悠久の丘で
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万聖節の前日

「愚民共! さァ、僕にお菓子を寄越せ!」
「―――この人は、今回何をしているんだね、十七夜月」
 もういい加減慣れてしまった面面はそれに全く動揺すら欠片も見せなくなっている。だが、僕は元元高校時代からあの人に言動に慣れる事が出来る所かあの人の声が耳に入り込むだけで全身の筋肉が弛緩し始める。
 そんな常に死と隣り合わせの様な学徒生活を送り終えた今ですら、何故か僕には理解できない知人というものが在る。

 常にその最先端に位置する男。
 ―――それが天下の元華族、眉目秀麗、頭脳明晰、その名も榎木津礼二郎その人である。



  *


「―――十七夜月」
「ああ、ごめんね。突然」
 そしてその後ろには大抵の場合、彼の唯一の理解者と云っても良い、僕の高校時代の数少ない友人が居る。
「レイは言い出したら即実行なものだから」
 そうは云っても、此処に居る人間は皆知っている。真実、十七夜月に止める意思が在れば、如何に自らを神と称する榎木津御大でも、その不可思議(にしか、凡人には見えないのである)な行動を即刻取り止める事を。
「十七夜月」
 窘められて十七夜月は肩を竦めた。
「だって、レイが如何してもしたいのだと云うのだもの」
 そもそもの原因が見えない。
 それはこの家の持ち主でもある古書肆とて同じ事の様で、それまで僕に難しい良く分からない事を宣う(様にしか聞こえないのだ)口を閉ざし、参考にしていた古書を閉じた。
「…何があったんだ」
 実に、本当は聞きたくなんてないのだ、と云う雰囲気で聞く。
 それに疾うに慣れている十七夜月は苦笑した。
 来て早早炬燵に潜り込んでいる主人を見ながら1度溜め息を吐いて、十七夜月は金華猫の石榴の頭を撫でた。

「幹麿様と父様がまた外国の面白い祭の事を教えてくれたんだ」
 悪戯かお菓子かなんて面白い事考えるものだよねェ、と云いながら、気持ち良さそうに目を細める石榴を抱き上げて胸に抱く。

 石榴は京極堂にしか懐かないが、十七夜月にはそう云うのは通用しないらしい。
 いつもならその様子を見て頬を子どものように膨らませる彼の主は、今は机の上に広げられたまだ時期には早い蜜柑の皮を剥く行為に集中していて気付かない。
「…ワルプルギスか?」
「まさか。そんな夜がもし本当にあるならレイを外には出しておけないからね。…それに幹麿様も御自身の子息をきちんと理解しておられる。そんな危険な事を教えはしまいよ。それに幹麿様がああして教えて下さる情報には…1度父様からの検閲が入っていると考えて間違いは無い」
 僕にはまったく話が読めない。

「まァそんな訳でレイがね、うん」
 その後は言わなくてもわかるだろう、と云った視線で省略された。
 京極堂は溜め息を吐いて、僕は分からない事を隠す為に眉を寄せて顰め面になる。
「お菓子って、もう蜜柑を食べているじゃないですか、榎さん」
「僕はお菓子が良いんだ」
「大体クッキーなどの洋菓子、嫌いだったでしょう」
 口の中の水分を取っていく、と彼には不評な洋菓子が家にあるのかと問われればどう答えが返ってくるのか僕には分からないが、案外千鶴子さんなら持って良そうでなんとも言えない。

「あんなものはお菓子と言わないッ」

「ああ、もう、レイ。手が蜜柑でベタベタじゃないか…」
 蜜柑の成れの果て(そう云うに相応しい。潰された蜜柑の柔らかい果肉が、榎さんの綺麗に切りそろえられた爪に、申し訳程度にくっついている)を見つけた十七夜月が溜め息を吐いて榎さんの手を取って拭いてやる。
 それが極自然な行動として目に映るようになってしまった僕等の目は、いい加減異常を訴え始めても良い筈だ。
 しかも拭かれる自分の指を見ていた榎木津御大は在ろう事か十七夜月に
「十七夜月、舐めてくれ」
 と云う始末。そしてそれを拒否する事を最初から知らない十七夜月は苦笑しながらも舌で舐めて綺麗に潰された果肉を取っていく。
 そうされている時のこの1つ上の先輩が本当にムカつく(くらい善い顔をしている)。
 紅い舌が榎さんの細く白い指に絡む様を見せ付けられて、僕はおろか京極堂すらも嫌な顔をした。
 そんな意味の分からない公開プレイにつき合わされるのはいつもの事で、それが旧制高校時代から続いているのだから、もういい加減止めて欲しい。

「―――…ほら。綺麗になっただろう? レイ」
「ああ、ありがとう十七夜月」

 余談だが榎木津御大は礼と云う言葉の意味を、自らの名に入っているのに知らない。
 そして自分の下僕(簡単に言えば京極堂と十七夜月以外に分類される)には言う必要すらないと思っているので、この人が礼を言うなんて貴重なものは十七夜月がいなければ見れるものではない。
「もう、蜜柑、剥いてあげよう。レイは大人しく待っていなさい」
 善いね? と云われれて逆らう程榎さんは十七夜月離れを出来ていないから、それはそれは素直に頷く。
 京極堂が、目だけで帰ってくれ、と云っていた。

「―――ん?」
 蜜柑を新しく手に取った十七夜月が不思議そうな声を漏らした。
 四面の炬燵の、十七夜月の前に位置する面に居る僕には分からなかったが、善く善く見れば榎さんの姿が見当たらない。
「レイ? …礼二郎?」
 幾度か十七夜月が呼ぶけれど返事は聞こえない。
 京極堂が溜め息を吐いた。

「…この人は何をしに来たんだね…?」
「まぁまぁ。許してやってくれよ、秋彦。昨日、レイは殆ど寝ていないから…」
「え、榎さん、寝ちゃったのかい?」
「そう。だから少しの間、寝させてやってくれな?」
 十七夜月が唇に人差し指をそっと押し当てる。
 なんと寝付きの早い、とは言いたくない。
 彼は自分は神だから何処で何をしても善いのだと、心の底から思っている。
「寝ていないって、それはお前もだろう。十七夜月」
「…おや、何でバレた」
 京極堂が、通算何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
「如何に睡眠時間が日頃から短いとは云え、そんな事を続けていれば目の下に隈が出来る。それに、お前が、榎さんが起きているのに寝るような奴か」
「………相変わらず鋭いなァ…」
 感心したような十七夜月の声に、僕はふと思いついた事を聞いてみた。


「そう云えば十七夜月」
「なんだい、巽」
「十七夜月はその、ワルプルギスとやらはされたのか」
 京極堂が、今まで出1番重苦しい溜め息を吐いた。


「…正確にはワルプルギスではなくて、ハロウィンと云うらしい。ワルプルギス4月の最後の日のことだ」
「それならばハロウィンは」
 悪戯 か お菓子か。
 如何にも榎さんの好みそうな話ではあるが。
 すると、十七夜月は一瞬口を噤んで苦笑した。
「俺はね、巽のそう云うところが好きだよ」
「…首を見てみたまえ」
 京極堂も苦い顔だ。
「首?」
 云われて見れば、視力の悪い僕でも、うっすらと首が赤くなっていることが確認できた。それが痣のように何箇所かある。

 これは―――…

「お陰で俺は向こう1ヶ月は長袖の服以外を着れないらしい」
 十七夜月が肩を竦めて云えば京極堂の視線が一瞬、榎さんを射殺しそうな程鋭くなった事を見逃せなかった。
 僕は後悔した。
「十七夜月、それは…」
「うん? 正式な名称を云って欲しいのか、巽」
 十七夜月の笑顔よりも、京極堂のまるで修羅のような顔が怖くて、僕は急いで首を左右に振った。
「いや、そんな事は決して」
 そんな事を云ったら僕の人生は終わってしまうような気がする。

 だが、ふと。
 これでは密かに十七夜月信者な益田くんが暴動を起こすかもしれない、と思った。

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