悠久の丘で
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彼の日常とは往往にしてそうなのだ

 高校には幾人か有名になってしまう人間がいたのだが、その中でも抜きに出て有名になってしまったのが榎木津礼二郎。父が子爵だった事、そして華族制度が廃止された今ですらその財は伸び悩むどころか逆に順調に伸びているのだと云えば、有名になっても仕方あるまい。息子が眉目秀麗であれば尚更の事で。ましてやその眉目秀麗さは周りの常識をことごとく打ち砕いていくのだから、破壊力が強すぎる。

 そして―――…榎木津礼二郎に繋がって本人にとっては誠に迷惑な事に、日紫喜十七夜月も、有名且つ噂の的になってしまったのである。







「十七夜月十七夜月」
「…どうした、礼二郎」
  楽しそうに笑って寄って来た主を見るにしてはいささか冷たすぎる目で、十七夜月は榎木津を見た。
「…? 何を怒ってるんだ、十七夜月。気に入らない事でもあったのか」
「…そう云う、訳ではあるまいよ。なんでもない、どうした礼二郎」
 軽く溜息をついて短い髪をかき上げた十七夜月よりも幾センチか高い位置から榎木津は見下ろし、そして寂しそうに――と、云うのだろうか――十七夜月の頬に手を当てた。
「十七夜月苛められたか、差別されたか、何があった?」
 そう聞いた理由はなんとなく分かっている。それまで区別されたりしてきたからだろう。榎木津にしては最大限の心配をしているのだと、その場に中禅寺がいたならば苦りきった顔で云っただろう。
「十七夜月誰だ? 何処の輩だ、そんな馬鹿な奴は!」
「…礼二郎、」
「天罰だ、そんな奴には!」
「礼二郎」
「なんだ、十七夜月」
 ケロリとして此方を振り返った礼二郎の頭に只、手を置いて十七夜月は呆れたように云った。
「大丈夫だ、俺は。礼二郎は何があったんだ? 何か、云いにきたんだろう」
「……十七夜月は、」
 何処までも簡単に済まそうとしないこの主が愛しくて、十七夜月は髪に触れて相手の頬に小さく唇を落とす。
「大丈夫。レイがいてくれるなら、俺は」
「――――――そう、か?」
「ああ。俺が1度でも嘘を言ったこと、あるか?」
 その言葉を持ち出せば確実に勝てることを知っていた。今まで、この愛しくて真っ直ぐな主に、嘘を1度たりとも許していないことが自信になる。

「…ない」
 そして、この主の中で自分の名前が信用に足りるものだと認識されていることを再度認識して嬉しくなる。
 特に、自分はこの榎木津礼二郎のためだけに存在しているようなものだから、飽きたら壊してくれと願ってしまうくらいなのだから、その信頼は身に余るほどで。

「なら、礼二郎。俺に何を言いに来たんだ?」

 1つばかり学年が違う。
 だから、榎木津が此方の校舎に来ること事体が珍しくて、質問は的確に的を得ているだろう。ましてや木場の姿も見えないのだ。
 その容姿のせいもあってかけられる声の量にわずらわしさを覚え始めた榎木津は、少しの間此方へ来ることを諦めると言っていたはずなのに。首を傾げる。

 何か、それほどまでに大事な最優先されるような項目があっただろうか。
  ―――それも、朝の時点ではなかったはずなのだが。

「十七夜月」
 榎木津が嬉しそうに笑った。そして人目も解くには憚らずぎゅと抱きしめられた。
 榎木津のほんのりと甘さを持つ独特の香りが鼻腔をくすぐって、彼の肩口に顔を埋めて暖かいとぼんやりと思う。
「―――…礼二、郎?」
 だが、きっと暇な学生はこれを見て揶揄するのだろうな、と思う。礼二郎のこの美貌だ、それがない方がおかしい。そしてそのやっかみの半分以上を一身に背負い込む十七夜月としては、うっかりそれ以上力を入れて抱きしめられて、詰襟の隙間からつい先日出来てしまった爪痕が見えなければいいなぁと思ってしまう。
 何故かそういうことにこの男は目ざといから、今度こそ、きっと制止の声を聞いてくれない。
 それを嬉しいと思う反面、彼にそんなことをさせてはならないと思っているからこそ、共に湯に浸かっても首を中心にビリビリと走る激痛に耐えているのだが。

「十七夜月、今日は一緒に帰ろう」

 何のことかと思った。
 常から十七夜月は榎木津の終業時間を待っていたし、榎木津も、暇であればそうしていた。  ―――明らかに十七夜月が待つことの方が多いように授業の変更等は小まめにしていたのだが。

「…え、いいけど」
「なら、決まりだ! 僕が迎えに行く、ちゃんと待っていろ!」
 そう言って得意そうに榎木津は笑う。びしりと指を突きつけて破顔うその姿は思わず笑みを誘って、十七夜月は幾度か頷いた。
「…わかった、いいよ、礼二郎が迎えに来てくれるまで動かないと誓う」
「絶対だぞ、今日は用事があるんだ」
「わかったわかった。なら、終わる頃迎えに来てくれ」
 言えば榎木津は笑った。
 これ以上ないくらい嬉しそうに、見ているこっちが嬉しくなってしまうような笑みに、十七夜月は小さく笑みを零す。


 本当に、自分には勿体無いくらいに良い主となってくれた。
 もしかしたら―――…、十七夜月の欲目かもしれないが、小さい頃の約束が効を奏しているのかもしれない。

 お願い、というには幼稚で、そして何よりも願ってしまったこと。
 あの時は主従関係というものが、付き従うというものが良くわかっていなかったからこそ云えたこと。


 だが、それに関して十七夜月はまったく後悔していなかった。
 遠ざかっていく陽に透けて綺麗な琥珀色の髪を見送って、特に後ろを見ずに、自分への来客が来たことを知る。

 授業を知らせる鐘が鳴った。


  *


「十七夜月」
 さりげなく差し出された紙切れを動作を最小限に受取ってチラリと視線を落とし、吐き捨てた。
「…下衆ばっかだな」
 まだ昼も途中の日差しのきつい時間帯である。本来なら授業中であるその時間も学校側を騙し騙しさり気無く逢っていた中禅寺と十七夜月は人目も憚らず眉を盛大に寄せた。それでもこの時間帯、外に出て授業をさぼれる人間など皆無に等しいため実際は人目などなかったのである。
「下衆なのは認めるがどうする気だ? 社会的抹殺なんてできないだろう」
 さらりと耳を疑うような台詞を吐いた学友に、それこそ会話を知らない人間が見たならば頬を赤らめてしまうような綺麗な笑みで返した十七夜月の表情は見事と云っても憚らないくらい言葉とは合っていなかった。
「抹殺する。もう二度とあの子に顔を合わせられないようにする」
 それでも目元涼しく笑んでいるのだから怖い。もしかしたら顔が恐い、無愛想だと云われている中禅寺ですら遙かに凌駕してしまうのではないかと、暑い日差しのせいではなく体に悪い汗をかいた中禅寺秋彦その人は具合の悪そうな顔をした。
「…それとも秋彦、何かな…?」
 十七夜月は笑んだ。今度は豪く腹の黒そうな笑みだった。嘲笑、と云っても語弊がなさそうだった。目が据わっているのに唇の端を上げ笑むから、なまじ顔が彼の主と同様に整っているから怖いのだろう。

「俺ができないとでも? そう云うのか」
「…いや、ここはその言葉が否定できないからこそ怖い」
「そう?」

 ここに来て初めて十七夜月は視覚に優しい笑い方をした。彼の主が、そして関口がいる処ではこの笑み方しか見たことがない。意識してやっているのだろう。
 ―――…そうだとしたなら、
 中禅寺は多少、怖くなった。背筋が急に寒くなって頭も痛み始めるのだから相当である。
「俺の処理能力舐めてもらっちゃ困るなって、云う必要があるかと思っちゃった」
「…いや、それは重々承知している」
「…あれ、そう?」
 つまらない、とそう云っているようで、主人によくよく似てきているようだ、と呆れるしかなかった。


 本当に必要ないところばかりそっくりなのだから。


「…どうしようかな…今回は」
「今回?」
「…え、うん」
 十七夜月は頷いた。そして常なら見せない――と云うのも榎木津が厳重に言い渡してあるからなのだが――少女のようにも見える仕草でころころと笑った。サラサラの、此方からしてみれば不思議でしょうがないほど指通りの良い髪を伸ばさせないのも今の状態――肩に触れる程度の――を維持させているのも私欲がからんでいるのだろう。私欲を私欲と知っているくせに注意を促さない十七夜月も十七夜月だが、直さない榎木津も榎木津である。
「ほら」
 そう云うと十七夜月は瞬間とても嫌そうな顔をして大きく息を吸うと目を閉じて―――…、

「僕、こうして大人しくしてれば可愛いと思わないかい?」


 天使のような笑みを早々に引っさげ――これ以上見るなら金でも払えと云われそうだった――またしても不機嫌そうな顔で彼は云った。確かに可愛らしいのだから頷くよりほかない。声も半音以上高くなっている。
「でしょう? 猫被ってりゃ可愛く見えるだろうからね」
 吐き捨てるように云って十七夜月は目にかかった髪を掻き上げて微笑んだ。
「俺の猫ごときに騙されるような奴なんて、礼二郎の御前に引き出す価値もないね。それじゃあ礼二郎の機嫌を損ねるだけだろうし、それなら俺にとってもかなり迷惑だし」
 礼二郎の機嫌を損ねたら復活させるまで俺は恥ずかしい手段を取らなきゃならないからなァ、と静かに溜息を吐き出して――むしろどう大変なのだか聞いてみたかったのだがそんな余地はくれなかった――十七夜月はゆっくりと頭を振った。
「しかし…それはかなり篩いにかけられるだろう」
「うん。敢えてかけてるからな」
 当り前だろう? とケラケラと笑って云われた。
「なにせ俺の大事な大事な礼二郎に会わせるんだからな。それくらい当然、出来ないんだったら会わせないさ」

 だって、と云って悪戯っぽい顔で笑み、十七夜月は唇に指をあてた。

「あの子は繊細だからすぐに泣いちゃうんだぜ?」
 激しく、それは榎木津に限ってない、とそう真剣に思った。
 ―――決して口になんて出せなかったが。
「俺が守るんだ、礼二郎は。幹麿様は俺らを…救ってくれたから」
「救う…?」
「あァ。あれ…云ってなかった、のか? 俺が榎木津家に居る理由…というかあそこの使用人となった経緯ってのか」
「そんなこと、一言も云ってない」
 十七夜月はあれ、とだけ云って頭を掻くとちらりと時計に視線を走らせ溜息をついた。
「…ま、いっか。…………ンで、秋彦は聞きたいの?」
 十七夜月の背は平均より小さく、顔1つ分くらいは違っていたので顎を反らして見上げられるとうん、とも云えないが頸の動きだけで頷いておく。
「…簡単だよ。俺が2歳の時、俺を生んでくれた母樣が死んだんだ。もともと体が弱かったらしくて俺を生む時も周りから大反対されたらしいけど彼女は生んでくれた。父樣が云うには頑固で綺麗な人だったらしい」
 そう云えば親父殿もある程度顔立ちの整った人だったな、と思い出せば十七夜月の容姿の理由もわかると云うものだ。あれほどまでに眉目秀麗な榎木津の隣にいても決して見劣りすることなく映える理由がわかった。

 ―――なるほど、親譲りだったか。

「俺はどちらかと云えば母樣似らしいからな、よく寝ぼけた父樣は抱き締めてくる」
「…それは…、榎さんがよく何も言わないな…」
「礼二郎? 父樣が帰ってくる時間帯には居ないからなァ。父樣は夜更けまで大抵幹麿様の所に居るから、朝方帰ってくるんだよ」

「…それは、何かおかしくないか…?」
「父樣がおかしいのは今に始まったことじゃねェ。…ま、とりあえず生んでくれた母樣の家は幹麿様と同じで…華族に通じる家だった。父樣は母樣の所にいたンだが亡くなってからな、父樣は熊本を出た。俺の姓は日紫喜、それは母樣の姓だ。父樣が母樣を忘れてないいい証拠だろうなァ」
 そう云う所は尊敬してる。優しい顔で笑むから、何を云っていても結局は父君の事が好きなんだろう。多少は微笑ましくなる。
 だが、それではよく話がつながらない。

 そんな心境を見透かしたように、十七夜月は微笑んだ。
「俺を連れて父樣は本州へ渡った。何をしてたんだか細かいことは良く知らないが、父樣は豪く有名人だったからな…」
 誘拐されかかったことが何度もある、と胸を張って言うことでもあるまい。
「そんな父樣と俺を拾ってくれたのが幹麿様だ。礼二郎も小さかったし、用心棒みたいな役でな、父樣は雇われた。その間にどんな経緯があったのか知らないし、父樣はよくあの頃怪我をして帰ってきたけど、幹麿様は俺の救世主になった。そして、礼二郎は主君になった」
 そこまで言うと、十七夜月はにっこりと笑った。
「だって、幹麿様には父樣がいるんだ、俺は礼二郎のためにいるべきだろう?」
 兄上様はレイより大きくなっていたしなァ、と感慨深く呟いて。


「俺はそんなわけで、レイが大好きなんだ」
 臆面も無く言い切った十七夜月は豪く輝いていた。
 そのために生きているのだ、とさえ言われた気分になった。
「だから、レイを傷つける奴は許せない。許す気もないしなー」
 ね、そう思わないか、と言われて正直な話手を挙げた。

 きっと、どう止めたって意味がないんだ。
 止めるくらいなら傍にいて、本当に危ないときだけ強制的に引きずり戻せばいいんだと思った。
 それが1番手っ取り早くて、確実で、十七夜月に1番危険が少ない。


「だけど、俺は秋彦の事も好きだぜ?」
「―――…は?」
 いきなりの話の展開についていけなくて、そして自分の妄想かとも思ってつい聞き返してしまった。


 だって、
 そんな、
 明らかに、
 自分の妄想みたいな、


「え、嫌か?」
 嫌とかそう言うのではなく。
「―――…何故急に」
「うん? このあいだ父樣がそう云ってた。何かをしてもらった時は対価を払うべきだって」
「…………ほう、」
「だから、秋彦だったら何が良いのか良く分からなくて、父樣に聞いたら」

 ――――――そういう答えになったのだろう。

 本当に末恐ろしい。
 あの父君を榎木津ですら苦手にするわけだ。
 この分ではきっと、榎木津子爵の意味の分からないネットワークの広さはそのまま十七夜月の父君の力量になってしまいそうだ。
 ――――――というか、そのまま、な気がする。



 そんな事を思ったところで、鐘が鳴った。



 おや、と十七夜月は見上げる。
「鳴った、か。帰宅だな、礼二郎を待たなければ」
 そう云った顔が何処か嬉しそうで、少し嫉妬を覚えなかったというのは嘘だ。
「十七夜月、」
「うん?」

 だから、とも云えるだろう。
 だから、この歳になってはかなり恥ずかしいような嫌がらせを実行することにした。

「僕も一緒に帰ろう」
「良いぜ」


 十七夜月からの言葉を聴いて微笑んだ。
 はん、ざまぁみやがれ。
 悔しそうな、怒ったような榎木津の顔が思い浮かんで、少しだけ溜飲が下がった。

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