悠久の丘で
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其処へ到る物語へと続く

 何が起こったのか良くわからなかった。
 だけど現実は常に押し寄せてくる波のように少しも優しくない。

 ―――開けたドアの先、僕の教育係だという人が、いた。



  *



「―――…はい?」
「イヴェール・ローラン、貴方の教育係です。此処に陛下からの勅令書が」
 そう云って取り出した羊皮紙には確かに国王陛下のサインと自筆の文字。1番下に御璽なんか押してあれば疑う事など出来ない。それでなくても彼の自筆だと一目見てわかるのだ。
「真に申し訳ありませんが、お聞き入れ下さい」
 青年は悔しそうな表情を何処へやったのか、僕が羊皮紙からようやく顔を上げた時にはすまなそうな顔をしていた。
 近くで見て、ようやくわかった。
 彼の眼、この地方には珍しい黒かと思ったら、あまりにも深すぎる碧だった。奥まで光が入っているのに、まるで湖の底のような、澄んだ碧だった。なのに、もう片方、右は明るめの深みのある蒼。色の違いがよく引き立つ組み合わせ。
 髪は漆黒で、僕と同じかそれ以上に長い。
「あ―――…、謹んでお受けしよう。陛下の御心のままに」
 ここで僕が断れば、きっとこの人は困るだろう。後ろでじっと見ている双子の視線を背に感じながら、胸に手を当てて礼をした。

「…ムシュー?」
「しー、」
 興味津々に見ている。

「―――後ろの可愛らしいお嬢様方は…?」
 青年は少しも気にした様子はなく、むしろ、くすりと笑って口元に手を添えて問う。よくよく彼の服装を見てみるとバトラーのようだった。だけど趣味がいい。どこかの貴族の出だといわれても、その片鱗をうかがえるような。
「あ…彼女たちは、」
 彼女たちは自分の事が話題に出たことを悟ったのか、柱に隠れつつではあるがちょこちょこと前に出てきた。

「はじめまして、お嬢様方。私は本日よりイヴェール様の教育係をさせていただきます、クリスと申します」
「ムシューの教育係?」
「ええ、恐れながら」
「ずっとずっと此処にいるのかしら?」
「出来ればそうさせていただきたいのですが、勿論、お邪魔でしたら近くに家を取ります」

 上着のポケットから覗いた銀縁の細いフレーム。目が、悪いのだろうか?

「ムシュー」
「ムシュー」
 双子が一斉に振り返る。目が、2人とも同じ事を言っていた。もとより彼女たちと同じ考えだった僕は、彼女らにせがまれるよりも先に未だドアで立っている彼を中へ招き入れた。
「どうぞ、中へ。部屋への案内は後でいいかな…?」
「…ありがとうございます」
 青年は、手に持った少量の荷物を持ち上げて微笑んだ。


  *


 何の考えがあってあのバカが俺を此処にやったのかはわからない。だけど、間違いなく此処の住人の根は良さそうだった。奴からの勅令書を持っていたとはいえ、ここまで快く引き入れてくれるのは余程のバカとしか思えない。
 ましてや、領主ならば尚更だ。
 その命を金で奪おうとする者だって、少なからずある筈で。
 そういった事をすべて考慮すると、やはりバカ、としか評価できない。

 傾かざる 『冬の天秤』

 それが何を意味するのかまでは俺は知らない。それは俺の預かり知らない場所で、国王となったレヴォが決めた。それに逆らうつもりもないし逆らうのなら死ぬ覚悟だって彼に拾われた時に出来ている。

 ―――彼だけは裏切ってはならない。

 その、簡単なルールで俺は今生きている。
 だから、彼が此処に行けというのなら喜んで行った。彼が死ねと云えばきっと喜んで死ぬだろう。
 そんな精神しか持ち合わせない俺が、まさか教育係とは。勉学はさっぱりだ。出来るが教えるほど高度な何かを知っているわけでもあるまい。
 「ヒト」を教えると云ったって、俺が「ヒト」になれたのはレヴォに拾ってもらってからだから、それほど年月がある訳でもない。
 たかが、13年。 その月日が何を教えられると云うのだ。

 ましてや、自分よりずっと人間が出来ていそうなこの領主に。

「オルタンシア」
「ヴィオレット」
「はじめまして」
「はじめまして、クリス」
「―――はじめまして、お嬢様方。至らぬ点は星の数ほどお有りでしょうが、どうか、これよりよろしくお願い致します」

 紫の姫 と 青の姫

 微笑む彼女らの主人。彼女らも微笑む。
 正直、レヴォが俺を此処へやった理由が未だによくわからない。本当に、何の意図を持ってして彼は此処へ俺をやったのだろう。
「ムシューに於きましてもどうか寛大なる処置を、」
 それにしても、敬語、というものを使うのはつかれる。今までに数えるくらいしか使った事がないから、当たり前と云えば当たり前だ。
 むしろ、この先どれだけ続くのかよくわからないがこの先を思わず案じてしまうくらい敬語がわからん。
 レヴォが此処に俺を送った理由より、遙かに深刻だ。
「―――この、屋敷には他には居られないのですか…?」
「ええ」
「他の誰も居はしないよ。この3人で全てだ」
「―――…、そうですか」
 3人のみを主とするのなら、この屋敷は広すぎる。
 首を巡らせて辺りを見、知られないように溜息をついた。

 ―――これでは、俺が参ってしまう…。

「―――広い、ですね」
「うん。…あ、クリス、君の部屋は僕から近いところで良いかな」
「ええ、ムシューの御心のままに」
 正直、人の気配が近くにないと眠れなくなってしまったから、その配慮は本当に嬉しい。
 それならば隣にしようね、と言った彼の表情を見て、どうにか夜、寝れそうな事だけを悟った。


  *


「―――あ、もう、13年になるのか…」
 僕が彼を拾ってから。
 1人で随分広くなってしまったように感じる部屋。いつでも此処にクリスが居たから、今この部屋はとても広く感じる。近くにない、居るべき体温がなくて、無意識に手を握った。

 彼は、13年前―――、
 何もない場所で、伸ばされる手すらも拒否して…、

「…おや、陛下。此処でしたか。…クリスは?」
 こんこん、と小さな音を立ててノックし、顔をのぞかせた人物に見覚えがあったのでドアから視線を離した。
「いないよ、お使いに出しちゃった」
「…何の冗談です。クリスは”特別な”お気に入りでしょう?」
 まさか、と視線で言う彼に笑った。誰が見たって、そういう風に認識しているのだ。
「違うよ、じまんぐ。クリスが僕のお気に入りじゃなくて、正しくは―――…僕が、クリスのお気に入りなんだ」
 思い出してごらん、と言えば彼は首を傾げた。

 13年も前。
 記憶が続く限り、おそらく僕はその日の事を忘れることは出来ないだろう。


 その日、
 僕は此処より離れた辺境の地で無残に刻まれた歴史の爪痕を視た―――。

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