんですが、アイツ、何処で寝てるんです? と聞かれてちょっと思い直した。
 結局今はクリスがベッドの端っこまで寄って丸まって寝ている所に潜り込む。潜り込んで細い腰に腕を回す。
 いくら脂肪が殆どついてないとは言え、人間だ。肌を寄せれば暖かいし、腹に腕を回すを他の筋張ったところとは違って柔らかさも感じられる。
 腕を回すと心地良い体温。起きてる時はそうでもないが、コイツは寝ている時は子ども並に体温が高い。きっとシャチと同じくらい高い。
 抱き枕には最適。
 起きてると文句を言うくせに、寝てると気付きもしないからたまに項や首筋に触れる。
 投げ出された指を拾って、その1本1本に口付けたり、手を握ってみたり。
 何年生きてるのか知らないが、コイツは陽を浴びて過ごさなかったのだろうか。手を繋いで脚を絡めるたびに思う。俺も大概日に焼けていない方だが、コイツには負ける。
 まぁ、クリスが遅い時、俺は待たない。
 ベッドの真ん中占拠してたら、ベッドに入らずソファで寝ていたから、それ以降は少し隙間を空けてやることにした。船長の優しい心遣いだ。
 とは言っても、俺も海賊。隣に潜り込んで来る様な状況に目が覚めない訳がない。きっとクリスは気付いていないが、そうして睡眠を途中で中断させられても怒らないのには理由がある。
 そうして入ってくる時のクリスは大抵、眠気が限界に来ている。隣に潜り込むなり俺の腰に腕を回し、背中に頭を押し付けるようにすり寄って寝る姿。
 最初そうなった時は寝られなくて、次の日ペンギンに変なものを見る目で見られた。

 クリスが来てから、ペンギンにそんな目で見られることが多くなったような気もする。どういうことだ?

 眠気が限界に来ているらしいクリスは次の日も起床が普段と比べ遅い。朝になるまでに緩んだ腕に向き合ってみて、寝顔を楽しむ時間も悪くはない。
 クリスは比較的細かい事は気にしないから、俺を見ると、おはよう、と緩んだ表情ではにかむように挨拶をする。最近はそれに頬へのキスを返してやれるようになった。
「…い」
 寝起きは少し幼い。優しく髪を梳いてやっても、軽口を叩かれない。でも、あの軽口まで含めてクリスだから、あれが無いと少し物足りない気もする。
「おい、ロー! 人の話を聞け、目ェ開けたまま寝るな」
 お前、ちゃんと起きてるか? なんて顔を前で動かされる手を取って、その指に軽く唇で触れると、時折ペンギンが見せるような目をされた。
「…酷い扱いだな」
「お前、そりゃ自業自得ってもんだろうよ」
 だからと言って唇の触れる手を引っ込めるわけでもない。
「それで? なんだ」
 結局形の良い爪を少し剥がしたい衝動に駆られながら手を離すと、クリスは俺を呆れたような顔をして見た。
「ロー、俺がダメって言った事は?」
「項へのキス」
「これに覚えは?」
 さらりと掻き上げる銀髪はさらさら過ぎて一房落ちた。
「おい、クリス。ちっとも見えないぞ」
 何処を見せたいのかはわかった。どうやらこっそり夜中遊んでいたのがバレたようだ。
 開いていた本を閉じて、脚を組む。にやにやしながら髪に隠れて滅多に見られない項に続く白い首筋を舐めるように見る。
「あ? あぁ、ロー、髪縛るもんないか?」
「ないな」
「…即答か」
 にやりと笑う。
「俺が上げて見てやろうか?」
「お前が変なコトしないならな」
 クリスの言葉に髪を掻き上げてやるべく立ち上がると大人しく髪を任せるクリスは、だからきっと隣に誰がもぐりこんでも寝ていられるんだろう、なんて思った。思っても口に出したりはしなかったが。
「それで、これか」
「お前だろ」
 項から首筋にかけて転々と散る鬱血に目を細める。暗いところで付けたから綺麗に付いているか心配だったが、いらぬ心配だったようだ。
「何故そう言い切る」
「お前以外にこんな事する奴は居ない」
 そう言い切られて少し首を傾げたい所だったが、クリスの睨む目が可愛かったので言わなかった。
「大体俺がしたらわかるだろう?」
「わかる。わかるけど…俺のこんな所にキスしてくんのはお前だけだ。それにローには前科がある」
 それに、シャチが言ってたぞ、ローはちょっと変態だって! と言われた日にゃ…俺はどうすれば良い?
 まあ、確かに、犯人は俺なんだが。
「くすぐったいし、ダメだって言っただろ」
「良いか、クリス。その認識が違う」
 色の白い項は美味そうだった。
「それはくすぐったいんじゃねェ」
 銀の髪は押さえたまま。鬱血の滲む首筋に舌を這わせてやるとクリスが身体を竦ませた。その仕草が良い。
「おま…っ」
「どちらかと云うと、それは痛みだ」
 まだ紅くない箇所に唇を寄せて、強く吸い付いてやる。
「い…っ、」
 新しく薄い皮の下に血が滲む様を見て微笑む。新しく出来たそれをベロリと舐めてやれば、変態、と呟かれた。それに、舌を伸ばして耳に触れる。
「あぁ、変態で結構」
 薄い耳をしゃぶるように歯を立てる。目には見えないのに、クリスがさも悔しそうな顔をしているのが目に浮かんで笑った。

「変態な俺は嫌いか?」

 ある一種の賭けのようなものだった。
 賭けで負けたら、俺は凄く凹む。
 でも、コイツの性格なら失うものはそれだけで済んでしまいそうな、敗者に優しい賭け。
 昼間よく一緒に居るシャチやペンギンやベポほどではないにせよ、多少なら、好かれている自信はあった。
 あくまで多少、という所に、普段、クリスがどんな風に時間を使っているのかが現れている。
「―――…」
 このまま耳を噛み千切ってしまえたら、俺はどうするんだろう?
 そのまま大事に租借して血となり肉となるか。
 それとも、クリスという一部をホルマリンにでも入れて保存するか。
「嫌い、では、ない」
 そんなの、どちらもつまらない。
 クリスという大きなものの、小さな、耳と云う一部。
 そんなものではもう、我慢すら出来ない。
「…ふふ」
「何笑ってやがんだ、ロー」
 1度耳にちゅ、と吸い付いて離す。離した耳を手で覆い、特に警戒した様子もないクリスは此方を見て、溜息を吐いた。
「なんでも? 賭けに勝っただけだ」
 それと同時にクリスに負けた気分。
「訳わからん。良いか、俺が意識ない所でもう勝手に痕つけんなよ」
「俺に命令するな」
「すんなよ」
「…っち」
 俺に命令して、舌打ちで済んだ奴はかつて居ただろうか。


  *


「あ、」
 早々に、来た時と同様戻ろうとするクリスが小さく声を上げた。
「なんだ」
「さっきな、ペンギンがコレ、見つけてくれたんだけど」
 コレ、と元に戻した髪を少し掻き上げる。
「ペンギンがローに伝言って言ってたぜ」
 にぃ、と笑った表情は中々見られないから、嬉しい。
 しかし、伝言の内容は流石俺のクルーと言うべきかまったく嬉しくなかった。

「首輪は何色がお好きですか? だとさ」

「………っち」
 この俺に宣戦布告とは、なんて可愛いクルーだ。
 溜息が1人きりの部屋に浮かんでは消えた。


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