悠久の丘で
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この世界を構成しているものはあまりにも単純だ

 大好きだよ、愛している。
 そうやって毎日毎日呪文のように呟いてくれるヒトを、実は心の何処かでいつも待っていたに違いない。


  *


「―――…ん、ぅ…」
『…クリス、起きたの?』
 <書の意志の総体>の声。額を撫でる手が冷たい。
「―――…クロ、ニカ…? おはよう…」
『大丈夫? また泣いてたわ』
「―――ん、大丈夫」
 ひんやりとした手が繰り返し繰り返し髪を梳く。それがたまらなく気持ち良い。
「―――…今、何時…?」
 寝がえりをうった途端眩しくなった部屋に、目の辺りに手で影を作って耐える。どうやら<書の意志の総体>が窓を覆っていた厚手のカーテンを払ってくれたらしい。思った以上に部屋に陽が入り込んでくる。夜ではわからなかったが、ご領主様は随分良い部屋を用意してくれたらしい。
『大体5時…6時くらいかしら? そうね、恐らく』
「な、ら…起きるしかないか…」
『貧血とか、大丈夫…?』
 あまりの過保護さに笑ってしまう。身をゆっくり起こして笑った。よくよく考えると、城では同じことをレヴォとじまんぐがしてくれていたのだ。
「おはよう、クロニカ。大丈夫だと思うよ、君のおかげでちゃんと眠れたし」
 いつもは出てこない<書の意志の総体>が出て来てくれた理由は十分すぎるほど知っている。彼女は自分がどれほど危ない存在で、狙われているのか、知っているのだから。

 そして、俺も彼女も決して13年前を忘れた訳ではない。
  ―――忘れられる訳が、ない。

『そう、良かった』
 彼女はそう言って微笑んだ。
『私は<予言書>に戻るわ』
「うん。ありがとう」
 ここで彼女を引きとめてはならない。それは、もう何年も前に悟っているはずだ。正直、睡眠不足もあって急に此処にやられたから精神状態も安定してはいなくて、身体はボロボロだけど、もう寝れる程時間もない。そして、陽が昇れば彼女が人目についてしまう可能性がぐんと上がる。それだけは避けなければ。

 此処まで灰の土地にしてはならない。
 あの領主を、そのようなものに巻き込んではならないだろう。

 名残惜しそうに微笑みながら消えていく<書の意志の総体>に微笑みながら手を振って、自分が驚くほど弱い事を自覚する。せめて、寝れないまでも精神くらい落ちつけられるようにしておかなければ。

 これから、どれくらいだか分らないが此処で生活するのだから。


  *


 泣き声。何処で泣いているか、最初わからなかった。
 それが、ようやく自分の頭の中ではなく、実際に声を漏らして泣いている声があるのだと気付いたのは、もう深夜と呼んで差し支えない頃だ。
 決して薄くない壁の向こうから聞こえた、細い、すすり泣く様な声。
 最初はそれが、此処に来たことからくる負担とも考えたのだが、声は段々と違うものへと変化していく。不躾だとも思ったのだが気になりベッドから起き出した。音を出来るだけ立てないようにそっと壁に寄った。

 まさか、自分が自らの屋敷でこのような事をするなんて思ってもいなかった。
 もちろん、それ以外でだって。

 だって、それまで此処には自分と、オルタンシアとヴィオレットの3人しかいない。だから、こんな事をする必要がなかった。
 ―――…と、言うより、人に興味がないのかもしれない。
「―――…寒いな…」
 流石に気温は下がって、ひんやりとした空気が肌を刺す。それが痛みを感じるくらいにまでなった時、耐えかねて部屋を出た。


 そして―――…、自分でも驚いている。
 僕が向かった先は隣の部屋だった。


 かちゃり、と小さな簡単な音がして開いたドアから入る。ああ、寒い。この部屋の方が数倍寒い気がする。

『―――誰、』
「……ぇ、」
 だけど、寒さよりもなによりも、部屋の中から声が聞こえたことに驚いた。
 高い、女性の声。
『―――クリスに何の用が御有りなのかしら、用がないなら出て行って下さる?』
 空耳でもなんでもない。実際に聞こえる。
「貴女こそ、どなたですか…?」
 恐らく、ではない。普通の女性ではないだろう。
 彼―――クリスは、何も言っていなかったからきっと。
『―――私?』
 そう言うと女性は笑った。黒髪の長い緋色の眼の人。

『私は<書の意志の総体>。もしかしたら貴方達が<黒の予言書>と呼んでいるモノの原典。冬の<天秤>の貴方と交わる未来もあるかも知れない』
「―――それは、どう云う…」
『お分りになられないのなら結構ですわ。……ところでこんな夜更けにどんな用事が御有りなのかしら? クリスに用事なら明日にしていただきたいのですけど』
 言葉は丁寧なのに、何処か刺を感じる。彼女の白く細い手は繰り返し彼の長い黒髪を撫でる。彼を見る目は優しく愛しさにあふれているのだが、こちらに向けられる視線の時はそれが凍てつくから不思議だ。

「―――…ぅッ、あ、や、だ…っ、ゃ、だ…ぁあっ」
『クリス―――…』
 腕を伸ばして、<書の意志の総体>と名乗った女性がそれを握り返した。
 自分の目の前で起こっていることがよくわからない。

 何で、彼はこんなにも苦しそうで悲しそうに泣く…?
 昼間はそんな素振りを少しも見せなかったのに。

 何かに耐えるように漏らされる泣き声。それを宥めるように何度も触れる。
「…1つだけ、」
『1つ?』
「聞かせてください」
 どうしたと云うのだろう。今日はおかしなことが起こってばかりだ。この部屋に来たこともおかしい。脚だって手だってこんなに冷えてしまっている。早く帰らなければ。
 ―――なのに、何故か脚が動いてくれない。
「クリスは―――…どうして泣いているんですか…?」
 色の白い肌に浮かぶ、新しい水滴。


『―――貴方は<箱>を開ける側の人間なのね』
 <書の意志の総体>は呆れたようにこちらを見た。そして、何かを押し殺すような声で、静かに言った。
『クリスが泣いているのはあなたとはまったく関係ない…。これは、13年前から繰り返される記憶』


 だから、まったく関係ないの。と言って、彼女は今度こそ逆らえないような声色で言った。
『さぁ、1つは終わり。お帰りになって下さいますね、ミスター?』


  *


 ふと、階下へ降りる際、<書の意志の総体>が大きく開けた窓から大きな船が見えた。
 その船はとてもとても懐かしい形容をしていて、俺はつい息をのんでしまった。

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