悠久の丘で
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遠い日の行方

「―――ねェ、鄭悠舜」
 声を掛けられた。掛けたのは友人の小さな家人。
 なんでもまだ10も半ばだとか云っていたか。信じられないが、確かにそのあ
どけない顔を見ると年齢は辛うじて信じられる。
 けれども。
「どうしましたか、邑榛」
 次に彼から洩れた言葉は、私を一時固まらせるには十分だった。

「なんで鄭なんて名乗ってんの?」


  *


 その日、私はいつも通り(この場合どこまでをいつも通りと称するのか、それが難しい)黎深の暇つぶし(そういったら彼にくどくどといらぬことを繰り返し言われるのはもう経験上知っている)に付き合って、彼の姪だという娘の寺子屋を覗きに行った。
 その際に黎深が行った不可思議な行動を行き過ぎに至らず見ていてくれて助かった、と云ったのは、目の前の小さな子どもだ。
 鳳珠にも同じ事を云っていた。
 鳳珠はもう屋敷の方へ行ってしまった筈だ。
 邑榛は、のんびりと李の花を見つめていた私を、特に感情の知れぬ表情で見ていた。
 この李は邑榛が埋めた物だという。
 好きな物は何があっても隠そうとする黎深からその情報を得て、且つここまで成長するまで黎深から隠し切ったその手腕は、とても10を過ぎた子どもの物とは思えず、最初に話を聞いたときに、いぶかしむばかりだったのだが。

 これが、邑榛と初めて出会ったのではない。
 何度か、短い時間を、何度か。

「―――何のことですか?」
「あー、白を切る」
 邑榛が困ったような、呆れたような、そんな表情でかりかりと頬を掻いた。
 私はいつもと変わらぬ笑みを浮かべたまま、首をかしげた。
「なんの事でしょうか」
「もう、面倒くさいなァ…」
 はァ、とため息を付く。
 10を過ぎた少年が吐くにしては大分慣れた感じのため息だった。
「なにか、勘違いをされているのでは?」
「俺が勘違い?」
 くすくすと邑榛が面白そうに笑う。

「それなら、どれほど良いかね」
 悟った。
 この子どもは、気付いていると。

「んー、今から…何年先だ? えっと、今から………」
 何かよくわからぬ計算を始めたらしい邑榛の目は宙を彷徨って、李の白さに1度、目を細めた。
「今から、」
 何の計算をしているのか、容易に予測することが出来る。
 だけど、その計算は決して正解にたどり着くはずがない計算だった。
「―――あー、13、4年って所か…」
 またしてもため息を吐いた。
「13、4年後の為に打てる布石は―――…大してないんだよなー」
 かりかりと頭を掻いて、もう1度計算を始める。

「邑榛」
 私には、その小さな子どもへの興味が沸いていた。黎深ですら気付かなかった私に、気が付いた少年。それだけでその存在を過大評価するに値する。
 この子どもならば本当に私の願いを―――…、
 ―――そこまで思考がトリップしてから、私は心の中だけで緩く首を振った。
「ん?」
 あどけない子どものような目をした、私のような嘘つき。
 だけどこの嘘つきは真実紅家の為にだけ嘘を吐く。本当に必要な嘘を。
「私を、誰と間違えているのですか?」

 邑榛は笑った。

「紅家が―――つかまァ、黎深が犯した罪はね、きっと紅家を破綻へと導くよ。導くのは悠舜で、きっとその時が来るまで黎深は気付けない。ンで、そんな事に陥ってるなら黎深の仮の当主ももう、邵可が継いでるだろうな。あーぁ、面倒くさい。それで…、誰だっていったか?」
 子ども特有の大きめの目を、細めて、

「鄭悠舜―――、いや、姫、悠舜。ん、名前も本当は違うのかな?」

 合格だった。
 これ以上ないくらいに完璧な。
「―――姫家、ですか」
「そう。紅家お抱えの天才軍師様。いや、あれは軍師って云うより策士かな」
「会ったことが?」
「まさか」

 姫家。
 私があの時埋めた桃はどうなっただろう。水をやる人間もいない。枯れてしまっただろうか。
 もし育ったなら、里を埋め尽くすくらい、増えれば良い。
 そう云った事に全く興味がなかった私達一族にしては珍しい考えだった。私本人ですら、そんな事を思うなんて考えてもみなかった。

「たかが10数年しか生きてない俺が伝説に会うなんて早過ぎる」
 伝説か、と自嘲する。
 その伝説は先王によって容易く散らされた。
 それは決して黎深のせいではないと、心の何処かではわかっていた。あれは、生に頓着のない我々一族の、在るべき散り際だった。

「当代、゛鳳麟゛。いや、もう紅家のものじゃないから鳳麟じゃないのか。そっか、なら悠舜でいいや」
 邑榛が、真っ直ぐに私を見た。
「悠舜、あんたがどう生きようが俺はどうでも良い」
 当たり前だ。邑榛の大事な物は1つだけ。邑榛の手にまだ隙間はあるけど、邑榛は決してそこに他の物を入れようとしない。
「だけど、まァ可能性の問題ではなくて確定事項な訳だが、紅家に、黎深に手を出したら、その時俺が出来る事をするから」

 まだ小さな子ども。

「誰が相手でも、あいつらを守ってみせるから」
 それに、一瞬でも恐怖を抱くなんて。
「―――それが、俺が拾われた時の小さな小さな約束」
 突如強く吹いた風が邑榛の漆黒と李の白を巻き上げる。紅い瞳は私をずっと映していた。
 これ程強い瞳は、何時振りに見た物だろう。とてもとても遠い過去のようだ。

「ま、それだけ覚えておいてくれれば良いから」
 邑榛が、視線を和らげた。そしていつものように、子どものように笑った。
「さぁ、もう戻ろうか。それともまだ李に興味が?」
 伺う様に問われ緩く首を振る。
「いいえ。ありがとうございます」
「ん、流石にちょっと肌寒いからな。足が痛む」
 ちらりと雲に半分程身体を隠す太陽を見上げた。
「もっと暖かくなって、李が出来たらまた来いよ。黎深の珍しい様子が見られる」
 邑榛は、それまでに部署が決まり恐らくは黎深と離れる事を知っていたようだ。
「―――えぇ。楽しみにしています」
 黎深に向いている仕事と私を知っている王では、当然部署が異なって然るべきだ。
 足の事を考慮したような邑榛の歩き方に心の中で小さく感謝し、ふと私は戯れな問を思い浮かべた。


「邑榛」
「ん?」
「―――私達はどうなると思いますか」
 それには沢山の意味を込めた。
 私にも予想が付かない事、予想が付いている事。沢山沢山込めた。
 邑榛は僅か先を歩いていた足を止めて、振り返って少しの間風に舞う白を眺めていた。

「…そうだな、今わかることだけなら良いか。悠舜は遠くに行く」
「…遠く?」
「そう。今で云うなら…そうだな、茶州とか」
「茶州…ですか」
 小さくこくりと頷かれた。
 王を脳裏に描く。十二分に有り得る事。
「そして、黎深はまだ悠舜の事が好きだよ」
 当たり前のように付け足された。
「―――…は、」
「わかってるくせに。黎深は一途だ。黎深の世界を開いた者には、まるで刷り込みのような愛情を抱いてくれるって」
 至極、至極、当たり前のように。


「さ、本気で戻るぞ」
「はァ」
「そろそろ自分じゃ何も出来ない事に気付いて黎深が俺を探し始める頃だから」
 邑榛はにぃと笑った。


  *


「―――邑榛」
 もう10数年も前の事だ。
 ぽつりとこうなる事を恐るべき正確さで予言していた子どもの名を呟く。
 もう子どもと呼べるような外見ではなくなってしまった。
 あの子どもは、恐らく自らに関してはまったく損得勘定をして生きて来なかった。

 藍家に、鳳珠、私に幼い王。陸清雅。晏樹もしかり。彼が葵ちゃんと呼ぶ御史台長官。
 他にも沢山。

 だからこそか。今回彼は宣言した通り彼が出来る最大の事を行って、辛うじて回避した。紅姓官吏の復帰が早かったのは王と邑榛の働きのおかげだ。
「あなたはちゃんと守ったんですね」
 予測は付いていた。
 ふと幼い子どもを思い返して笑った。

 私が嘘吐きでなければ良かったのに。

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