悠久の丘で
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俺らの存在理由
『――――――はじめまして、マスター。俺はKAITO』
そう言って、俺とマスターの生活は始まった。長い、長い間、暗く狭い場所に居た俺にとってマスターや広い空間は夢のようで、なにより誰かが傍に居てくれるということが、1人ではないということが、こんなに嬉しいことだって俺は初めて知った。
ボーカロイドの喜びは歌うことだけ。
そうやって育てられてきたはずなのに、俺はマスターに会えて嬉しかった。
『おはよう、カイト』
薄っすらと開いた俺の目。その視線の先に、1人の男が居た。本能の内で、ああこれが俺のマスターなんだ、と思った。
真っ黒の目と髪。前髪は少し長くて、後ろの髪は結べるくらい長い。柔和な顔で、笑っていてくれた。
『俺は十七夜月。お前のマスターだ』
銀縁のフレームの眼鏡。どれくらい厚いのか分からないけど、レンズ越しの視線。
それは、俺が思っていた以上に暖かいものだった。もしかしたら、あれは「慈しむ」と言うのかもしれない。ずっと暗くて寒かった。俺の他に誰にもいなかった。俺は、俺以外の誰かの体温なんて知らなかった。
『カイトおいで』
マスターは組んだ脚をゆっくり解いて、腕を広げてくれた。
*
「――――――おい、カイト。お前いつまで寝腐ってるつもりだ?」
「んん…、ます、た…?」
「おお、お前の大好きな十七夜月サマだ」
尊大な言い方。その言い方に反して繊細そうな声。細い指が頬を撫でる。
「…カイト、いい加減どいてくれないと悪戯するぜ?」
なんだか、マスターの不穏な声がする。顔を見なくても分かる。これはにやにや笑っているときの声だ。
「いたずらは…ぃや、です…」
「だったらどいてくれ。仕事にならんだろう」
仕事…?
マスターは何を馬鹿なことを言っているのだろう。だって、俺は寝るときはいっつもパソコンの中に戻っているじゃないか。だけど、パソコンの中にしては暖かい気がする。まるで、誰かにくっついているような。
「…カイト」
マスターの掠れたような声が耳に吹き込まれる。
「ますたー…?」
薄目を開けるとそこにはマスターが居た。
「ますたー、好きです」
きゅう、と抱きしめる。ああ、あったかい。何でだろう…?
「そうか、俺もお前が好きだよ」
髪を優しく梳く指。頭を擦り付ければマスターがくすぐったそうに笑う。
「………………へ?」
なにか可笑しい。というか、絶対に可笑しい。
驚いて目を開ければ、目の前にマスターが居た。マスターはいつもそうであるように仕事場の椅子に座って、苦笑しながら俺の髪を梳いている。
「あ…、れ?」
「起きたか? 随分ぐっすり寝てたから起こすのも面倒だったんだが、いい加減これじゃぁ締め切りに間に合わなくてな」
苦笑するマスター。
俺は、もう1度周りを見渡す。
――――――何度見ても、マスターの仕事場。
「…へ、あ、ああッ! マスターごめんなさい!」
優しく髪を梳いてくれるマスターから急いで身を離した。暖かい体温が離れていってしまうと酷く寒くて心細かったが、それでもマスターにこれ以上くっついているよりずっといい。
「いや、珍しくぐっすりだったから、俺も面白かった。気にするな」
「…うう、何で俺寝てたんだろう…っ」
床にペタンと座って、髪を手櫛で直す。マスターはいつもどおりパソコンに向かうとキーボードをカタカタならしながら、なんとも無い声で言った。
「―――ああ、俺がアイスに睡眠薬を盛った」
呑気に、「ボーカロイドも睡眠薬効くんだな」なんて怖いことを言う。
「――――――…何してるんですか、マスター!!」
「いいだろ、別に。お前、最近パソコンに戻してもあんま寝てねェだろ、だから強制的にダウンさせてみようかと」
「壊れたらどうするんですか!」
「大丈夫、その証拠に壊れてねェだろ? 至って正常、問題なしってな」
マスターはからから笑う。
マスターが適当な診断をするから、俺は自分で今まで教えてもらった歌を思い出す。―――…うん、大丈夫みたいだ。
少し恨めしげにマスターを見たけど、きっとそれには気付いていない。
俺は諦めて、改めて部屋の中に視線を巡らせて見た。
あ、机の上に、食べかけのアイス発見。
そう、と腕を伸ばしてそのカップアイスを慎重に取り、鼻を寄せてみる。おそらく睡眠薬を入れたというアイスはこれだと思うのだが…。まだ半分以上も残っている。もったいない。
「……食べれるかな…?」
この状態で捨てるには勿体無さ過ぎる。だって、まだ半分も残ってる。間違いなく俺は捨てられない。―――…メイコなら捨てそうだけど。
「あ、と、レンは何所行ったんだっけ…? レン、レン…」
だが、パソコンに向かってアイコンを探しているようだ。俺の話なんて、ほとんど聞いていない。
「―――あー? レン、外でてるか?」
ちっともこちらを見ないマスターは、パソコンにいねェみたいだな、と小さく呟いて、声を張る。するとやけにタイミング良く部屋にミクが顔を出した。
「…あ、お兄ちゃんおはよう。マスター、レンならリビングに居たよ?」
ひょっこりと覗いた薄い蒼緑色の髪。彼女は、自分にとっての初めての妹。俺よりももっと歌が上手くて、兄という欲目を除いてもすごく可愛い。
彼女が此処に来たとき、やはり俺もメイコもマスターもわくわくと彼女の起動を見守った。
すごく、すごく、懐かしい。
「そっか。呼んできてくれる?」
「うんッ、ちょっと待っててね、マスター」
俺たちはマスターが好きだ。
それを、こうして自分以外のボーカロイドとマスターが話しているときに自覚する。それは、ミクが話していても、メイコでもレンでもリンでも一緒。それを、「嫉妬」というのだと、レンが教えてくれた。
それは人間の感情で、きっとマスターが「嫉妬」するのとは違うのだろうと思う。俺は機械だ、ヒトと同じであるわけがない。
だけど俺はため息をつく。ミクは確かに可愛い妹なのに、マスターとミクが話しているのを見ると特に胸がざわめく。
メイコが話していても、リンが話していてもそうなのだけど、例外は唯一レンだ。それは、多分レンが男だからで。
レンだけは、他の女性陣の時よりは少ない。
「あ、マスター? 呼んだ?」
ミクの声を聞いてか部屋に顔を覗かせたレンを見て、どこかほっとする。
金色の髪。双子のリンもおそろいの金髪。柔らかいそれは指の通りが良くて、気持ちいい。
「おお、レン、やっと来たか。折角カイトの写真撮ったからやろうと思ったンだ」
「え…」
「え、マジ、マスター!」
急に明るくなったレンとにやにや笑うマスターを交互に見る。
「…ま、マスター?」
「うん?」
「写真って…?」
「お前がさっき俺の上で寝てるから。デジカメも近くにあったし、久しぶりに」
ほら、と軽い調子で投げられたデジカメを慌ててキャッチして、落とさなかったことにほっとする。だってデジカメってすぐに壊れちゃうらしいから。
ほっとするが、その中身を見て俺は固まった。
「ますたー…?」
お陰でついつい平仮名の発音だ。
「うん?」
マスターは笑っている。レンは俺の様子に首を傾げていて、マスターに頻りに訊ねている。
俺は、冷や汗が出た。
「な…なんで、こんな写真…?」
近影で寝顔ばかり。
「いや、だって猫みたいだったし」
「え、カイト兄どんな顔で寝てたんだよ」
「可愛かったぜ? カイトはいっつも可愛いけどなー」
「マスター、俺も見たい!」
なんかなんか俺が俺じゃないみたいでもう恥ずかしかった。顔が熱くなる。
「う、ぁ…、ショートしそう…」
顔が熱くて熱くて。絶対にミクやメイコには見せられない。リンは以ての外だ。メイコには大笑いされ、ミクにはちらちら見られる自分が容易に想像できる。
「あ―――…しょうがねェな。カイト、それ消してもいいぞ」
「え、マスター、俺も見たい!」
「いいだろ、別に。カイトがショートするよりはマシだろうが」
「―――…そうだけどさァ…」
マスターが固まる俺の手からデジカメを取り上げると、ピッピ、と簡単な操作で画像を消してくれた。
途端にレンが残念そうに声を上げる。
「マスタぁー」
「いいだろ。今度な」
「う―――…」
酷く残念そうなレンの声。だが、レンには悪いのだが、消してくれて本当に良かった。今度からはパソコン中でちゃんと寝ようと思った。
「それじゃカイト、ミクとかメイコと遊んできてくれるか? レンと歌の打ち合わせするから」
ぽんと掌にデジカメを渡される。
俺は、素直にうん、と言って部屋を出た。
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