悠久の丘で
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書の行方の行方

「―――良いかァ、黎深」
 いつもいつも邑榛に言われていること。
 小さい時から、ずっと邑榛に言われていること。

「邵可の家族には迷惑をかけない。これ、原則!」
 いいね、と言う邑榛の顔は呆れ果てていて。それを言われたその日ですら、黎深は迎えに来た幾つも年下の邑榛に正座で怒られていた。



  *



 その日、黎深が同僚である黄鳳珠や鄭悠舜を連れて秀麗が通う寺子屋へ行ったのは、黎深的な思考からすれば当たり前のことだった。たまの休みに姪っ子を見ずに何をするッ、というくらい黎深は勤め始めてから秀麗に会う機会が減ってしまった。それに悔しそうに唇を噛んで、存在すら感知されていないことを棚に上げ毎日のように会っている邑榛を責める始末。
「なら、会いに行けば?」
 とうとう堪忍袋の緒もぷちりと切れ、冷たく言い放った邑榛の言葉に煽られるようにして寺子屋に向かった。
 もちろん、1人ではさびしいため暇そうにしていた同僚を誘った。2人は特に何も言わず――黎深が聞いていなかっただけだが――ついてきたし、黎深からしてみれば久しぶりの秀麗に浮かれていた。
 半ば変質者のように窓から覗き、秀麗が嗜んだ書を家宝にするなんてアホなことを言い始めても、付き合いが浅い同僚2人にはどうすることもできない。

 ―――その中においてもただ、黎深の身柄を安全に紅貴陽宅につれて帰ってきてくれただけでも、邑榛にとっては嬉しかっ
た。
 もし一歩遅くて万が一この姪バカが州府にでも引き渡されてみろ、紅本家から何を言われるかわかったものじゃない。それでなくとももう、この間男は紅家を正式に継いでいるのだ。


 はァ、といつも以上に重苦しくため息をついた邑榛を目の前にして、黎深は特に何も言えなかった。
 それでなくとも邑榛に何か命令したりするのは抵抗がある。抵抗があるどころではなく今までしたことがないのだが、いつもなら怒るところは怒鳴るようにして怒る邑榛がそんな表情をしていれば、如何に黎深であろうと不安になるもので。


「―――…邑榛?」
「お前は本当にアホだな」
 返ってきた言葉に憤りを感じる暇もなく、ようやく重い口を開いた邑榛に喜びすら覚える。
 だけど彼ははァ、とまた重苦しくため息をついて。
「―――…ああ、本当に黄家のボンボンと鄭家の若いのに礼を言うしかねェな…」
 きっと、今邑榛が言ったのは、鳳珠と悠舜のことなのだろう。いつの間に知ったのだか、すべての顔と名前も覚えていない――もっとも黎深には覚える気がなかった――官のことなど邑榛が覚えているとは思えなかったのだが。まだ、この子は10も半ばなのに。
 そう言えば、彼は何を今更当り前な、という顔をして、
「もうとっくのとうにすべての貴陽まで来た受験者の名前や経歴一覧は覚えたぞ…? まだ古参はいまいち符合しない部分もあるんだが」
「何故だ」
 そんなもの、何の役に立つのだ。そう問えば呆れたような顔をされた。


「何でって…もし黎深に不審を働いた奴がいたとしたら、吊るし上げるために決まってンだろ? 俺の目の届く範囲でンなアホなことする気なんだ、覚悟も出来ているだろうさ」
 ちなみに、と邑榛は続けた。
「玖琅も、百合ちゃんも邵可も本家もするぜ?」


 前半だけ、覚えておくことにした。
「まぁ、今回の被害者は秀麗…ねェ?」
 気を取り直したように邑榛は言う。正座した足が段々しびれてきたが、きっとそんなことは言ってはいけないのだと思う。
 そう言って、邑榛は手に持っていた書を眺めればふと目元を和ませた。
「―――…まァ? 思わず盗りたくなっちゃう気持ちもわからないではないが…、しかもお前、黎深。飴か金500両で交換って、どう聞いたって怪しいから」
「な…!」
「ああ、静蘭と悠舜、鳳珠情報な」
 ちくったな! という怒りと同時に、意味のわからぬ気持ちが心の中で混然とする。
 ん、今、邑榛は名前で呼ばなかったか?
 それに、なんか余計なものが1人入っていたような…?
「―――邑榛…?」
「ンだよ、お前への説教は終わってないぞ」
 腰へと手を当てて、邑榛は顔をしかめる。だけど髪を掻き上げながらため息をついて続けた言葉に思わず頬笑みが浮かびそうになる。もちろん、そんなことしたら何も言わせてもらえなくなるので我慢する。
「…―――ったく、しょうがねェな。なんだよ、言ってみ? 聞いてやるから」
 上からな物言いなのに、ちっとも怒りが込上げてこない。
 それは、自分が怒られるようなことをしているのだと自覚があるからなのだろうか、それとも自分が丸くなったのか。
 少なくとも譲葉がいた時はこうではなかったはずだ。ここ何年かで、急に成長した。

 成長した、と言って間違いはないと思う。

「―――…なんでお前は鳳珠たちを呼び捨てにしている…?」
「良いって言われたから」
「なんでそこに兄上の所の拾い子が入っていた?」
「勿論、謝りに行ったに決まってるだろ? ついでに邵可にも薔薇姫にも謝ってきたさ。あ、秀麗にこの書、返さなくてもいいってさ。だけど、今度からは言えばあげるから家に来なさいって邵可が」
 今更のように邑榛はそう告げた。
 そして、ぺらぺらとした書をこっちへと渡す。

「ちゃんと額縁に入れておけよ。ンで、1番良い処に飾らなくちゃな」
 秀麗、さすが薔薇姫の娘なだけあって字が綺麗だ、と目を細めて微笑む。
 自分もそう思う。だが、字が綺麗、汚い、に越したことなくきっと自分なら秀麗が書いた、という事だけで手に入れようとしていただろうから特に何も言わない。

 ―――だが紅家の末姫を大事に思っているのは、邑榛とて変わらず。

「ま―――…、いいや。今日はこれくらいでいいぜ、黎深」
 続いて説教が始まってからそんなに時間をかけることなく解放してくれた。
「―――…? いつもより、短くないか?」
「もっと続けてほしいなら玖琅か邵可のとこに行けよ」
「いや…、そういう訳じゃないんだが…」
「―――…ほら、今日、お前がしたことで、1つだけ俺でもしただろうなぁってことがあったから、免除だ」
 邑榛は照れたように、苦笑して髪をかいた。
 長い長い碧の髪は指通りがよく、邑榛がこの家に来た時から切っていないためもう随分長い。それを、今は後ろで1つにくくっている。
「…? どれだ」
 重ねて問うと邑榛は苦笑した。そして、
「あ―――…、いや、だって。…お前ら兄弟の特徴を面白いくらい持ってる上に薔薇姫との子だろ? 美人…っていうよりは可愛いだけど、そんな秀麗に近寄る虫はなァ…?」
 苦笑が照れ笑いのように変わって、常のコメントと大差ないようなことになる。
「秀麗はああで、薔薇姫も邵可もまったく権力には興味がないからこっちがちゃんと目を光らせてなきゃならん。ましてや―――…邵可は結果良ければな人種だから、その直前まで何も手を打たない可能性すらあるからな―――…」


 もちろん、その危険から離すためにもこうして黎深が紅家を継いだ事はよかったのだ。黎深ならば、馬鹿な刺客に引っ掛かる事もなく、譲葉も邑榛も傍にいる。最悪の結果だけは確実に回避できる分だけの実力も備わっている。


 邑榛が大きく吐いた息を聞かなかったことにして、黎深は邑榛を見た。邑榛もこちらを見た。
「―――…何? もうお説教はお仕舞いだってば」
 あまりじっと見ていたら邑榛が困ったように頬を掻いた。
「いや…」
「なんだよ、歯切れが随分悪いな」
 悪いのにも理由はある。

 邑榛に怒られそうだとか、怒られそうだとか縁を切られそうだとか、そんな事ばかり。
 怒られそうだと結末は理解できるのに、言いたくて仕方ない。
 きっと、拒否されるのも知っているのに。
 だけど、もうずっと帰ってきてないんだ。もう、ずっと―――…、

「―――…ああ、ずっとずっと朝廷に籠っていたから、」
 もう、ずっとずっと。試験の後から数えても何回も帰ってきていないので、本当に久しぶりだった。

「――――――…あ?」
 邑榛は表情を曇らせた。何やらを思い出すように上空を睨む。
「―――…前も、こんなこと、確かあったよな…」
 なんだっけ、と頻りに首を傾げる邑榛を見ていると怖くなる。もし、拒絶されたら、とか、そう云う意味で。


 本当に、本当に、今更で、病気で、


「―――…邑榛、」
 声が知らずの内に掠れてしまう。どうしても、触れたくて堪らない。
「―――――――――…あ、思いだした。試験から帰ってきた日とそっくり」
 びくりと身体が竦む前に邑榛の腕を引っ張って床に押し倒した。腕を頭の上で重ねて射止めて細い身体の上に跨る。

 ああ、ダメだ。
 拒否される。拒絶される。
 ダメだというのに。

「―――黎深…、」
 邑榛の声も低い。
「邑榛…、」
 するりと空いた手で肌を撫でたところで邑榛がにぃ、と笑った。
「はい、お仕舞いな。もし退かないって言うんなら、お前、不能になる覚悟をしてから行動しろよ? 俺はお前が朝廷なんぞで面倒くさい書類を片してる間にも少しも休まず邵可から術を教わってるんだからな?」
「―――…ッ」

 邑榛が邵可から教わっているモノ。
  ―――武術。


 そろりそろりと退いた私を見て、邑榛は笑った。

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