悠久の丘で
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監察御史のお仕事

 呼び出されて、そいつの顔を見たとき俺は本当に本当に後悔した。
 なんでこの時期、お前がここにいるんだ…? しかもそんな服で。
 お前、見つかったら、絶対に怒られるだろう。




「あ、やっと来たな」
 壁に寄り掛かって。
 人通りが少ないとは云え、堂々と廊下で待っていて良いような人物ではない。
「――――――なんでお前がここにいる」
「俺は俺の気の向くままに出現するのさ」
 そう言って、本気なのか嘘なのかこいつは笑う。
「しかも今回は清雅が冗官に落ちたっていうだろ? だから絶対見に行かなきゃって」
 思わずこぶしを握りかけた。
「―――誰から、聞いた…」
「勿論お前が予想している通りの奴…龍蓮だよ? あいつ、俺の所に来ると毎回おまけをしてくれるからな」
「おまけ…?」

 それにしても、よりよって今の時期、最も会いたくない奴によくも…と、藍龍蓮に恨みは募る。

「そう。藍龍蓮らしいおまけ。俺が知りたいこと、何でも1つ、教えてくれるっていう、面白いおまけな」
 そういってけらけら笑った邑榛は値踏みでもするように俺の事を上から下からじぃっと見て。
「―――…なんだ」
「いやぁ? 清雅、その格好も可愛いなって」
「お前だけには言われたくないぞ、邑榛。それに今回冗官に落ちたのだって…」
「本当は落ちてないって? お前、正直今の時期暇なんだろう」

 そう言って含み笑いをすると邑榛は急に寄って来て鼻を寄せた。
 どこか犬を思い出す仕草に思わず袖を引く。だけれども、邑榛はちっとも気にしていないようだった。

「な…っ?」
「――――――…微かだけど、秀麗の匂いがする…気ィするぞ」
「何…?」
「清雅、秀麗にちょっかいかけた…? それか、秀麗が長くいた場所にいたか?」
 話の異常さに突っ込むよりも先に、つい先ほどまで紅秀麗その人と共に話していたことを何故か邑榛に知られたくなかった。
「……なんの、話だ? それに秀麗って?」
「――――――あー、清雅嘘吐いたー」
「何の根拠があってそんなこと言うんだ、お前は」
 内心ギクリとしながら、だけど変に反応すればバレてしまいそうで、怖くてできるだけ表情を消す。
 これで、もう少し声色が責める響きを含んでいたら、俺はきっと唇を噛みしめて足早に立ち去っていただろう。


 だけれど、何故か邑榛はそれをしない。
 きっと、この俺を泣かせられるのなんて、お前だけなのに。
 きっと、俺を思いのままに扱えるのはお前だけなのに。


「それはね、彼女がうちの家系の姫君だからだ。悪いけど、紅家に関して言えば俺の右に出るものはいないと思っている。その俺が、秀麗…つか、邵可と薔薇姫の好きだった香を忘れると思うか?」
「それも…何年も前じゃないのか」
「そう、薔薇姫がいたのは何年も前。―――だけど邵可は、ずっと正気じゃなかったからな。ましてや邵可が好きだった香は薔薇姫が独自に調合したものだ」
 そう言って、何故か愛し気に微笑む。
 それがなんかむかついた。
「俺が忘れるものか。俺を拾って、居場所をくれたあの3人の愛する人間のことだぜ?」

 なんか、ムカつく。

「まぁ、お前が秀麗を知ってようが傍にいようが、別にどうでもいいんだけどな」
「―――…何故だ? 自分で言うのもなんだが、俺は利用するぞ」
「知ってる」
 そう言って、邑榛はふわりと笑う。
 その笑みを見るとどうしても弱い。何回だって利用できたのにその笑みが利用させてはくれなかった。
「でもね、清雅。秀麗は残るよ。俺が勉強を教えて、静蘭があの子を守る。―――いや、それだけじゃないな。あいつにはあいつを助ける奴がいるからな」
「……それは、お前も含まれるのか」


 聞いてしまってから、思わず口に出してしまってから、俺はしまった、と口を押さえる。
 こんなこと、言うつもりはこれぽっちも言うはずではなかったのに。
 ほら、見てみろ。邑榛は呆けた顔をしている。只でさえ顔がそれなりに整っているというのにアホ顔が多いから。だから、こんな風に、そんな顔が違和感なくなってしまうのだ。
 なんとなく、それにもムカついて邑榛の頬を伸ばした。


「むぅ…っ!?」
 何するんだよ、と不明瞭な口が物を言う。
 どこか顔が不服気で。
「うるさい、お前のせいだ。そんな顔してるから」
「ひみふぁふはんふぇ」
「お前の方が意味わからん」
 そういえば、わかってるじゃないかみたいなじと目で見られて。
 俺は頬を離してやった。
「痛いだろー。顔の形変わったら俺、泣き付かれるだろうが、黎深に」
 玖琅も邵可も見かけ上では平然としているはずだ。玖琅は絶対に内心悩んでいるだろうけど。
「…それだけ聞いてると紅黎深も普通の人間に聞こえてくるから不思議だよ」
「うん? 黎深は1番人間らしいぜ、あの兄弟の中で」
 平然と言い放った邑榛が、なんの音を聞いたのか急に俺ごと壁に押し付けた。
「邑榛…!」
「しー。静かにしててくれよ、清雅」
 口調は普通なのに、びっくりするほど低い声を出して邑榛は俺の口を塞ぐ。先ほど少し強めに打った背中が痛い。
 だが、そんな痛みより先に近い邑榛の体勢のほうが気になる。
 急に近づいた邑榛からは、李の匂いがした。


 なぜ李だとすぐにわかったのかはわからない―――、だが、これは間違いなく李だろう。
 ふわりとした甘さの中に、ほんのりとした酸味の効いた李。


「…っ、邑榛…………?」
 なぜ、自分が彼に押し付けられ背を強かに打ち前から彼に抱きしめられているのかはわからない。
 何か理由があってのことだとは思っているのだが、近い邑榛の長い髪や首から香る李に柄にも無く心臓が波打つ。
「…うん? 何、清雅」
 声が直接鼓膜に入ってくる。

 正直に言おう。
 我慢なんかできるか。

「邑榛」
「へ…?」
「場所を移すぞ、そこら辺に確か使ってない部屋があったはずだ」
 ぐいと腕を強く引っ張って、張り付いていた壁から引き剥がす。
「え、清雅…?」
 急な事態について行けず戸惑うそぶりを見せる邑榛も無視だ。早くしないと、お前が大変なことになるぞ、とよくわからない脅しをかけて邑榛を黙らせれば手近で人が寄り付かない部屋を選んで勝手に入る。
「ちょ……っ、入って良いのか、清雅」
「問題ない、ここは使ってないからな」
 冗官の部屋と一緒で。
 適度に密約とかもしているからそれなりに綺麗にしてあるし。
「……つか、なんで俺押し込められてるんだ…?」
「お前が悪い」
「それ、理由になってねぇぜ?」
「気にするな」
「気になるっての…」
 そうは言っても、結局邑榛はおとなしく部屋に入る。

 だから、素直に利用できない部分でもある。

「――――――…お前、本当にバカだろ」
「何がさ。つか、俺はお前だけにはバカって言われたくないね」
 そんな減らず口を叩いて。
「じゃァアホだな、邑榛」
 俺にこんなに好かれるなんて。
「アホのがまだいくらか救いようがありそうだけどな…」
 邑榛はそんな事、少しも知らずにぶつぶつ言う。
「だけど、アホって言われるの、久しぶりだな」
 邑榛は笑う。部屋の中央部分にたったところで、長い髪を揺らして振り返った。

「清雅、1番最初に会った時に俺に言った以来だもんな」
「あれはバカって言うよりはアホ寄りだったからな」

 ため息をこぼした。
 だって、明らかに宮仕えしているような服装で、あいつは李を取っていた。
 長い裾も袖も一切気にしないで。
 それを見た俺の感想は、只のアホ、だった。
 ――――――あの時、そのアホがふとした瞬間に足を滑らして、その上で李を1つも落とさず着地してみせなければ、俺は邑榛に興味を抱かなかった。

「しっかも、あの遠慮の欠片も無い笑い方な」
「だって、本物のアホに見えたんだ」
「ぜんぜん褒めてない」
 あの時邑榛は紅黎深のために李を取っていたのだという。
 よくよく考えてみれば俺は邑榛相手に猫をかぶったことが無くて。
「褒めてるさ。俺が名前を覚えてるってことだけで、かなり評価は高いぞ」
 それどころか自分は邑榛の人となりを、すべてを気に入っている。頭がおかしいことに愛しいなんて思い始めてる。

 もし、陸家と紅家が諍いを起こしたら、どの道がもっとも安全に終結へと向けられるかを瞬時に頭の中で考えてしまう程度には。
 自分が1番で、家の事はおろかどうすれば相手を欺けるかを考えているような奴だったのに。

「邑榛」
「…………清、雅…っ?」
 何をして、と呟きかけた邑榛を噛み付いて遮った。
 邑榛の唇は柔らかくもなくてふわふわしていて、触れると気持ち良い。
 先ほどとは逆に邑榛の身体を壁に押し付けて、唇に噛み付いてやる。

「ン…ぅ」
 どこか文句を言いたそうな目。
 口内に溢れた血の甘い匂いに目を細める。
「んん…ッ、ん」
 唇を離して笑った。
「お前、誰に対しても噛むなよ。唇が切れた」
「―――それ、お前のせいだろ」
「長官にやったら怒られるぜ?」
「葵ちゃんはいきなり人気のない部屋に押し込んでこんな事しません」
 ちょっと真っ当な返事が返ってきたので無視しておく事にした。邑榛がまともな意見なんて久しぶりすぎる。
 でも、その認識は微妙だ。

 間違いなく、凌晏樹ならやりかねない。むしろ、会話の間もなく食われているぞ、邑榛。

「あーぁ、笛とか吹けなくなったらどうしてくれる」
「……別に、良いじゃん、吹けなくたって。吏部試受け直す訳じゃないだろ?」
 お前、だって監察御史天職じゃん。 なんて言われてしまった日にはどうするべきなのだろうか。

 確かに楽な仕事だけど。かなり趣味の部分が入っているし。

「御史台としての仕事は」
「笛なんか堂々と吹ける優雅な役がお前に回ってくるとは思えないね。お前、顔見たらなかなか忘れられないような顔してるじゃん」
 それは御史台にとって、不利な札でしかないんだろう? と言われると頷くしかない。

「あの、フード被った清雅も可愛いけどな」
 そう言われて焦った。

「なっ、お前…っ!」
 それを何処で、と言えば邑榛はけろりとしていた。
「うん? 静蘭に、お団子奢ってあげるから後を付けて来る奴のことを見ていてくださいって言われたから」



 ―――至極真っ当な所、今すぐ食ってやろうかなんて思ったのは、内緒だ。

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