悠久の丘で
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殴られた理由

「おい、十七夜月」
 などと呼ばれ、何事かと繰り返し呼ぶものだから折角急く向かったのに、彼の主が持っていたものば酷くその場に不釣り合いだった。

「…………それは、どうしたのか、な」
「十七夜月に似合うと思ってな! 京極堂に云って1着貰って来たんだ」

 何故かとても誇らしげで、目が褒めろと云っていた。手に持っていた衣装は此処に在ること自体が可笑しいのだと早早に気付いて欲しいのだが、この分なら一生掛かっても気付かないだろう。
「―――…これは、鳴釜の時の衣装…だな」
 あの、滑稽な女装を見たときの服装である。
 つい、懐かしいなぁなんて云ってしまって、うっかり子どものようなキラキラとした視線に苛まれた。
「―――それで、礼二郎?」
「うん」
「…まさか俺に着ろと云うのでは、」
 云ってから、心底後悔したとも。是、と云っているのと変わらないくらいに礼二郎の瞳が輝いたから。
「その通りだッ!」
 善く分かったな、なんて莫迦みたいな表情で楽しそうに、何処から見ても躁病らしいと云えば躁病らしい表情で、礼二郎は頷く。その力強さの半分でも秋彦達の居るところで見せてやれば少しは見直されるものだと思う。
「――――――…何故だ」
「僕がそう思ったからだ。他に何がある?」
「………いや、すまんな。そう云う事は凡その所予想はしていた」
 もう、此処まで予想通りだと驚く。相手をしているのが榎木津礼二郎だと云う事を頭に入れている以上、仕方無い事だとも知っているのだが。
「……ちなみに、何故俺なんだ、レイ。理由を明確にしろ、理由を」


 今更理解している。
 きっと、なんてモノではない。必ず、と云えるほどの高確率だ。


 礼二郎が、言い出したなら最期俺は着ざるを得ないのだと。


 ――――――だが、知っていても何も聞かず納得して着れるかと云えばそれはNOで。
 まだ若いときならまだしも、すでに自分も30の大台を超えてしまったのだ。少しくらいの躊躇くらい見せても文句は言われないと思うのだ。
 ひらひらして薄い布地。
 贅沢にも暖房が入っている此処ではまだ善くても、いくらなんでも寒いと云いたい。
 …………礼二郎が、それを聞いてくれるとも思わないのだが。
「僕はな、十七夜月。似合わない奴に…しかも、あんな莫迦な奴の似合いもしない女装が見たかったわけじゃない」
「ああ、俺も似合ってないどころか滑稽だったし、阿呆だと思ったさ。只の莫迦にしか見えなかったしな」
「だろう? 僕はだから十七夜月に着て欲しいんだ」
「だからって、」
「それとも十七夜月は僕に着ろというのか」
 うぐ、とその問いには詰まる。
 確かに、礼二郎が似合わないことは無いだろうがこれは明らかに俺サイズで仕立てられているらしい。広げて肩に合わせてみたことからでも分かる。自分で着れるサイズでないことを承知の上の行動だろう。

 ――――――そして、確信犯だ。コイツ。

 俺が、礼二郎の着る服に人一倍煩いのを知っていて。
「勿論、僕に着ろというのなら着るぞ」
 半ば脅しだ。本当に着ろって云わないことを知っていて。
 礼二郎がニヤニヤ笑った。
「どうするんだ。十七夜月」
「……お前、年年卑怯になっていくと感じるのは俺だけなのか。本当に俺だけか!?」
 ぎゃあと叫びながら、だが元より礼二郎が言い出したことを俺が撤回できるわけも無い。―――いや。出来るが、それが只単に俺があの服を着ればいいだけなら特に止める理由も見つからない。
「僕はどっちでも善いんだぞ」
 ふふん、なんて礼二郎が笑って。
「……レイの莫迦」
「十七夜月が着てくれるならそのくらいの罵倒、受けてたとうじゃないか」
 何処までもレイは譲る気が無いらしい。
 こうなってはもう俺が着ない方向で話が進展することは無いだろう。
 この辺りの引き際はいい加減礼二郎の傍に居て30年程になるので悟りきっている。そしてこうなっては梃子でも動かないことも承知済みだ。

「―――…ああ、クソ。あんまり甘やかさないのが今年の目標だったのに」
 甘やかしすぎだ、と幹麿様が云うから。今年こそ、目標を達成できるかと思ったのに。ついでに父様…神有にもからかわれる様にして云われている。

 ああ、と項垂れて頭を掻いた。
 毎度毎度の事ながら、それが合図となって礼二郎は本当に善い笑顔で俺に服を渡した。



  *



「――――――…ほう、」
 十七夜月が渋渋ながら着替えて出てきたとき、僕はそんな言葉しか云えなかった。云えなかったというよりは、浮かばなかったのだ。
「……何だよ。似合わないなら似合わないとはっきり云え。そしたら着替えられるだろ」
「嫌」
「…嫌って、なんだよ」
 たっぷりと余っている袖を所在無さ気に腕に巻きつけたりしている。
「俺もね、恥ずかしいの。もう30超えてしまったのだよ。20代ならまだしもな」
「似合うぞ」
「お世辞はいらん」
 本当の事だった。
 驚いて言葉を失うくらいには似合っていて、本当に吃驚したのだ。こんなに驚いたのは父親が神有と一緒にいるときだけは莫迦じゃないと知ったときくらいだ。
「本当の事だ」
「あー、はいはい」
 恥ずかしい、恥ずかしいと繰り返し口の中で呟く。
「これで龍一なんかに見つかった日にゃ、俺は軽く憤死できそうだ」
「安心しろ十七夜月。今日はマスカマは来ないぞ!」
「和寅でも一緒だよ」
「流石にあいつも此処に夜は寄り付かないと思うが…」
「知ってるけどさ。でも、見られたら嫌だろ」
「うん」
「―――…お前が俺の精神的羞恥をどれほど知っているのかは知らんが、同意ありがとう」
 がっくり肩を落とすものの、すでにある程度は吹っ切れたようだ。


 こうやって十七夜月が着ると可愛らしい―――…と、いうか、如何わしい巫女服を見て和む。
 ふははは、京極。頼んだって見せてやるものか!


「可愛いぞ、十七夜月」
「ノーセンキュー、だ」
「せっかく僕が褒めているのに」
「だからそこで賛辞はいらん」
 のらりくらりと。躱す、というのではなく只。

 只、恥ずかしいだけ。自分では僕の賛辞に値すると思ってもいないんだろう。

「本当に可愛いのに」
 呟いたら頭を掻いた。長い袖のせいで幅の広い袖がいっきに重みで二の腕までずれて、その腕が白くて思わず浮かんだ感情に口元を押さえる。
「ンぁ…? レイ? どうした?」
 お前は腕をしまえ、その細くて白い腕を!
「なんでも…ない」
「はァ? レイがなんか口に含んだ言い方するなんてどうしたんだ、熱でもあるのか!?」
 ―――僕は、お前の中でいったいどんな種類の人間なんだ、十七夜月。と云うか腕をしまえ、動くと胸元がチラチラ見えて如何わしいんだ、お前は!
 僕は早々にこんな服を着せた数十分前の自分が愚かしくて堪らなくなった。こんな、嫌な感じにおあずけは苦しいのに、あの、馬鹿。
 本当に京極なんかには見せられない。関も鳥ちゃんもマスカマも一緒だ。いさま屋にだって見せてやるものか。

 驚いたように元々近くに居た僕の額に手を添える十七夜月だが、僕より低い身長が災いして本当に僕が辛い目にあっている。背伸びをするのはいいが、お前は近いんだ、僕の額に手を置きたいのは分かったが、その密着は本当に勘弁してくれ。
 明日は出かけると云っていたのはお前だろう、十七夜月!
「―――レイ、熱は無いみたいだが…」
 ああ、知っているとも。熱が無いことくらい、僕だって承知の上だ。

 ああ、僕は本当に後悔していた。滅多に後悔なんてものはしないのに――そもそも後悔の文字は辞書に無い――僕は、今日本当に後悔していた。


「――――――十七夜月、」
 声が擦れる。
「ん…?」
「お前、どれだけ泣こうが喚こうが今回は十七夜月のせいだぞ」
「は?」
「文句は聞かないからな」


 そう云ってそのままの十七夜月を押し倒したら、十七夜月は僕が相手ということも忘れて――だが本当は確実に覚えていたと思う――思いっきりぶん殴ってくれた。



  *



「―――どうしたんですか、ソレ」
「煩い」

 お陰で僕は数日間、嫌な含み笑いと共に過ごさなければならなくなったじゃないか。

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