悠久の丘で
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吏部侍郎の姉 中

 実は、滅多に呼んでくれないから名前で様付けで呼ばれてみたかったというそんな簡単な理由で、半泣きだった門番から女を引き取った晏樹は、正直なところ悪目立ちするこの女をどうしようか、一刻も経たないうちに考え始めていた。
「――――――ねェ、邑榛」
「はい?」
 いつもなら「なんだ?」と屈託のない笑顔で返してもらえるのに、今は淑女のフリをしているせいで、言葉がやけに丁寧だ。
 本来はそう在るべきはずだったのに、もうかなりの年月を邑榛の通常の口調で過ごしてきた者としてはこれは酷い仕打ちにしか思えない。
 軽く泣きそうになる。
「……如何なさいましたか、晏樹様」
「…邑榛、」
「はい?」
 意識して、毒気の欠片もないような真っ白な微笑みを向けられる。それが酷く眩しくて、しかたなしに晏樹はあまり使われていない部屋へと邑榛を誘い込んだ。
「―――そもそも、どうしてそんな服を着てるんだい?」
「…末っ子からのお願いなのー。良いでしょ、俺美人さんだし」
 真っ直ぐ見ていたら言い逃れはできないと踏んだのか、邑榛はやけにあっさり白状した。
 そして、確かにその服装は酷く色気を感じる。筆頭女官にも引けを取らないような美女ぶりに、本人を知っている晏樹でさえ情欲を感じるのだから相当なのだろう。
「確かに美人さんだし、僕の好みだけどさー」
「あ、それはぜんぜん聴いてない」
 ばっさりと切った邑榛も晏樹は好きだった。―――というか、それが邑榛の性格だったから、慣れた、といったほうが的確なのだろうか。
「何、僕に見せに来てくれたわけじゃないの?」
「違います。俺はちゃんと俺の役目があってここまで忍び込んだのさ」
 じゃなきゃ、俺が紅家を危険にさらすわけがないだろう? と首をかしげてみせて。
「―――本当に、邑榛は紅家が好きなんだな」
「うん」
 その即答にうらやましくなる。邑榛を保有している紅家を羨み、そして、だからこそ邑榛自身がほしくなる。
「ねェ、邑榛」
「うん?」


「官吏にならないの?」


 そうしたら、いつだっていっしょに遊べるのに、といつだったか晏樹は幼なじみの様な同僚に言った事がある。彼は彼で無表情に見える顔を、晏樹がかろうじてわかる範囲で緩め、小さく頷いた。


「俺はならないよ、知ってるだろう?」


 確かに知っていた。過去にも何度か邑榛に断られているから。
「うん」
「いい子」
 そう言って邑榛は頭をなでた。

 邑榛が守りたいものは国ではない。
 紅家でも、紅州でもでもなくて、ただ1つだ。
 紅家直属3兄弟を守る事。それしか邑榛の頭の中には目標がない。
 それは酷く真っ直ぐで、止めろとは言えない強さを持って邑榛の中にあったから晏樹は何も言わない。言えないのだ。

 故に紅黎深が酷く羨ましくて、よく彼のお姫様にちょっかいをかける。

「晏樹、さびしいのか?」
 ふと聞かれた言葉に、果たしてどう答えるべきだったのだろうか?
 晏樹はいまだにそれをよく分かっていなかった。
「なんで?」
「なんとなく。ただ、そんな気がしただけ」
「―――じゃぁ、寂しいって言ったら、一緒にいてくれる?」
 晏樹とて、答えは知っている。彼は絶対に頷かない。邑榛は責任の持てない約束はたとえお土産の催促だって頷いてくれない。


 だから邑榛は信用できるのだ。彼が是と言ったらどんな事でも叶う。


「―――…晏樹、」
「嘘。知ってるから答えなくて良いよ」
 他の誰の前でも嘘を本当の事の様に謡えるのに、
「…たまに、黎深に見つからない様に此処まで潜り込めたら、定時くらいまでは一緒にいてやる」
 どうしても、嘘がバレる。きっと邑榛にならバレても良いとか思っているからだ。


 そう云えば、清雅もそんな事を言っていた気がする。


 歳が10以上、下手をすれば20も違う小僧と同じ感想を持ってしまうのは何か悔しかった。皇毅の秘蔵っ子だからと甘くしてきたが、少しくらいはあの鼻っ柱を折ってやるべきなのかもしれない。
「今日は優しいね」
 珍しいなぁ、と言えば、
「今日は晏樹、桃を剥けって言わないから」
 と、返された。
「なんで桃…?」
「知ってた、晏樹。皇毅に、お前から桃貰うと不幸になるって言われてるんだぜ」
 それは苦笑交じりで、
「俺はさー、今回末っ子のためと自分のために此処に遊びに来たわけ。前から堂々来たのは視察も含めてね」
 邑榛は微笑む。その一瞬で、邑榛が紅家の人間なんだと知る。
「―――そう、か」
「そう。そろそろお暇しようかな、晏樹」
 長い裾を踏まないように慎重に立ち上がった邑榛は、袖で口元を隠して笑った。

「晏樹の本当をよく知っている俺にはその価値はわからないのだけど、」
 一瞬、言われた事が理解できなかった。
「清雅に言ったら驚かれてしまったよ、晏樹」
 邑榛の指が唇を撫でて。
「あまり年下を苛めることも無いだろう?」

 くすくすと微笑みの混じった言葉。
 邑榛はそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。


  *


 一人歩きしてしまう噂というものは本当に恐ろしい。
 それが清雅の耳に入ったとき、それはもう朝廷の人間の半分は知っている事実になっていた。

 曰く、「吏部侍郎、李絳攸の姉にしてあの凌晏樹に声をかけさせる謎の美女」とか。

 非常に残念なことに、そんな悪戯を思いつきそうな輩は――本当に残念な事ながら――清雅の頭の中には見事1人浮かんでいて、李絳攸に姉はおろか兄弟すらいないことを知っている清雅としてはそれはすでに確証だった。
「―――あいつが来てる」
 急に立ち上がって秀麗に怒られても、ちっとも気にならなかった。それどころか、すぐにアイツに結び付けられない人間に哀れみを覚えるほどだった。
 いつもいつも変な格好をしては冗官や官吏に成りすまし遊びに着たりしている、紅家の懐刀。
 本人にその自覚はあるのかないのか、あの紅邵可から護身術を習っているというだけで怪しい。
 ―――そんな、紅家の最後の切り札。
 にやけそうになる顔を必死に抑え、最後に発見された場所から勘を総動員して居場所を探る。

 おそらく、ここら辺の空き部屋だと思うのだが。

 本人同士は決して認め合わなかったが、実のところ、少しだけ清雅と晏樹は似ていた。
 だから、コトに及ぼうと考えていようが考えていまいが、おおよそのところここら辺だろう、と。
「…ぁ、清雅」
 あたりをつけた場所に行ってみれば本人の姿。
「――――――…邑榛、」
「やっぱり、そういう服着てた方が可愛いな」
 ぽぅ、とした気配だった。
 何か寝ぼけたようなことを言って、邑榛は微笑む。
「邑榛、お前はどこかで…」
 何かに当たられたか、と聞くつもりだったのだが、近寄ってすぐにわかった。

 これは、凌晏樹の香だ…。

「―――また、当てられてきたのか」
「えへへ、うっかりしてました」
 反省もしていないような顔でえへへと笑う。
「アイツの香は媚薬っぽいから困るよねー…」
「普通はよほど近寄らなきゃあてられない」
「俺は、特別こういう香に弱いから」
「知ってるなら気をつけろ、バカ邑榛」
 じゃなきゃ、何時食われるか気が気でない。
 そういって、手持ちの解毒の香を嗅がせてやった。
「あはは、清雅が俺に優しいなんて珍しいこともあるもんだなぁ」
 そういった邑榛の唇をふさいで。

 こういうとき、本当にムカつく。
 俺よりも何故かコイツは背が高い。
 おかげで様になりやしない。

「―――ん、ふ…ぁ」
 呼吸のために浮いた歯からもっと舌を入れ込んで、思うように犯す。
 凌晏樹なんかに匂いをつけられて、と少しばかりイラだった頭で。


「お前は俺だけ見てれば良いんだ」


 邑榛の動きの悪い脳と、そんな邑榛にあてられて鈍い自分の脳がそんなことを言う。
 媚薬成分の多く入った香のせいだろう、くたりとした邑榛の身体を抱いた。

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