悠久の丘で
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春の除目

 何時もの事でありながら廊下を彷徨い歩き、自室である吏部侍郎室へ帰りつけない李絳攸を発見した藍楸瑛は、やはり何時ものように彼を無事侍郎室へ送り届け、その際に久方ぶりに足を踏み入れた吏部侍郎室の天井まで届こうとする贈り物の数に思わず形の良い眉を、これでもか、と云うほど寄せてしまった。
 片側の壁いっぱいに積まれた、一見して普段使いできないものだと分かるソレ等。質がかなり良いと思われる物から価値はピンきりのようであったが、それでもその数は異常以外の何者でもなく。
 楸瑛が呆れたような声色で、友に問いかけたのも、ある一種まともな反応だった。

「―――……どうしたんだい、絳攸」
「どうしただと…? 俺に聞くなッ!」
 この数、と続こうとした声は絳攸自身の不機嫌そうな声に阻まれ結局は紡げず、何故かこれほどまでに機嫌の悪い親友に些か首を傾げつつ、楸瑛は首を仰け反らせ上にまで積まれる綺羅綺羅しい物品の類を見上げた。
「…いくらそろそろ春の除目だからと言って、こんなに多かったかねェ」
「――――――…俺のだけじゃ、ない」
「…はァ? 君のだけじゃない? じゃァ誰の…」
 ふとソレを言いかけて、ちらりと頭を過ぎった人の顔を、楸瑛は急いで脳裏から消した。


 いやいや、それは幾らなんでもまずいだろう。もしそんな事が藍州にいる兄上たちに知れたら火を見るのは明らかで、恐らくそれを止められない自分が情けなくも胃が痛くて重い。
 すでに何故か胃がキリキリしだした。


「これか。お前も知って…」
「いや、良い。絳攸頼む、誰のだか口には出さないでくれ」
 イライラした、半ば八つ当たりするような声色で言い募ろうとした絳攸をどうにか止めた。聞いたら間違いなく後悔する。
 言い損ねた絳攸は舌打ちなんかして自分の机へ向かい、そこにも山を成す高価そうな、絳攸の趣味に掠りもしない文箱を邪魔そうに見て、また、舌打ちした。
「…っち」
「随分荒んでいるみたいだね…。まァ…無理もない、かな」
 積み上げられた物品を売り払えば相当な額になりそうで、自分でも知らずの内に頬を掻いた。

 まったく朝廷の官吏も無駄遣いが多い。

 そんな事に使うのならいっそ公費にでもまわしてしまえば良いのに、と若干現実逃避する。
 その中に絵姿を見つけて、それが絳攸の所にあるという事実が信じられなくて、つい手にとって広げた。
「…あれ。進士の時からあれだけ女嫌いを公言してきたのにまだ見合いの文なんて来るんだ………と、おや、随分面白い絵姿じゃないか」
「…あァ、それか。邑榛のところに紛れかけていたのを黎深様が俺宛に変えたんだ」
 楸瑛は耳を疑った。

「…邑榛、宛?」
「あァ、あの邑榛宛だそうだ」

 ―――誠に残念な事に聞き間違いではなかったらしい。
「血を…見そうだね」
「すでに見た。……俺が」
 重重しく、且つ、暗雲立ち込めるような声色で低く紡いだ絳攸は勢い良く振り向いた。
「即刻その馬鹿を排除…というか抹殺しようとする黎深様を一応、止めたせいでな!」
 抹殺、と絳攸は言った。
 そしてソレが決して脅しのような生易しいものではない事を――悲しいことに――楸瑛ですら知っていた。
「それは…、邑榛の為でもあるだろうし」
 ねェ、と言って絳攸を宥める。だが、あの人の事だから確かに有言実行、即刻紅家の影を使ってでも殺そうとするだろう。絳攸が止めていなければ密やかな抹殺計画がその日の深夜にでも実行され、あの間抜けな男はすでにこの世に居なかったというわけだ。それも多少惜しい気がして、楸瑛は苦笑しながら首を左右に振った。

 ―――いけない。すっかり毒されてきている。

「―――…それで? その事、邑榛は知っているのかい?」
「知らん。…と云うか、そんな事でも言ってみろ。邑榛の奴、入殿すら拒否して黎深様がやっと1回考え直してくださった抹殺計画を、今度は制止も聞かず実行する」
 それも事実になりそうで、やはり怖い。
「―――何も知らずに終われば良いのだけどねェ…」
「…あァ。終われば、な。…だが、邑榛の情報網を考えるとこの縁談を知らずに春の除目を迎えるのは無理だろう…」
 胃が痛い、と絳攸も腹部を押さえて口元を引き攣らせ頭を押さえた。
「…コレと云うのも……ッ!」
「全部あの男のせい、だろ? だから簡単に黎深殿の地雷を何度も何度も踏みまくれるんじゃないか。これはもう、ある一種の才能だねェ」
 あはは、と空笑いしながら言うが、絳攸の視線がかなり痛かった。

 あァ、分かっているよ。とばっちりを喰うのは君だものね、迷惑なのは重々理解できるさ。

 …尤も邑榛は紅尚書の仕事が溜まっていると喜ぶ節があるらしいけど、それはかなり特殊な場合に限るだろう。何せ邑榛は紅尚書が仕事をためない限り仕事が無いのだから、たまの仕事にはしゃぐのも………500歩ほど譲って、仕方ないと言える。
「願わくば邑榛が臍を曲げない事だね。春の除目までに仕事を終わらすには、どう考えたって邑榛の力が必要だし…」
「黎深様の機嫌もあるしな」
 絳攸は全く柔らかく包まずにキッパリ、はっきり言い切った。
「あとはあの昏君が仕事をやりさえすれば問題はない」
 絳攸は溜息をついた。

 そう、問題は邑榛だ。

「―――…どっちともの鍵を握っているのが邑榛なのに、この時期にあの男からの縁談なんて、まったく…時期を省みないというか何と云うか…」
「バカなんだ、あの野郎! …糞、物品ならせめて賄賂の証拠とか売り払うとか使い道はあるのに…」
 見合いの絵姿では何の価値も無い、と絳攸が文句を言った。
 十分、黎深や邑榛を怒らせる役には立っているのだがそれはあまりにも勝算の薄すぎる賭けで、迂闊に手を出すのはかなり危ぶまれる。
 売り払われるのか、もしくは動かぬ証拠として使われるのか、どちらにしても本来の目的には使用されそうにも無い物品の数々を見て、絳攸は目を細めた。
「過去に黎深殿と君にあんな目に合わせられていて縁談を寄越すとは、よほど面の皮が厚いようだ」
「邑榛なら受けるとでも思ったのか、あの馬鹿。受けるわけ無いだろうが、あんなに堂々と女嫌いを公言してるのにッ」
「…その点は全く君と変わらないね、絳攸」
 絳攸は2、3度ぎこちなく頬を掻いた。
「―――…実際、楽、だからな。それでも入ってくる俺への縁談といえば精々玖琅様が持ってくるものくらいだし…玖琅様は紅家を1番に考えていらっしゃるから」
 その実、楸瑛や絳攸のような若手でありながら高位に位置する官吏への縁談が入ってこないわけが無いのだが、絳攸の分はすべて、黎深が手を回して排除させている事を、楸瑛は知っていた。それに邑榛が一役買っていることも知っていたが、楸瑛は特に何も言わなかった。

 本人は知らなくても良いことがある。それは恐らくこんなことなのだろう。

 まさか本当に女嫌い、というだけで縁談話がすべてなくなっている、と思い込んでいる絳攸はやはり、この世界に足を踏み入れて尚黎深に護られているのだ。
 いつでもふ、とした瞬間にあの冷徹と噂高い尚書に護られている親友を見るたびに微笑ましく思うのだが、ソレにすら絳攸は気付いていないだろう。

 故に微笑ましい。

 抜けているようで実はかなりしっかりし過ぎている邑榛ではこうはいかない。
 邑榛はすべて知っていながら知らないフリをしているから、性質が悪く、そして紅、黄尚書の頭が上がらない主だった原因になっているのだろう。
 邑榛は鋭いから。
 こちらが気付いて欲しくない所まで、すべて気付いてしまう。
  ――――――まるで、龍蓮や紅尚書のように。

「…まァ、邑榛は真性だとして、君はそうじゃないだろう? 絳攸」
 ちなみに劉輝は真性なのか偽りなのかいまいち楸瑛には理解できなかったが、邑榛は真性ぽい。邑榛には以前軽く迫ってみたが軽くかわされてしまった。
 流石に10近い歳の差のせいか経験の差か、邑榛相手にはどうにも強く出れない楸瑛だったが、それでも邑榛は真性だろう。そしてこの親友は真性でも偽りでもない。
 彼の選択肢にそういった道は無い。
「…ぐ、ぶッ」
 飲もうと持ち上げた湯飲みを傾けている最中だった。当然のこと、傾けた湯飲みからは茶が喉に注いでいたし、そしてその言葉を聞き脳が理解すれば噴出すのは必然。そしてそれが怒りとなって楸瑛へと向かうのも、また、必然であった。
「しゅ、楸瑛ッ!!」
「なんだい、絳攸」
 ニッコリと笑ってやればどうせこの親友は後の言葉を紡げない。ソレを分かっていて、こちらが言いたいことだけ最大限に言ってそこで会話を打ち切りたそうな絳攸の為にその話題はやめてあげた。


「それで絳攸」


「―――…なんだ?」
 すごく警戒された。
「邑榛に縁談送るなんて無謀な真似をする輩は年に何人くらい居るんだ?」
 これはあくまで興味から出た質問だった。
 決して藍州にいる雪兄上に報告しようなんて、思っちゃいない。
 そんな事をすればどんな私怨で貴陽をどん底に突き落とすか知れない。
「年に…? 結構いるぞ、さすがバカだと俺も黎深様も呆れるくらいだ」
 そう言って絳攸はニヤリと笑った。
「こう言ってはなんだが、邑榛に限って言えば特に目立って…」
 此処で絳攸は僅かに言葉を濁した。
「……ぁー…、特に目立って……いるが、邑榛を完全に後ろ盾する貴族はいない。さすがの紅家といえども紅家に何かあった場合、邑榛よりも家を優先するからな」
 それは藍家にとっても同じことだろう? といわれて頷いておいた。
 実際は兄たちの手腕なら、もし万が一どちらとも窮地に陥ったならどちらともを救う手立てを瞬時に考え出すのを知っていて。
「それで?」
「それにも関わらず、邑榛への縁談だけに、裏事情が存在する」

 絳攸の話を聞くに、元々作ったのは悪夢の国試組らしいのだが。

「邑榛へ縁談を持ってくるためには、最低でも金30両必要になるんだ。状元及第した進士で貰える銀80両ですら高額だってのに、邑榛に見合い関連の文を出すだけで金30両、だからな。しかもその殆どは俺や黎深様に気付かれて本人の下へは届かない―――…」
 ちょっと聞いていて可哀想になった。
「ンで、見つかった文書は燃やされたり今回のように俺に回されてきたり…まァその、俺が黎深様を止めきれなかったときは……そのときだ」
 その恐ろしく悪い歯切れから推測するに、1回はあったのだろう、絳攸が止め切れなかった縁談が。
 そういえばいつだったか急に朝廷を去ったデブでハゲな官吏がいたなァ、と思い出す。
 あれは邑榛がらみだったのかもしれない。
「……ましてや、黎深様以外にも黄尚書や悠舜様、それに…管尚書、それと藍州州官の姜州牧もグルだからな…。あれをかいくぐれるような奴は藍龍蓮くらいのものじゃないのか?」

 げっそりとした絳攸を見る。
 意外と弟は高く評価されていたらしい。

「…へェ、それで邑榛はあんな風にケロリとしてるわけね…」
「あんなに贈り物が溜まってても一向に自分のものだと気付く振りも見せないからな」
「それは…只単にいらないだけの気もするけど」
「あァ、多分全部いらないんだ」


 絳攸と2人で思わず、天に着きそうなくらい高く聳え立つ贈り物の山を見て、溜息をついてしまった。

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