悠久の丘で
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2億の男

「おっとー? あれ、んー、おやおや」
 溜息を吐いて、長めの髪を掻き上げて少し困ったように笑った。
「さて、どうしたものかね」



  *



 この世の中には売られる人間、買う人間って奴がいる。
 世の中の縮図って奴だ。
 その中でもやはり弱肉強食って奴はあって、強いものが買い、弱いものが買われる。極稀にそうでない奴も居るが、大抵はそうだ。
 死ぬ人間、死なない人間ってのもそう。
 医者の俺が言うのもなんだが、死なない人間ってのは居ねぇが、死ぬ時期でない人間ってのは確実にいる。
 それは医者の俺がどうしようが死なない。こんな陳腐な言い方は気に食わないが、それこそ運命って奴なんだろう。


「船長、またこんな所来て」
「はは、暇つぶし程度にはなるだろう?」
 人生の縮図のような会場。
 座り心地の良い椅子がまた腹が立つ。
「暇つぶしって」
「胸糞悪いだけだがな。座ってろ」
「アイアイ、キャプテン」
 ペンギンとシャチが少し呆れたような目で見てくる。お前ら、俺を誰だと思ってやがる。
 可愛いのはベポだけか。
 こっそり能力を使おうとした所で、視界に大して面白くもないステージが入った。
『それでは次の商品です、こちらはなんと珍種! 目に見えるだけが真実ではございません。こちらの商品、なんと海の王者、海王類を意のままに操る術を持つ者! 名前はクリス。183cm、67kg。瞳の色は美しい金色、髪は銀。能力の凄さもさることながら見た目の美しさも飛びぬけております!』
 他の商品と同じように首に嵌められた首輪。手枷足枷。長い鎖を引き擦り歩く様すら目を奪う。
「………これは」
 何が目を奪うのかすらわからない。
 商品にあるまじき堂々とした姿か、どちらも強過ぎてアンバランスな筈なのに目を惹いて止まないカラーリングか。
 それともあのステージに立って尚生気を失わない目か。
『しかしながら、こちらの商品、人間の男である事をご納得頂きたい! さて、人間としては異例の100万ベリーからスタートしたいと思います。さあ、我こそは! という方はいらっしゃいませんか?』
 子電々虫によって響き渡る声。それが消えてなくなっても暫くの間、客席は静まり返っていた。
『どなたかいらっしゃいませんか? 男とは言え此処までの上物、ましてや珍種です。100万ベリーではかなりのお値打ちでしょう』
 わかって居ないのはステージ上に立つ、あの道化だけ。
「―――ちょ、ちょっと船長?」
 俺の表情を後ろから伺い見たシャチが、焦ったような声を出した。それを視界の端に捉えて、にぃ、と唇の端を吊り上げる。
「ペンギン」
「なんスか」
「今動かせる金はいくらだ」
 隣のペンギンが固まった姿も視界に入る。ベポは興味津々と言うように身を乗り出してステージを見下ろしていた。
「あの子が入ったらおれの下かな」
「―――…ちょっと待って、船長いくら動かすつもり…!」
「だから、幾らなら動かせるんだ?」
 問いながらも見据えたステージの上では、沈黙の後の怒涛の値を吊り上げる怒声にも顔色変えず薄く笑む姿。
 その姿が悲壮を孕んだ物ですらない事に興味を持つ。
 真っ直ぐに客席後方、金持ち連中ではなく俺達海賊を見上げる視線も気に入った。
『103番、1000万ベリー! 他にいらっしゃいませんか?』
 得意気な金持ちの馬鹿面に吐き気がする。何にするのかは知らねェが、アレは観賞用なんて遊び方じゃつまらねェ。
「ペンギン」
『おっと、1100ベリーが出ました!』
 急かすようにもう1度名前を呼べば、ペンギンはキツく口を噤み、素早くステージ上へと視線をやった。
「―――船にはこの間のお宝が全部残ってる。…全部で2億って所か」
「2億か」
 そんなもんか、と薄く笑めば会場に入った際に渡されていた札に手を掛ける。
 2億。偶然にも俺の懸賞金と同額。
 確かにアレにはそれだけの価値があるかもしれない。少なくとも、俺の視界を独占して止まないアレに、俺が興味を持てた事。そこに、それだけの価値がある。
「船長…、まさか全額注ぎ込む気じゃ…」
「あ? 当面の食糧は買った。他になんか必要だったか?」
「いや、取り敢えずねぇけどよ」
「だったら良いだろう」
 俺はアレが欲しいんだ、と低く呟けば、物分かりの良いうちのクルーは、諦めたように手を上げどうぞ、と言った。
『なんと…! 3000万ベリー!』
 珍種だろうが、能力者だろうが、そんな所に興味はない。アイツの目に俺がどう映るか。アイツの目に何が映るのか以外、興味はない。
『他にいらっしゃいませんか? いらっしゃらなければ、3000万ベリーで…』
「2億」
 決してデカい声ではない。
『……な、なんと?』
「俺が2億で買う」
 でも、その声で辺りが静かになったのは確かだ。
 隣でペンギンの悩ましそうな顔が笑えた。
 後ろで、あーぁ、と言うシャチも。
「楽しみだね、キャプテン」
 ベポだけは俺の気持ちを分かってくれるらしい。
『2億…2億出ました!』
 煩く割れる音が耳障りだったが、それよりも金の目が驚いたようにまん丸に見開かれる様子を、唇の端を吊り上げ見た。
『どなたもいらっしゃいませんね? それでは此方の商品、2億ベリーで落札です!』
 カンッと響く採決の音に満足気に脚を組む。沸き立つ歓声なんぞにはこれっぽっちも興味ない。
「あーぁ、マジでやっちまった」
「うるせェ、シャチ」
「だって船長、2億だぞ、2億」
「俺と同額だな」
 クク、と笑って言えばシャチは手を上げた。降参、とでも言うように頭の両脇で上げられた手から視線をステージへ戻す。
 遠目からでもわかる。
 シャチやペンギンの呆れたような目と一緒。でもそれが次第に面白そうに細められれば、此方も笑む。
 うちの可愛いクルー達。
 少しくらい変な奴が欲しいと思ってた所だ。
『ではお次の商品と参りましょう!』

 ―――…結果から言えば、アイツの価値は2億ではなかった訳が。



  *



「成る程。そうすりゃ首輪は外れんのね」
 麦わら屋の知り合いらしい人魚の首輪を、冥王が外して見せると、のんびりした声が感心したように告げた。
「なんだよ、レイリー。そんなに簡単に外れるなら教えてくれりゃ良かったのに」
 声と共に鳴り出した首輪を、ソイツは事もなさげに取ってしまう。
「はは、クリス。まさかお前まで捕まっておるとはな」
 1つの伝説を前にしても少しも揺らぐ事のない金の瞳。肩を越すくらいの髪は少しも焦げ付いておらず、今は動きやすいようにか1つに纏められている。
「昼寝してる間に売られたらしい。全く困ったもんだね」
「こんな所で昼寝をすればな。久しぶりだな、クリス」
「金分捕る為に売られたアンタには負けるぜ? レイリー」
 クスクス笑う。先程ステージにいたような表情より余程良いとすら思う。
 今やオークション会場は半壊。麦わら屋が天竜人に手を出したせいで(出す前から囲まれてはいたが)海軍のオマケ付き。オマケで付いて来る海軍大将なんてどうすればいいんだ、全く。麦わら屋のクルーは至って平然としているのは経験の差だろうか。以前、エニエス・ロビーでのバスターコールからも生還した運の強さ。破天荒な行動にも慣れたものと見える。
 金さえ払ってしまえばアレを俺のモノに出来たのに、と苛立つ気持ち半分、底なしのバカを見た楽しさ半分。
 しかし鎖無しのアイツを見て惜しむ気持ちも大きくなってくる。
 珍しく、興味を持った人間だったのに。
「あ、そうそう。レイリー、俺凄いんだよ。幾らだったと思う?」
 緊張感なく、思い出したようににこにこと笑って。
「なんと、2億ベリー! 俺なら買わないね」
 しかし、冥王はその言葉に片眉を上げた。
「お前が2億ベリー? それは…大分安くついたな。赤髪…シャンクスがいれば5億は出しただろうに」
「あぁ…シャンクスは…ちょっと頭弱いから…」
「鷹の目もそのくらいは出したんじゃないか?」
「ミホークは過保護だから」
 俺は100万ベリーでも買わないね、と言い切る。
 先程から出てくる名前に嫌なプレッシャーを感じるのは俺だけか?
 後ろでシャチが小さくマジかよ、と呟いたのが聞き取れた。
「それで? 競り落とした奴は何処におる」
「そこ。白クマくんがいる所」
 真っ直ぐに見上げて笑う。
「ほう。人間屋の奴らはこれっぽっちも価値をわかっちゃ居ないようだが、運が良かったな」
 生ける伝説のからかうような口調に、自然と拗ねるのを止められない。
「…そこの麦わら屋のせいで、ダメになった。金を払う前にこんな事になっちまったからな」
 せめて金さえ払っておけば縛り付けておけたのに。
「キャプテン…」
 慰めるようなベポの視線さえも少し鬱陶しい。柄にもなく少し傷心って奴なのかもしれない。
「あれ?」
 きょとんとした声に拗ねた視線をやると、金色が呆けた顔して此方を見ていた。
「そっか、すっかり買ってくれたご主人様と行く気満々だった。どうすっかな」
「―――…は?」
「いや、だって。俺の事、2億も出して欲しいって言ってくれたから。そりゃ俺も金持ってるだけのバカは嫌だけど」
 でも、そうか、とかりかりと頭を掻く相手を信じられないモノを見る目で見る。
「…この状況じゃ、金なんか出さねェぞ」
「俺でもそうするね」
「俺に、お前に命令する権利はない」
「うーん、まぁ、確かに」
 首輪は自分で外してしまった。
 こんな状況にしたのは麦わら屋だ。
「俺はお前が欲しい。でも、俺にお前を奪う権利はない」
「もう奴隷じゃなくても?」
「買っても最初からうちのクルーにするつもりだった」
「俺、戦闘能力高くないし、俺の友達を戦力とはしないよ」
「それは海王類の事か?」
 心地いい程俺の目を真っ直ぐに見据える奴。
「そう」
「お前が珍種だろうが、能力者だろうが、俺にはそんな事どうでも良い」
 お前が欲しい。そうきっぱり言えば、コイツは鮮やかに笑って、手枷の嵌った赤い痕の痛々しい手を差し出した。
「俺、アンタが良いな」
 差し出された手の意味が分からず見上げていたら、にこと笑われた。
「さっきのオークションで、俺を見てたのはアンタだけだった。金持ち連中は端から人間としてじゃなくコレクションや玩具として俺を見てたし、そこの麦わら帽子の奴らは俺なんか気にしちゃいなかった。赤い奴もそう。アンタだけ、こんな所にいても俺を見てくれた」
 だから、と少し屈んで見せる。結んだ髪がさらりと落ちた。

「だから、俺は、船長って呼ぶならアンタが良いなって思ってるんだけど。ダメかな」
 そして椅子に脚を組んで座る俺の頬に軽く口付ける。
「―――…は?」

 頭が全く動かない。
 目の前で何が起きてるのか分からない。
「そんな簡単で良いのか? クリス」
「俺にとっちゃ大きな事だぜ、レイリー」
 冥王が呆れたように言って、アイツがにっと笑う。そしてもう1度向き直って首を傾げる。
「ダメって案も、出来れば聞きたくねぇけど、アンタだったら言っても良いよ」
 俺が欲しいと思った。
 たかが2億ベリー、なんて思って。
 それが俺を見て、アンタが良いと言った。
「―――…俺の名前はトラファルガー・ロー」
 まだ上手く働いてくれない頭のせいで喉はカラカラ。それだけ言うのですら、声が掠れて聞こえる。
「懸賞金2億ベリー、ハートの海賊団船長」
 トラファルガー・ロー、と覚えるように復唱するコイツを見据えた。
「俺はクリス。クリス・デア・オーエ。海賊の友人は多いけど海賊になったのはコレが初めてだ」
 よろしく、と差し出された手を、今度は取った。握ると少し小さくて肉付きの悪い薄い手だと言う事がよくわかる。
「俺の事は船長、もしくはローで良い」
 成り行きを見守っていたクルーのにやにやした顔を叩いてやろうか真剣に悩んだ。だけど、今は機嫌が良いから見過ごしてやる事にした。

「船に着いたら、お前の分のつなぎ、白かオレンジか決めるからな」
 そう言えばクリスは笑って。
 はいよ、船長、と言った。


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