悠久の丘で
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魔女っ子変身

「みんなおいで」
 そう云って呼ぶのは、大好きなマスターだ。
 まるで太陽のように微笑んでくれる。マスターが笑っていてくれればなんでも良い。そんな気分にさせてくれる、マスター。
「どうしたの、マスター」
 ミク姉とリンがマスターにじゃれ付く。
 後ろから来たバカイツは今日も阿呆らしくて、喧嘩の内容はやはり「アイスが美味い」「ハバネロが美味い」だった。
 もういっそどっちも撤去すれば静かになって良いと思う。

「もう少しでね、お祭りだから」
「お祭り?」
 そう。とマスターが微笑む。
「来るべき災厄から身を守るために仮装をする。そんなお祭り。だから、みんな仮装しようね」

 マスターは何処で手に入れたのか全員分の衣装を持っていた。
 つい最近増えたアカイトとがくぽの分まである。
「わぁ…ッ! すごい! 可愛いねっ」
 そう言ってはしゃぐミク姉やリン、物珍しそうに見る兄さんや赤いのをマスターがとても優しい目で見ていた。
 俺はそっとそのマスターに寄って行ってズボンの裾をきゅっと掴んだ。

「マスター」
「うん?」
「本当にそんなお祭りあるのか?」
 マスターは優しく笑った。
「―――本当はね、いなくなっちゃった人が帰ってくる日なんだよ。だけど、いなくなっちゃった人とは一緒にいられないから、誰だかわからないようにするお祭りなんだ」
 レンは、嫌?
 マスターが優しい目で問う。
 俺は首を振った。
「ううん」
「それなら良かった。レンの分もちゃんと衣装を用意してあるよ」

 嫌なんかじゃない。
 だけど、何故かマスターが寂しそうな目をするから。
 だから、何か不安になっただけなんだ。

 ―――それだけなんだよ。


  *


「あははッ、めーちゃん可愛い」
「あら、ホント? そう云われるとなんか嬉しいわね」
「リンはー!」
「ミクはー!」
 マスターが、着替え終わった面々を見て、楽しそうに笑った

 女性陣はみな、魔女。
 黒を基調としたドレスのような衣装。それに大きなとんがり帽子。
「みんな可愛いよ。やっぱりそっちを選んでよかったなー」
 マスターが楽しそうに笑う。
 俺は着替えた衣装にくっついていたふさふさの尻尾と耳をそっと撫でた。
 リンたちが一貫して魔女の衣装なのに対し、こっちはバラバラだった。
 唯一兄さんとアカイトの衣装が一緒なだけ。

 茄子が吸血鬼。
 バカイツが悪魔。
 そして俺が狼男。

 たぶん、マスターの趣味なんだと思う。
「よし。じゃぁ、お祭りを始めようか」
 そう言ってにっこりと笑ったマスターを、めーちゃんとミク姉がにやりと笑った。
「あら。マスターは何も着替えないつもり?」
「衣装、ちゃんとマスターの分もあるんだよ!」
 え、と驚いたようなマスターの顔を見て、なんとなく、これまでの経験から先が読めた。

 きっとアイツだ。
 ―――成玲。

「え、ちょ…」
「いいから、いいから。マスターが着替えてこなくちゃ始まらないんだよ!」
 ミク姉が、ぽんっとマスターの背を押した。
「マスター早く、早く!」
 リンまでそう言ってマスターをドアの外に押し出す。
 極め付きはめーちゃんだった。
「あ、別にマスター。此処でみんなに着替えを見られたいって言うなら別よ?」
「着替えてきます」
 即答だったマスターをちょっと残念に思うけれど、なんとなくめーちゃんの意図がわかったような気がして小さく笑った。


「ねェ、めーちゃん」
「あら、なぁに?」
「何か知ってるの?」
 長身の魔女はくすくす笑った。
「知ってる、と言うほど何かを知ってる訳じゃないわね。レンは何か思ったの?」
「―――思ったってほどの事でもないよ」
 めーちゃんの真似をしてそう言ったら、生意気、と言って笑われた。
「まァ、なんにせよ、マスターにあんまり元気がないのは気にすることじゃないわ」
 きっぱりと言い切って、スリットが深く入った足を肩幅に広げるから太ももの辺りまで脚が見えて視線をそらした。
 それを目ざとく見つけたアカイトがにやにや笑うけど、お前も早く視線をそらしておいた方が良いぞ。下からそっと兄さんを伺えば、やはり同じ行動。
 その後ろのがくぽは、まずめーちゃんの脚すら見ていない。
「ふふふ。アカイト罰金ね」
「はァ!?」
「文句言わない。見たでしょ」
 めーちゃんの後ろでリンが小さく笑う。
 ミク姉はもう今更だ、と云う顔をした。


 だって、この家で1番強いのはマスターだけど、
 この家で1番怖いのはめーちゃんだもの。


「―――因みにめーちゃん」
「なぁに、カイト」
「マスターに渡した服ってどんな服?」
「牧師よ。だってこんなに悪魔とかそんなのが居たら…ねェ?」
 その笑顔で悟った。
「めーちゃん」
「うん?」
「また俺で」
「考えておくわ、レン」
 小さくガッツポーズを作って、まだめーちゃんやらミク姉やらリンやらが何をしているのか良くわかっていない面々を、可哀想なモノを見るような目で見る。

「なんの事だ?」
「さァ…?」
 訝しがる悪魔(性格そのものだ)と吸血鬼(お前なんて茄子で充分だ)。
「おいレン」
「ん?」
「十七夜月になんかしたら絞める」
「俺がマスターに何かするわけないだろ」
 するのは俺じゃなくてめーちゃんとミク姉とリンだ。
「そうそう。十七夜月は俺のモノなんだからな」
 黒い悪魔の服が本当に良く似合う。
「あ、アカイト、マスターは誰のものでも…」
「うるせェ」
 そして兄さんの服は白の悪魔。
 これもこれでよく似合う。
 仮に逆だったら噴出しそうになるのを堪えてとんでもない状況になっていたはずだ。
「それは違うぞ、パプリカ」
「俺は入ってねェ」
「そして俺はパプリカじゃねェ、この茄子」
 茄子、と云ったアカイトが腰に手を当て面倒くさそうに紫を見るが、紫は気にした様子もなく続けた。

 ―――間違いなく、聞こえてないな。

「十七夜月は私のものだ」
「違ェよ」
 寝言は寝てから言ってくれ、とはいつの時代も云われる言葉なのだろうか。
 まさしくそんな気分だったが、それよりももっとそんな気分だった人が、茄子と唐辛子の後ろに居た。

「―――俺はどっちのモノでもないと思うんだよね」
「マスター、お帰りなさい!」
 兄さん、このわんこめ。
 1番に駆け寄っていった兄さんを、そうやって心の中でだけ罵倒して、ハロウィンというらしいお祭りが始まった。


 どこで仕入れたのかよく知らないが、ハロウィンの概要を知っていためーちゃんが、「お菓子をもらったら、くれた人に悪戯しなくちゃいけないのよ」なんて云って、マスターは散々悪戯された。
 アカイトが「十七夜月、向こうの部屋で散々悪戯してあげるから」と云ったらめーちゃんに教育的指導を入れられていた。
 なんでも、見るのは面白いけどあたしのネタを奪わないで、だそうだ。
 なので、ソフトな悪戯をして、めーちゃんに褒められた。

 そんなこんなで10月31日は終わったのである。


  *


「…おい、めーちゃん」
「なにかしら、マスター」
 めーちゃんが涼しい顔で此方を見た。
 今は例の如く原稿のチェックの時間だ。
「あの時やけにキスマーク付けられたのはコレのためか」
「それのためよ」
 きっぱりと云われた言葉には流石に凹む。
「―――大体なんだ、レン攻め、アカイト攻め…ぁ、がくぽはギャグなんだな」
 マウスを操作しながら呻く。
 字面だけ追っても、やはり俺があんあん鳴いてレンとか(まだ14歳だぞ、アイツは)に脚を開くこの小説にだけは慣れない。
「しかも今回も俺攻めはないのか!」
「ないわよ。だってマスター可愛いじゃない」
「可愛くない」
「第一あの日、あれだけぐったりしてた理由、どうせ新曲作ってて前日寝てなかったからでしょ」
「―――っう」
 痛いところを突かれた。
 ソファに枝垂れかかっためーちゃんがくすくす笑う。
「マスター」
「あぁ」
「出して良いわよね?」

 Yes,と、云わざるを得ない俺が、本当に不憫だと思った。
「い…Yes…」
「はい、ありがと、マスター」
 本当に楽しそうなめーちゃんの笑顔が、目に痛かった。

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