悠久の丘で
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こどもパニック

「クリス、すっげもんが手に入ったから都合つく日に来いよ」
 確かにそう言われた筈。
 だから入ってた修行を兼ねた仕事もさっさと終わらせて、呼んだ奴の家に行ってみれば。

「―――…お前ら、なんでそんなに可愛くなっちゃってる訳?」

 そいつの家には懐かしい子ども達が居た。


  *


「ちょっと待って。すっごい可愛いけど俺の脳は受け入れたくないって言ってる」
 家に着くなりそう宣言したクリスを見上げ、苦笑する。普段なら旋毛が見えるのに、クリスを見上げるのが久しぶりでなんとも言い難い感動を味わった。
「クリス、こっち」
 大分高くなってしまった声に苦く笑い、床で走り回るトリコ達へと視線を向けても、遊ぶのに必死な彼らはちっとも気付かなかったようだ。ドアを閉めたクリスが諦めたように此方に近付いてくるのを見て、取り敢えず座るかい?と席を引いてみる。
「…もう、やだ。ココまでかよ…。つか、走り回ってる子どもに見覚えがありすぎて現実逃避したい」
 ボクが引いた椅子に座り、テーブルにうつ伏せる。さらりと流れた銀糸が綺麗で、すぐ逃げてしまうとわかっていながらいつもしているように手に取った。
「………今回はサニーの奴、何した訳?」
 澄んだ青を少し潤ませ見上げてくる視線。それに苦笑しながら首を傾げた。

「エイジングチェリーって知ってるかい?」

 ボクも先日サニーに呼び出されて此処へ来た。そして振る舞われた一見普通のチェリー。
 サニーやトリコ、ゼブラとは違い1度に食べた数で救われたと言って良いだろう。
「………通称、若返りの実」
 クリスの苦々しい声に肩を竦める。

 今のボクの年齢は凡そ15歳。
 サニー、トリコ、ゼブラに至っては3、4歳。

「普通はこんなに若返らない筈なんだけど…はは、当たり年だったのかな?」
 笑うしかなくて笑いながら告げたら、クリスにどんな当たり年だ、なんて言われた。
「…しかし、まぁ、いずれ治る。とやかく言っても仕方ねぇ」
 なっちまったもんはな…と、苦い顔でじーっと見られた。つい、と視線を外しておく。
「………それに」
 こくりと何かを飲み込む音が聞こえて視線を戻した。最初の言葉が嘘みたいに輝くクリスの笑顔。それを可愛いなんて思って、伸ばされる手を甘受する。
「みんな、すっげー可愛い」
 手始めとでも言うようにぎゅーっと抱き締めてくる手を受け入れ、自分からも回せば頭を抱き寄せられた。クリスの匂いが鼻腔をついて香る。
「ふは、ココがちっさい、可愛い、抱き締めやすい! やっぱ小さい時って可愛いな、ココ、すっげー可愛いよ」
 言葉の合間にちゅっと額にキスが降ってきた。
「…ちょっと、クリス」
 触れるだけのキスでも、普段は此方から迫らない限りしてもらえない。くすぐったさを感じながら自然と頬が緩むのを感じ、クリスの首筋を舐める。
 すると柔らかな笑みを向け、今度は鼻先にキスしてくれた。
「甘えたのココも可愛い。ふふ、エイジングチェリーか、俺も探しに行こうかな」
 可愛いのは君だよ、なんて告げてもクリスは笑うだけ。すらりと伸びた脚を撫で回したい衝動を押し殺していたら、クリスがん?と視線を下げた。
「……えっと、トリコ?」
「ん」
 足元まで視線を下ろせば小さな青髪の食いしん坊ちゃん。クリスの脚にぎゅーっと抱き付いていた。
「…どうした、トリコ。お前も構って欲しいのか?」
「ん」
 こくりと深く頷く。3、4歳の身体ではまだ喋れないのだろうか?トリコは頷いた後は期待にキラキラ光る目をじっと向ける。
「そっか、そっか。ンじゃ、おじさんと遊ぼ」
 くすくす笑うクリス。1度ちゅ、と唇に触れた柔らかい感触に感動している間にするりと逃げられた。
「う! クリス」
「そうそう。よく言えました。トリコは偉いなぁ」
 床に座り込みトリコを抱き締めるクリス。…なんかちょっと納得いかない。
「クリス、かーいい」
「可愛い? それはお前らだろ。すっげー可愛いよ? 癒される」
 気付けばトリコだけでなくわらわらと小さなサニーやらゼブラやらにもくっつかれ、それらをみんな抱き締めているクリス。
「ふは、サニー、ほっぺぷにぷに」
「しょこばっか、しゃわるなし!」
「ゼブラちっさいから抱っこ出来て良いな」
「………」

 ………くっ付き過ぎやしないかい?

「いいにおい」
 トリコが満面の笑みを浮かべそう告げる。くんくん、と鼻先を首筋に擦りまるで味見でもするように舐める。
 くすぐったいよ、と言うクリスの声なんか聞こえていないのかぺろぺろと美味しそうに舐める。それを見ていたゼブラやサニーまで指を取って舐め始めたり、小さな手で唇に触れる。
「へへ、マジで癒やし…このまま小さかったらずーっとぎゅってしてられるのに」

 ぎゅっとしてるのはクリスだけ。
 他の3人は確実にクリスを襲ってると思うけどね。
 しかしそれに気付いてないのが、良くも悪くもクリスのいい所だ。

「クリス、トリコ達だけズルい」
 後ろからのし掛かるように抱き締めればトリコに威嚇された。まるで動物がするように威嚇されて少し笑う。
「ん? ココもぎゅーってして欲しいのか?」
 サニーはすっかり落ち着いた場所を見つけたのかクリスの太股の上でご満悦。
 ゼブラはまだ指を噛んでるし、トリコは小さい身長を精一杯伸ばしでクリスにキスをしようと頑張っている最中。
 1人だけ大きくて良かった。
 このぐらいの身長差ならクリスが立っても背伸びすればキス出来るからね。
「うん」
 にこりと笑って頷いたら、サニーの触覚で叩かれた。むっとして見るとけらけら笑うサニー。
「……変態」
「へんちゃいはそっちじゃねーの」
 見えないからって触覚で太股触りまくってる奴に言われたくない。
「こらこら。サニー、喧嘩しねーの。ちゅーしてやっから」
 意味がわかっていないクリスは宥めるようにサニーの髪を撫でる。それから髪を掻き上げ額にちゅ、と落とされた唇にサニーのオーラが歪んだ。

 やっぱり変態じゃないか。

「しっかし、なんつーか…お前ら小さいと静かだし俺でも抱っこ出来るし、ぬくいし、良いことばっかだな」
「…クリス、てめぇおっきいおれはきらいなのかよ」
「いや? デカいゼブラはデカいなりに好きだ」
 ぎゅっと抱き締め強がりつつも不安で堪らないとでも言う声色で聞いたゼブラは、普段誰よりもデカい。育ってしまったものは縮めないから、不安は人1倍強いらしい。
 クリスの言葉に一喜一憂して、それはボクらみんな一緒で。

「俺はお前らみーんな好きだから。デカくても小さくても、お前らの全部が好き」
 にへ、と笑い、みんなに順番にキスしてくれる。少しでも長く触れていたいと思うのは皆同じで、普段クリスの取り合いばかりしているボクらも大人しく自分の番が来るの待つ。
「お前ら、みんな、明日になったら戻ってると良いな」
 1人1人ぎゅっと強く抱き締めてそんな事を言うから、ボクらはこっそり顔を見合わせた。


  *


 もう眠そうなトリコを背負い、右手にサニー、左手にゼブラの手を握って今日はもう寝るか、と言ったクリスは1人ずつサニーのベッドへと上げる。
「みんなで一緒に寝んの、久しぶり」
 そう嬉しそうに言ったクリスに反論出来なかったサニーが折れたからだ。
 最後にボクまで上げてくれて、最後にクリスが潜り込む。1人1人布団が掛かっているかの確認をし終えたクリスは電気を消した。
「さ。おやすみ、サニー、トリコ、ゼブラ、ココ」
「おやすみ、クリス」
 口々に言うボクたちに笑って、クリスは目を閉じた。

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