悠久の丘で
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お菓子あげるんで帰ってください

 邑榛がいつも何処かにふらふらしていることは百も承知だ。
 それでも本当に必要な時には必ず出てくるから、その点ではとても信頼している。
 勿論、人柄的観点からも(まず、黎深様に気に入られている事で俺の中ではクリアだが)真っ当―――と、言いたくても言えないのが邑榛である。
「…邑榛」
「ん? なぁに、絳攸」
 今度は何処で何を見つけてきたのだろうか。

 邑榛は何故か宮内に居た。

「何をして今度は忍び込んだんだ」
「遊びに来ました!」
 そうやって心底楽しそうに敬礼なんぞをしてみせる。
「―――邑榛、その、服は何処で手に入れた?」
 官服なんて家には俺のと黎深様の位しかないはず―――…
「あ、勿論清雅のをパクりましたよ」
 なんで敬語なんだ、と云うか待て。
 でも、突っ込む前に邑榛は既に姿を消していた。

 また、何か大変なことが起こりそうな予感がして、溜息を吐いた。


  *


「…あ、秀麗」
「……え、ちょ、なんであなたが此処に居るの、邑榛!」
 秀麗殿が呼んだ邑榛という名を聞いて、私はつい振り返ってしまった。

 ―――邑榛、
 絳攸の兄的立場にあり、

「あれ、なんで秀麗の後ろに楸瑛がいんの?」
「邑榛、藍将軍に向かって…!」
「いや、良いんだよ。秀麗殿」

 我が兄たちに気に入られ溺愛される、紅家の懐刀。

「久しぶり、かな。邑榛」
「そうだね。でも龍連にはよく会ってる」
 秀麗殿が驚く脇で、邑榛はのんびりと言葉を返す。
「龍連…」
「そう、龍連。最近はあれでも随分丸くなったみたいだな。この間貴陽連に怒られたらしいじゃないか」
 何処からその手の情報を入手してくるのか、邑榛は常に情報にあふれている。
 龍連と同じ。
 何処に居ても、何をしていてもどんな情報でも入ってくる。
 そんな気にすらさせる。
「…お恥ずかしい限りだな」
「そうでもないだろう? 龍連は可愛いし、雪ちゃんたちも別に気にしてはない。元々龍連にその手の才能があった訳だしな」
 まァ、やりすぎはいけないけど。
 そう云って苦笑した所を見ると、説教の1つくらいはしてくれたらしい。
 これで大人しくなってくれれば幸いだ。
 尤も、邑榛に云われてあの愚弟が直さない訳がないから、次回からはそれなりに気にして賭博もするだろう。

「―――藍将軍と邑榛はお知り合いなの?」
 秀麗殿の不思議そうな声が聞こえた。
「あ…、えっと、確か秀麗殿と邑榛は従兄弟…だったか?」
 私たちの関係は(まったくやましいところはなかったが)話していいものか悩む。なので取り繕うように別の話題を差し込めば、不思議そうにしながらも秀麗は答えてくれた。
「はい。父様の弟さんで、とても有能な現紅家当主の方の所に」
「まァ、厳密に言えば血が繋がってる訳じゃないし従兄弟ではないんだけど。でもよく邵可邸には行くよな」
「ええ」
「つか、つい昨日も行ったような気がする」
「私の饅頭食べて帰ったじゃない」
「だよな。うん」

 現紅家当主。―――紅黎深殿に拾われた邑榛。
 紅家当主への秀麗殿の間違った認識は正さずにしておいた。
 ―――何処でその人が聞いているかわかったものではない。

「あ、そうだ。秀麗にコレあげる」
「え?」
 そう云って邑榛が取り出したのは大振りの饅頭だった。
 それを秀麗殿の掌に乗せる。
「今日はお菓子をあげる日だから」
 いつもどおりではあるが、また不思議なことを云ってにっこりと笑う。

 邑榛の凄い所は間違いなく、こういった不可思議な行動をとっても周りにすんなり受け入れられるところだ。

「それで楸瑛には…」
「私にも何かくれるのかい?」
 不思議そうな顔だったと、自分でも思う。
 邑榛はまたもやにっこりと笑って、彼持ち前の運動神経の良さで私に足りない分の身長の差を補い、頬に唇を押し当てた。
「―――楸瑛には悪戯」
 その様子が秀麗殿に見つからなかっただけ、マシだと思った。
 唇を吊り上げ微笑む。

「―――は?」
 嬉しいか嬉しくないかで問われれば嬉しい。
「今日はそう云う日なんだよ」

 にやっと邑榛は意味のわからない事を言うと私から離れて、1度邑榛をぎゅっと抱き締めると、不思議そうに見上げる秀麗殿に手を振って何処かへ行ってしまった。
「…なんだったんでしょう?」
「…さぁ? 邑榛の事はよくわからないからね」


  *


 昼も下がり、日差しが段々と手加減を覚え始めた頃、酷く見覚えのある衣がとある窓いから覗いていた。

 酷く見覚えのある衣。
 当然だ。あれは俺の―――…

 戸を、やや乱暴に開けた。
 その部屋は誰も使っていない部屋。掃除も行き届いて折らず、戸を開けた際に舞った埃が窓を贅沢に開けたせいで差し込む光を受けて煌々と光った。
 その奥。窓辺に寝そべる様に浅い呼吸を繰り返す男。

 男の癖に長い睫。
 流れる髪は射干玉。いつもならそれを結い上げる緋は解けていた。
 煌々と光って、鋭い目も、今は閉じられて何色だかわからない。
 だけど俺は知っている。
 何故コイツが此処に居るのかはまったくわからないけれど、コイツの名前を。

「―――…邑榛」
 着ている衣は間違いなく俺の衣だ。
 そう云えば少し前になんか云っていた気がする。

 『コレ、頂戴?』

 それに俺はなんと返したのだっけ?
 だけど、此処で現に邑榛が着ているのだから「良い」とでも云ったのだろう。
 珍しく気も張らず本当に、力を抜いて休息しているから、ついついその隣に座って邑榛の寝顔を眺めることにした。
 安定した、静かな寝息。
 ―――きっと、このまま細い白い頸を絞めればコイツは永遠に俺のものになる。
 それが酷く耐え難い欲求のように思えた。
 手が無意識のうちに邑榛の頸に触れる。
 動脈と静脈が、一定の速さで身体中に血を送り、命を廻らせる。


 すぅ、と。
 邑榛が呼吸をする。

 唯其れだけで、俺の手は緩んでしまった。


「…んぅ」
 小さく寝言を言うように鼻から抜ける音。
 そのまま寝返りをうったせいで、近くに居た俺の膝に乗っかる。
「ちょ、邑榛…?」
 布越しに体温。
 ぴくりとも動かない邑榛に少しの苛立ち。
 此処まで無防備に寝られると手を出せない。手を出すことに躊躇してしまう。
 だから仕方なく奴の前髪を掬って口付けるだけにした。
 そして持っていた桃の櫛で長い髪を梳いてやる。

 長いくせに細くて硬い髪質。
 梳きやすくて、少しも引っかからない。
 それが面白くないが、丁寧に丁寧に、梳いてやる。

 云わば時間潰しだ、と誰に対してかよくわからない言い訳を繰り返しながら。


「―――…清雅、優しいね」
 だから。
「なッ、邑榛!?」
 膝から笑い混じりで声が聞こえて心臓が止まるかと思った。
「ああ、久しぶりにゆっくりした気分」
 俺の膝から頭をゆっくりと起こし、視線が合うとにっこりと笑う。
 そして何を思ったのか俺の膝に移動してきて、背を預けられる。
「本当はね、清雅の事だからもっと意地悪かと思ってたんだけど」
 何か、嫌な予感がした。

「俺が寝てると思ってたでしょ?」
 にっこりと笑う。
 死ね、さっきの自分。今すぐに。

「邑榛…ッ!」
「おっと。誰も寝てるなんて云ってないし、間違えたのは清雅だよ? それで俺を責められても」
 くるりと振り向いて、まっすぐに俺のことしか映さない邑榛の目に、俺は呑まれた。

「…っん、ん」
 誰の声かって? ―――認めたくなんてないが、俺の声だ。

 呑まれて動けなくなった俺の両頬に、そっと邑榛は手を当てた。そして、引き寄せて唇を重ねる。ただ重ねるだけならまだ良い。
 奴は、日頃の恨みでも晴らすように、舌を入れ込んで歯列をなぞった。
 ざらざらの舌で口内を舐めて、唾液を啜る。
 口蓋をなぞられた時、俺の身体にはもう力なんて残ってなかった。
「―――くくく。清雅、可愛いよ」
「…ッは、ぁ」
 邑榛が上に跨っているのに、邑榛に支えられる状態。
 それがなんとも屈辱的で、睨み付けたら邑榛はまた笑った。
「もう、やめてよ。そんな目で見られるともっと苛めたくなっちゃう」
 きゅう、と力加減のされている強さで、抱かれる。その手加減がまた神経を逆撫でる。
「清雅、可愛いね」
「お前には負ける」
 整わない息で、それでも無理矢理云えば当たり前のごとく喉に音が詰って云い終えた後咳き込んだ。
 そしてまた邑榛が笑う。
「もう1回ちゅーしようか」
「…この、淫乱」
「それは清雅にあげる。欲しいでしょう?」
 欲しくない、という前に口を塞がれた。
 女のものとは異なる、薄い唇が甘い。

 今度は先ほどの咳き込みのおかげか邑榛は手加減をしてくれるようだ。
 それがムカついて、舌を絡めて吸った。
 噛み千切らない強さで愛しさから舌を甘噛みする。
 邑榛の目が面白そうに細まって、最高にいやらしい目で俺を見た。
 何度もお互いの呼吸を奪うようなキスをする。
 邑榛の歯に舌を沿わせれば鋭くなった犬歯が舌の表面を切り裂いた。

 口の中を満遍なく鉄錆の味が満たしてから、どちらからと云うわけでもなく、相手を貪る事を止めた。

「―――…っは、清雅ちゃん、すんげェ気持ち良さそうな顔してるよ?」
「ふん、お前も同じ顔をしているくせに」
「ははは、そうかもね」
 邑榛が、俺の上で伸びをした。
 揺れる硬質な絹。その合間を縫うようにして伸びる白の木目細かい肌。
 その柔らかい肌にそっと舌を這わせた。そして、最も柔らかいところで、きつく痛みを感じるように吸う。
「んッ、」
 鼻に抜ける高音を拾って見上げれば邑榛が笑っていた。


「ふふふ。清雅ちゃん、―――お預け」
 そう云って邑榛が俺の上から退いた(まだ動けるなんて化け物か)。
「―――…は?」
「今日はね、悪戯の日なんだよ、清雅ちゃん」
「何を云って…」
「万聖節の前の日。悪戯とお菓子の日」
 俺の手が届かない所まで逃げた邑榛は、俺の衣の裾を閃かせて咲った。

「だから、これより先はお預けだよ、清雅ちゃん」
 くすくすと笑う。


「じゃーね」
 にこにこと笑いながら手を振って軽快に出て行く邑榛の後姿をみて、思った。

 ―――アイツ、悪魔だ。

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