悠久の丘で
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02.無言で鼻血はやめてください

2.無言で鼻血はやめてください(ココ)

 僕がクリスさんと出会ったのはフグ鯨を採りに行った狩りの道中。
 美食四天王と共に同じく育って来たと言うが、その名前は世間に広く流布されている、なんて事は、取り敢えずない。トリコさんやココさんはその名を世に轟かしているにも関わらず、である。
「ん? なんか気になる事でもあったか、小松」
 不躾に見てしまっただろうか? クリスさんが振り返り、小首を傾げる。振り返る際ふわっと広がった髪は今、狩りで見た時同様、高い位置で結われている。
「それとも俺の事、知りたいのかな?」
 なんてな、と軽口で付け足された言葉に思わず頷くと、僕の腰掛けていたソファーに、テーブルから移動してきてくれた。
「なーに、聞きたいんだ? 何か面白い回答返せるかな」
 ソファーに片足乗せる不思議な体勢のクリスさんは、プロの美食屋とは思えない程細い。細さで言うなら僕と大差ないとすら思う。
「あの…気を悪くしないで下さいね」
 そう前置きしてから、僕は滅多にないクリスさんとの2人の時間を、彼を知る事に使う事にした。

「トリコさんからクリスさんが、トリコさん達美食四天王と一緒に育ったって聞いたんですが…」
「そーだよ?」
 青い目を細める。
「懐かしいなぁ。俺もあいつらもちっさい時からIGOの研究所で一緒に育ったんだ。俺が1番お兄さんだったし、周りは大人ばっかりだったから、仲は良かったと思うぜ。俺らが庭を出るまでは一緒だったから…何年位一緒に居たんだろうな、10年…15年は一緒だったかな」
「小さい時からずっと一緒?」
「ずっと一緒。まぁ、庭での修行とかIGOからの依頼を少しずつこなし始めた位からは毎日顔合わせるって事は出来なくなっちまったけど」
 にへへ、と笑う表情が柔らかい。
「でも、1人立ちしてからも俺はよく会ってるから…今も一緒みたいなもんかな」
「クリスさんはみなさんが大好きなんですね」
 笑う表情が柔らかくて、そんな事を思う。トリコさん達がクリスさんを大好きなのは既に分かり切っている。
 あのトリコさんが、クリスさんを前にすると甘えた猫のようで、クリスさんが関わると人が変わったように恐ろしい。
「おう、好き。大好きよ? 可愛い弟たちですからー。個人的にオススメなのはサニーかな。1番可愛いと思う」
 にへらと笑う仕草は確かに可愛らしいと感じる。
 …でも、さっき1番お兄さんとか言ってたから……あれ、少なくとも僕よりも上? コレで?
「サニーさん、ですか?」
「サニーちゃん。可愛くね? 末っ子っぽくて良いよね。髪ふっかふかだし、触覚で色々遊んでくれるし。よくライフに連れて行ってくれるんだよー、一緒温泉入るんだ」
 あれ、俺おじいちゃん扱いされてる? なんて首を傾げる。
「あ、でも可愛いなら鉄平も可愛いか。鉄平、知ってるよね?」
「あ、はい。センチュリースープを探しに行った時に」
「鉄平も可愛いんだよ」
 ふふん、と笑い、どこで買ったのか大きなフグ鯨クッションを抱き締める。ご丁寧に毒化バージョンもあるけど、普通の方がやや歪だ。
「鉄平はね、何て言うのかな。ちょっと苦労してる所がまた可愛いくて。口滑らせちゃう所も可愛いし、よくライフに行くとサニーと取っ組み合い始まっちゃう所も可愛いね。まぁ、大抵始めるのはサニーなんだけど」
「サニーさん…意外と喧嘩っ早かったんですね」
「普段はそんな子じゃないんだけど。でも鉄平にはあんな感じなんだよね。何かな、ちょっと妬けちゃうよな」
 むすっと膨れて見せられても、きっとそれは誤解だと思います。
 あぁ、ご愁傷様、と言うべきか。
「四天王はみんな可愛いけど」
「…ちなみにクリスさんから見て、トリコさんは……」
「可愛いね。可愛いのと同時にあの食いしん坊ちゃんはなんて言うのかな。手に負えない? ううん、ちょっと違う。手の掛かる子って感じ?」
 トリコさんのレベルで手の掛かる子…。
「…手の掛かる子、ですか」
「やんちゃだし、俺より遥かに体格が良いからね。でもちっこい頃より立派になっておじちゃんは嬉しいよ。ふふ、我が子っつーのは言い過ぎだからお兄さんなんだけど、でも小さい時から知ってるから、つい大きくなってって言いたくなっちゃう」
 そう少しふてくされたように告げるクリスさんはどう考えてもトリコさんよりも年下にしか見えない。
「大きくなったって言えばゼブラもおっきくなっちゃった。あーんなに小さかったのに。…まぁ、年の割に大きかった…いや、俺とココが小さかったのかな? 小さい時はこれでもみんな同じくらいだったんだぜ?」
「…へ?」
「身長。俺もサニーも、平均男子としちゃちっと高い方だけどさ。ちっちゃい時はもっとこう…なんつーの? 普通の子どもっぽかった? IGO育ちだからちょっと普通がわかんないけど」
 ゼブラもトリコも同じくらいだったのに、と言う口調が悔しそうだ。
「あのゼブラさんが…小さい…考えられないですね…」
「俺からしてみりゃ、あんなに大きくなる方が考えられなかったよ…。おっきくなっても素直な可愛いいい子だけど…。あーゼブラに会いたい」
 フグ鯨(毒化)のヒレをぐいぐい引っ張る。ソファにごろんと横になって髪が扇状に広がった。
「ココさんはどうだったんですか?」
「ココ?」
 きょととしたクリスさんの見上げる目が痛い。話の流れで思いがけず四天王(+鉄平さん)の話が聞けたので、残りの1人を聞いたのだが。
「ココか。ココさんね。うーん…」
 ごろんと横になった体勢から再び座った体勢に戻る。
「ココさんは変態、かな」
「はい?」
 ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げる。
「え、いや、だってね! お風呂一緒に入って来ようとするし、ボクが身体洗ってあげるよ、とか座るの膝の上以外許してくれないし、そーいうの全部アイツらは一緒だけど」
 うん?
「でもココはなんかちょっと違うって言うか、脚で踏まれるの、実は好きだったりとか指舐めるのも好きだし、尻尾あったら確実にぶんぶん振り回してるとかそんな所が凄く可愛いと思うけど、ココ、お仕置きとかしてくるし」
 なんか雲行きが怪しくなってきた。
「ココと一緒にいると腰痛の種っていうか」
 ココさん。何してるんですか?
「…ココだって可愛い俺の弟だから大好きだけど」
 付け足すように小さく告げられた言葉が辛うじて耳に入ればホッとした。



  *



「―――…ココ」
「うん」
「―――トリコ」
「あぁ」
 ソファに組んだ脚を組み替えて、長い髪をばさりと掻き上げた髪を後ろへやった。
「お前ら無言で鼻血流してンの、マジでキショイ。ねーわ、拭け」
 さっきから小さなイヤホンを耳に、大の男がにやにやしながら鼻血が。
「後さ」
「あ?」
「お前ら、いっつもンな事してるのか。自宅とは言え…盗聴って犯罪じゃね?」
 いっそ気持ち悪いくらいの笑顔に、俺は顔を背けた。

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