悠久の丘で
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薔薇十字探偵社の麗人

 何故か僕は、その麗人の存在に驚いた。何しろ、あの薔薇十字探偵社にかかわりのある人物だ。往往にして、つい常ならざる人物を思い浮かべて、押し開いた戸を見たのだが、そこから現れたものを見て僕は驚いた。
「―――…あれ、みんな揃ってどうしたというんだ?」
 そう云って入ってきた麗人は僕の顔を見るなり、1番戸の近くにいた益田を見た。
 榎木津も目ではないかもしれない。色素がやや薄い肌に片方の目だけを隠すように少し長めの前髪。だけどその前髪もなるべく左右に払われていて、特別何かを感じる事もない。そして黒の髪は長く、後ろできゅっと結ばれているようだった。目は大きい方だろう。少し榛がかっている。
「…あと、そこの人はどなたかな? もしかして、また礼二郎が巻き込んだとか…」
「違いますよ、十七夜月さん。あの人はうちの旦那の新しい奴隷志願者ですって」
 そう云って人の悪い笑みを浮かべて。態態この人、と示された手に何とはなしに噛み付きたくなる。
 それに十七夜月、と呼ばれた人は不真面目だね、君は。と云って僕へと向き直った。
「どうも、はじめまして。日紫喜十七夜月と云います」
 よろしくお願いしますね、なんて微笑まれた。
「ぁ、はじめまして…」
 本島です、と小さな声で答えたのには少しばかり訳があった事を理解して欲しい。
 だって此処は薔薇十字探偵社で。
 まさかこんな風にまじめな自己紹介する日が来るとは思ってもいなかったのだ。みながみな――特にリーダー格の榎木津が――好き勝手偽名で呼ぶのだ。それにならうようにつけられた偽名は、彼に初めて会った鳴釜事件以来、毎回数を増やしている。
 嬉しくもない、うなぎ登りだ。

 ―――だから、少し感動した。いや、かなり。本来名前は呼ばれるために在ることを僕の脳は忘れてしまったらしい。それほどまで、名を騙る羽目になった。それなのに、名を呼んでくれると云うことは嬉しいのだ、とこの人の声で、一瞬の内に思い出した。

「十七夜月」
 だけど差し出された手を握る前にこの事務所の主に十七夜月は声をかけられて。何故だかその声が少し不機嫌そうで僕はびくりとそろそろと伸ばした手を急いで引っ込めた。
 呆れたように振り返り、十七夜月は我儘を云う子どもを見るような眼で榎木津を見た。

 その対応を見るに、いつもの事なのだろうと予測がつく、が。

「十七夜月。何で帰ってきたのにすぐに僕の所に真っ直ぐ来ない?」
「はいはい、ごめんな。ンじゃ、すまないな、後でちゃんと挨拶に来るので」
 どうやら榎木津の言葉は至極まともに口から出た様だった。対する十七夜月も至って冷静な様子で、だが申し訳なさそうに頭を下げてから行ってしまった。
 そして周りも呆れたような、可愛そうなものを見るような目で十七夜月を見ていた。
「―――…まったく…、礼二郎に聞いても俺にわかるように話してはくれないだろう? だったらちゃんとわかる人に聞くのが筋というものじゃないのかね、神様」
 くすくす笑いながらそう云って、決して嫌ではなさそうな表情で近寄っていく。所詮、いつもの事だということだろう。
 途端膨れ面をして見せた拗ねた様子な榎木津だったが、十七夜月は気にせずその明るい頭を撫でた。

「―――…む、」
「ただいま。遅くなって悪かったな、レイ」
「遅い、十七夜月」
「うん、ごめん」
「僕は淋しかった」
「うん、知ってる」

 周りはみな揃って苦虫を噛み潰したような顔をして、必死にそれを視界に入れないようにしいるらしかった。
「だ……誰なんですか、あの人」
「大学の同期生だよ」
 そう答えたのは古書肆である。
「―――大学の、同期生…?」
「ああ。僕と一緒だった。榎さんはその1つ上で、十七夜月は関口とも同期だな」
 ――――…ようするに、あの人も30を越えているのだろう。まったくそう云う風には見えないのだけど。
「それだけじゃありませんよ」
 後を次いだのは探偵助手だった。なにやら面白くない顔をして肘を付いている。

「あの人はね、うちのと幼少の頃からの仲だそうで。小さい頃からずっと一緒ッてぇ事ですわ」
「―――…十七夜月は、私と位置が似てるんだよ」
 よく持つ、なんて唇だけで云った益田をたしなめる様に云ったのは和寅だった。
「似ている、とは…?」
「十七夜月のお父上が幹麿様の護衛係…っちゃぁ変ですけどね、護衛係みたいなもんなんですよ」
 何しろ、その為に雇われたって話だ。
「ご…、護衛…?」
 今のご時勢に、ですかと乾いた口で問えば君は莫迦だなと中禅寺に笑われた。
「十七夜月があの家に来たのは確か3歳だか4歳だかって話だ」
 そのとおり、と和寅も頷いて、
「戦争が起こる前―――…から、ずっと、十七夜月は幹麿様のトコにいたんだ」

 戦争―――…、

 和寅は何処を見るとはなしに、あれは酷いものだったなァ…と、呟いた。
 こうして無事生き残って邦に帰れた人間がどれほどいたのかと、正確な数値はわからないが、こうして此処にいることですら奇跡に違いないのだ。
 深く項垂れて見える中禅寺が、向こうで酷く甘えたを装っている探偵や、それを優しい表情で甘やかしている使用人――に入るのかねェ、と和寅は首をしきりに捻っていたが――が、此処にこうして居ることが奇跡。
 あの、ついていない小説家にしてもそう。


 ふ、と。
 あの探偵は赤紙に招集されたのだろうかなんて、思った。


「本島君」
 中禅寺が、ふと僕の名前を呼んだ。
 そして、面白い事を教えてあげよう―――と云った。
「十七夜月の特技はね、誘拐されることなんですよ」
「へえ……………、え!?」
「誘拐されること」
「…はい?」
「だから、誘拐されること」
 君も物分かりが悪いなぁ、と呆れた様に云う中禅寺の科白こそが悪いのである。

 何処の世の中にそんな、誘拐されるのが特技だなんて…、そんな非常識な人間が…、


 益田の顔を見た。
 和寅の顔を。
 そして、発言者の中禅寺の顔を。

 皆が皆、嘘を吐いているような顔ではなかった。
 中の幾人もが苦りきった顔で、ため息を吐いている。


「―――本当、なんですか?」
「ええ」
 益田が、大袈裟なくらいがっくりして頷いて見せた。
「あの人、しょっちゅう誘拐されてますよ」
 あの見目ですからねぇ、と面白くなさそうに呟いて、
「榎木津さんのかわりに誘拐して、例え間違ってたって、あの顔なら良い値段で売れる」
 只の莫迦野郎ですよ、只の、と云って、益田ですら嫌悪感を丸出しにしている。
「まァ、勿論榎木津さんにぼっこぼこですけどね」
「―――…ぼっこぼこですか」
「当たり前でしょう。ぼっこぼこです」
 中禅寺も加えて云って、その誘拐犯に少し同情を覚えるがそれも同情の余地もないだろう。
「まァ、鳥口さんも参加しますよね」
「―――…するね」
 鳥口とはきっとあのカメラマンの事だろう。
「何より、十七夜月がいなくなったらこの事務所は崩壊しかねないだろう」
「ほ…崩壊!?」
 そんなに大きな話だったのか、とぎょっとするのだが。

 益田も、
 和寅も、
 酷くため息を吐いて頷いた。

「崩壊…なんかしちゃうんですか………?」
「ええ」
 さらりと云った中禅寺はいたって普通だ。
「十七夜月には特殊能力があるんですよ」
「は…? え、そういうの信じてないんじゃ…」
「勿論でしょう、莫迦莫迦しい」
「なら―――…」
 そこまで云って、中禅寺は気付いたらしい。


「ああ。特殊能力と云っても、物を浮かせるとか人の心が読めるとかそう云った類ではない」
「はぁ…」


 なら何なのだ、と。
 聞く前に探偵助が何故か観念したような顔で、すっかり周りを無視して何かを始めたらしい探偵を決して振り返らずに、手で示した。
 何故だろう。向こうではちょっと、とかおいとか聞こえる。
 だけど、それを確かめるために振り返りたくない。

「善いですか、本島君」
「は…、はい」



「十七夜月さんはですね。あの、榎木津礼二郎閣下に云うことを聞かせられるんですよ」



 ―――云っていることが、一瞬分からなかった。
「は……い?」
「あっはっは、普通そうなりますよねー」
「でも実際そうですから」
「本当に残念なことにね…」
 各各好き勝手に話す。すっかり本人を目の前にしていることを忘れ去ったかのような言葉に内心冷や汗も出るのだが、あの躁病探偵の遮るような声は聞こえない。
 それが、少し異様に思えた。

「―――…あの、」
「何ですか?」
「えーと…」
「だから、」
「その…ですね、肝心の榎木津産は何やってるんですか」
 そう云い終わる前に、その座は一瞬にして恐ろしいものを見るような目付きに変わった。さっきから一向にそちらを見させてもらえない僕としてはいい加減後ろから聞こえる声に好奇心を掻き立てられてしまって酷い状態なのであって。

 いい加減、だめだ、とかこらとかそういった声の出所を知りたい。

「……ッん、ちょっと、レイってば…ッ」
 急にしんとした為か、はたまた意識していたせいかやけに大きく聞こえた言葉は常の会話にしては何かが違っていて。
「うん…?」
「…っん、ぁ…、礼、次郎…ッ」
 手を入れるなとか何とか。

「見ない方が、身の為だと思いますよ?」
 そう、仏頂面の中禅寺に云われるのだが、それでも気になるものは気になるものであって。
 そう云うと、中禅寺はため息を吐いて、ならば見て後悔しても知らないと告げた。
 そんなに見たら後悔するようなものなのだろうか。そんなモノが適当なところに放り出されていていいものなのか?
「まァ…、そこは榎木津ですからね」
 よく分からない事を云ってそれでも見たいならどうぞ、と中禅寺は云った。


 好奇心に負けた僕はそこで後ろを振り返った訳だが――――…、僕にはそれ以降の記憶が無い。



   *


「あーあ。またやりましたね、旦那」
 益田の呆れたような声。
「見たいと云った者にちゃんと忠告はした。だいたい十七夜月がどんな状況になってるのかも、それを見たらどうなるのかも、1度体験してるのだから知っているだろう」
 僕のせいじゃない、と云った中禅寺はそれでも多少の責任を感じてか、倒れた本島の額に冷やしたタオルを乗せる。
「あ―――…、すまんな。秋彦」
 そのすぐ後ろで困ったような顔で頭を掻いた十七夜月は本島に視線を落とした。そして不貞腐れたような顔をして和寅を困らせている榎木津を振り返る。
「大体レイ。俺は人がいる所は嫌だって云ったじゃないか!」
「だって十七夜月、最近相手してくれないじゃないか」
「疲れてたんだよ。あんなに嫌って云っただろ? 可愛そうに倒れちゃったじゃないか、本島くん」
「ふうん」
「―――…ふうん、じゃ、なくてな。ったく、俺は恥ずかしいの、今後一切許さないからな」
 バカップルのような会話を繰り返す十七夜月と榎木津をなるべく視界に入れないようにして、益田と中禅寺はため息を吐いた。

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