悠久の丘で
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駄々

 「おはよう」と言うのは酷い戯言のように思えたけれど、それが真実ならば仕方ないかな、なんて思うので仕方ないような気もする。
 でも、この状況は今までに例を見ないくらい酷いと思うのだ。

「―――…おはよう、カヲル。何をしているのか聞いていいかな」
 本来此処にいてはいけない人間が起き抜けの頭がぼんやりしている現状況で己の腹部に居座っているというのは、なんとも言い難いものだ。
 かりかりと頭を掻いて問うが、カヲルは何か悪いことした? とでも言いたげな表情で見てくるから、俺がこれまでに相手をしてきた連中とは一線を画して面倒だと感じるのだ。


  *


「おはよう、十七夜月」
「…あぁ、おはよう、カヲル。いっそ清々しい朝であればよかったと感じる俺を責めるのは無しだぜ」
 腹にまだ跨っている奴のせいで起きられない。腕だけを頭の前まで上げて伸びをすると凝り固まった首の辺りの筋肉が悲鳴のような音が奴には聞こえただろうか。
「十七夜月」
「ん?」
 何が楽しいのか、俺の髪を梳いて短いそれに口付けようと顔を寄せる。綺麗に整った顔が近付いてくるのは別に良いが、それによって腹部より僅かに体重が上に掛かって息を詰めた。
「カ、ヲル」
「うん」
 何にうんなのかは、まったくわからないが、奴が俺の上から退く気がないのだけはよくわかる。続いて間近で合わせられた紅い目を見て汚染された水を思い出した。
 セカンド・インパクト以前は美しい青をしていたという水。
 1番身近な水はそれでも赤だ。到底生き物が住めるわけもない、汚染されきった水。
 その中でも蔓延り折れることを知らない人間に、俺はいつも驚かされる。
 相当に本能が根強く残っているようだ、と使徒との戦いでも見て取れる。それは酷く美しいが、同時にこれ以上なく滑稽だ。


 人間はどこまでも生きる。

 ―――周りを己の良い様に変えて、捻じ曲げて、道理や倫理すらも凌駕し、あぁ、真実知識の実を食べた祖が人であることを意識させられる。


 どうでもいいが、あれは本当は果実というだけで林檎とは明記されていなかったが、誰が何時、林檎と書いたのだろうか。ラテン語を専攻で取らなかった俺にしてみれば林檎と悪だか堕落だかの綴りが一緒だったからなんて理由では納得し難い。なんだ、ならベンチと銀行は同一視されなければならないという事か、馬鹿馬鹿しい。林檎でなければならなかった理由は? だが、蛇が唆した熟れた果実とは別に園に生えるケルビムを守護者とする木はその後どうなったかなんて、俺にはどうでも良い話だ。
 初めてその話を聞いた時を正確に覚えている訳ではないが、最初に思った事を覚えているだけ。
 なんて残酷な。
 その考えは未だ変わってくれない。
「十七夜月?」
「あぁ」
 紅い目が俺の青い目に触れようとする。まるでちぐはぐな俺とカヲルのカラーリングは例えば何を表して居るんだろう。
 真っ赤な舌が近付く。青を呑み込むように近付く。
「十七夜月」
 俺はそれをただ静かに見守っていた。
「―――…何だ?」
 熟れたように濡れて赤く熱を持っていそうな舌が。じわりじわりと近付いて、俺の眼球を舐めた。
 不思議と痛みは感じなかった。脳が拒否しただけという可能性もあるが。
「逃げないの?」
「逃げようにもお前が重くて動く気も起こらないしな。お前が目が欲しいと言うなら片目ならやるよ、それくらいやっても生きるのに支障はない」
 醜く執着して生きる物だからな、と呟けばカヲルは1度眼球を舐めて落とした少量の唾液を啜ってから名残惜しそうに舌を離した。
 意外と背筋が粟立つくらいには気持ち良かった事が誤算だった。表面を舐められてこれなら、奥の視神経まで舐められたら達してしまうくらい気持ち良いかもしれない。
 少しの期待に唇が戦慄いた事をカヲルは知らないだろう。
「十七夜月」
「あぁ、カヲル」
 ぎゅぅっと、子が見失った親を見付け力の限りにしがみつくようにされて、胸に広がる奴の銀の髪が美しいと思った。
 頭をゆっくりと撫でてやって、駄々っ子のように何度も名を呼ぶ声にすべて意味をなさない返事をする。
「十七夜月、十七夜月」
「ああ、此処にいる。お前ならわかるはずだ」

 肌が触れて暖かい。

 それが、俺には笑い出したい程滑稽であるように思えた。
「十七夜月、僕は君が怖い」
「知っているよ、俺は人でありながら極お前に近いから」
 飄々と笑う顔より此方の方が好みだ。
 呟けば拗ねたように益々首に回された手に力が籠もった。
 密着する身体から与えられる体温はやはり滑稽だと思った。

 サキエルを抱き締めてもこんな風に己と変わらぬ体温が返ってきたのだろうか? 先にシンジと唯ちゃんに消滅させられた神の子を思い出す。
 創造主の気紛れ。
 退屈凌ぎのゲームのように、使徒と人類を賭けて戦う。
 主はどちらも要らなくなったのか、新たな形態に導こうとしているのか、どちらかわからなくなったのはとうに昔だ。
 だが星生みをする気だったなら、この状況も納得出来る。神は何を思っただろうか。
 塵が塵に還らぬこの状況を。

「十七夜月、僕は君に焦がれる」
「それは知らなかった」
「君と居ると怖い。だがたまらなく惹かれる。まるで畏怖するように」
「その感覚はわからないな」
 色の白い肌を撫でてやる。身体を産毛ごと撫で粟立つ肌が、俺を拒否しているのかはわからなかった。
 だから繰り返し撫でてやった。
 人らしい生活を普通には送ってこなかった俺が、NERVに入って残された唯ちゃんに教えて貰った、最初の人間らしさ。笑うことも、そういえば唯ちゃんに教えて貰った気がする。
 ―――…と言っても実際に唯ちゃんに会ったのは4歳の時だ。俺でなくても記憶はしているだろうが、俺でなくては唯ちゃんの声までもを記憶していることはないだろう。
 まだ、両親に売られる前だった。
「怖い」
「お前に怖いと言われる謂われはないと思うぞ」
「十七夜月」
「うん」

「もっと触って」

 甘えるように見えるコレはなんて罰ゲームだろう?
「―――…あぁ、わかったよ」
 己の身体の脇にぴたりと付けた腕を持ち上げてカヲルの背を撫でてやる。
 肩甲骨に触れた。
 そこから黒でも白でも大きな羽根が生えたら、似合いだと思った。
「なぁ、カヲル」
「うん」
 人の事を言えたものではないが、その返事は酷く味気なかった。
「白でも黒でも、羽根を引き千切ってやりたいと思ったことは?」
 肩甲骨を撫でた。
「十七夜月の手足を手折る夢は見たことがある」
「そっか」
「うん」
「俺はお前の背にいっぱい広がる羽根を引き千切ってやりたい」
 肩甲骨を親指で強く押す。カヲルが笑った。
「そんな事言って。してくれない癖に」
「多分な」
 強めた力と腕の締め付けを弱めた。そんな力は必要なかったから。
「十七夜月」
「うん?」
「―――…愛してる。彼よりも恐らくは」
「信用ならんし、それには応えられないな」
「知ってる。だから知っていて欲しくて」
「俺はサキエルが愛しい」
「―――趣味、悪い」
 俺はにこやかに微笑んだまま、膝を蹴り上げ脇腹を力一杯殴ってやろうとした。
「何か言ったか」
「いえ、何も」
 脇腹は止められた。不愉快な。
「……ただの嫉妬だから気にしないで、聞き流してくれれば良い」
「サキエル程可愛い子を可愛いと認めない奴なんかの言葉は聞かん」
 そう言えば酷く幼い顔をする。マルドゥック機関からハッキングして得た資料
にはセカンド・インパクトがあった日が誕生日とされていたが、それよりも幼い仕草。
「だって狡いじゃないか、サキエルばっかり」
「一目惚れなんだ」
 酷く真面目に答えたのにカヲルはつまらなそうに部屋の中を見回した。その視線の先に至る無機質で生活を感じさせない俺の部屋の中でも一角だけ異色を放つ場所で、やはりカヲルの視線は止まる。
「……知ってる。この部屋にサキエル人形が3体も居れば」
 不貞腐れたように言う声だけではなく、表情までも俺に訴えかけてくるコイツは俺の年上である筈だ、データ上では。
 酷く幼い仕草で、表情で訴えかけてくる相手を制して、俺は奴の答えを訂正した。
「3じゃない。5体だ。ゲンドウが贈ってきた『融解したサキエル』がクローゼットの中に居る」
 題からして俺を嘲笑っているだろうと思ったが、それでも何故か大量に贈られた(理由は自分でわかっているが)サキエル人形の中でも出来が良かったからちゃんと受け取った。
「…恨みが籠もってそうな形状だね」
 まったくだ。
 ―――尤も、それは恐らく俺に対してだろうがな。多分、その人形の話を1番最初にシゲルにしたからだろう。
「可哀想だが出してあげられない出来映えだった」
 だが、それでも一応サキエルの形状をしていたから。
「あと1体は?」
「何言ってるんだ、そこに居るだろう。紅い丸い奴だ。マヤが作った『サキエルの核』」

 マヤは可愛いが、本当にか弱い女性なのか強かで腹黒いのかいまいち判断材料に欠けている。

「―――…何かの、嫌がらせかい?」
「マヤはサキエルを可愛いとは思えなかったらしい。だけど俺に何かぬいぐるみをくれようとしてああなったそうだ。…勿体無い」
 そりゃ、核オンリーの真っ赤なぬいぐるみがあってもそれがサキエルだとわかる奴は皆無だろう。
「ちょっとサキエルが憐れになったか? カヲル」
「少しね」
 こくりと頷いて肩を竦ませるカヲルの仕草は、俺の上に乗り上げていなければ、様になっただろうに。
「ザドキエルは慈悲を意味する天使だしな、酷く滑稽だ。流石は使徒、字の通り天使の名前を頂く。それにしても神の正義なんて酷く出来過ぎている。誰が彼にサキエルなんて可愛らしい名前をつけたのか気になる所だな。そこだけはそいつの感性を素直に賞賛してやっても良い」
 はん、と鼻で笑うとカヲルが眉を寄せた。それを知りながら告げる。
「ゲンドウの好きなセフィロトの樹に集った天使の名前を頂くなんて出来過ぎていると思わないか? カバラ第4のケセド。元は生命の樹を中心にした図」
 ―――尤も、と繋げた。自分でもわかった。今俺は嫌な目をしているだろう。
「俺の愛らしいサキエル以外、使徒が襲撃してこない以上、なんとも言えないんだが」


 すう、と息を吸えばへらりと笑った。
 此処で今日の話は御終いだ。


「…それで、今日はシンジと約束をしていてそろそろくると思うんだが…、お前
は現状況でシンジに見つかっていいのか?」
「今日はお終いかい?」
「ああ」
 そっか、とカヲルが告げた。
「お前がゲンドウを見張っているのか、NERVなのかそれとも俺か、そんな事はどうでも良いんだけどな」
 紅い瞳に飲まれそうだと思った。呑まれたいと思ったのは初めてだった。

「―――でも、シンジを少しでも好きならせめて優しく壊してやってくれ」


  *


 ドアをノックする音。
「十七夜月…? 起きて…る、なら来てって言ったのに」
「ははは、少し白昼夢と話していてな」
 すんなりと開いてしまうドアに不用心だと思って、ベッドでごろごろする十七夜月を見て肩を竦めた。その姿にもう1度肩を竦めてから、此処に来るまでに渡された物を十七夜月の口に入れてやる。
「ほら、飴」
「さんきゅー。何味?」
「レモン。日向さんが」
 ゴミを捨てようとして見渡した所で、異様な一角が視界に入った。

「…あれ、十七夜月、ぬいぐるみ増えた? こんな白いのあったっけ?」
「ああん?」
 身を起こす十七夜月にそれを持ち上げてやると十七夜月の身体はすぐにベッドへと返り、ぺらぺらと手を振られた。


「あー、それは白昼夢に貰ったのさ」
「ふうん?」
 黒と白の羽根を持った人の人形を返す。
「あれ、何?」
「ダブリスって名前の天使だ」


 僕はもう1度気の抜けた返事をした。僕にはそれがなんなのかすらわからなかった。

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