悠久の丘で
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おかえりなさい

 その優美な船体のラインは決して忘れられるものじゃなくて、ましてやそれが彼女の船であるのなら仕方無いこと。
 俺はつい此処がご領主様の屋敷であることを忘れて走り出した。


  *


 今日は朝、とても珍しい客人が来た。
 その人が誰を求めて来たのかも分かっていたし、昨日の状態からそれに関係したことで来たのかもしれないと少し身構えたのだが、そういうことは一切ないらしかった。
 彼は今僕の目の前に座って暢気に紅茶を飲んでいる。
 つまりそれ程急いだ用事があるわけでもないのだと分かって、何故だかほっとした。
「それにしても―――…」
「は、はい」
 つい声が硬くなる。それは昨日クリスの寝室を覗いてしまった罪悪感から来るものの他なく、ちらりと視線を上げた彼―――じまんぐが静かに僕を見た。
「うちの優秀な教育係はどうですかな?」
 それは、僕に対する叱責なのか、少しの間悩んだ。昨日見た光景がまだ頭をチラついて、離れてくれない。何よりもつい先日来たばかりのクリスの様子を見に来るなんてどう考えてもおかしくて、やはりあの子には何かあるのかと疑わずにはいられなくなるのだが―――…

「―――…いい子、ですね」
 本音だった。

 昨日屋敷に来て散策、どうやらオルタンシアとヴィオレットとはもうすでに仲良くなったようであった。今朝も早く目が覚めてしまった彼女たちが「クリスのところへ行く」と云うのを止めたのだから。
「そうですか、それは良かった」
 そう言ったじまんぐの表情に驚く。まるで誇らしげな、例えるならわが子を褒められた親のような顔を、したから。
「クリスとは…もしや血縁でも…?」
「いやいや、そのようなものはありはしませんぞ。ただ、きっと恐らくは血よりも濃い縁があるのでしょう」
 そう、あまりにもあっさりと言うから言葉を失って―――…、不意に聞こえた足音が早いスピードで移動していて、言葉が止まった。
 その足音は間違いなくこの部屋へと移動していて、その持ち主もわかっている。かなり近くなったその音は何処かをショートカットしてこなければありえない程の早さで、目を見張っていればドアが開いた。
「おはようございます!」
 大きく開けられたドアの向こうには、やはりクリスがいて。
 思わずすぐには反応を返せなかった我々とは異なり、客人はさも当然と云うように微笑んだ。

「おはよう、クリス。だが廊下は走るなと何度言えば覚えてくれるのかね?」
「―――…ぇ、じまんぐ…? なんで此処に…」

 此処は、〈冬の天秤〉の屋敷。―――現在は。
「様子を見に来ると私も彼も言ったが忘れたかね?」
「ちが…っ、だって、仕事…!」
 焦った様な表情で主張をするクリスを初めて見て、そんな表情を安易にさせられる彼が凄いと、純粋に思う。
 僕の知っているクリスは静かで、とても知的で。そして女性の扱いが丁寧。それが昨日1日で思ったこと。悪戯っぽく細められた目も見たけど、それでもやっぱり静のイメージが強くて。
 だからこんな動のイメージはない。

 だけど、不思議と悪い気分じゃない。なんだか―――…、そう。嬉しい感じ。

「仕事なら彼がやっているよ」
 嫌味を言いながらね、と言うとクリスはその様子が目に浮かぶのか小さく笑った。
「駄目じゃないか…そんなの。じまがお目付け役なのに」
「我らがレヴォ殿はやれば出来る子だとも。1つや2つの有事くらい逃れて貰わねば」
 レヴォ、と云うのが彼と呼ばれた人だろう。何者かははっきりとはわからないが名前を、聞いた事がある気がする。…それも、とても身近で。
「―――…有事?」
 だけど、クリスの眉が寄った。
「それもあって来たんだ、クリス。恐らく君の早かった足の理由でもあるだろうが、レティが帰って来た。だから催しの事で少しごたついている」
 レティ? 聞いているだけの僕の頭では誰だかまでは特定出来ない。だけど目に見えてクリスの緊張が解けたので、悪い事ではないのだろう。寧ろ歓迎すべき事。
「…………やっぱり、あれレティの船なんだな。帰って来たのが久しぶりだったから確証はなかったんだけど…」
 そこで、それまで不思議そうにしていたオルタンシアが首をかしげた。

「レティって、どなたですの?」

 僕も聞きたかったのでオルの質問を止めない。ヴィオレットも同様に頷いていたので、我々は同様に話がわからなかった事になる。
 それにクリスは今気付いたと云うような顔をして(事実今気付いたのだろうけど)頭を下げた。
「これは申し訳ありません、お嬢様方、イヴェール様」
 そうしてにこりと笑う。
「レティ―――レティシアはこの国お抱えの海賊一団を率いる船長の名です。私は過去、彼女に幾らかの恩があって彼女とは良くしていただいてるのですよ」
 また、不思議な所に縁もあったものだ。
 王お抱えの教育係に恩を作った、海賊。
「あの頃の私は今ほど人間的に成長できていたわけでもありませんし、彼女はそんな私に本当に良くしてくれた。コレは決して過大評価ではありませんよ、私は、きっと彼女のお陰でヒトになることが出来た」
 じまんぐ殿はその話をやけに遠くを見るような目をしながら聞き、僕らは僕らでやけに神妙に聞いていた。

「レティに私は一生かかっても返せないような大きな恩があるんです」
 そう言ったクリスの言葉に、昨夜のことが頭を過ぎった。不思議な女性。決してヒトではないあの異質な存在。
 ―――13年前、クリスに起こったらしい何か。

 僕は、それを知らない。

 ―――今度は何やらそれが悔しくて、胸が締め付けられるようだ。

「今度、……いや今回を逃すと何時逢えるか分からないので、今回にでも会っておくと良いですよ、イヴェール様。遠い空の下、まったく見たこともないような土地のことが聞けます。これを機に知識を広げることも良いでしょう」
「クリスは、」
「―――はい?」
「………いや、そうだね。彼のレティ殿の時間に融通が利くのならば」
 自分で何を言おうとしたのか分からなかった。
 まさかそんなヒトと進んで関わろうと思ったことに驚いて、
 知らず知らずの内に口からポロリと出そうになった言葉に不安を抱く。

 僕は<冬の天秤>。
 <死>と<生>のバランスを保つためにいるようなもので。
 <朝>と<夜>を廻る<物語>を管理する者。


 決してどちらかの<物語>に干渉していいわけじゃない。僕はそういう存在として存在しているのだから。


「それならご心配なく。レティは1度の航海の後、必ず1ヶ月は出港しtないのですよ」
 だから時間はあります、と。
 クリスが微笑んだ。
「それは私たちも会えるんですの?」
「ええ、勿論。お嬢様方を置いていくなど私に出来るわけがないでしょう?」
 それを見ていたじまんぐ殿の視線は暖かかった。
「それに我等が王ならば、きっと彼女の帰還の催しは祭りでしょう。彼は祭りが好きだから」
「へェ?」
「そうしたら、イヴェール様、お嬢様方」
 クリスは微笑む。
 まるで彼の中でその催しは絶対のようで、予言のようで、すでに分かっているようでもあった。

「ご一緒させてくださいね。私、城下町の抜け道なども知ってますから」

 その言葉を聞いて始めて知った。
 こんなに簡単に、約束と云うのは出来るのだと。


  *


 様子を見に来た。
 あの寂しい仕事をしない王は椅子に縛り付けて。
 1日目にしてすでに少し神経がやられていたようだが、どうやら<彼女>が来たらしかった。本体である<預言書>が城にあるのにも関わらず無茶なことをするとも思ったけど、そうでもしなければきっとクリスは眠れなかったのだろう。
 <書の意思の総体>はクリスのことが1番大事だったし、そういう点で見れば仕方無いのだとも思う。
 只でさえクリス離れの出来てない陛下自身も身を窶れさせてまでクリスを<冬の天秤>の元に送った。

 そして、その効果は早くも1日目にして現れつつある。

 ヒトを教える、という特殊な点において、やはりクリス以外に適任などいるわけがなかったのだろう。
 陛下の自らを削るようなこの作戦も、漸く効果を持ったと云うことだ。

  「そろそろ<冬の天秤>を解放したいんだ」
 そう言ったあの頃の貴方の言葉はまるで夢物語だったのに。

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