悠久の丘で
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水の都と赤と緑

 望んだってかなわないなら何も望まないのに。

 ただの気まぐれだと言いたかった。言えなかったのは誤魔化しようがないくらいに頬を伝ったこらえ性のない涙のせいだ。



 水の都と赤と緑



 季節はかろうじて冬。
 基本的な四季はない”偉大なる航路”であっても、流石にクリスマスという行事には浮かれるようで、それは此処水の都であっても変わる事はなかった。

「クリス」
「何、呼んだ?」

 だが浮かれ騒ぐ前に1年の終わりの季節でもある。
 優秀な船大工の多いこの町では、かろうじて12月24日に休みがもらえるとはいえ年内に終わらせる仕事が山積みになるのがこの季節。
 男たちは変わらず働き続けていた。

 すでに最終段階に入りつつある船の、高く据えられたマストの上。足場が危ういその場所から綺麗にまっすぐ伸びた髪が揺れるのが見えた。
「今、手は空いておるか」
「ん…、うん。パウリーもいるし大丈夫だと思う…けど」
 相手の言葉に薄く笑んでそうか、と頷いた。帽子をいくらか目深にかぶり太陽を背に背負う彼に笑みかける。
「なら、こっちに来てくれんか? 少し人手が足りないんじゃが」
「うんッ」
 元気の良い返事の後、クリスはそのまま見張り台に足をかける。
 飛び降りるまであと数秒、というところでクリスを引き止めた腕があった。
「…このッ、馬鹿」
 逃げる事を考慮してか腰の辺りをガシッとつかまれて、バランスを崩し見張り台の中に転がり込んだクリスよりいくつか高い頭。
 多少くすんだ金色の髪を持つ男は相も変わらず煙草をくわえていた。

「阿呆か、お前は!」

 ごんっとやや痛そうな音を発した彼の頭と拳を自分が発端だとは言え、どこか笑いそうになりながら腕を組んで待つ。
 それは、怒られたほうが身のためだと同じように考えるからか、ただたんに怒られたクリスを慰めたいだけなのか良く分からなかったが、とりあえず待つ。
 そうしている間にもパウリーの怒声は止まない。

「こんなアホみたいに高い場所から飛び降りて無事でいられるのなんてカクくらいだ! お前は足を折るつもりか!!」

 さりげなく大声で悪口を叩かれているような気になって唸った。
「…言外にワシは馬鹿にされてるのかのう?」
 好意を持って解釈した所で、良い意味にはなり得ない。例えそれが彼の心からの心配で出た言葉だとは言え、あまりいい気にはならないというものだ。
「なんじゃ、そこから飛び降りれるワシはアホみたいじゃないか」
「見張り台から飛ぶのは禁止だ」
「…えぇッ」
 そして大げさに驚いているクリスを見る。


 長い袖の上着の着用を命じたのはパウリーだ。以前彼の弱い肌が強い太陽に焼かれて火傷のようになってしまった事に由来する。
 同じく長いジーンズ生地のズボンを履かせたのは、両方だった。
 パウリーとカク。
 ある意味危ない思考の導きによって彼は夏島には厳しい服装を強要されていたが、所かまわず、濡れるのも厭わず水路に落ちるので、特に文句がでる事はなかったが、そんな服装だからこそ時折覗く肌がまぶしい。


 まァ、その物言いも理解できる。出来るからこそ大声にしては突っ込まない。

「…それにしても」
 他の職人たちの視線を無視したのか気づかなかったのか、組んだ腕の上を指で叩いた。
「パウリーの溺愛ぶりには困ったものじゃのう」

 クリスは3度拾われていた。

 1度目は彼が愛した海王類。
 2度目は背中を袈裟懸けに斬られ瀕死状態だった時に岩場の岬でパウリーに。
 3度目は病院から抜け出し海王類の待つ岩場の岬に出たはいいが倒れ傷口が開いてカクに。


 露出の高い女性を見ればやれ破廉恥だ、と喚くパウリーにしては、クリスをやけに溺愛している。
何しろ病院から抜け出した時に睡眠不足すら厭わず広いウォーターセブンを駆けずり回ったほどだ。
 その時の様子を思い出すとどうしようもなく喉の奥から笑いが込み上げてきて、忍び笑いを漏らす。
 当のクリスを抱いて家へと運んでいたカクに、喧嘩でも売る勢いで掴み掛かってきたパウリーなど、滅多に見れるものではない。

「…だってそうしたらカクのとこに早く行けない」
 はるか上空から小さな、だが、一生懸命な抗議の声が聞こえて、なんとなくカクにとってはそれだけで良くなってしまった。
「ンなに行きてェなら、…ちゃんと最初と同じ方法で降りろ」
 パウリーもこの島で1番幼い船大工には豪い弱く、煙草の端をかみ締めながらそんな事を言う。
ムスッとするがそれでも行かせる気はあるようで、後ろを向いた不機嫌な背中にクリスは声を漏らさないように笑った。
「大丈夫、怪我なんてしないから」
 答えにはなっていないが、クリスは再び見張り台の上に足をかけた。パウリーの背を見たまま立ち、その不安定な体を支えるためには手を伸ばさない。
「…は」

 言葉に不信感を抱いたのかパウリーが振り返った時。
 クリスはにこにこ笑いながらパウリーに手を振りながらそのまま後ろ向きに…落ちた。

「…っ、クリス―――…ッ!?」
「なんじゃ、結局その方法で降りて来たのか」

 ガッと見張り台の柵を握るパウリーと上空を眩しそうにして見上げるカク。
 いい加減その様子は見慣れてるとはいえ、やはり心配な職人たちはハラハラと作業も知らずの内にとめて上空を見つめた。

 クリスは、というと途中で作業用に下がるロープをつかみ見事な軽業で怪我もなく地面に足を付けていた。
「だから言っただろ! もう、パウリーとカクがいるところで怪我なんかしねェもん」
 威張るように高々とブイサインを掲げ、パウリーを挑発するかのようにニッと笑ってみせる。
 その姿を見て、思わずしみじみと言ってしまったほどだった。
「…おぉー、随分と成長したもんじゃな」
 まだクリスに出会って3年。
 だがピョン、と跳ねる様になった髪だけでなく、クリスがウォーターセブンに来た時に比べれば彼の身長も伸びた。
 元が小さかったため、まだまだカクやパウリーを越すような事にはならないが、この3年でクリスは時期職長といわれるまでにもなった。もともと手先が器用で、向いていたのだろう。
「カク、お待たせ」
「いや、待ってなどおらんよ」
 ごめんな、と顔の前で両手を合わせ方目を瞑られれば許せない事があるだろうか。首を左右に振って組んだ手を解き帽子のつばを上げた。

「くぉら、カクっ!」

 上空から怒声が響いて、クリスは舌を悪戯に出して耳を塞ぎ目を瞑った。その様子を見て笑い、太陽がまぶしいパウリーを見上げる。
「なんじゃ」
「てめェ、クリスに変な事するなよ!!」
「安心せい、お主じゃあるまいし」
 にやりと笑って耳を塞いだクリスの手の上に自分の手を重ね、あまり聴かれたくない事だったからそのまま耳を塞がせる。
 答えに詰まったらしいパウリーは肩を震わせていたが、その答えはやはり大声で返ってきた。

「毎日のようにクリスと寝てる奴にだけは言われたくねェ!」
「何を言っておる…」

 はァ、と溜息をついた。周りの職人たちの痛い視線が刺さるが、気にしない。笑ってその視線の矛先を変えることにした。
「パウリーとて、そうじゃろうが。それにワシは酔った時にクリスに傾れかからん」
 ハン、と鼻で笑うと職人たちの視線が一斉に真っ赤になったパウリーへと移っていったのが分かった。
 勝った、と小さくガッツポーズしてクリスの耳を塞いでいた手を離し手を引いて腰に手を回すと、もう言い返せなくなったパウリーに後ろ向きで手を振った。
「なァ、パウリーどうしたんだ? 顔真っ赤だけど」
「気にするな」
 クリスは気にする事などないぞ、と言ってにぃ、と笑ってクリスの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「アレはパウリーの自己責任じゃからな」
 決して嘘など言っていない、と胸のうちで笑った。
 酒を飲んで潰れて帰ってくればその酔った勢いでクリスに抱きつき、どちらかといえば体重の重いパウリーに襲われているような形で発見、という事も少なくない。
そのたびに一発頭を殴っているが、一向に治る気配も見えないのはバカなのか、敢えて、なのか。
 くすくす、と笑っていたらしい。

「カク、楽しそうだな」
「…そうか?」

 クリスに言われてようやく気付いた。問いかけるとクリスは真顔で大きく頷いた。
「うん、だって…」
 クリスの声にかぶさるようにして、急に大きな音がウォーターセブンに響いた。
 ガラーン、と大きな鐘の音が鼓膜を打つ。
「…ほぉ」
 目を細めて音のなる方向を見上げれば少し強く風が吹いて、隣のクリスの黒髪を巻き上げていった。ガレーラのあちこちで響いていた作業の音が順々にやんでいく。
「もう、そんな時間かァ」
「今日は時間が過ぎるのが早いの」
 1番ドッグでは、もともと休みがちだった手が完全に止まり始める。チラリとパウリーの方を見ると鐘の音を聞くのと同時に見張り台から降り始めていた。

 …また、無理じゃったか。

 小さく溜息をつくが、隣でパウリーの名を呼んで手を振っているクリスを見れば、それも言えなくなる。
 ガレーラに昼休みが訪れた。


  *


「あー、パウリー俺のご飯取った!」
「取ってねェよ、気のせいだろ」
「こら、その手はなんだ」
 カツンと皿とフォークが打ち鳴らされる。もうマナーがどうとか、という言葉を言う事は止めた。
 第一マナーの事をあげたらそれはクリスよりパウリーに文句を言うべきなのだ。
「クリス、今日も美味しいな」
 そして残された方としても、2人がマナーを丸っきり無視しているのに1人だけマナーを律儀に守っているのも疲れたのだ。だから自宅での夕飯はマナーなど一切無視になる。
 まァ、もっとも街の定食屋に行った所で食べ方が変わるわけではない。
 この街でマナーを必要として食事するのはアイスバーグさんとの食事会ぐらいのものだ。
「ん、ありがとカク」
「美味いぜ、飯」
 とって付けたようにパウリーも言うが、クリスの顔は嬉しそうなままだ。

 本日の仕事は終了して、今は夕飯時。
 クリスが夕飯を作り3人で食べるのが常だが、それは聖夜前日でも変わらず。
 いつものようにパウリーは1日の労いをこめて酒を呷り、カクは酔ったパウリーの魔の手がクリスに伸びないようにしっかりと見張りつつ食事をする。
 クリスはそんな2人の姿を見ながら食事する。

「後片付け、今日はパウリーだよな」
「おう」
「グラスとか、割るなよー」
 茶化すようにクリスが笑って言った。時計の針が段々と進みもう少しで12時を打つ。
「うっせ、言うほど割ってねェよ!」
「嘘付け、パウリーが殆ど割ってる」
 ねぇ? と同意を求められれば、少し飛んでいた意識を急いで戻して頷いた。
「…そうじゃな、クリスは殆ど皿を割らんし」
「カクも器用だからあんまし割らないし」
 ほら、と2人してパウリーを見ると、拗ねたように他所を向いた。良い感じに脳まで酒が回っている証拠。
「あぁー…もう、分かったよ。パウリー、もう寝よう? 洗い物は明日にしよう」
 そんな酔っ払いに洗い物は任せられなかったのか、そのまま机に突っ伏してしまいそうなパウリーの肩を優しく叩いていう。
 目配せされて立ち上がると、仕方無しにパウリーの脇の下に腕を突っ込んで立ち上がらせ肩を支えながら寝室へと向かう。
「よいのか、それで」
「うん、良いよ。別に洗い物くらい明日でも良いし…別に自分でやっても良いわけだしさ」
 だから、連れて行ってあげて、と言われてパウリーを寝室に落とす。ボスン、と布団が音を立ててパウリーの体が転がった。
「…くそ、もうクリスマスか?」
「……なんじゃ、起きておったのか」
「あぁ、一応…」
 そういう割には頭を押さえて眉を寄せている。大方二日酔いの苦しみでも味わっているのだろう。
 どうせ後はクリスが来るだけ、と布団に座る。で、どうなんだよ、と問われて腕時計に視線を落とした。
「あぁ、もうクリスマス…じゃな」
「なら…」
 パウリーがごろりと転がって体を起こしてガシガシと頭をかいた。
「クリスに何かやらねェとなー」
「そうじゃな…、と、クリスに怒られたくなければ寝煙草はするなよ」
「…お、おぅ」
 癖なのか取り出した煙草を見て、冷たく返す。それによってようやく気付いたのかパウリーは煙草をいそいそとしまうと天井を見た。
「…毎年悩んでるんだよな」
「そうじゃな」
 この季節はやはりというか、それ以外ではあまり悩まない。
 …なので、結局はクリス本人に聞く事にしている。
 ガチャリ、とドアノブが回ってドアが隙間を作ればそちらへ視線が注がれる。
「お待たせ、じゃ、寝よう」
 入ってきたクリスがベッドに上がると電気を消す。真ん中に彼を挟んで川の字に並ぶと、2人してクリスの方へ体を向けて髪をなでた。
「なぁクリス」
「何?」
「もうクリスマスじゃ、プレゼントは何が欲しい?」

 プレゼント、と言われてすぐに小さく耳打ちされた言葉に思わず噴出した。

「俺はね、ずっとパウリーとカクがいれば良いよ」
 じゃぁね、とクリスが逆に聞いた。
「俺は2人に何をプレゼントすれば良い?」

 2人してふふ、と笑った。そして狙ったわけではないけれど全く同じ言葉が口から流れ出る。

「クリスがいれば何もいらない」


  *


 メリー・クリスマス
 聖なる夜に祝福を―――…

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