悠久の丘で
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空の宝石

 軍人だったら浮かれ騒いじゃいけないのか?
 そんなの可笑しいじゃないか、だって、オレらだって人間だもの


  *


 誰もいない部屋があった。
 さびしく置かれた長机は所在なさげに闇に包まれた部屋の中で、その上に蝋燭を乗せた燭台と共にあった。


  *


 カツリカツリとブーツの底が鳴る。
 外には雪。

 珍しいホワイト・クリスマスだってのに、軍部には飾り1つない。

 そんな味気のない廊下を歩いて、途中でクロユリは止まった。
「ねぇ、ハルセ」
「なんでしょう、クロユリ様」
 この小さな上司の顔が楽しそうなのには理由がある。手に抱えた少量の荷物をぎゅっと抱きしめて笑った。
「クリスちゃん、喜んでくれるかな?」
「…えぇ、きっと」
 クリス中佐が喜ぶかなんて目に見えてわかるが、それでも一応言葉を濁しておく。確かに裏表ないその柔らかな性格は誰の目から見ても好ましかったが、絶対、というには自分の階級が低かった。
「味気ないもんね、ここ。せっかく…雪も降ってるのに」
 言われて外を見上げればチラチラと空から舞い降りる白の冷たい物体。少しロマンチックに言えば「空の宝石」とでもいうのだろうが、生憎そんな言葉をかける相手はここにはいない。
「クリスちゃんがね、今日はご飯作ってくれるんだって」
 正しくは、クリス中佐とカツラギ大佐が。
「クリスちゃんのご飯、美味しいもんねー」
 楽しみだね、と言って微笑む。
 この小さな上司はいつでも楽しそうで、だが感情の波は驚くほど幅広く、そして見ていて実にほほえましい。

 直属の上司だとこんなにも愛着が沸くものなのか、同僚…なんであろうコナツに聞いた事があったが首を左右に振られた。
「なァに言ってるんですか、ヒュウガ少佐に愛着ですって? だったら僕は書類に愛着を感じますね」
 常に書類から逃げ惑うヒュウガ少佐付きのベグライターである彼は、何かの冗談のように笑い飛ばした。だが、その後に本人が気付いているのか気付いていないのか小さな声で付け足された言葉には、やはり微笑んだ。
「…まァ、出来の悪い子ほど可愛い、とか、世間では言いますけど」
 要は、気に入っているのだろう。

 吹雪には、なっていない。
 ちらほら窓の端から凍らせていく雪は、見ようによっては桜の花びらに見えないこともない。
 どこか冷たい春の風に吹かれて儚く散っていく、そんな桜に似ている。
「クロユリ様」
「なに、ハルセ」
 身長差が恐ろしいほどある上司に腰を折って、上司は足を止めて。
「少々急ぎましょうか、中佐がお待ちでしょう」
「…うん、そうだね」
 上司の持っていた荷物は彼が持つようでそのままに、彼を肩に乗せて立ち上がる。
「…ハルセ、良いね」
「何がでしょう」
 肩に乗ったところで彼の頭が天井につく事はない。肩車をする事を見越したのか、そうではないのか、この建物は大概天井が高い。いつもの定位置におさまった彼に最大の注意を払って歩き出す。
「背が高くて、クリスちゃんよりも高いよね」
「…まァ、中佐はアヤナミ様と大してお変わりないですからね」
 さして高いほうではない彼よりは確かに背が高い。

 だが―――…

「背は、関係ございませんよ、クロユリ様」
 貴方は護りたいのでしょう、彼を。
「クリス中佐はお強い方ですが、支えをなくしては強くもなれないでしょう」
 彼には、軍部を嫌う理由があるのだから。
  本当はここを歩けないくらいに怖くて、目をつぶって一歩も踏み出さず耳をふさいで。
「僭越なことを申し上げましたが、クロユリ様も…」
「わかってる」
 小さな上司を自分はいつまで支える事が出来るのか、少し不安になった。
「わかってるよ、ハルセ」
 心優しい上司の傍にいつまで…
「クリスちゃんはいい子だもんね」
 軽く笑んで特にコメントはつけない。確かに彼は穢れない方ではある。
 だが、彼の性質は人に狙われやすい。それでどれだけ彼が傷ついていようと、人はそんな事おかまいなしだ。

 使い魔でどれだけ大事な人をなくそうとも、人々に価値があるのは彼の、能力。
 彼がどれだけ忌んだか知れぬ、その武器。


「ハルセっ」
「はい、クロユリ様」
「急ごう、クリスちゃんのトコに」
 軽く髪を撫でられた。撫でるというよりは引っ張る、に近いそれにも笑みをこぼす。
「心得ました」
 自分は、一生この上司の下で過ごすのだ、それが望なのだから。


  *


「…コナツ」
「駄目です、クリス中佐には会わせません」
 何も苛めているわけではない。
 滅多に使われることがない執務机が本来の意味を持って使用されているとなんだか変な気分にもなるが、きっぱりと言い渡す。
 こういう時に力を抜くから舐められるのだと、何かの本に書いてあった。
「なんでよ、酷い」
「えぇ、この部屋の状況ですよね?」
 なんの事を言っているのかくらい理解しているが、こちらも1歩も引かない。ここで引いたら間違いなくこの書類たちは年内に終わらない。そして同じように新年が始まってすぐ、クリスに触れさせろと騒ぐ上司にやらせるのだ。
 机の上には言ってもやらず、逃げ出す上司が溜め込んだ書類が冗談ではなく積まれている。
 両脇にそびえる高い山はいっそ上司を飲み込むくらいに高く、少しいびつに曲がっている為、正直、いつ本当に上司を飲み込むかわかったものじゃない。
「終わったら中佐に会わせて上げます。それに今日はクリスマスパーティーを行うそうですから…」
 キラリと輝いて、なんとなく悪戯に光り始めた彼の両眼を見て、さくっと釘を刺すのも忘れない。
「ヒュウガ少佐の書類が終わったら参加しましょうね。終わるまではこの部屋から出しませんから」
 目に見えて上司が凹んだ。
「ただ単にヒュウガ少佐が書類を終わらせればいいだけですよ」
 そうは言ってもあまりペンが進まないのも人間だ。

 だが、そういう時(主に常)を見越して、もう1つ手持ちの情報がある。

「あ…ヒュウガ少佐」
 それは実に彼の心理を上手く突いたもので。
 にっこりと笑って言ってやった。
 その際にふいに、同僚のハルセから問われた「上司愛着説」を思い出して笑って、大して聞く気がなさそうなヒュウガ少佐に言う。

「今クリス中佐、アヤナミ様とお待ちですから」

 上司の、急にスピードの上がったペン先を眺めて、にやりと笑った。


  *


 カチャカチャと器具が鳴る。黒髪のこの同僚兼部下は、実に楽しそうな表情で軽量カップを使って酒を量っていた。
「クリス、そこまで細かく計算しなくても大丈夫だ」
「…ん、了解」
 今回の料理担当になった身として、それを言うのはどうかとも思ったが、一応言っておく。
 別にクリスの腕があればあんな風に量るよりも感覚で味付けをしてしまたっほうが美味しい事だってある。
 間違いなく、まずくなる事はない。
「大佐、準備オッケー」
 明るく笑うクリスを見て頭を撫でて、よくもこれほど素直に、と思う。
 軍部に良い様に扱われ、そしてこの部隊に引き抜かれた。卒業試験では彼以外の生徒は実力を見ることが出来なかった。
 彼の班は死者、怪我人、共に0だった。
「なら始めるか」
 クリスは笑っているが、その身に宿された力のせいで、泣きたい事だって沢山あっただろう。


 彼は、家族を含み友人の殆どを使い魔によって亡くしている。
  ―――…彼の元に集った使い魔によって。


 それでもクリスは笑う。
 この部隊に来て泣いているところを見たのは数回だ。
 本来ならいたくもないだろう軍部に籍を置いて、それでも笑う。
 上層部は彼に消えない傷をいくつも残し、そして生きている。

 じゅうっと、人参の切れ端を落とした油が音を発した。小さな音でこの人参が浮いてきたら適温になる。
 誰だかがリクエストしてきた鶏の唐揚げ。
 クリスは向こうでケーキの飾り付けをしている。生クリームで細かい細工をしていく彼の背中を眺めて、それからバットに並んだすでに下味のついた鶏肉を見る。

 よく、人の死体を見た後は肉が食べれなくなるらしい。

 そんな事をふいに思い出した。
「なァ、これってなんて書けばいい?」
 これ、と言われて振り向けばチョコレートの板を持っていた。
「なんて書くって…」
 ぱっと思いつくものがなくて悩んでいるうちに人参が浮上してきた。人参を菜箸で取って、今度は鶏肉を油に沈める。
 それ以外の細工は終わったのか、チョコレートを置いてクリスが肩越しに油を見た。
「なんて書こうか、なんか定型文句かなんか、ある?」
「なら…」
 ちょっと考えた。そして、ふいに浮かんできた言葉を口に出す。
「聖誕快楽、なんでどうだろう」
 クリスは首をかしげた。
「…どうやって書くんだ?」
 言われたので空に書いてやる。
「…どこの言葉?」
「はるか昔の国に、中国、という国があったらしい。そこでは…クリスマスをそう書くんだそうだ。サンタクロースの話にも元がある」
 サンタクロースは…と続けるとクリスはどこからか椅子を持ってきて座った。


「『ある貧しい男が愛する娘を嫁がせようとしたが、持参金がなく途方にくれていた。それを知った聖ニコラウスが煙突から金塊を投げ入れると、金塊は暖炉のそばにぶら下がっていた靴下の中に入った。翌朝金塊を見つけた男は、大喜びで娘を嫁がせた』」


「その、ニコラウスって人がサンタクロースの元?」
「そうなるな」
 へェー、と楽しそうに言うとクリスはとりあえず椅子をかたしてすごいな、と言った。
「…何がだ?」
「いろんな事、知ってて。じゃァ『聖誕快楽』って書いてくる」
 まァ尤も、とクリスがあちらに向かって集中しているからこそ思う。

 間違いなく、ヒュウガは卑猥なほうに捉えるだろう。

 ふと窓に視線を向ければ雪が舞っていた。小さな小さな雪の結晶が、絶え間なく降りつもる。


  *


「すごいねー」
「ほら、ヒュウガっ! 運んでるんだから邪魔だァー!」
 料理を見てはしゃぐクロユリとクリスに抱きついて怒られるヒュウガ。
「…賑やかなものだ」
 長机の1番奥には銀の髪が座った。
 運びこまれる料理の数々にわずかに眉をあげて、それを準備したカツラギを見る。
「そうですね、アヤナミ様。ですがこんな席もよろしいかと」
「…そうだな」
 目元が和んで見えたのは、恐らく見間違えではないだろう。部下の1人が薄く唇に笑みを象る。
「聞いてくださいよ、ヒュウガ少佐、また書類溜め込んで!」
 そう言う部下も、楽しそうに笑っている。
「あれ、ヒュウガ終わるまでこないんじゃなかったっけ」
「終わった!」
 褒めろ、と言わんばかりに胸を張った部下の頭をを、部下が叩いた。
「バカ、いつもやるんだよ」
「なんでよ、クリスちゃんが冷たいーッ」
「クリスちゃん、こっちこっち」
 そして部下が呼ぶ。
「んー…? あ、クロユリ可愛いー!」
「はい、クリスちゃんに。プレゼント」


  *


 すっかり騒がしくなった部屋には蝋燭が灯された。
 もう、淋しくもないだろう――――…


 メリー・クリスマス

 そう言って、この日を祝福する人がいる。

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